一歩目 ここは?
ザザザ――
ノイズ交じりの映像が頭の中に浮かんだ。
ひとりの少女が塔の頂上に立ち、街を見下ろしている。
少し体がよろめけば、すぐに落ちてしまいそうなほど小さな足場に立っている。
しかし悠々と立っているように見える。
恐怖なんて微塵も感じていないように見える。
それは斜め後ろから見ている映像のようで、顔は見えないが、きっとその表情は落ち着いていることだろうと思った。
声が聞こえてきた。
『人は誰しも、気ままな旅人なんだ――』
――私はドキリとした。
どうやらその少女がそう言ったらしい。
……なんで?
たまたま? 偶然?
私は動揺する。
だって、それは私の座右の銘だから。
よく覚えている。
『ミナ、人はね、誰しも旅人なんだよ。それも気ままな旅人なんだ』
死んだおばあちゃんが、よくそう言っていた。
でもその時の私は、その言葉の意味を全然理解していなかった。
だからいつも同じような反論をしていた。
『でもお父さんはいつも難しい顔をしているよ?』
これが私のいつもの反論だった。
でも、おばあちゃんの返しもいつも同じだった。
『お父さんはね、“気ままに”難しい顔をしているんだよ』
『よく分かんない。だって、全然気ままじゃないじゃん!』
するとおばあちゃんは笑う。
私はこの笑顔が好きだった。
『なら、ミナがお父さんを笑わしてやりなさい。あの子は難しい顔をしすぎだと、私も思うさ』
『うん!』
――そしてお父さんを笑わせようと頑張る。
そこまでが一連の流れだった。
『人は誰しも気ままな旅人』
その意味を理解したのは、おばちゃんが死んでからだった。
そして、それはおばあちゃんから私へ受け継がれ、私の座右の銘になった。
そんな言葉。
それを映像の少女が言った?
確かにシンプルな言葉だから、他の誰かが口ずさんでも、不思議はないかもしれない。でも……
私はその少女の正体が気になって仕方なかった。
――すると、ゆっくりと映像が回り出した。
映像が回る、回る。
そして風が吹く。
少女の黒髪がふわりと舞った。
見えた。
それは――その顔は――――――
「え? ……なんで?」
「けっけっけ。『なんで?』だって、やんすよ」
私はさっきまで、夢を見ていたようだ。
そしてここは、ベッドの上ではないらしい。
草原というべきか、森というべきか。
自然あふれるところに、私は立っているようだ。
「どういうこと?」
「まだ状況が分かっていないらしいなぁ? ぐへへ、“教育”しがいがありそうな娘だな!」
私以外にも人がいる。
男が2人と、馬車らしきモノの近くにさらに何人かいる。
「えーと、訳分からないんですけど……」
なんだろう?
明治村みたいな感じで、昔の再現的な観光地だったり?
でも、私、こんなところに来た記憶がない……
「とりあえず、家に帰りたいんですけど、私、迷子になったみたいです」
「ぎゃはははははは!! これは傑作だなぁ!」
「ホントでやんす。傑作でやんすねぇ~」
「?」
……私、何か変なこと言ったり?
笑われるのは、地味に精神ダメージが大きいので、やめていただきたいのですが……
「まあ、奴隷になっても、家族が買い戻してくれるかもな。そうすれば家に帰れるさ。見たところいいところのお嬢さんみたいだしなぁ?」
「しかしこんな状況になっても分からないなんて、とんだ常識知らずの娘でやんすねぇ~」
「早く、この綺麗な顔が絶望に染まるところが見てみてぇなぁ!」
2人の男は私を見て、ニヤニヤとした気持ち悪い笑みを浮かべて、そう言ってくる。
えっと……
本当にどういう状況か理解できないんですけど?
そのとき、馬車の方から大声が聞こえる。
「おい、てめぇら!! こんなところで時間を無駄にしている暇はねぇ! その女とっとと捕まえて来い!」
「了解でっせ!」
「了解だなぁ!」
二人の男がそういうと、物凄い速さで動く。
速い!?
速すぎる!!
人間ってこれほど速く動けるのかと、疑問に思うほどの速さだった。
「あれ?」
いつの間にか、私は全身縄で拘束されいた。
男に担がれ馬車に乗せられ、ガタガタと揺れながら動き出した。
えー??
どゆことー?
もしかして、なんか、ヤバイ?
「……」
私は真剣に考えることにした。
馬車には別の男たちが乗っていた。
合計すると、計5人か。
「ここで“商品”が手に入ったのはでかいな」
「しかも上玉だ。どこぞの富豪の娘か?」
「貴族の娘の可能性もあるぞ」
「まあ他国に入れば関係ねぇ。まさに鴨ネギって感じだな!」
「ああ、俺らもまだ、神に見放されてはないらしいっすねぇ」
男たちの会話が聞こえる。
記憶を呼び起こし、過去の男たちの会話や私が見た光景を思い出していく。必要な情報を探していく。
いろいろ疑問点がある。
馬車――なぜ、車じゃないのか。しかも道はアスファルトではなく、ただのむき出しの地面だった。だからだろう。揺れがひどい。
それに男たちの言葉。
それはまるで私をどこかに売りつけるような話しぶりだ。
よく分からないが、“私”というモノが彼らのお金になるらしい。
拘束されているところから見るに、私にとってそれは、あまり良くないことなのだろう。
臓器移植的なアレなのか、それとも風俗的なアレなのかは分からないが……
考えてみると、私はかなりヤバイ状況のようだ。
どうすれば?
でも他にも考えることはある。
ここはどこか? っていう問題だ。
考えても分からない。でもよく見ると、男たちも暇そうだ。もしかしたら、聞いたら教えてくれるかもしれない。私は全身縄で拘束されているから、何もできないしね。
「あ、あのっ……ここってどこですか?」
「ふん、答えてやってもいいぞ。ここはベルモント王国だ。レヨググの街と迷宮都市の中間あたりか?」
「もともとはカイジ帝国で活動してたんっすけど、懸賞金かけられて、仕方なくテューン神聖国家群に逃げ込むつもりなんすよ」
「おい、“商品”にこっちの弱みを見せてどうする!」
「大丈夫っす。“商品”がこんなこと知っても意味ないっす」
この後さらに質問した。
なるほどね、だいたい置かれた状況は分かった。
このままだとテューン神聖国家群で、私は奴隷として売られてしまうようだ。
この馬車は、
『カイジ帝国』→『ベルモント王国』→『テューン神聖国家群』
というルートで移動している最中であり、今はベルモント王国を3分の一ほど進んだところらしい。
今いるココ、ベルモント王国は基本的に奴隷禁止である。迷宮都市だけは違うらしいが、他の都市では完全に禁止でありまた、治安も3国の中で一番高いという。
私的には、ベルモント王国でいいじゃん! って思ってしまうが、犯罪者集団にとっては居心地の良くないところなので……
そしてこれから向かうテューン神聖国家群はその名の通り、宗教関連だ。
国ごとに少しずつ宗派が違い、頻繁にいざこざが起こる。そのおかげで戦争奴隷がいたり、誘拐されて奴隷になる人が居たりと……わりと救いのない場所らしい。
ええー。
嫌だ。
なんで私がそんな、奴隷に?
……ていうか、そもそも論、言っていい?
ここってどこよ?
タイムスリップだとしても日本語が使えることに説明がつかない。
ここは、なんだ?
私は、分からなかった。
でもこの世界は、確かに今、存在している。
体は拘束され、ひどい揺れを感じることしかできないが、私の体はここにある。
ここが現実だ。
分からない。
でも分からないなりに考え続けた。