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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十七章 明目張胆
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第八十八話 鉄球

・前回までのあらすじ

エリーゼに内蔵されたエメロード・タブレットが特殊である事を看破したヨハンに対し、レオンは自分の責任において必ず説明するので、回答を保留させて欲しいと頼む。ヨハンはそんなレオンの願いを聞き入れ、今後もエリーゼの為に協力する事を約束するのだった。

 円形闘技場に集まった観客は、ごく僅かだった。

 華美な刺繍が施された赤紫の修道服を纏う男達、これが一五名ほど。

 客席最前列の上段に設けられた、関係者用ボックス席へ横並びに座している。

 彼らは『枢機機関院』より派遣された、幹部職員達だった。

 皆、皺深い老齢の顔に汗を滲ませ、拳を握り締めている。

 闘技場で行われているコッペリア同士の戦闘を、食い入る様に見つめていた。


 『枢機機関院』幹部職員達が座る、ボックス席の向かい側。

 入場門脇の待機スペース。

 そこには、漆黒の修道服を纏う『マリー直轄部会』の男達が立っていた。

 人数は二名のみ。

 一人はピグマリオンの資格を有する、眼鏡を掛けた司祭。

 残る一人は眉間に深く刻まれた皺が特徴的な、痩身のランベール司祭だった。

 ランベール司祭は眼前の鉄柵に肘を乗せ、闘技場で行われている仕合の行方を見守っていた。


 今、行われている仕合は、貴族達を集めてのギャンブル興行では無かった。

 歓声も声援も無ければ聖歌も無い、オーケストラによる演奏も無い。

 会場内には、グランマリー教団の関係者しか存在しなかった。


 いわゆる『予備戦』――この仕合は二ヶ月後に開催される、エリク・ドミティウス・ドラージュ・ガラリア皇子主催の『トーナメント戦』に参加させるコッペリアを決める『予備戦』だった。


 序列上位のコッペリアを招集して行うこの『トーナメント戦』には、『不動の序列三位』が確約されている『枢機機関院』代表のコッペリアも参加可能だ。

 しかし、活動内容の機密保持を優先すべく仕合参加を望まぬ『マリー直轄部会』と、新たな利権獲得を目指して仕合参加を望む『枢機機関院』との間で、対立が発生した。

 しかも『マリー直轄部会』所属の『コッペリア・ジゼル』が『錬成機関院』所属の『コッペリア・ルミエール』と行ったエキシビジョン・マッチにて重傷を負った事から、更に事態は悪化してしまう。


 結果的に『枢機機関院』と『マリー直轄部会』は、何れも己が主張を譲らぬまま、双方が選出したコッペリアを戦わせる事で、問題の解決を図ろうとしたのだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 その娘は、端正な顔立ちをしていた。

 しかし前方を見据える緋色の眼差しは、硬質にして冷徹な光を帯びていた。

 無造作にたなびき揺らぐ長い頭髪は真紅、その煌きは焔を思わせた。

 『枢機機関院』を代表するコッペリア――その魂は『サラマンダー』。

 『コッペリア・フラム』だった。


 身体つきは女性的な優美さに満ちているが、弱さは微塵も感じられ無い。

 光沢を帯びた、真紅の金属製ブレスト・プレートを装備していた。

 両手両脚を覆うガントレットとグリーブも同じく真紅。

 いずれも複雑精緻な蛇腹構造を有し、ブレスト・プレートにも精密な分割加工が施され、身体の動きを些かも阻害せぬ造りとなっていた。

 更には全身から立ち昇る、白い蒸気。

 身に纏う軽鎧は、ただの鎧では無く『強化外殻』という事だ。


 右手に握られた得物は、鋼鉄製のモーニングスター。

 鈍く光る四〇センチ超のグリップには、聖女グランマリーを讃える聖句が刻まれており、そこから伸びる長大な鎖には、砲丸大にして重さ四キロ超の星型鉄球が繋ぎ留められていた。

 モーニングスターはフレイル同様、遠心力を活かしての打突攻撃が一般的だ。

 だが、フラムは違う。

 手にしたモーニングスターを、鞭の様に振るうのだ。


 膝に溜めを作り、低く構えたフラムは、右腕を巧みに躍らせる。

 すると彼女の周囲を鋼鉄の鎖が、蛇の様に波打ちながら旋回する。

 更に、鎖の先端に繋がれた星型鉄球が、闘技場の床で弾けて火花を散らす。

 鎖の長さが、通常のモーニングスターとは決定的に違う為だ。

 優に三メートルはあるだろう。

 それを自在に振るう事で、鎖と鉄球は複雑な軌道を描くのだった。


 音を立ててうねり、風を引き裂き、火花を撒き散らす鎖と鉄球。

 変幻にして自在、そして獲物を狙うが如く、獰猛に蠢く。


 その獰猛な蠢きを、冷たく光る漆黒の双眸が捉えていた。

 フラムの正面――距離にしておよそ五メートル。

 瞳の色と同じく、漆黒の修道服を纏った長身のシスターだ。

 腰まで届くウェーブ掛かったロングヘアもまた、同じ漆黒。

 冴え冴えと光る刃の如くに、研ぎ澄まされた美貌。

 両腕を左右に垂らし、両脚は肩幅に開き、真っ直ぐ立っている。

 その両手に握られている得物は――細く長い針だ。

 長さは四〇センチ程もあろうか。

 伸ばした親指と曲げた人差し指で摘まむ様に、真下へと垂らしている。

 剣呑な動きを示す鎖と鉄球を前にして、驚くほどの自然体。

 『マリー直轄部会』所属――その魂は『バジリスク』。

 シスター・マグノリアだった。


 闘技場中央で対峙する二人は、互いに相手を見据えている。

 戦闘が開始され、既に三分。

 いずれも相手に一太刀、浴びせるには至っていない。

 見合ったまま、動かずにいた訳では無い。

 激しい攻防の末、拮抗状態に陥っている訳でも無い。

 

 ――ふと。

 モーニングスターを操るフラムの身体が真紅の帯を引き、前方へ流れた。

 深く、激しく、一歩前へと踏み込んだのだ。

 同時に、真紅のガントレットに覆われた右腕が、跳ね上がる。

 鋼鉄の鎖が唸りを上げて、激しく波打つ。

 鎖に繋がれた星型鉄球が鉄色に滲み、圧倒的速度で前方へと撃ち込まれた。


 唸りと共に飛来する星型鉄球。

 マグノリアは右へ半歩、踏み込む。

 流れのままに上体を反らす。

 小さな動きだ――直後。

 放たれた星型鉄球は、マグノリアの修道服を僅かに切り裂き、疾走り抜ける。

 

 が、間髪入れずに、フラムの右腕が踊る。

 鉄球を繋ぐ鉄鎖が大きく波打ちうねり、回避したマグノリアの頭部を狙った。

 対するマグノリアは、緩やかに上体を仰け反らせ、追撃の鎖をやり過ごす。

 フラムの腕が強く引かれると、放った鉄球がそのまま引き戻される。

 それはマグノリアを背後から狙う一撃となって、襲い掛かる。

 死角を突くこの攻撃も、マグノリアは流れる様な足取りで回避する。

 星型鉄球の張り出した鋭角な鋲が、僅かに黒衣を引き裂いたのみだ。

 流血は無い。

  

 圧倒的な回避能力だった。

 かつてエリーゼと対峙したナヴゥル、グレナディの二人にも比肩し得る――或いはそれを凌駕しかねないほどの技術だ。


 その後も、次々と繰り出される星型鉄球を、確実に回避し続ける。

 不規則に波打ち、妖しげに螺旋を描く鉄鎖すら回避する。

 紙一重を見切る、数十分の一秒を見切る。

 マグノリアのそれは、まさに神懸かりだった。


 そして、ここまでの三分間。

 マグノリアはフラムの攻撃を、ただひたすらに回避し続けている。

 一切攻撃に転じようとはせず、回避に徹しているのだ。

 

 フラムの攻撃は、決して様子見というレベルには留まっていない。

 初弾から全てが致死を狙う強烈なものだ。

 それら全てを、マグノリアは確実に回避している。

 

 或いは攻撃を捨て去ったならば、回避も容易いと感じるかも知れない。

 しかしマグノリアの姿勢は、両腕を垂らした仁王立ちなのだ。

 フラムの攻撃に対し、構えてすらいない。

 完全なノーガードだ。


 攻防に際し、一切構えを取らぬ――それでは相手の攻撃を誘導する事も、相手の攻撃に制限を設ける事も出来ない。

 構えとはガードである。

 ガードの厚い場所を避け、薄い部分を狙う、それが攻撃の基本と言える。

 逆に言えば、構えを取り、ガードを上げる事で、相手の攻撃位置を想定する事が出来る、或いは攻撃を誘導する事も可能だろう。

 防御、回避とは、構えた状態でこそ、正しく機能する行動なのだ。


 にも拘らず、完全なノーガードで回避に徹するなど。

 相手に思うが侭、好きに撃ち込ませ、それら全てを完璧に捌き切るなど。

 よほどの実力差が無ければ、成立しない事だ。

 それが今、成立している。


 苛烈極まるフラムの連続攻撃を、マグノリアは捌き切っている。

 それほどまでに、フラムとマグノリアの間には、実力差があるという事か。


 『枢機機関院』の幹部職員達は、観覧席で声を失っている。

 汗に塗れ、拳を固めるばかりだ。

 まさかフラムの攻撃が通用しないのか?

 『蛇の女王』と呼ばれたシスター・マグノリア。

 二〇年前、『レジィナ』の称号を得たコッペリアだ。


 とはいえ二〇年も前の話だ。

 そして錬成されたのは、二〇年どころの話では無い。

 更に前の――先代教皇専属の錬成技師が錬成した筈だ。

 それはもう、骨董品ではないか。

 にも拘わらず、何故これほどに、何故こうも強いのか!? 

 皆、焦り、動揺の色を隠せない。


 ――が、マグノリアを見据えるフラムの瞳に、揺らぎは無い。

 実力差に焦りを覚えている様子など、微塵も無い。

 燃える様に赤い頭髪、燃える様に赤い強化外殻。

 しかしその瞳は、冷静かつ冷徹そのものだ。

 思考を読ませぬ為か、或いはそういう性質故か。

 もしくは未だ、全力を出してはいないのか。


 対するマグノリアの表情にも変化は無い。

 冷たく輝く漆黒の瞳が、フラムの紅い姿を映している。

 両腕を左右に垂らした無構え、無造作かつ無防備な立ち姿。

 こちらも思考が読めない、何が狙いであるのか掴めない。


 『枢機機関院』の代表を決める『予備戦』。

 勝敗の行方は未だ見えなかった。

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』のシスター。元序列一位『元レジィナ』。

・司祭(ランベール司祭)=『マリー直轄部会』所属の司祭。


・コッペリア・フラム=『錬成機関院』と共同開発した『枢機機関院』所有のコッペリア。

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