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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十六章 疾風勁草
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第八十六話 事件

・前回までのあらすじ

失った右腕に代わって義肢の接続に成功したレオンは、更にエリーゼのサポートを行うべく、父親のマルセルに義肢の調整を申し込む。一方『シュミット商会』にて身体のメンテナンスを受けていたエリーゼは、所長であるヨハンから『エメロード・タブレット』について言及されていた。

 白い綿のシャツに袖を通したレオンは、右手首をカフスで留める。

 続いて左手首のカフスを、右の義肢で留める。

 一連の動きはごく自然に行われ、もたついた様子は微塵も無い。

 鈍く光る義肢は、その指先まで完璧に馴染んでいた。

 ウエストコートを着込み、黒のスーツを纏う。

 右手に白い手袋を嵌めた。

 そのタイミングで、部屋のドアがノックされる。


「マルブランシュ様、ダミアン卿がお見えです」


「解った、通してくれ」


 看護スタッフの声にレオンが応じると、シャルルが姿を見せた。

 濃紺のラウンジスーツを着込み、口許に穏やかな笑みを浮かべている。


「既に帰り支度は、既に万端みたいだな」


「長居したい場所でも無いからね。いつも送迎を頼んでしまってすまない」


 シャルルの言葉に応じつつ、レオンは着替えの入った鞄を手にする。

 鞄の持ち手を掴むのは、白い手袋に包まれた右の義肢だ。

 シャルルは軽く首を振り、口を開いた。

 

「――良いさ、運転手は仕事に張りが出来て嬉しいと言っていた」


「額面通りには受け取り難いな、申し訳ないと伝えなきゃね」


 他愛の無い会話を交わしながら、レオンはシャルルと共に病室を後にする。

 ――と、部屋を出た先の廊下に、マルセルがいた。

 紫紺色のシャツにウエストコート、銀の鎖が揺れるモノクルにゴールドの左腕。

 廊下の壁にもたれ、軽く手を振りながら言った。


「退院おめでとう、レオン」


「……ああ、世話になった」


 マルセルの姿から視線を逸らしつつ、レオンは答える。

 ふふん、と、鼻を鳴らしたマルセルは、口許に笑みを浮かべた。


「我が息子の口から感謝の言葉を聞くのは、一〇年ぶりってところかな? 本来なら礼儀として、相手の目を見て謝意を伝えるものだが、まあ良いさ」


 そう言いながらマルセルは、内ポケットから封筒を取り出す。

 レオンに差し出しながら言った。


「請求書だ――追加施術の。ま、『シュミット商会』に支払って貰うんだな」


 無言で封筒を受け取ったレオンは、そのまま歩き出す。

 シャルルは、失礼します――そう言い残して後に続く。

 看護スタッフは額に汗を滲ませつつ、マルセルとレオンの姿を交互に見遣る。

 レオンの背にマルセルの言葉が響いた。


「右腕の追加施術で何が変わるのか、愉しみにしているよ!」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 穏やかな日差しの中、駆動車は風を切って走り続ける。

 特別区画の都市部を離れて郊外へ、辺りの景観は鮮やかな緑に切り替わる。

 手入れの行き届いた芝と植え込み、美しい花壇と遊歩道。

 小気味良く配置された常緑樹の緑が、程良いアクセントとなっている。

 そして、グランマリー守護を司る天兵達の彫像と噴水広場。

 ガラリア・イーサが誇る『特別区画』の外周庭園が広がっていた。


 駆動車は庭園沿いに走り続け、やがて巨大な純白の施設へと辿り着く。

 窓の無い平屋建て、漣の様に連なる切妻屋根。

 レオンの所有する錬成工房と似ているが、その規模は桁違いだ。

 錬成技師互助団体『シュミット商会』の本部施設だった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 広々とした室内に、装飾の様な物は存在しない。

 壁は漆喰仕立ての白。高い天井も白。

 その代わり、大きな掃き出し窓から、美しい中庭の緑が望める。

 『特別区画』の外周庭園よりも、より自然に近いレイアウトだ。

 黒い窓枠に切り取られた景色は、一服の絵を思わせた。

 そして、部屋の中央には巨大な黒いテーブル。


「――皮膚、筋肉、臓器、骨格、これらの再錬成は完了している、この資料にある通りだ。ただし神経網に関しては大半を放置してある、行動や反応に支障が出そうな個所のみ再錬成してあるが、そちらの所持するデータに則って、改めて再錬成すべきだろう……失礼、レオン君と呼んでも良いかな?」


 椅子に腰を降ろしたスーツ姿のヨハンは、手元の資料を差し出した。

 テーブルを挟んで向かいに座るレオンは、資料の束を受け取り頷く。


「構いませんよ、モルティエさん。貴方は先達だ、その様に呼んで頂いても」


「僕の事はヨハンと呼んでくれて構わない」


 表情を変える事無く、ヨハンは言う。

 稍あってレオンは、解りました――首肯して応じた。

 レオンの隣りにはシャルルが、そしてエリーゼが着席している。

 小さな身体を包むのは黒のベルベットドレス。

 背筋を伸ばし、軽く目を伏せて座っている。

 

 『シュミット商会』を訪ねてすぐ、三週間ぶりに対面した際。

 この会議室にてエリーゼは、おもむろに頭を垂れて謝罪の言葉を口にした。


 ――右腕の負傷は私の責任でございます。お父上による治療と私のメンテナンス、全て私が承り、ダミアン卿にお受けすべきと持ち掛けました。ご主人様の想いを無視した勝手な差配、本当に申し訳ございません……銀の鈴を転がす様な声音で、エリーゼはそう言った。

 変わる事の無い慇懃な物腰だった。

 気にする事なんて無い、君が無事で良かった――レオンはそう言って全てを許容した、何一つエリーゼに落ち度なんて無い。

 考え得る限り、最善の選択だったと思う。


 ――ただ一つの懸念を除いて。


 眼前のヨハンが、改めて口を開いた。


「レオン君の右腕の負傷が完全に回復しており、後のメンテナンスを全て行えるという事なら、エリーゼ君の神経網再錬成は任せたい――彼女もそれを望むだろう」


「お心遣い感謝致します、右の義肢は既に完調です。エリーゼの神経網――僕が再錬成の作業を引き継ぎます」


 ヨハンは頷く。


「そうか、義肢は完調か。この短時間で仕上げるとは、さすがアデプトと名高いマルブランシュ卿だ……いや失礼。君が父上と対立しているとの噂は聞き及んでいる。しかし僕にとって彼は、目指すべき偉大な錬成技師のひとりなんだ。あろう事か『シュミット商会』設立に際しても色々とお力添え頂いた……軽率な発言だったかも知れないが、許して欲しい」


「いえ、お気になさらず」


 レオンは微かに首を振り、聞き流す。

 その時、部屋のドアがノックされ、給仕用ワゴンを押した娘が姿を見せる。

 ワゴンの上には紅茶のセットが並んでいた。

 黒いエプロンドレス姿の娘だった。

 短くカットされた、ライトブラウンの艶やかな頭髪に愛らしい顔立ち。

 ただし、その目許は黒い布で覆われていた。


「ありがとう、ドロテア」


 ティーカップを並べる娘に、ヨハンは謝意を伝える。

 そして再びレオンを見遣った。


「ともかく右腕が完治しているなら、エリーゼ君の治療はお任せしよう。こちらで行った治療データは全てプリントして提出するよ」


「感謝します、ヨハンさん」


「――が、ひとつ。どうしても気になる点があった」


 ティーカップを片手に、ヨハンは探る様な眼差しをレオンに向ける。


「彼女に内蔵された『エメロード・タブレット』についてだ」


「……」


 そう質問されるだろうと、レオンは半ば察していた。

 身体の損傷を音響測定するのだ、当然、頭部も調べるだろう。


「念の為に音響測定で、頭部の損傷を検査してみたんだが、彼女の『人造脳髄』は極端に発達している――いや、尋常では無い処理を行うべく、事前に巨大かつ重厚な構造として存在している」


 ヨハンの言う通りだった。

 父・マルセルより届けられたエリーゼの『エメロード・タブレット』は、一般的な戦闘用オートマータの三倍近い『概念情報』を有していた。そんなタブレットを戦闘用では無い『アーデルツ』の身体に乗せ換える為、レオンは持てる技術の粋を振り絞り、尋常では無い密度の『人造脳髄』を組み上げたのだ。

 ヨハンはレオンを見つめたまま、発言を続ける。


「オートマータの頭蓋を通して、タブレットの記述内容を把握する事は出来ないが……神経網から辿れる『人造脳髄』の複雑さ、密度の高さから判断するに、エリーゼ君の『エメロード・タブレット』は、通常の三倍近い概念情報を有していると、僕は推察している」


「そうですか……」


 ヨハンはエリーゼの状態について、凡そ正確に把握していた。

 ただ問題は、ヨハンの疑問に、どう返答すべきかという点だ。


 エリーゼの『エメロード・タブレット』を覚醒状態で送りつけて来たのは、レオンの父親であるマルセルだ――それ以外に考えられない。

 しかし第三者視点で、そう断定出来るだけの証拠が無い。


 タブレットが届けられた際、手紙も一緒に預かっていた。

 手紙には、製図ペンを用いたと思しき、硬質な斜体の文字が刻まれていた。

 筆跡鑑定を無効化する為の処置である事は明白だった。

 更に手紙を封書として閉じていた封蝋の印も、歪な状態に偽装されていた。

 つまり、証拠を残さぬ工作を行ったと、敢えて解り易く示してあったのだ。


 それ故に、レオンは確信を深めていた。

 タブレットも、手紙も、父・マルセルから届けられたと、確信出来た。

 マルセルを騙るにあたって、マルセルに罪を着せぬ偽装を施す必要など無い。


 その事以上に、手紙にはレオンしか知り得ぬプライベートな事柄と、マルセル特有の大仰な言い回しを多用した、挑発的な内容が記述されていた。

 これを書ける人間は二人といまい。

 親子だからこそ察する事の出来る、忌々しい感覚なのかも知れない。

 とはいえそれは、レオンというフィルターを通さねば窺い知れぬ真実だ。

 第三者にしてみれば、根拠も証拠も何も無い、ただの憶測に過ぎない。


 このままタブレットについて質問された場合。

 そんな憶測を、ヨハンに伝えるべきか。

 ――が、ヨハンも多くの錬成技師達と同じく、アデプト・マルセルに敬意を抱いている。

 良い結果に繋がるとは思えない。

 あるいは、この場を取り繕う為に嘘をつくべきか。

 自分の手で錬成したのだと。

 それも上手い言い訳とは言えない。

 悩むレオンに、更なる言葉が投げ掛けられる。


「それほどに高密度な『エメロード・タブレット』――錬成機関院付属の学習院が、錬成方法を指南しているとは思えない。そして学習院で得た知識と技術の延長線上に、錬成される代物だとも思えない」


「……」


「レオン君も知っていると思うが――ガラリア神聖帝国では『神性帯びたるエメロード・タブレット』、つまり『タブラ・スマラグディナ』の錬成は固く禁じられている。『神を錬成してはならない』という大原則、禁忌に触れる為だ」


「ええ」


「その原因となった、四〇年前の『事件』についても知っているかね」


「ええ、知ってます……」


 『神を錬成してはならぬ』――それは『神聖帝国ガラリア』で活動する全ての錬成技師達に『錬成機関院』を通じて布告された大原則であり、法の一つだ。

 その大原則は、ガラリアで発生した、ひとつの『事件』に起因する。

 ガラリアで活動する錬成技師ならば誰でも知っている、四〇年前に発生した大きな『事件』だった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 当時『錬成機関院』は、覇権国家たる『神聖帝国ガラリア』の、絶対的な優位性を維持すべく、極限の性能を有するオートマータの錬成を目指していた。

 膨大な国家予算が投入され、優秀な錬成技師達によるプロジェクトチームも結成された。チームのメンバーは皆、『神聖帝国ガラリア』の威信を背負い、全身全霊で研究に没頭、不眠不休で研究開発を続けていた。


 その結果、プロジェクトチームは『神性帯びたるエメロード・タブレット』……いわゆる『タブラ・スマラグディナ』の錬成に成功、更に『タブラ・スマラグディナ』を内蔵したオートマータの錬成にも成功する。

 それは『神』の意識を有するオートマータだった。


 しかし『神』の意識を有したオートマータは、覚醒と同時に暴走する。

 プロジェクトチームに参加していた錬成技師および政府関係者、更には護衛の兵士達を次々と殺傷、甚大な被害をガラリアにもたらした。

 最終的に教皇守護の要として配備されていた、オートマータの近衛部隊に鎮圧されたが、その際、部隊の半数が損壊に追い込まれている。

 まさに天災の如き『事件』だったという。


 事態を重く見た『錬成機関院』は『神性帯びたるエメロード・タブレット』――『タブラ・スマラグディナ』の製造を、永久に規制すると定め、更に練成機関院および付属学習院の教育課程からも『タブラ・スマラグディナ』に付随する研究成果の全てを、完全に抹消すると決定したのだった。 


 ◆ ◇ ◆ ◇


「四〇年前の『事件』――その原因ともなった『タブラ・スマラグディナ』を錬成するにあたり、高名な錬成技師が何人も招集されていた。僕の義父にも参加要請が来たそうだ」


 ヨハンは淀み無く語り続ける。

 相槌を打ちながら、話を聞くレオン。


「モルティエ氏にもですか……」


「そうだ。しかし義父はその要請を断った――義父はもともとオートマータの錬成に興味が薄く、加えて『神』の意識を有するオートマータの錬成にも、抵抗があったらしい……」


 ヨハンは一息入れる様に、紅茶のカップに口をつける。

 改めて口を開いた。


「……『マルブランシュ家』は、代々続く高名な錬成技師の家系だと聞いてる。ならば四〇年前――君の祖父にあたる人物が、そのプロジェクトに参加していたという事はないかね?」


 ヨハンが何を思っているのか、理解出来た。

 高密度な『人造脳髄』を必要とするエリーゼの『エメロード・タブレット』。

 『神性帯びたるエメロード・タブレット』……『タブラ・スマラグディナ』。

 この二つの要素に『マルブランシュ家』が関係するのなら、或いは――という、ヨハンはそういう仮説を立てているのだ。

 しかしレオンは首を振り、否定を示した。


「いえ……祖父が『タブラ・スマラグディナ』錬成のプロジェクトに参加していたという話は、聞いた事がありません。父から聞いた話では――祖父は五〇年前、三〇歳の時に実験中の事故で負傷、錬成技師を引退したそうです。その一〇年後『事件』が発生した年に、アルコールの過剰摂取で死亡したと……」


「すまない、憶測で軽率な質問をしてしまった」


 ヨハンは謝罪の言葉を口にする。

 いえ、お気になさらず……レオンはそう言って、カップに口をつける。

 レオンの隣りではエリーゼが、静かに目を伏せ、口を噤んでいる。

 ヨハンはエリーゼを見遣りながら言った。

 

「ただ――そう思えるほどに、エリーゼ君の『人造脳髄』と『エメロード・タブレット』は……僕の想像を超えていたんだ」


「……」


「――高密度な『人造脳髄』、そこから類推される『エメロード・タブレット』の規模と精度。いや、それだけじゃ無い。この数週間、彼女と対話しつつ、負傷個所の再錬成とメンテナンスを行っていた、そして僕は強く感じたんだ。エリーゼ君は……尋常のオートマータでは無いと」


 ヨハンは真っ直ぐにレオンを見つめ、尋ねた。


「純粋に知りたい――彼女はいったい何者なんだ?」

◆登場人物紹介

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。


・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・ドロテア=ヨハンが錬成した、非・戦闘型のオートマータ。

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