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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十六章 疾風勁草
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第八十七話 取引

・前回までのあらすじ

父・マルセルに頼んだ右腕義肢の改修施術も終え、レオンはようやく退院する。そのままエリーゼの再錬成を頼んだ『シュミット商会』へと趣き、担当のヨハンに感謝の言葉を伝える。ヨハンはレオンに再錬成の状況を伝えて後、エリーゼの体内に設けられた『エメロード・タブレット』の特異性について質問する。そこに違法性があるのではと訝しんでいる様にも思えた。

 大きな掃き出し窓の外から、小鳥のさえずりが聞こえて来る。

 中庭に植えられたトネリコの梢に、とまっているのかも知れない。

 会話が途切れ沈黙の立ち込める応接室に、繊細なさえずりだけが響く。


 レオンはテーブルの上へ視線を落す。

 エリーゼが何者であるのか――この問いに対し、何と答えるべきか。

 返答に迷う。

 エリーゼの『エメロード・タブレット』について、答えざるを得ない為だ。


 マルセルから送られて来たのだと答えても、そこに確たる証拠が無い。

 とはいえ、素性の解らぬ者から届いたタブレットを蘇生したとは言えない。

 ましてや自分で錬成したのだと、嘘はつけない。

 何より――この回答に対するヨハンの反応如何によっては『グランギニョール』への参加が危ぶまれる事態に陥りかねない。

 ヨハンは『タブラ・スマラグディナ』との関連を訝しんでいた。

 違法脱法の嫌疑を掛けられる危険性がある。

 『ヤドリギ園』の負債返済どころでは無い、それが怖い。

 ならば、こう答えるしか無いだろう。

 レオンは顔を上げた。


「……ヨハンさんの推察通り、確かにエリーゼの『エメロード・タブレット』は特殊です。ヨハンさんには恩義がある。質問には誠意をもってお答えしたい。ですが今しばらく……あと四ヶ月、お待ち頂く事は出来ないでしょうか?」


 回答を保留したい、そう申し出た。

 今ここで、トラブルを抱える訳にはいかない。

 エリーゼが仕合に参加出来なくなる状況は避けたい――それは『ヤドリギ園』の消滅を意味する。

 負債の清算期日まで、残り四ヶ月……それ以降であれば。

 いや、件のトーナメント終了以降であれば。

 最悪、自身が罪に問われる様な事になっても良い。


 仮にエリーゼの『エメロード・タブレット』が違法であると断罪され、自身が逮捕投獄され、錬成技師としての資格を失う事になったとしても。

 一度確定した払い戻しは、どの様な状況であろうと有効であり『ヤドリギ園』は救われる。


 また、エリーゼの身柄に関しても、一応の考えがある。

 ヨハンの疑問に対する回答として、自身が所持する『蒸気式精密差分解析機』に記録されたデータを全てヨハンに開示、そこから違法性の有無を探って貰うつもりでいた。

 もし違法性が見出された場合、その様な研究を行っていたという理由で告発を頼み、逃げる事無く法の裁きを受け入れる代わりに、エリーゼの秘匿と保護を頼む……そういうギリギリの取引をレオンは想定していた。


 レオンの申し出に対し、ヨハンの目つきが鋭くなる。


「エリーゼ君には何らかの秘密があると? そしてその秘密は、今この場で僕に知れると、不都合が発生すると……そういう事か?」


 力強いヨハンの視線を、レオンは真っ直ぐに受け止めた。

 もはや言い逃れる事も出来まい。


「仮に不都合が発生した場合、その責は全て、僕が一人で負います」


「――ちょっと待てレオン!」


 レオンの言葉を遮る様に、シャルルが口を挟んだ。

 テーブルに身を乗り出し、ヨハンを見据えて言う。


「すまないモルティエさん。この件には俺も関わっている、俺がレオンの雇用主だ。エリーゼは『衆光会』に属しているからな? もし問題があるなら、雇用主である俺に責任がある」


「待ってくれシャルル、話が混乱するから……」


 レオンは慌ててシャルルを制した。

 『衆光会』まで巻き込んでは、何かあった場合、収拾が着かなくなる。

 それでもシャルルは、レオン一人が責任を負う必要など無いと、食い下がる。

 冷静を装いつつも、冷静さを欠いているのだろう。

 そんな二人に対し、ヨハンが言った。

 

「――いや、解ったよレオン君。四ヶ月待とう」


 右手を軽く掲げ、揉める二人を取りなす様に告げた。

 レオンとシャルルはヨハンを見遣る。


「――責任という事であれば、僕にこそレオン君を負傷させたという大変な責任がある。どんな謝罪の言葉でも足りない、エリーゼ君の治療を請け負う事でしか、謝意を示す事が出来ないと感じていた」


 ヨハンはそう答えた。

 椅子の背もたれに身体を預けつつ、軽く息を吐く。


「先程も伝えた通り、僕は治療に際して、エリーゼ君と対話を繰り返した。その中で……ある種の感銘を受けたんだ、こういう物の考え方をするオートマータが存在するのかとね」


 窓の外――中庭へと視線を送る。

 青々とした芝生とシロツメグサの群生を、瞳に映しながら続けた。


「彼女は、僕が錬成した『グレナディ』最後の相手だ……複雑な想いはあるが、それでも敬意を感じている――」


「……」


「――だから信用する。エリーゼ君が、主と認めた君たち二人をね」


 レオンとシャルルの方へ向き直ったヨハンは、微かに微笑む。

 レオンは目を伏せ、謝意を伝えた。


「……ありがとう、ヨハンさん」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 プリントアウトされた治療データを、レオンは一通り確認し終える。

 僅かほどの瑕疵も見当たら無い、適切かつ堅実な再錬成だった。

 行き届いた処置に礼を述べつつ、確認すべき点を挙げ、意見交換を行う。

 問題点が全てクリアになったところでレオンは立ち上がり、右手を差し出した。

 

「――全てに於いて万全の処置でした。深く感謝します」


「お役に立てて何よりだ」


 差し出された手を握り、ヨハンはそう応じた。

 やがてヨハンは、皆をエントランスへと案内する。 

 同時に、エプロンドレス姿の娘――ドロテアが、シャルルの運転手が待つ待機室へと向かう。

 程無くして本部施設前の車回しへ、シャルルの駆動車が走り込んだ。


「何か協力出来る事があれば、何時でも声を掛けてくれたまえ、力になる」


「お心遣い、痛み入ります」


 ヨハンの言葉に、レオンは頭を下げる。

 次いでヨハンは、エリーゼへと視線を移した。


「君の勝利を祈っている」


 黒いベルベットドレスを纏ったエリーゼは、右手を胸元に沿え、ヨハンを見上げた。


「ありがとうございます、モルティエ様。それと……ドロテアさんに見立てて頂いたこのドレスですが、また返却に伺いします」


「構わないよ。君に進呈する。ドロテアが君の為に仕立て直したんだ、貰ってやってくれ」


 言いながらヨハンは、傍らに立つ娘――ドロテアを見下ろす。

 目許を黒い布で隠し、エプロンドレスを着込んだドロテアは、口許に穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 レオンはそんなドロテアを見遣り、質問する。


「――ヨハンさん、彼女は……」


「ああ、オートマータだ。君も『グランギニョール』の会場で、気づいたかも知れないが――『グレナディ』のサポートを行っていた娘達の一人だよ。仕合後、彼女だけが意識を取り戻した。戦う事は出来ないが、こうして助手を務めてくれている」


 ヨハンは右手でドロテアを示しつつ、答えた。

 円形闘技場を取り囲む様に並び、立ち尽くしていた娘達の姿を思い出す。

 彼女達は『天眼通』――『グレナディ』が有していた能力の一翼を担う存在であると推察していた。

 ドロテアはスカートを摘まみ、カテーシーにてレオンに頭を垂れる。

 レオンは微笑みで応じた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 車窓の外では白亜の巨大建造物群が、夕陽の中で赤黄色に溶け込んでいた。

 道路脇に林立する街灯も、乳白色の明かりを灯し始めていた。


「ご主人様、改めて謝罪させて下さいませ……」


 レオンの工房へと向かう駆動車の中。

 後部座席に座るエリーゼは、伏し目がちにそう呟いた。

 同じく後部座席に座るレオンは、傍らのエリーゼを見下ろす。

 そして、白い手袋に包まれた右手を差し出して見せた。

 

「いや……気にする必要は無いよ、エリーゼ。今回の件は誰のせいでも無い、事故だ。それに僕の腕は既に治療を終えている、何の不都合も無い」


「……ですが」


 エリーゼはレオンを見上げる。

 美しい柳眉が顰められている。

 レオンはエリーゼの紅い瞳を見つめ、良いんだ――そう言って首を振った。


「むしろ今まで僕は、何の代償も支払わず、エリーゼに負担を掛けていた。その事に心苦しさを感じていたんだ。だからこれで良い」


 そして視線を、義肢へと戻す。

 拳の形に右手を握り締め、再び開く。

 指の開閉を繰り返しながら、レオンは言った。


「――何よりこの義肢と共に新たな着想を得た。これからは、エリーゼ一人に負担を掛ける様な事はしない」


 エリーゼの紅い瞳も、レオンの義肢を映している。

 白い手袋を嵌めた義肢は、驚くほどに滑らかな動きを示した。


「一緒に戦えるはずだ」


 レオンがそう呟くと、エリーゼはそっと目蓋を閉じる。

 口を噤み、そのまま俯く。

 束の間の沈黙を経て口が開かれると、銀の鈴を思わせる声音が響いた。

 

「……私は、ご主人様をお慕い申し上げております。ダミアン卿も、シスター・カトリーヌも、心より好ましいと感じております。そして『ヤドリギ園』の子供達の事も好いております。この様な想い、過去の私には決して芽吹き得なかったこと。私は自身のこの様な変化を、喜ばしいと感じるのです……」


 言いながらエリーゼは、ゆっくりと目蓋を開く。


「――ですが私の裡には、死地を望み、戦闘格斗で得られる高揚を望み、闘争の宴に咲き誇る華の真実を望む……そんな想いが、同時に存在するのでございます。その私もまた――嘘偽り無く、真実の私なのでございます」


 レオンを見上げた。

 澄み切った瞳の色は、煌めくルビーそのものだ。


「ご主人様のその腕は、そんな私の本質が――抜き差しならぬ絶戦をこそ望む、私の心が、斬り落としたと断じて差し支えの無いもの。私は仕合う限りに於いて、その心持ちが揺らぐ事など決して無いでしょう」


 レオンはエリーゼの紅い眼差しを、真っ直ぐに見据える。

 力強く答えた。


「大丈夫だ、一緒に戦おう」


 艶やかな桜色の唇が、微かに震えた。

 エリーゼは目を細めると、瞳を艶やかに潤ませる。

 静かに告げた。

「やはりご主人様は、私が敬意を払い、誇るに足るお方です……」

◆登場人物紹介

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成した、非・戦闘型のオートマータ。

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