三歩目 ラストチャンス
夜になった。
辺りは真っ暗闇に包まれている。
もちろん、馬車での移動は既に終わっている。
馬車での移動が終わると、男たちは森の中へと食材を採りに行ったり、枯れ葉などを準備していた。
私は馬車の中から男たちの様子を見ていただけだけど、食材は意外にも普通の見た目のものばかりだった。異世界らしくない。一番異世界らしかったのは、角の生えたうさぎかな? ホーンラビットと言うらしい。未知の生物だ。
そして現在、やっとのこさ、鍋が完成したようである。
いいにおいが馬車まで漂ってきている。
(た、食べたい!)
こっちの世界に来てから、実はまだ何も食べていない。かなりお腹が減っている。今ならいつもの3倍は食べられる気がする。
私は馬車の中から膝立ちで、美味しそうな鍋を物欲しそうな目で見つめる。
男たちは鍋から茶碗に取り分けていく。
男5人分が行き渡った。でも私の分がない。
まさか……
「えっと、私の分は??」
「おいおい、自分の分があるとでも思っているのか?」
「……え?」
「あるわけねーだろ、“奴隷”になるんだからなぁ?」
そんな……
私はうな垂れた。
一方、そう言った男は私の様子なんてお構いなしに、ご飯を食べ始めた。
ひどい。ずるい。私も食べたい。
と思ったけど……
「いや、少しは食わす。なるべく高く売るためにも、やつれて貰っては困る」
「さすがボスっす! これぞ、先見の明でやんす!」
ボスの一声で食事にありつけるみたい。良かった、ホントに。
まあ、理由が理由だし、このことで感謝なんて絶対にしないけど。
一方、最初に私に絡んできた男はというと、
「つまんねぇなぁ……すごい羨ましそうな、食べたそうな顔された奴がいると、十倍美味しくなるんだけどなぁ」
と愚痴る。
最悪である。
やっぱり人を奴隷にするそうな人間なんて、クズなのだろう。
――もしかしたら、異世界人はみんな、こんな人間のクズかもしれない。
一瞬、そんな可能性が脳裏に浮かんだ。……。
考えたくもない。
「だが何も働いてもないのに食事にありつけるなんて、いくら“商品”といっても許されないんじゃないか?」
男の一人が言った。
「つまりどういうことでやんすか?」
するとその男はニヤリと口を歪めて、私を見た。
「つまり体で支払ってもらおうってことだ」
「それは名案っすね!」
しかし、
「なぁ、お前ら馬鹿か? ここでやっちまえば、商品価値が下がるだろ。なんでボスがそう言わないか、少しは考えろよなぁ」
と最初の男が言った。
その指摘は正しいようで、
「まあ、そうだな。その通りだ。
ほら、この女の目を見てみろ。まだ生気があるだろ? まだ完全には諦めてないだろ? 確かにいいご主人様に買ってもらえれば、そういう可能性もあるかもしれない。実際、かなりの上玉だから、可能性としてはあるだろ?
だが、やっちまえば生気のない目になっちまうだろう。そうすれば商品価値は下がる。ご貴族様にはこういう上玉を絶望させるのが趣味の変態も結構いるしな」
「なるほど、流石ボスでやんす!」
「流石、ボス!」
「ボスがすごいのは事実だがなぁ……今回はお前らがバカなだけだからな?」
男たちのそんなやり取りを聞いて、私はとりあえずは、ほっとした。
とりあえず、良かった。
暗い未来かもしれないけど、とりあえず今は、そう。純粋に、こんな人間のクズに初めてをあげるなんて御免だから。
「おら、食事だ。ほどいてやるよ」
ボスが私の拘束を解いた。
そして、鍋から食事をつけてくれた。
鍋の中身は、男たちが森の中から採ってきたものである。
メインはうさぎ。
角の生えたうさぎを狩って来たのを私は見た。
その肉が入っているのだろう。
また、品種はよく分からないが、葉っぱとイモ、キノコが入っている。
「お、おいしい」
意外にも美味しかった。
現地調達したものだから、もっと微妙かと思ったけど、そんなことはなかったようだ。
もしくは、空腹状態のおかげで美味しく感じているだけなのか……
ご飯を食べ終わると、再び縄で拘束され、私は男たちとともに馬車の中で眠るのだった。
せ、狭い……
*
次の日、昨日の残りを食べた後、馬車は進む。
そして早々にイベントが発生したようである。
「おい! 行商人を見つけたぞ!」
「カモ発見でやんすねぇ~」
テンションが上がる男たち。
うん、嫌な予感しかしない。
「よし、馬車を止めろ。ここで待つ」
ボスが言う。
待つということは、つまり、行商人はこっちへと向かってきているということか。
(来ちゃダメー!)
私は心の中で叫んだ。
こいつらはクズで外道だ。私みたいに奴隷に落とされるのかどうなのかは分からないが、行商人にとって絶対に良いことは起きないだろう。
しかし、心の声が届くはずがない。
馬車が止まり、私は膝立で外の様子を見る。
案の定、こちらへ近づいてくる影が……
(あっ、やっぱり分からないよね。こいつらが犯罪者集団なんて)
見た目で分かったら苦労しない。
そして、馬車がある程度近づいたところで――
――男たちは駆けだした!
「おらおらおら! 命が惜しけりゃ、金目のものを出せ!」
一瞬で、行商人の馬車を取り囲む男5人。
その各々の手には武器が握られている。
そして気弱な、震えた声が聞こえた。
「こっ、降伏する。だから命だけは助けてくれっ」
行商人が言ったらしい。
その声からは恐怖を感じていることがはっきりと分かる。
「ふん、俺たちもそこまで鬼じゃねぇ。ちゃんと金品を差し出せば、命までは取らねーよ」
「払う払う、払いますから、どうかお見逃しを~……」
そして、行商人はこんもりと入った袋を持って、馬車から現れた。
「こ、これですべてです」
「ふん、受け取ろう」
ボスはそう言って、袋の中身を見る。
どうやら、中身は期待通りにあったらしい。
ニヤリと口元をゆがめた。
その袋は他の男たちにも渡る。
「おお、かなりの大金だなぁ!」
「150万エルドくらいあるんじゃないんすか!?」
テンションが最高潮な男たち。
一方、行商人は、
「では、私はこれで」
小さくそう言って、立ち去ろうとした。
だが――
「――待った」
ボスが引き止めた。
「お前は嘘をついた。『これですべてです』と言って、この金貨袋を渡した。だが、“すべて”ではないだろう?」
「ギクッ……いえ、何のことでしょう? 偽りなく、それが私の持っていたすべてのお金ですよ」
「俺は金品を貰うと言った。“金”だけではない。それに俺は嘘をつくのは好きだが、嘘をつかれるのは大嫌いなんだ」
ボスは意外にも、その言葉を淡々と言った。
それが却って、ボスの恐ろしさを感じさせた。
「あるんだろう? 馬車の中に……とても価値のある“何か”が」
「そ、それは……」
行商人は言葉が出ない。
「おい、てめぇら! 馬車の中を確認しろ!」
「「「「了解(です)(だ)(だなぁ)、ボス!」」」」
そして男たちは馬車の中に入っていった。
「毛皮ばかりでやんすよ」
「おい、よく探してみろ。今までボスが言ったことに間違いはあったか?」
「あ? これはなんだ?」
「どれ、どれでやんすか?」
男たちは馬車の中に入っていった。
そして、少しの後。
「あ、あったでやんす! Aランクの“カード”が!」
「おいおい、こっちにもAランクカードがあるぞ!」
「この本の中にも入ってたぜ! こっちはSランクカードだ!」
「ウェ~イ、これはかなりの金になるなぁ!」
男たちはかなり気分がよさそうだ。
……カード?
カードって何のことだろう?
現代みたいに文明が進歩している感じの世界じゃないし、カードゲームなんてないだろうし。そもそもあったとしても、そんなに高価なカードって何?? ってなる。
一方、行商人は魂の抜けたような顔になっている。
「ゆ、許してくれ……そのカードまで奪われたら、これまで何を頑張っていたのか分からなくなる」
「けっ、元はと言えば、護衛も雇わずに外を走るのがいけなかったんじゃないか?」
「くそ、ベルモント王国にはめったに盗賊は出ないのに!」
行商人は悔しそうに、歯を噛みしめる。
「それで、ボス。せっかく臨時収入が入ったんだ。あの女で楽しんでもいいだろ? もう」
男の一人がそう言った。
――私のことだ。
ちゃんと言葉の意味を理解できてしまっている。
でもボスはまた、ちゃんと否定してくれる。
そう期待したのだけど――
「そうだな。まあ折角だし、楽しむか」
ボスの言葉が聞こえた。
そして、遠く、ボスと目が合った。
ああ、終わった。
やられる。
まだ絶望までの猶予はあると思っていた。でも、実際はボスの匙加減でこうなってしまう。
気付いていた。
ここではボスが一番。ボスが絶対だ。だからボスが気変わりすれば、私を守るものはない。
「いいっすね! 昨日の夜もやりたくて、やりたくて仕方なかったでやんすよ」
もうダメだ。
男たちはこっちに戻ってくる。
本当にダメだ。このままじゃダメだ。
本当にチャンスはないの? 回避できないの?
本当に冗談じゃない。
こいつらは本気だ。そのことは理解している。
クソ。
なんとかならないのか。
何もせずに、そのまま絶望に流されてしまうような展開なんて嫌だった。だから今、チャンスがなかったとしても、動くしかなかった。
「やめて!!! 来ないで!!! 助けてええええええ!!!!!!」
私は精いっぱい叫んだ。
無理だと分かっていたけど、でも何もできずに終わりたくはなかった。
チャンスを待ったまま何も動かず、終わるのだけは勘弁だった。
だからもし何もチャンスがなかったとしても、チャンスを作り出したかった。
うん、しかも――それだけじゃない。
この状況に対する不条理を嘆きたかった。
いきなり訳分からない状況になり、まだ猶予があるはずなのになくなって。
「ふざけないで!! ふざけないで!!!」
私はこの状況に怒りを感じていた。
「助けてよ! 誰か! 誰でもいいから助けて!! 来ないでええええええ!!!」
「はは、取り乱してんな。まあ、そんなことしても何も変わらんがな」
ボスは軽くそう言った。
その言葉は私にとっては凄く重い。
(ホントに、こいつは私のことを何とも思ってない……)
辛い。
でも、頭では分かってしまっている。
私が喚き散らしたところで意味はない。こいつらは、そんなのお構いなしに平然とした顔で人の尊厳を踏みにじってくるだろう。実際、今まで何度もしてきたはずだろう。
もう、どうしようもない。
「うううううう」
自然と涙がこぼれていた。
おかしい。
絶対におかしい。
私はただの高校生。こんな異世界の訳分からない奴らにヤられるなんて意味が分からない。
私が何か間違えたの??
正しいことしかしてないのに、こんなことってひどすぎる。
ありえない。
ふざけんな。
ふざけんなよ。
私をこんな訳の分からない状況に落とし込んだ奴、出て来い! 膨大な感情が突風のように荒れ狂う。
しかし一方で――絶望を受け入れようとする、人間の機能が作動していた。
もう頑なになっても仕方がない。どれだけ絶望しても、私にできるのは受け入れることだけ。
泣くことで、私の中の前向きな部分が顔を出している。
そう。まだ、最悪ではない――ヤられたとしても奴隷にさえならなければ――最悪ではない。
まだチャンスはある。
――しかし、実はこの瞬間、主人公ミナの預かり知らぬところで、既に状況は好転し始めていたのだった。