1. 死んだはずなのに生きているらしい。
目が覚めた。
覚めてしまった。
ということは、俺の人生おさらば計画は失敗したということになる。
これから親の顔を見て、警察に入手のルートとか聞かれて…とにかくめんどくさいことになる。
なんでだ?
あんなに苦労して、犯罪にまで手を染めても自分は死ぬことが出来なかったことになる。
今思えば間違った方向性の努力だとは思う。
実際あんなに努力をしたのは小学校の発表会以来かもしれない。
ただ、これだけ努力をして死んだんだ。
報われたって、いいじゃないか。
嫌なことから卑怯に逃げた自分に課された罰なのかもしれないと思った。
逃してくれない神が恨めしい。
だけど、必ず死んだはずだ。
死後数秒は意識があるらしい。それは確かだった。
あの時のことを思い出す。
引き金を引いた指や、こめかみを通り衝撃を走った脳、倒れ込んだ自分の体の感触は覚えている。
なのに、死ぬことが出来なかった。
イジメに苦労して、銃の入手に苦労して、それでもまだ苦労しなければいけない。
しかし、思考はイラついているがどこか冷静な自分に気づいた。
結局のところ、どんな推論を重ねようと意識があるのだ。あってしまったのだ。
死ぬことが出来ていようがいまいがアクションを起こす必要がありそうだ。
とりあえず倒れている体を起こし、辺りを見回してみる。
床や壁は木材で出来ていて、どこか温かみを感じる。
暖炉がある。やや小さめで、煉瓦で出来ている。良く見てみると中には燻っている炭があり、数分前までは火がついていたようだ。
自分の部屋とはまるで違う。
見慣れた光景がそこに無いことに混乱した。
銃やアニメのグッズを売り払い、白いベッドと勉強机だけが置いてある簡素な部屋。
それが自分の部屋のはずだ。
混乱した判断か冷静な判断かはわからないが、頭の中で一つの結論が出た。
「そうか、ここが天国か。」
いや待て。こんなに家っぽい、生活感の溢れる天国はどの宗教にも無いはずだ。
兎にも角にも、動けるのだから周りを探索してここがどこか調べよう。
まず最初にわかるのは、夜だということ。
テーブルの上に置いてあるランタンしか光源が無く、辺りは薄暗い。
良く目を凝らしてみると、調べることが出来そうな場所が2ヶ所。
おそらく2階へと通じる階段と、玄関らしき場所。
玄関らしき場所の横にはおよそ1m四方ほどの窓があるので、まず天国の外の様子は一体どうなっているのか調べよう。いや、家があるのがおかしいのか。
なにはともあれ窓の外の情報を見よう、と思ってランタンを持って移動しようとすると、どういうわけか目線が低く机の上のランタンを取るのも一苦労なことに気付いた。
どうやら天国に行くと、体のサイズが西洋の絵画でよく見る子供の天使ぐらいになるらしい。
というより、自分は案外天使になったのかもしれない。
イジメを受けた自分を憐れむ神の救済なのだろうか。
それにしても、人間が想像する天国に関しての事柄はなんだかんだ当たっているようで中々感心する。
天国は行ったことがある、という人間は大抵オカルトに染まった人間がスピリチュアルに染まった人間しかいないので、割と合致していることに驚きだ。
思ってたより遠かった。体が小さい分、歩幅も狭いのだろうか。
窓の位置は若干高いためランタンを椅子に乗せながら移動し、椅子に登って外を見た。
瓶の底がいくつも並んだようなガラスの外は、灯りがついていたりついていなかったりする民家が2、3軒ほどあり、その奥にもまた何軒か並んでいる様子だった。
天国といっても、実は大して人間界と変わらないらしい。
やはり人間風情の絵空ごとでしかなかったのか…
そんなくだらないことを考えていると、ふと窓に反射した顔が見えた。
「…え?」
そこには自らが嫌悪している醜い顔ではなく、
濃い緑髪で、エメラルドグリーンの目をした、幼い顔立ちの
「誰か」がいた。