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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十六章 疾風勁草
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第八十三話 困惑

・前回までのあらすじ

レオンの身を案じ『特別区画』の闘技場・地下診療施設を訪ねるシスター・カトリーヌ。そこでカトリーヌは、レオンの父親であるマルセルを出会う。マルセルはカトリーヌが、レオンに使用する義肢の初期設定を行ったと知り、その才能を高く評価、錬成技師になる事を勧めたのだった。

 革張りのソファが並ぶ待合室にて、カトリーヌは立ち尽くしていた。

 身体が動かなかった。

 両の肩を、強い力で掴まれていた。

 痛みは無い。痛みは無いが――熱を感じる。

 身体の奥底から、込み上げて来る様な熱を。

  

 レオンと良く似た面差しだった。

 長身痩躯、眩いばかりの微笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。

 煌めく灰色の瞳には、濡れた様に輝いていた。

 そこには、艶やかな褐色の頬を紅潮させたカトリーヌが、映り込んでいた。


「キミが望むなら、ボクは必ず力になる。絶対に。故に――」


 マルセルは身体を起こし、背筋を伸ばした。

 そして白いドレスシャツの胸ポケットを探り、薄い金属ケースを取り出す。

 そこからカードを一枚、抜き取ると、カトリーヌの方へ差し出した。


「――これが、ボクへ繋がる電信ナンバーだ。入力した内容は、ボクしか読まない。何時でも良い、その気になったなら連絡をくれたまえ、何処へでも迎えに行こう。ああっと……出来ればこのカード、無くしたり、他人に渡したりしないで欲しい。誰にでも配ってる物じゃあ無いんだ、ボクが信頼に値すると感じた者にだけ、配っている」


 カトリーヌは、差し出されたカードを両手で受け取る。

 そこには金のアラベスク模様に縁取られた、十数桁の数字が記載されていた。

 顔を上げたカトリーヌは、口を開き掛ける。


「……ですが私は」

 

「うん解る、でもね? 失礼ながらシスターの年齢は幾つだろうと考えてみた……憶測だが恐らく二〇歳に達していないと思うね、ハイティーンって事だ、グランマリーのシスターは、二〇歳までの修練期間内なら世人に戻る事も、支障無しと聞く。――ボクはキミの才が惜しいと思う、その才を活かすべきだと願う。それが才在る者の『義務』だとボクは信仰している……が、とはいえ選ぶのはキミさ。そういう道も在るのだと伝えたかった――キミが進む道を、ボクなら用意出来ると伝えたかった……」


 マルセルは金色に輝く左手を軽く上げると、そう説いた。

 真摯さと、穏やかさに満ちた口調で――それはレオンの声質に少し似ていた。

 幾許かの逡巡を経て、カトリーヌは答える。

 

「ご……ご厚意に、感謝致します……」


 複雑な心境だった。


 カトリーヌは幼少の頃、焦土と化した南方大陸のマウラータにいた。

 内戦で家を失い、家族を失い、身寄りも無く、生きる術も無かった。

 そんなカトリーヌを救い出したのは、背の高いシスターだった。

 血に塗れた修道服を身に纏い、カトリーヌの手を決して離さなかった。

 全てを失ったカトリーヌを、最後まで裏切らなかった。

 そのシスターに憧れ、カトリーヌは彼女と同じ道を目指したのだ。

 その想いは揺らがない、決して揺らがない。


 しかし、レオンの父親であるマルセルの言葉は、何故か響いた。

 この感情が何なのか、何処から来るモノなのか、理解出来ない。

 でも、決して嫌な気持ちでは――。


「――マルブランシュ卿、お目覚めですか?」


 その時、低い声が投げ掛けられた。

 ダークブラウンのフロックコートに身を包んだシャルルだった。

 

「関係者用の待機所を訪ねたのですが、マルブランシュ卿は既にレオンの施術を終えたと聞き及んだところです」


 その声と表情は、どこか硬い。

 鋭く見遣る両眼に、警戒の色が浮いている様にも見える。

 しかしマルセルは一切気にした風も無く、楽しげに答えた。


「これはダミアン卿。ボクもこちらのシスターから話は聞いているよ? レオンの見舞いに来てくれたのだろう?」


「はい――念の為に早く来たのですが、少々早過ぎたでしょうか。お騒がせしたようで……」


 シャルルの言葉にマルセルは、軽く頭を振るとソファへ近づく。

 背もたれに掛けられていたジャケットを手に取り、袖を通しながら言った。


「なに、気にする事は無いさ。シスター・カトリーヌのおかげで、施術は四時間ほど前に完了したんだ。ボクはゆっくりと仮眠を取る事が出来た……」


「四時間前ですか? 予定よりも随分早いようですが……」


 シャルルは驚いた様に聞き返す。

 マルセルは左目のモノクルを煌めかせつつ、笑みを浮かべた。


「言っただろう? シスター・カトリーヌのおかげだって。彼女は本当に良い仕事をした、だからボクの施術も完璧だ、短時間で施術を終えられたのは、義肢の調整時間が大幅に削減されたからだよ、その謝意をシスターに伝えていたんだ」


 カトリーヌは恐縮して目を伏せる。

 いえ……お役に立てたのなら幸いです……と、小さく応じる。

 成り行きに納得したシャルルは微かに頷き、肩の力を抜いた。

 

 シャルルは、マルセルとレオンとの間に、確執がある事を知っている。

 それはもはや、断絶と言って良いほどの、巨大な隔たりとなっている。


 更にマルセルは『衆光会』に所属する貴族・ルイス卿を唆し、『ヤドリギ園』の売却を推進、その計画を以て『エリーゼ』を擁するレオンを『グランギニョール』の舞台へ引き摺り出そうとした……その疑惑がある。

 そもそも『エリーゼ』のエメロード・タブレットをレオンの許へ届けたのも、マルセルの仕業に違いないと考えている。

 そして『アーデルツ』が『グランギニョール』へ参加するきっかけにマルセルが関わっていた――その想いも強い。

 故にシャルルはレオンと同じく、マルセルに対し、強い警戒心を抱いている。

 

 しかしカトリーヌは、そういった事情を知らない。

 レオンもシャルルも、カトリーヌに、それらの疑惑を伝えてはいない。

 『ヤドリギ園』の立ち退き問題に、マルセルが関与している可能性について、一切話していなかった。

 それは『ヤドリギ園』で働く他のシスター達や、園長に対しても同様だ。


 何故なら証拠が無い。

 在るのは偽装跡のある歪な手紙と、過去の経緯から繋がる状況証拠のみだ。

 レオンだけが知り得る確信的な事柄であっても、証拠とは言い難い。

 それでもシャルルは、レオンの推察と直感に妥当性を感じ、信じている。

 ――が、客観的には、証拠不十分であると言わざるを得ない。

 その事はレオンも承知している。


 不確定な事柄を周囲に吹聴する訳にはいかない。

 それがシャルルとレオン、共通の判断だった。


「――なんだ、待機所の連中は何も言わなかったのかい?」


「面会には、マルブランシュ卿の最終判断が必要だと聞かされました」


 マルセルの質問にシャルルは答える。

 その答えにマルセルは口を尖らせ、肩を竦めて見せた。


「うーん、優秀な連中なんだが、自分達の責任で判断を下そうとしないトコロが玉に瑕だな……融通が利かん。まあ良い、ダミアン卿の言う通りだ。レオンが目覚めてて、容態が安定しているなら、すぐにでも面会は可能だ――ついて来たまえ」


 そう言ってマルセルは、おもむろに歩き始める。

 シャルルとカトリーヌも後に付き従う。


 歩きながらカトリーヌは、落ち着かなければ――と思う。

 平静さを保っているつもりなのに、思わず足早になってしまう。

 もうすぐレオンに逢える――その想いに、息苦しくなっている。

 胸が高鳴っている。

 本当は、そんな事を考えてはいけないのに――そう思う。

 レオンは大怪我をしている、そんな状況なのに。


 施術が上手く行ったと聞いたせいかも知れない。

 或いはマルブランシュ卿の言葉に、勇気づけられたせいかも知れない。

 心臓の鼓動が、早鐘の様に打つ。

 落ち着かなければいけないのに、気持ちが、心が、逸ってしまう。

 カトリーヌは、浅く息を吐いた。


 闘技場地下の通路を暫く歩けば、待機スペースが見えて来る。

 マルセルは近づくと、そこにいる職員に声を掛ける。

 二言、三言、言葉を交わして振り返る、ここで少し待っていてくれたまえ――そう言い残し、通路奥の部屋へ立ち入った。

 きっとレオンの病室なのだろう。


 数分後、部屋のドアが開き、マルセルが姿を見せる。

 こちらを見ながら片手を上げると、良く通る声で言った。


「来たまえ――面会可能だ」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 広々とした部屋は、厚手の仕切りカーテンで四つに区切られていた。

 それはベッドが四つ並ぶ、相部屋である事を示していた。

 ただし利用者はレオンだけなのだろう、うち三つのベッドは空いていた。


「私は外に出ているよ。レオンの奴は気難しくてね、私に対して冷たいんだ。キミたちでアイツの気を紛らわせてやってくれ。ああ……それと、仕切りカーテンの中へは入れるが、ベッドを囲むレースカーテンの内側へは入らないでくれたまえ。滅菌処置を施してあるからね」


 マルセルは笑顔でそれだけ告げると、部屋の外へ出て行った。

 残された二人は、入り口脇の洗面台で手を洗うと、フェノール希釈溶液を着衣に噴霧し、軽く消毒を行う。

 そしてカーテンで閉ざされた、ベッドの方へ歩み寄る。

 シャルルが声を掛けた。


「――レオン、入って良いか?」


「ああ……」


 シャルルの問いに、低く掠れた声が返って来た。

 レオンの声だ。

 シャルルに続きカトリーヌも、仕切りカーテンの中へと立ち入る。


「容態はどうだ? レオン」


「ああ、大丈夫だ……」


 仕切りカーテンの内側には、淡く蒸気が漂っていた。

 複数の医療用解析機器と、加湿を促す暖房装置が作動している為だ。

 微かな作動音を響かせる錬成機器の隣りに、医療用ベッドが設置されている。

 薄いレースのカーテン越しに、ベッド上で横たわるレオンの姿が見えた。


 カトリーヌは自身の胸元に両手を添える。

 落ち着かなければ、改めてそう思う。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返す、気持ちの昂ぶりを抑える。

 声が震えぬ様に気をつけながら、静かに言った。


「レオン先生……お加減は如何ですか?」 


「――え? シスター・カトリーヌも来てくれたのか? そうか、こんな見苦しい格好ですまない……」


 レオンは驚いた様に声を上げると首を巡らせ、カトリーヌを見上げる。

 マルセルからカトリーヌが来た事を、教えられていなかったのだろう。


 レオンは水色の検診服を纏っていたが、服の右側を開けさせていた。

 露出した右腕には、解析機器と繋がるケーブルが何本も接続されていた。

 右上腕部から先が、鈍く光る霞色の義肢となっていた。


「施術は……上手く行ったらしい。多少微熱はあるけれど痛みは軽い、鎮痛剤が効いているからね。義肢はまだ、自由に動かないけれど……少しずつ調整を繰り返せば、三週間もすれば元通り可動する筈だ、なので今は……無頼気取りなみっともない格好を、許して欲しい――」


 カーテンの向こうから、そう答えるレオンの顔色は優れない。

 言葉ほどには、体調が良く無いのかも知れない。

 それでもレオンは、ぎこちの無い笑みを口許に浮かべ、答えた。

 精一杯の冗談なのだろう。

 カトリーヌはその言葉を聞き、微笑もうとして……出来なかった。

 

 レオンの右腕――光沢を帯びた義肢が、シーツの上に投げ出されている。

 肩口は生身であり、生身の腕に金属の義肢が繋がっている。

 義肢には、捻りや可動を確保する為に設けられた複雑なパネルラインが、うっすらと浮かび上がっている。

 パネルラインに沿って、何本ものケーブルが接続されている有様は、精密機械の様だ。

 とても精密で、とても硬質で。

 冷たそうで、痛々しくて。


「先生――」


 ふと、口から零れた言葉は、掠れ、震えていた。


「レオン先生――」


 どうしよう。

 我慢出来ない。

 気がついた時には、頬に涙が伝っていた。


「ごめんなさい……」


 こんなところで泣いては、レオン先生に迷惑を掛けてしまう。

 だから、泣いたりしては駄目だ。

 なのに、涙が止まらない。


「ち、違うんです……これは……」


 手で顔を覆い、俯く。

 迷惑は掛けたく無い。

 だけど。


「レオン先生――ごめんなさい……」


 カトリーヌの微かな嗚咽が、静かな部屋に響いた。

◆登場人物紹介

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

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