四歩目 銀仮面旋風
視点は主人公に戻る。
行商人の馬車は止まり、盗賊たちに荒らされている。
主人公に一人の盗賊の手が伸びてきている。
――私はこの後起こることに対して覚悟を決めていた。
しかし……
「止まれ」
一つの声が流れるように届いた。
気付けば、男たちは止まっている。
みんな同じ方向を向いている。
そこに何かあるのだろうか?
私も、その方向を向いてみる。
――あれだ。漆黒のローブに銀の仮面をつけた男の姿。
みんなあの男を見ている。
「何者だ!」
クズどもの一人が声を発した。
「ククク、俺を知らないか……哀れな」
男は決して大きな声を出してない。
なのに、なぜだろう?
その声はよく通った。そう。まるで、男にとっては何もかもが眼中にないかのようだに……
「おい! 誰だか知らねぇが、俺らに喧嘩売っていいと思ってんのか? 後悔するぜ!」
そのクズが吠える。
「ここいらでは有名ではないかもしれねーが、俺らはカイジ帝国では恐れられていたんだ。聞いて驚け! その名は――――――」
「――――――待て!!!!!!」
ボスは、突然大声を出した。
「ボ、ボス。急に大声を出して、どうしたんだ」
「私が対応する」
そう言って、ボスは漆黒のローブを羽織った男に近づいていく。
ボスらしくない口調だ。
やはりボスもあの男から何か感じ取っているの?
そう。私の直感は言っている。
あの男は“何かがヤバい”。
「すみません。私はこの一団のボスにあたる者ですが……」
ボスはそう言いながら、近づく。
「この一団?」
銀仮面の男が口を開くだけで、辺りに冷たい空気が通ったようにすら思える。
ボスは一瞬、動きを止めたが……
「ええ」
と朗らかに、同時に下手に答えた。
やはりボスはこの男を警戒している。
それだけ不気味な男なんだ。真っ黒なローブに銀仮面。素顔どころか、髪の毛の一本たりとも見えやしない。肌の色も全く見えない。異様な容姿。そして立ち振る舞いもその姿に相応しい。不気味で怖ろしい。
いくら異世界と言えども、この男の空気はあり得ないものなのだろう。
纏っている雰囲気が人を近づかせるものではないように思える。
ボスが下手に出ているのも頷けよう。だがしかし――
「『盗賊団です』とはっきり言ったらどうだ」
男は単刀直入に切り込んだ。
「いえいえ、盗賊団ではありません。そんな野蛮なものとは一緒にしないで頂きたい」
「じゃあ、そこにいる女は何だ」
――私のことだ。
行商人もクズ共も全員、男だ。消去法で私しかいない。
同時にこれはチャンスだと思った。
何でもいいから喋るべきだ。
「助けてください! 突然連れ去られて、奴隷として売り飛ばされそうなんです!」
私は大きな声で助けを求めた。
チャンスを逃さないため昨日から行ってきたイメージトレーニングは、すべてはこの一瞬のためだ。
しかし懸念はある。
こんな怪しい男に助けを求めてしまっても良いのか? という点だ。
でもこのままだったら、奴隷になってしまう。
そんなの嫌だ。
もしこの銀仮面の男が極悪人だったとしても、それでも何もできずに奴隷になってしまうよりは数倍マシである。
「ほう、つまり――」
男はそう言って、ボスを見て、
「――お前はやはり、盗賊団のボスか」
よし。
銀仮面の男には伝わっている。
「やめてください。私たちをそんな野蛮なものと一緒にしないで頂きたい」
もちろんボスは否定するだろう。
しかし、私は知っている。
こいつらは――
いや、
「この人たちは――
――カイジ帝国で懸賞金をかけられて、今、テューン神聖国家群に逃げる途中なんです!」
「くっ、でたらめだ!」
ボスは苦渋の声を上げた。
「ふむ」
銀仮面の男はそう一拍取った後、
「俺もある筋から同じような情報を得た。カイジ帝国で懸賞金をかけられたある盗賊団が、我らベルモント王国に逃げ込んだ、というな」
決まりだ。
その盗賊団だろう。てか人間のクズの集まりのことを盗賊団って言うようだ。
「……」
一方、ボスは押し黙ってしまった。
銀仮面の男は言う。
「何も言わないなら、お前らが盗賊団ってことでいいんだな?」
「いっ、いえ! ……私たちがそんな、盗賊団なんていう悪い奴らなわけないじゃないですかぁ?」
「じゃあその女はなんだ? 奴隷じゃないのか?」
「……」
再び、ボスは押し黙った。
「ふむ、盗賊団と認めるんだな?」
「ち、違います! この女は奴隷ですが、私たちは盗賊団じゃありません!」
「ほう……じゃあ、なんだ?」
「どっ……」
ど?
「奴隷商です!」
「なるほど、奴隷は原則禁止のベルモント王国で奴隷商か。唯一合法な迷宮都市からは離れているが?」
「それは今、カイジ帝国からテューン神聖国家群に移動しているところですから」
「ふむ……ならば、あの馬車はなんだ?」
銀仮面の男は、行商人の馬車のことを言っているのだろう。
奴隷商と言い張れば、私については説明できる。
しかし行商人の馬車を襲ったのには説明付かない。
「そ、それは……向こうから襲って来たんです。だから返り討ちにしたまでで」
「そうか」
そう言って、銀仮面の男は行商の馬車に近づいた。
「お前が行商人だな?」
「はい……私はいきなり襲われたんです。あいつらの言っていることはでたらめです」
行商人はそう言った。
当然、そう言うよね。私も行商人の立場ならそう言う。
銀仮面の男も、この返答は想定通りなはずだ。つまり、この行動は確認の意味が強いと思う。ならば、このタイミングで何かを言うつもりなのだろう。
「しかし、たった1人で5人相手に襲うなんて、考えにくいな」
銀仮面の男は盗賊団のボスへとそう言った。
「そんなこと言われましても……そいつがいきなり襲って来たとしか。その理由なんて、私に分かるわけありません」
ボスは崩れない。
状況的には苦しいが、それでも決定的な矛盾は言わない。
「よく粘るな」
銀仮面の男は感心したように言った。
でもその声色からはボスの言葉を全く信じていないことは丸分かりだ。
良かった。
とりあえず、状況は変わるはずだ。
銀仮面の男は超怪しいから、もしかしたら結局奴隷落ちなんてこともあるかもしれないけど、それはそれ。今は祈るしかない。男を信じるしかない。
しかし――現実の状況は私のそんな考えを超えていた。
「お前ら全員、勘違いしているようだな」
銀仮面の男はそう言った。
「俺は正義の味方でも、ましてや極悪人というわけでもない。ただの何者でもない男だ。何もなく、同時に何にも縛られていない。別に盗賊団を捕えたいわけじゃない。何事もなくここから立ち去っても構わない――今すぐにな」
私は意味が分からなかった。
銀仮面の男とボスのやり取りは何だったのか。
ボスの苦しい言い訳は何だったのか。
「俺は確かに、助けを呼ぶ女の声が聞こえたからここへ駆けつけてきた。けれど女を助けたいわけじゃない。そんなことどうでもいい。正義や悪なんて俺にはどうでもいいことだ。退屈なことなんだよ」
日本語の意味は分かる。
でも、言っている意味が分からない。
じゃあ、何?
何のために来たの??
しかし私の疑問は解消されぬまま、男はさらに続ける。
「さて、ゲームをしようか。俺がこれから盗賊共の味方をするか、女と行商人の味方をするかを決めるゲーム。つまり、運命を決めるゲームと言っても過言ではない」
淡々を上から目線で語られる。
「気になるルールは、とても簡単だ。俺を満足させろ。俺がここに来た理由は一つだけ、それを満たせた者が勝者だ」