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大きな世界と、小さなふたり(後)

「はあっ、はあっ……!」

 追いかけてくる風の塊からリリは逃げて、走り続けていました。風は見えないものであるはずでしたが、大精霊のフィリア自身が風を集め、作り、壊し、木々をなぎ倒しながらビュオッと音を奏でながらリリを捕まえるため追いかけています。それは間違いなく"見えて"いました。

 本当ならただ走って通り過ぎれば出口にはすぐ着ける。そのはずでしたが、まっすぐ進むことをフィリアが認めませんでした。なぎ倒した木々で道をふさぎ、嫌でも遠回りを強いてきます。

 息を切らして走るリリの体力は当然無限ではありません。人間の持ち得る体力、速度はどうあがいてもこの世界の大部分を管理している精霊にはとてもかないませんでした。このままじゃ捕まってしまう。そう思ったリリは、

「フラン!フロン!!来て!!」

 その声に応えるようにリリの顔の左右で小さな姿に合うような音をポンっと立て、フィリアの4分の1程度の大きさの精霊が二体現れました。その精霊は赤い長髪の少女、青い短髪の少女でどちらも小さな羽を背中に背負い、ふわふわと浮いています。

 形を成した赤い精霊、フロンが言います。

「ふわぁ……なぁに、リリ。急にあたしたちを呼び出して」

「……リリに説明を願うまでもないようですよ、フロン。見てみなさい」

 続いて言った青い精霊フランの言葉にフロンは見渡すと、

「うひぇぇっ!?な、なに?なんでフィリア様がリリを追っかけてるの!?」

 素っ頓狂な声を上げるフロンにリリは説明をしました。

「じ、実はかくかくしかじかなんです!」

「へえ、かくかくしかじか……ってわかるかーい!『かくかくしかじか』は思ってることが伝わる魔法の呪文じゃないのよ!!」

「違うんですか!?今まで読んだ本ではこれで説明してましたよ!?」

「それは説明省略の為だから!!!」

「二人とも、そんなことよりも後ろです!かまいたちが来ますよ!!」

 リリとフロンが呑気なやりとりをしている間もフィリアは楽しそうにかまいたちやら小さな風の塊やらを飛ばして攻撃をしてきます。フランは状況を把握し、二人をうまく逃がしていました。

「せ、説明は後です!森を出ましょう!!」

「えぇ!?む、無理よ!!大精霊にただの精霊の私たちがどうやって……!」

「そうだよね。フランにフロン、久しぶりだね。……ふふ、二人の力で私から逃げられると思ってるのかな?」

「うひぇぁぁぁっ!?」

 二人のすぐ後ろから風の塊から通常の姿に戻ったフィリアの声が響いてきます。フロンはその声に身体を震わせ、やはり素っ頓狂な声を上げるのでした。

 しかしリリはひるまず、

「……フィリアさん!わたしは絶対にこの森から出ます!出てみせます!!」

 後ろをついて回る風の塊に向けて、汗を流しながら宣言をしました。

「ふぅん。面白いね。じゃあ……逃げ切ってみせてよ!!」

 言葉と共に形のない弓に矢をつがえ、それを飛ばしてきたフィリアは楽しそうに風の塊に戻ります。どうやらこの形態が彼女の戦闘形態のようでした。形を変えた風はさらに勢いを増し、ゴオオと重さを感じる音を立て、壁となってじりじりと迫ってきています。

「風の壁……!さすがフィリア様、このままでは……」

 冷静なフランの言葉にリリは一言、

「大丈夫です!」


 支配された風の中を駆け、それでもちょこをひとりにしたくないと決めたリリはただ前を見ていました。 

 走りながら作戦を伝えるその真剣な顔に、小さな精霊たちは先ほどまでとは違う諦めを思い、頷いて合図を待ちます。

 そしてリリが大きな声で、

「フラン、燃やして!!!」

「……わかりました!」

 青の精霊が両手を広げると、小さな火の玉がいくつも現れて木々にとりついていきます。それらが触れ合った瞬間、青い火の柱がリリたちの背面に広がりフィリアとの壁となりました。

 ぼうぼうと燃える炎を背にフランが右手を回すと、壁の中からまたいくつかの火の玉が浮かんで、散り散りに飛んでいきます。

 それを見たリリは、

「フロン、お願い」

「はいはいっと……あーあ、あとが怖いなぁもう」

 ぶつぶつと文句を言いながら、フランと同じように両手を広げて、リリに小さく頷きました。直後に冷たい空気があたりに漂い始めます。

 リリと小さな精霊たちは森の外へと走りだしました。大きな風の塊から遠ざかるように、そして、新しい世界へ向かって。


「……本気だね、リリ。ま、こうなるだろうと思ってたけどねー」


「さてじゃあ私も、っと」





「ひろい……!」

 枯れ木の森を抜けた先、青空の下、草原の広がる風景はリリが見ることもなく育ってきた広い世界を感じさせるもので、それはこの世界の、そして「わたし」と言うものがどれほど小さい存在かを見せつけるようなものでした。

 しばしその風景に圧され、ぼーっとしていたリリですが、頬に風が当たるのを感じた時に元々の目的を思い出しました。

「ちょこちゃんを追いかけないと……!」

「ちょこ?チョコ??」

「何かを追いかけているのですか」

 未だに事情を知らなかった小さな精霊たちが問います。

「はい。『ともだち』を追いかけるんです」

「『ともだち』ですか……」

「……そっか。なるほどね。でもどうするの?探知なんて使えないでしょ?」

 フロンの言う通りで、魔法には生物や物の在処を探知する種類のものもありはしましたが、リリはまだ未熟な魔法使いなので使うことができませんでした。

「はい。でも、たぶん大丈夫です。これで……」

 リリが肩から掛けていたバッグから取り出したのは、二人で分け合った『幸運』の切れ端でした。





 広大な草原を当てもなく歩いていると不安は募りました。普通の猫であればもしかしたら『毎日を少しでも心地よい場所で生きる』ことが目的になり得るのかもしれませんが、人間にすっかり寄ってしまったちょこにとってはもうどうしていいかわからないのです。

 周りの草はそこまで長いというほどでもありませんでしたが、場所によってはちょこの姿を隠すほど伸びているところもあり、そういうところは避けて歩いていました。ガサガサと音を立てる草の中、頭上の空は青く染まっていてもどこか嘘のように感じられて辛く、ちょこは少し顔を落としながら歩き続けます。

「……さびしいなぁ」

 はっとしました。そうか。寂しかったんだ。何も考えずに口から出た言葉は、ちょこ自身が『本当』を知るきっかけとなりました。

 足が止まりました。理由はわかっています。

 空を見上げました。理由はわかりません。

 あそこに『ともだち』もいるのかなあ。そう、見上げているうちに涙がこぼれていました。


「さびしい。さびしいなあ」


 ちょこは掛けていたバッグから『仲直りのしるし』を取り出しました。ちぎれた四葉のクローバー。

 たった数日だったけれど、とても遠い日々のようです。リリは恐らく、二人目の『ともだち』でした。

 

「……リリ。リリ……っ!」


 あんまり難しいことを考えるのをやめました。ただ、寂しさや辛さだけが胸の奥で灼けるように広がって、『ともだち』の名前を呼びます。

  

「また、いっしょに……いたい……!」


 涙が止まらなくなって、大きな声で心からの望みを言います。


 

 風が吹きました。



「――――ちょこちゃん!」


 声が聞こえた瞬間、『仲直りのしるし』が光って、引き寄せられます。その先には、別れたはずの『ともだち』がいました。


「……リリ!?どうして?」


 ちょこの声を聞いて、リリも少しほっとした表情で手を振ります。そして駆け寄りました。

 息を切らせて追いかけてきたリリは肩を上下させながら、


「ちょこちゃんを、一人に、……いえ、ううん。わたしが、ちょこちゃんと一緒にいたかったからです!」


 瞬間、ちょこは泣いていました。

 先ほどまでとは違う理由です。

 涙が止まりませんでした。


「ちょこちゃんも、いえ、お父さんもお母さんも……きっとみんな色々知っていて、わたしのことを心配して『外』に出るのを止めてくれてたんだと思います」


「でも……」





「わたしは、お父さんとお母さんの子供で生まれて嬉しいです」


「……リリ?」


「お父さんとお母さんのこと、素敵だと思っています」


「……」


「そんな素敵な二人が出会ったのは、『外』ですよね?」


「……!」


「凄く心配してくれているのはわかっています。でも、それでも……」


「わたしも出会いました!」


「だからわたし、思うんです」





「ちょこちゃんがいる、あなたがいるこの世界が……素敵じゃないわけがないです!!」



 ちょこはリリの胸に飛び込んでひたすら泣き続けました。涙が止まるまでずっとその温かさを感じていました。

 リリも少し涙を流しながら、ちょこを撫で続けます。


 『幸運』の象徴は、その姿を取り戻した後、光を失いました。



 風が吹いています。

 草原をサラサラと揺らし、爽やかな音を立てています。

 青い空の下、大きな世界の中、小さなふたりは歩き始めました。

 当てはありません。それでも、きっといいことがある。わたしとあなたのいるこの素敵な世界に生まれたのだから。そう、リリは信じて『外』へ飛び出しました。幸運を思わせる、小さな手の持ち主と手を繋いで。

今回で一区切り、次からは『外』を歩き回ることになります。

登場人物も少しずつ増えてきて多少は会話も増えてくるのかなあと。


拙い文章とは思いつつも、楽しんで続きを書いていけたらなぁと思います。

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