五歩目 ゲーム
「気になるルールは、とても簡単だ。俺を満足させろ。俺がここに来た理由は一つだけ、それを満たせた者が勝者だ」
狂っている。
こんな人の人生が大きく変わってしまうようなことを、ゲームで決めるっていうの?
しかもそのゲームの内容は……“男がここへ来た理由”を満たせられたら勝ちらしい。意味が分からない。そもそもその理由ってのは何?
そういう疑問はあるが、きっとこういう言い方をしているということは、答える気はないのだろう。
「その理由とは何ですか?」
ボスは聞いた。
当然、私も聞けるなら聞きたいけど……
「それは言わない」
案の定、答えてくれない。
「なぜ答えないか? それは、言ったら退屈なゲームになってしまうからだ。そうすれば誰もクリアできなくなるだろう」
言ったら誰もクリアできない?
どういうこと?
「正確に言えば、“言ってしまえば難易度が跳ね上がる”。だから答えない。別の見方をすれば、答えないのはお前たちのためでもある。誰も勝者がいないなんてこともあり得るからな」
訳の分からない自己完結。
多分、ここにいる人たちは、私も含めて、誰も意味を理解できていないだろう。
「けっ! さっきからべらべらべらべら偉そうになあ! ゲームだぁ? そんなもんに縛られる意味が分からんなあ!」
ずっと黙っていたクズ盗賊団の一人が口を開いた。
その手には鈍く光る短剣が握りしめられている。
まさか、武力に訴えるつもり?
「ボス! ボスの言うことだから黙っていたが、ここまでコケにされて黙っていられるほど落ちた覚えはないなあ!」
クズからは、熱い暴力を感じられる。
怖い。
「……つまり、その粗末な剣で戦おうと?」
ひゅ。
銀仮面の男が一言発するだけで、辺りの雰囲気が一変した。熱さは消え、冷たい底冷えするような別種の恐怖が漂っている。
男はまるで動じていない。
変わらぬ銀仮面に、変わらぬ漆黒のローブ。変わらぬ立ち姿。辺りは昼の草原なのに、意外と違和感はない。太陽が雲に隠れているからだろうか。
その余裕は、クズの心を逆なでしている。
「ぶっ殺す!」
クズは駆け出した。
いきなりの猛スピードだ。速い!!
残像を残しながら、物凄い速度で銀仮面の男に接近する。
銀仮面の男は丸腰で、未だ微動だにしていない。
強者オーラが出てたけど、もしかして全く反応できていない?? ヤバイよ!
そんなことが脳裏に浮かんだ。直後――
――甲高い音が2回鳴った。
気付けば、一人が倒れていた。
それはクズだった。その手にあったはずの短剣はもうすでにない。
……え?
なんで?
私には銀仮面の男の動きは全く分からなかった。終始、まるで何事もなかったかのように変わらなかった。黒ローブを纏い佇んでいる。
むしろ、本当に、こんなの何事でもないの?
多分、それほどまでの圧倒的な実力差があるのだろう。
そして私にすら、圧倒的な実力差が理解できてしまった。私でも分かるんだから、こっちの世界の人たちが分からないはずがない。
見てみると、クズたちの顔色は一様に青くなっている。
――攻撃してしまった。
――でも、勝てる気がしない。
――終わった……
そんな風に絶望しているのだろう。
ゲームに参加できれば生き残る可能性はあったが、反逆してしまえば、もう生き残る目はない。
なんだって、盗賊団たちはゲームを拒否してしまったのだから……
銀仮面の男はぽつりと言った。
「退屈な剣だったな――――――
――――――不合格だ」
この発言はまたしても、私たち全員の予想の範疇を超えていた。
銀仮面の男はパン! と一度、手を叩いた。
「さあ! 次の奴は誰だ? なあに、このゲームは気力さえ持てば何度でもチャレンジ可能だ。盗賊団のみんなも仲間が失敗したからって足踏みしないで、どんどんチャレンジしよう!」
一転、男は陽気にそう言った。
狂人。
こいつは狂人だと思った。
日本なら確実に『狂人』だし、この世界の基準でも、盗賊たちの反応を見るに、やはり『狂人』なのだろう。
それは世間一般からみたら、という話。
『狂人』とは常識から考えたら理解できない人間を指す言葉である。逆に言うと、狂人を理解するには常識を捨てなければならない。幸い、私にはこの世界の常識はないしね。
私は考える。
このゲームに勝つには“男がここに来た理由”に気付き、満足させなければならない。
男を理解しよう。
狂人だって、人は人。人は気ままな旅人だ。男がいきなり陽気な声色になったのだって、“気まま”に陽気になったんだ。
狂人を理解するのに常識は効果的じゃない。じゃあどうやって考え、理解するか? そのためのロジックは、全部狂人を観察し洞察することで得られるものだ。
そういう点でこのゲーム、もしかしたら“この世界の常識”に縛られない私に有利なゲームかもしれない。
男の発言と雰囲気を思い出しながら、男の心情とロジックを推察する。
――『盗賊団です』とはっきり言ったらどうだ
――お前ら全員、勘違いしているようだな
――正義や悪なんて俺にはどうでもいいことだ。退屈なことなんだよ
――言ったら退屈なゲームになってしまう
――退屈な剣だったな
――退屈。
男は何度か、“退屈”という言葉を口にしている。
その言葉がキーワードなのか。
「そうか、多分、分かったよ」
思考から現実に戻って来ると、盗賊のボスが銀仮面の男に何やら言っているようだ。
「分かりました。100万ゴールド支払います」
「……」
ボスの言葉に、銀仮面の男は何も言わない。
そうだろう。
そうだと思った。
「で、では、このSランクカードとAランクカード10枚で」
「それはっ!! それは私のカードでございます!」
ボスの発言に行商人が噛みつく。
しかし、こいつらは何も分かっていないね。
男がそんなものいるはずがない。
だから、私は言う――
「――いらないよ」
「いらん」
男と発言が被った。
男の方を見る。表情は銀仮面に覆われているのに、話す気はなく、私に発言権をくれたことは手に取るようにわかった。
「いらないよ、そんなもの。退屈だ。むしろ悪化する」
私はそう言った。
これが男の思っていたことだろう。
男は退屈だった。
だから私の助ける声を声を聞いて、駆け付けた。
別に男にとって、私を助けることなんてどうでもよかった。
男にとって、正義や悪なんて、退屈なものだ。決められた考え方なんて、退屈にさせるだけだろう。
ゲームのルールは、男の退屈を紛らわす面白いことを言う、もしくは何か面白いことをするっていうのが答えだろう。しかし初めからゲームの内容を教えられたら、興ざめだろう。面白いことをしようと変なことをしている人を見ても、興ざめだから。
これが私の結論だ。
しかも今思うと、男はヒントをたくさん出していた。
退屈――退屈――退屈。
キーワードをしっかり言ってくれていた。そう、常識を捨てられれば、簡単なゲームだった。ボスは常識を捨てられずに“金”とか、よく分からないけど“カード”とかを条件に出していた。それだけの差。
「――――――面白い」
銀仮面の奥で、口角が上がったような気がした。
勝った。
私は勝ちを確信した。
ダメ押しで聞く。
「私の解答はお気に召しましたか?」
「ああ、最高だ。お前が勝者だ」
男の宣言が響いた。