六歩目 求めるもの
「ああ、最高だ。お前が勝者だ」
男の宣言が響いた。
「あ”?」
「どういうことだよ!」
「訳分からないぞ!」
盗賊団のクズたちは、騒ぐ。
そう。
騒ぐしかない。クズ共は何も理解できていないのだから。
「おい、ふざけんなよ!」
「なんでその女が一言喋っただけで勝ちになるんだ」
「こっちはこんなに金を積んでるのに!」
ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあと騒ぎ続けている。
これは、あれだ。
駄々っ子みたいなものだ。大人がやるようなことではない。
けれど、クズにはお似合いの光景か。
そんな中で、一人じっと黙っているボスは――やはり人としての格が違うのだろう。
ちゃんと、大人の知性を感じられる。
でも、私の勝ちだ。
振り返ってみると、私が負ける可能性があったのはこのボスだけだった。ボスが私と同じように、ゲームを理解しようと真剣だったなら分からなかった。けれど実際は盗賊団のクズたちのせいで本来の力を発揮できなかった。だから私の楽勝になってしまった。
「拘束は外しておこう」
銀仮面の男が近づいてきて、私を拘束していた縄を切った。
ありがたい。久しぶりの解放感だ。
私は馬車の外に出て思いっきり伸びをした。
「気持ちよさそうだな」
「あっ、はい。あの、助けていただきありがとうございます」
銀仮面の男は首を横に振る。
「助けに来たのは君の声を聞いたからだ。ゲームに勝ったのも君自身の力だ。誇っていい」
「それでも、私ひとりじゃきっと何もできませんでした」
「……そうかもしれんな。
でも君は勝った。ここにいる盗賊団、行商人、そして君自身の運命は、君が決めていい。全財産を奪って全員奴隷に落とし、その金で遊んでも、問題ない」
銀仮面の男は楽しそうにそう言った。
ふと行商人の男を見ると、私に向かって、何かお祈りしているようだ。
まあ、今の現状、選択は一手しかない。
「さて、どうする?」
「とりあえず私は、今後の安定的な生活をしたいです。正直、盗賊団とか行商人とかの今後とかどうでもいいです」
そう。
必要なのは、まずこの異世界に適応するための生活だ。
お金でも、ましてや盗賊団にひどい罰を与えることでもない。
いや、もちろん、盗賊団のクズ共に制裁するというのも、ある。そういう旅もある。確かに、こいつらは許しがたい存在だ。
けれど、馬鹿を制裁しても虚しいだけ。それに、異世界の常識というものを知らないで制裁しても、ただの独善的な人と変わらない。
それすらひっくるめて盗賊団を制裁するのもあるにはあるけど、現実問題、私が失ったものはない。だから私はそこまで腹が立っていない。
私は現代日本に適応した現代っ子なのだ。日本では、人を殺したら重罪であるが、人を殺そうと思っただけでは罪ではない。殺すと口にすれば多少の罪にはなる可能性はあるけど、それでもその程度。
結局、私は奴隷に落とされなかったし、酷いことも特にはされなかった。
だから後にひどい未来が待ち受けていたとしても、ある程度許せてしまう。
結局のところやはり、まずは異世界に順応するべきなのだ。
「なるほど、優先順位が明確なんだな」
銀仮面の男が感心したように言った。
「ならば、盗賊団と行商人の処遇はこちらで決める。なに、俺はお前のことが気に入った。お前にとって悪いようにはしないさ」
「あ、ありがとうございます」
「それに安定的な生活についても、なんとかしよう」
「ありがとうございます!」
よし。
これでなんとかまともな未来は手に入りそうだ。
「お前、名は何という?」
名前……苗字は言うとまずいのかな?
異世界の常識がないので、返答に困る。
「えっと、あなたはなんていう名前なんですか?」
聞き返すのはあんまりよくないと思いつつも、まあ仕方がない。
「失礼、こういうときは自分から名乗るべきだった。俺はゼルという」
銀仮面の男はゼルと名乗った。
ゼル……これはきっと下の名前を言う感じだろう。
「私はミナといいます」
これで良かっただろうか。
ふとその時。
ダダダダダダ
何かが近づいてくる音が聞こえた。
その方を見ると、近づいてくる影が……草原でこんな風に移動するってシマウマとか? いやここ異世界だから、シマウマいないよね。
私がその影を警戒していると、肩にぽんと手を置かれた。
銀仮面の――ゼルの手だ。
「警戒しなくていい。あれは俺の仲間だ」
ゼルの言う通り、その影は人の集団だった。男5人の集団だ。
「あ、もしかして盗賊団っスか? 隊長、お手柄っスね! 金が増えるっス!」
その中の一人が、状況を見てそう言った。
その男は、金髪のまさしくチャラ男といった風貌である。
年は20いかないくらいだろうか。意外と顔は整っていて、ちゃんとすればアイドルでもやっていけそうなレベルである。
「そうだ。そこの男5人が盗賊団だ。捕まえてくれ。そっちの男は襲われた行商人で、こっちの女は奴隷みたいだ」
ボスが言った。
「あの……私は奴隷じゃないです。これから奴隷として売り飛ばされそうなところだったというだけで」
「そうか。まあどっちにしろ変わらんな」
ボスは軽く言った。
一方、
「化け物かこいつら!」
盗賊団のボスは苦渋の声を上げる。クズ共含め、一瞬のうちに拘束されていた。
ゼルの仲間たちは、かなり強いようだ。
「隊長、こっからはどうするっスか? フツーに王都に連行する感じで良いっスか?」
「ああ。お前らは、盗賊団と行商人を頼んだ。俺はミナと一緒に帰る」
ゼルは私を帰るらしい。
え?
「……まじスか?」
金髪のチャラ男も目を見開いて驚いている。
他の仲間4人も大なり小なり驚いている様子がうかがえる。
「俺たちは盗賊団連れて帰って、隊長はカワイイ女の子と二人きりで帰るんスか?」
「そういうことだ」
ゼルは当然と言った口ぶりで言う。
銀仮面に隠れた表情は読み取れない。
「ずるいっス! 俺らに男どもをしょっぴかせて、自分は女の子とイチャイチャするつもりなんスね!」
「は? 別にイチャイチャするつもりなんてないが?」
「じゃあ二人きりで帰る必要なんてないっスよね!?」
「いろいろ話したいことがあるし、ゆっくり帰ろうと思ってな。何、お前たちはとっとと帰ればいい。盗賊団に気を使う必要なんてないからな。あ、そうそう。行商人には奪われた分は返しておけよ。」
ゼルは微妙に核心を突かない返答をする。
狙ってやってるのか、天然なのか……
「つまり、隊長は帰るのに時間がかかるってことっスか?」
「ああ。流石の俺も、ミナを盗賊みたいに扱う趣味はないからな。縄で縛って担いで移動なんてするつもりなんてない。あと俺の方で盗賊団の馬車も運ぼう」
「なるほど、一応、隊長の主張は理解したっス。でもずるいっス……」
金髪のチャラ男はそう言って項垂れた。
そこに仲間の一人が近づいて、
「レイド、今回のところは仕方ないと思います」
その男は、中世的な男だった。淡い緑色の髪の毛を持つ女顔だ。顔立ちだけでなく体も、周りの男たちと比べて一回り線が細いように見える。年齢は――私と同い年か、もしくは私より若いかもしれない。身長もほとんど同じくらいだ。
「助けに来たのは隊長の独断ですし、隊長が居なかったらその女も奴隷になっていたことでしょう。それに“あの”女っ気のない隊長がやっとその気になったんです。同じクランの仲間として応援するべきですよ」
金髪のチャラ男――レイドというらしい――は顔を下げたまま、
「……でも、そう言うお前は女っ気ないっスよね?」
すると緑髪の少年は、みるみるうちに顔を赤くする。
「べ、別に僕のことはどうだっていいでしょう!」
「ふーん、まあいいっス。今回は盗賊の報奨金だけで満足しといてやるっスよ」
そんなこんなで。
結局、行商人はお礼を言って去り、ゼルの仲間たちも盗賊を抱えて物凄い速度で消えた。
残ったのは、盗賊団の馬車と私、そしてゼルの二人だけだった。