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めんどくさい告白

作者: 鯣 肴

 目の前のそいつは言った。


 足を開いて椅子に逆向きに座って、椅子の背に、両腕を組んで乗せ、その上に、たらり、と生首を垂らして、


「やっぱなしで」


 そう、無表情に、普段の調子で言うのだ。少し低く、だるくやる気無さそうな感じ。そいつはいつものようにじとっと無表情で。


 一か月会わなくとも、こいつはいつもの通りだった、という訳だ。


 今は放課後で。夏休み明けの始業式を終えて、定期考査一日目を終えて、他のみんなは部活や帰宅で消えた教室。高校一年の二学期最初のテスト。ここはちょっぴり進学校。そして、教師はちゃんとした進学校並にやる気がある。その温度差のせいで一学期時点で既にやばみを感じ取っていた生徒たちは、こういう日に居残らない。


 今回の場合、この教室内で例外であるのは俺と、目の前のこいつだけである。わざわざ、今日のような日に、『残っておけ。オマエに大事な話があるから』と来たもんだ。


 長い睫毛から覗く、じとっとした目が、どんよりとした空気を発しつつ、お前が原因なのだよと見てきている。


 それは見当違いだ。動いたのはこいつだ。だから、こいつが全面的に悪い。


 だから、心底思う。やっぱなしで、なんてことする必要がどこにあるというのか。


 こいつが、言おうとしたのは、俺に、なのだからということは間違いないのだから、強く、強く、そう思う。思わずにいられない。


「いや……。告白、しないのかよ……」


 だから言ったさ。黙っておこうだなんて、一瞬たりとも思わなかったさ。俺はそう、呆れつつ、ちょっと思っていたよりも堪えてがっくりしつつ、膝から力が抜けて、かくんとしたようになりながら、そんな風に言ったんだろうな、きっと。


「だって。恥ずかしいし」


 ちょっと低く、ちょっとかすれた声で、そんな風に、そいつは、口元を隠しながら言う。


 ぐちぐち言ってやりたくもなるさ。しかしこれは、あまりに情けない。口に出したら、そいつが、ではなくて、俺が、ただ勝手に情けなくなって、もう息をしているのも嫌になってしまうようなことだ。


 だから、心の中で、思いっきり零す。

 

 ちっこい奴だ。その見掛け通りに、心も小さいのか? 身長は小学校低学年かと見違えるほど。けれど、顔はなんだか大人で。そうだな、高校生通り越して、大学生か、社会人? 近所のお姉さん十年後版といった風な感じだ。


 髪の毛は、肩に届くほど真っすぐ長く黒く、ぱっつりと。睫毛まつげもぱっつり。目は、じっとり。そんな、大人な感じがする顔。だが、定番とは違って肌は白とは来ず、浅黒い。だからこそ、目力はより強調されて、何か圧があるように時折思うのだ。


 顔と声はお姉さんで。それを除くと小学生。そんな感じの、ちぐはぐな奴だ。


「恥ずかしがるなら、まず、そうやって男の前で足開いて座ってることを恥ずかしがれ」


 言ってやった。俺だって口答えくらいする。いつも心の中でぐちぐち言っているだけで終わりはしない。特に、今日は。今日という今日は。


「珍しい。オマエがそんなこと言うなんて」


 こいつは俺のことをオマエと言う。名前では呼ばない。こんなときですら名前で呼ばない。呼べよ、こんなときくらい。


 で、何で、うっすら、楽しそうな表情をしているんだ。はぁ……。こいつはこの後の流れが分かっているのだ。


 まぁ、そうだろうさ。妙に気が合うのだから。そして、その合い方というのは、大体お互いの考えていることが分かる、ということだ。


 きっと、思考の形式が似ているのだ。


「寸止めは無いだろう寸止めは。だってこれは全然どうでもいいことでも些細ささいなことでも無いだろう? 流してしまえることじゃ無いだろうが」


 だから、俺はそう言ったのだが、はぁ。本当に嫌になる。嫌になるね。自分の鈍さが。似てるなら、嫌なところだって、似ている筈だ。同じ筈だ。


「何が?」


 こいつは、ここに来てもとぼけて見せる。そして、その目は、俺を促している。要は――


「お前なぁ……」


 ガンっ、と音を立てて、俺は椅子から立つ。そして、こいつを見下ろすように立ち、息を大きく吸った。


「はぁ、分かったよ。観念してやるよ。だから、お前も観念しろ」


 俺もこいつも、互いのことを、おまえ、と言う。ちょっとイントネーションは違うが、意味はきっと同じだ。


 近く、めんどくさい、距離。けれど、それが嫌じゃない、距離。


「お前は俺が好きだ。俺もお前が好きだ。俺は認めるとも。お前はどうだ? 認めるというなら…―おや?」


 こいつは、ぐったりと椅子にもたれかかって、ぶらんとなっていた。逆返って垂れる長い髪の隙間から見える耳は、褐色ではなく、目に見えて真っ赤だった。


 俺は、こいつの前に、膝をついて、顔を近づけ、耳元でささやいてやった。


「お前という奴は本当に……。愛しいやつめ。面倒なやつめ。……あぁ、それは俺も、か」


 途中で恥ずかしくなって、彼女を持ち上げるように抱え上げ、そのまま胸に埋めるように抱きしめた。抵抗はなく、身を預けるように、しおらしく、何も言わないこいつの態度こそがそのまま答え。


 面倒だ、けれども、悪くはない。悪いと思ったことなんて、一度も無かった。一か月の間隙の寂しさが、こいつを後押ししたのか。それとも、それとも、それに後押しされたのは俺の方だったのだろうか。


「面……倒。けど……許……す」


 胸元から聞こえてきた声は、少しいつもよりも不明瞭で、しっとしとしているように感じたのだった。






 そうして、付き合い始めて、やがてそのまま結婚(これは同時に言おうということになったな。それだけ大事なものである訳だし)してからも、俺もこいつも、互いを名前で呼ぶことは無い。名前何かより、その呼び方こそが、互いの互いとして、しっくりとくるのだから。


 こんな回想をしたのには理由がある。最近生意気になってきた子供に言われたからだ。互いを、おまえ、と呼び、頑なに互いの名を呼ばない俺たちに対して。


『おかあさんも、おとうさんも、ど~してそんなにめんどくさいん?』


 切欠。さかのぼって、最初から。ただただ俺たちは面倒くさかった。ただ、それだけのことだ。子供にも、そう言う他、あるまい。隣のこいつも、回想を終えたようである。


 くい、くいっと、目と首で合図される。先陣を切れ、と。お前が先に行けよという、俺の目線はスルーされて。


 まあ、構わないさ。どちらにせよ、話さないといけないことには変わりないのだ。俺もお前も。


 とはいえ、俺たちの子が分かってくれるかどうかは、まぁ、また別の話だろうけどな。

理屈や掘り下げ要素薄めの、雰囲気物でしたがいかがだったでしょうか。今後の参考の為に、読後の感想など頂ければ幸いです。

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[良い点] タイトル通りで面白かったです。
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