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3.14159265358979323846264338327950  作者: 軒下 晝寝
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第七話

「ところで……俺が出した服を見て、良い悪いを言ってたが……」

「はい。お気に障りましたか?」

「いや、そうじゃなくて……。素の見た目だと全く違うのに美的センスが同じ感じなんだな、って」


 モフモフの小動物だった素の肉体。

 服すら着ていなかったのに俺たちと同じ美的センスを有しているという事実にそこはかとない違和があった。

 別の何かがあるような、そんな感覚。


「人間と同じ美的センスを持っていますが正確には違いますね。私たちの元々の感覚やこれまでの様々な星で調査したデータを使って認識にこの星のセンスを入れてるだけです。分かりやすく言えば『学習装置を用いて脳に直接美的センスを刻み込んだ』ということです」

「なるほど、なんか洗脳みたいだな」

「知的生命体の深層心理は精神保護(プロテクト)が掛かっているので相手を都合よく動かすことは無理ですけどね」

「そうなのか。意外だ」


 そういう機械があるとしたら洗脳が容易だと思っていたから予想が外れて少し残念だ。

 別に誰かを洗脳したいとかそういう願望があるわけではなく、深層心理が護られているという方がご都合主義だと思っていたからである。


「それで、この後はどうします?」

「……セラの観光なんだからお前の好きなようにしろよ。俺はこの街を案内出来るほど詳しくない」

「そうですか、残念です。でもそうなると……どうしましょうか」


 服を買って着替え、昼食を摂った俺たちはこの後の行動を決めかねていた。

 俺は普段軽めの運動がてら出歩くだけだから特定の店に入ったり、などということが少ない。


「ところで……この国には『肖像権』なるモノがあるため撮られないと考えていたのですが?」

「……法を制定しても守れん馬鹿はどこにでも湧く。面倒だからそのまま服で顔を隠すか俺の陰に隠れとけ」


 本当に現代人が嫌いだ。

 自分たちで決めたルールくらい守れないのだろうか?

 これを言えば必ず『私(俺)が決めたんじゃない』とかほざき出すだろうが、守れないなら海外にでも行けという話である。

 郷に入っては郷に従え、日本にいたいのなら日本のルールを守れ、と心の底から思う。


「そのうち公に顔を出すなら今は顔を隠しておけ。余計な問題を生みかねん。馬鹿ってのは大体そういうモンだ」

「馬鹿かどうかはさておき、本来いないはずの私が今ここにいる証拠が残るのがマズいのは私も分かるので少し隠れさせていただきます。……合図をしたら走れるようにしておいてください」

「……了解」


 何をしたいのかは分からないが、何か打つ手があるらしいから俺はそれを信じて走るための気構えをしておこう。

 本当なら俺も顔を隠した方が良いのかもしれないが、気配を察知して即座に隠れたセラと違って俺は写真を撮られてしまったからもう開き直って『シャイな彼女を隠す彼氏』の役を演じることにした。

 そんな演技(ロールプレイ)のため周囲に目で『悪いんだけど撮らないでくれるかな』と訴えていると、背後から服を引っ張る感触が伝わってきた。


「オーケー、準備が出来ました。三、二、一……今ですっ」


 合図とともにセラと同時に走り出す。

 周囲の目が唐突の疾走に驚愕に染まる中、俺たちは問答無用で人のいない方向に向かって走った。

 スマホが俺たちの姿を追って動き、スマホを構えた者たちの隣を通り過ぎる瞬間、突風が吹いてセラの顔を隠していたシャツが正面からの風を受けてセラは片側を放してしまう。

 咄嗟に揺蕩うシャツを掴んでセラにかけ直すが、恐らくはもう撮られた後だ。


「……フッフッフ! 上手くいきました!」

「…………てことはさっきのわざと?」

「はい。演算で突風が吹くタイミングは分かっていたのでそこに合わせて走りました。シュウヤに話さなかったのはその方が効果的だと思ったからです」

「ふ~ん。風のタイミングが分かるのはスゲーな」


 心配して損した気分。

 多分俺がセラの立場なら俺もそうしたから責める気はないが、一人で気張っていたと考えると昔を思い出してちょっと凹む。


「シュウヤなら守ろうとしてくれると信じてましたから。ありがとうございます」

「……おう」

「あれ? 照れてます? シュウヤってそういう性格でしたっけ?」

「俺だって照れる時は照れるわ……」


 俺は褒められ慣れていない。

 親にも教師にも友人にも。

 斜に構えたスタンスだからか、それとも自分でいえるほど大人びていたからか。

 理由は本人たちではないから定かではないが、ともかくほとんど褒められたことがなかった。

 精々あるとすれば俺が『知的で元気で大人びた(クール)女性好き』に原因である幼少期の、近所のお姉さんくらいだろう。

 だから素直な言葉を投げかけて来ているであろうセラの言葉は受け止めきれず、気恥ずかしい。


「それで、そろそろ顔を見て欲しいんですけど?」

「別に照れてるから見ないわけじゃ……何ぞ、それ」


 セラに言われるがままその顔を見ると、そこにはさっきまでとは微妙に異なる容姿をしたセラがいた。

 服装などは同じだが、髪の色や目の色などが微妙に異なり、顔の輪郭などは決定的に違う。

 目は弱々しいタレ目、眉も下がっていて、口元も表情が乏しげ。

 その他のパーツもサイズが異なっていたり位置が変わっていたりと容姿が異なっている。


「私の容姿の候補の一つです。あの時初めにスマホを向け始めた人は私の容姿を目で見てましたが、走り去った方にいた人たちは『スマホを向けている人がいたからスマホを向けた人』でしたので、どうせネットに上げられるなら異なる容姿にした方が良いかと思いまして」

「ん~? そう……か?」

「はい。変に隠すよりも少し顔を見せて『へ~』で終わらせる方が良いハズです! ……多分!」

「色々話し合った方が良いと思ったが、それはさておき。もう今日は帰るか」

「了解です! 正直データを集めるだけなら外に出る必要はないので問題なし、です」

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