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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十七章 明目張胆
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第八十九話 予測

・前回までのあらすじ

ガラリア帝国軍との繋がりを求める『枢機機関院』は、所有するオートマータ『コッペリア・フラム』をトーナメント戦に送り込むべく、『マリー直轄部会』のマグノリアに予備戦を挑んだ。

 繰り出す攻撃が、悉く空を切る。

 行動全てを読まれているのでは無いか――そう感じるほどに回避される。

 しかしフラムの胸中に、焦りは無かった。

 事前に『枢機機関院』を通じ、マグノリアの情報を得ていた為だ。


 『コッペリア・マグノリア』――シスター・マグノリア。

 『マリー直轄部会』所属のオートマータであり、その魂は『バジリスク』。

 活動経歴は、驚くほどに長い。

 二五年以上、国内外の紛争地帯に赴き、治安維持活動を行っている。

 二〇年前には『グランギニョール』に参加、『レジィナ』の称号を獲得。

 三〇年前、ウェルバーク公国へ潜伏し、諜報活動を行っていた記録もある。

 更に四〇年前、教皇守護の近衛部隊員として、ガラリアにて暴走した『神性帯びたるオートマータ』の鎮圧にも参加していた。


 彼女が錬成されたのは、実に四五年前。

 当時の教皇直属錬成技師にして『賢人』と讃えられる、サージュ・デュッフォーの手によって生み出されたという。

 恐らくは、最高にして最新鋭のオートマータだったのだろう。

 但しそれは、四五年も前の話だ。

 今となっては骨董品に近い個体――そう考えるのが普通かも知れない。

 しかしこれだけの長期間に渡り、活動を続けて来たオートマータだ。

 『マリー直轄部会』とは、教皇マリー直属の治安維持組織であり、そこに投入される資金と人員は、決して生半可な物では無い。

 その様な組織の基で活動するオートマータが、なんの改修も受けずに放置されているわけは無い。

 随時改修を行い、最新の技術が導入されていると考える方が自然だろう。


 つまり、マグノリアというオートマータは。

 四五年の戦闘経験がある、最新の個体である――そういう事だ。

 それも、戦場の場に於いて培われた極限の戦闘技術だ。

 その密度と時間は侮れない――それが、コッペリア・フラムの答えだった。


 確かにマグノリアの回避能力は驚異的だ、異常とすら感じる。

 得物による受け流しでも無く、高速移動でも無く。

 流れる様な体捌きによる絶妙な回避だ。

 緩やかにさえ見えるその動きは、予知能力でもあるのかと錯覚しそうになる。

 しかしこれは超常能力であるとか、そういう事では無い。

 この回避能力は恐らく、四五年という実戦経験によって培われた能力なのだ。


 呼吸、視線、腕の挙動、肩の位置、足運び。

 そういった断片的な情報を分析し、こちらの初動と行動を『予測』している。

 複数の可能性を考慮しつつも、瞬時に正着を見極める。

 その見極めが、精密無比な『予測』を実現している。


 或いは熟練の兵士が、そういう領域に到達するのだと学んだ事がある。

 そして熟練という事であれば、マグノリアは四五年の経験を経ている。

 それだけの期間、実戦を繰り返す事など人の身では不可能だ。

 オートマータであっても、ここまで実戦を繰り返した個体は存在しまい。

 膨大な戦闘経験の積み重ねに裏打ちされた『予測』。

 『予測』こそが、神懸かり的な体捌きの真髄だった。


 フラムは右手に構えたモーニングスターの、グリップを振るう。 

 真紅のブレスト・プレートが煌めき、放たれていた星型鉄球が引き戻される。

 同時に長さ三メートルの鎖が、フラムの周囲を警戒する様に旋回し、波打つ。

 重さ四キロを超える鉄球も床板を削り、火花を散らしつつ舞い踊る。


 では何故、マグノリアは反撃に転じないのか。

 その理由についても、仮説は立てられる。

 マグノリアの圧倒的な経験則に基づく、精密な『予測』。

 だが――自分が手にする武器は、特製のモーニングスターだ。

 ここまで特殊な武器を使用する者など、過去に存在しなかった筈だ。

 或いは鞭や縄鏢という様な、近似した変則武装を使用する者との戦闘経験があるのかも知れない、故にここまでの回避を、可能足らしめているのかも知れない。

 しかし、己が戦闘経験との間に誤差が生じている為、反撃へと転じ難いのではないか。


 つまりここまでの数分間、回避に徹している理由は、誤差の修正及び、こちらの攻撃パターンを正確に把握する為――という事だろう。

 誤差の修正を終え、こちらの攻撃パターンを読み切ったと認識したなら。

 マグノリアは、きっと反撃に転ずる。


 フラムは右腕を、力強く振るった。

 鉄球が弧を描き、折り畳んだ左腕の肘部分に、鎖が高速で巻きつく。

 その状態で、大きく前へと踏み込んだ。

 距離を調節した上で放たれた攻撃は、正確無比にして強烈な横薙ぎ。

 鎖に繋がれた鉄球が、唸りを上げてマグノリアの頭部を狙う。


 モーニングスターによる横一閃を、マグノリアは紙一重で仰け反り躱す。

 直後、フラムは右手に握られている、鋼鉄製のグリップを手放した。

 肘に鎖を絡めた状態の左手で鎖を握り、鋼鉄製のグリップを打ち振るう。

 狙うは仰け反った姿勢で、バランスの崩れた足元だ。

 マグノリアは上体を大きく捻ると、瞬間的に跳躍して避ける。


 間髪入れずフラムは、空いている右手で鎖を掴み、鉄球を躍らせる。

 激しく波打つ鎖の動きに合わせ、鉄球は跳ね上がる。

 着地したマグノリアの頭部目掛け、撥ねた鉄球が落とされる。

 マグノリアはギリギリのところで身を翻し、攻撃を回避する。


 上下左右、鎖が唸り、鉄球が残像の帯を引きつつ、空間を切り裂く。

 些かの緩みも無い、殺意の高い攻撃が連続して繰り出される。

 しかし、これらの攻撃は全て餌だ――フラムはそう思う。

 

 四五年の経験値と、最新技術が導入された身体。

 或いはマグノリアは現時点で、自分よりも強力なオートマータかも知れない。

 故にこれほどの連続攻撃を、ここまで完璧に凌ぎ切るのだろう。

 精密極まりない『予測』に基づいた、完璧な回避。


 ――が。

 それこそが、付け入る隙だ。

 完璧にして精密な『予測』こそが。

 

 マグノリアが攻めに転じる時。

 それはマグノリアが、こちらの攻撃を全て見切ったと確信した時だ。

 その瞬間にこそ勝機が見える……フラムはそう考えていた。


 身構えるフラムを中心に、火花で真円を描く鋼鉄の鎖。

 真紅のガントレットが荒々しく動き、右手に握られたグリップが残像を生む。

 鎖はフラムの周囲を霞みながら揺れ動き、激しく擦過音が響かせる。

 その有様は、威嚇する蛇の様だ。


 と、その様に見えた次の刹那。

 フラムは強烈に前傾しつつ踏み込むと、全身のバネを以て右腕を振るった。

 蠢く鎖は急激にトグロを巻き、更に閃光の速度で伸び上がり、疾駆する。

 その先端に繋がれた星型鉄球も同様だ、鋭角に迫り出した鋲で空を切り裂く。

 そのまま真っ直ぐに、マグノリアの胸元へ吸い込まれて行き――。

 漆黒の修道着を鉄球が貫通した――かの様に見えた。


 そうでは無かった。

 鉄球の鉄鋲に切り裂かれた黒衣の端切れが、パッと飛び散る。

 同時に。

 一直線に伸びた鎖に沿って、マグノリアが一気に踏み込んだ。


 攻撃を避けて踏み込む、というタイミングでは無かった。

 フラムの攻撃と全くの同時に、躊躇無く踏み込んだのだ。

 一切の予備動作が無い動きだった。

 フラムの攻撃を、読み切ったとしか思えぬ動きだ。

 故に、身体を貫通したかと見紛うほどの際どさで、回避が成されたのだ。


 瞬くほどの間すら無く、二人の距離が一気に詰まる。

 フラムが撃ち放った星型鉄球は、未だマグノリアの遥か後方だ。

 黒い修道服の袖口から、二筋の繊細な光が伸びている。

 右手と左手、無造作に保持されていた二本の針だ。

 

 マグノリアは攻撃に転じた。

 それも、驚くほどに完璧な回避を見せてからの攻撃。

 つまりマグノリアは。

 こちらの攻撃を全て見切った、そう確信したという事だ。


 しかしそれは間違いだ、何故なら私は。

 未だ、手の内を全て見せてなどいないからだ。


 攻撃を避ける様に、距離を取ろうとする様に、フラムは一歩後退る。

 マグノリアは迷う事無く、その距離を潰しに掛かる。

 フラムは力強く、右手のグリップを引き絞る。

 放った鉄球を操作し、後方からの加撃を狙うと、見せ掛けたのだ。

 本命は、無造作に前方へ翳した左手。

 肘までを覆う真紅のガントレットに内蔵された、仕込みの刃。

 

 蒸気を吐き出す鋭い音が響いた。

 手首の内側から、鎖で繋がれた白刃が射出されたのだ。

 超至近距離からマグノリアの顔面へ向けて。


 黒曜石の如き輝を秘めた瞳がこちらを見据える、その中心へ。

 マグノリアの眉間を、仕込みの刃の切っ先が貫く。

 ――筈だった。


 爆ぜる様に貫かれたのは、頭部を覆う黒のベールと白いウィンプルのみ。

 漆黒の頭髪が視界を流れ、気づけばマグノリアの姿は消えていた。


「!?」


 いや、違う。

 消えてなどいない。

 すぐ傍にいる……下か!?


 あろう事か足元へ、滑り込まれていたのだ。

 フラムは身体を捻りつつ、刃と繋がる左手の鎖を打ち振るう。

 更に引き戻しておいたモーニングスターで追撃を。


 が――。

 いずれの行動も、実行に移す事が出来なかった。

 あらぬ方向へと飛んだ星型鉄球は、闘技場の石板を砕いて落下する。

 左手から伸びた、鎖付きの刃も、虚しく床の上で弾けた。


「……っ!?」


 愕然とする。

 左右の腕が、儘ならない。

 酷く重い、自在に動かす事が出来ない。

 何が、何が起こったのか!?

 

「――四肢を縛らせて貰った」


 低く錆びた声が、真後ろから聞こえた。

 身を翻そうとして――それが出来ない。

 両脚だ。

 両脚が腕と同じく、異様に重い。


 腕は重く垂れ下がり、脚も鈍重な鉛の如くに動かない。

 まるでどちらも、石と化してしまったかの様に。


「な……何故っ……!?」


 フラムは歯を軋らせながら、強引に身体を動かそうとする。

 しかしその動きは酷く緩慢だ。

 脚は引き摺る様にしか動かせない。  


「手足の麻痺は、およそ二〇分継続する。仕合は終わった」


 その時フラムは、己が両肩から生じる二筋の細い煌めきを見た。

 針だった。

 マグノリアが両手に所持していた二本の針だ。

 四〇センチはあったであろう針が半ばまで、深々と突き刺さっている。

 更に、左右の大腿部にも、同じく長い針が打ち込まれていた。

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』のシスター。元序列一位『元レジィナ』。

・司祭(ランベール司祭)=『マリー直轄部会』所属の司祭。


・コッペリア・フラム=『錬成機関院』と共同開発した『枢機機関院』所有のコッペリア。

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