表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十六章 疾風勁草
82/290

第八十一話 会遇

右腕に義肢を接続する施術の最中、レオンはエリーゼに関する夢を見た。いかにしてエリーゼの損傷を抑える事が出来るのか、いかにしてエリーゼの勝率を上げる事が出来るのか。思い悩んだ末に、レオンは画期的な着想を得る。そして夢から覚めたレオンは、右腕接続の施術が無事に終了している事を知るのだった。

 窓から差し込むカーテン越しの陽光が、室内をほんのりと照らしていた。

 淡いダマスク柄が刻まれた白い壁、天井には木製のシーリングファン。

 身に着けているフランネルのパジャマは、シャルルが用意してくれた物だ。

 濃紺の修道服は、壁際のハンガーに掛けてある。


 柔らかなベッドの上で、カトリーヌはゆっくりと身体を起こす。

 結局、殆ど眠れなかった。


 レオンの事が気掛かりだったし、エリーゼの事も心配だ。

 環境の変化に目が冴えてしまった点も大きい。

 何があるのか解らないのだから、本当なら少しでも眠るべきなのに。

 それが出来なかった。


 洗顔を終え、身支度を整えたところで、ドアをノックする音が聞こえた。

 朝食の準備が整っております――寝室の外から、そう声を掛けられる。

 昨晩、部屋へと案内してくれた、ハウスメイドの老婦人だろう。

 はい――と、応じたカトリーヌは鏡の前で襟元を正し、寝室を後にした。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 ダイニングルームは、広々と落ち着いていた。

 クリーム色の壁紙は暖かな風合いで、壁際には煉瓦造りのマントルピース。 

 高い天井にはシャンデリア風の黄色灯、部屋の中央にはオーク材のテーブル。

 大きな窓に視線を映せば、緑豊かな庭園が見渡せる。

 居心地の良い、瀟洒なダイニングルームだった。


 席に着いたカトリーヌの前には、老ハウスメイドの手による朝食が並ぶ。

 薄くスライスした小麦のパンに、チーズとハム。

 茹で卵に温野菜のスープ、そしてミルクとコーヒー。


 ガラリア貴族は朝から肉料理を食べ、ワインを飲むと聞いていた。

 或いは土に塗れた野菜の様な物は、口にしないという話を聞いた事もある。

 しかしそれらは、俗説や流言の類いなのかも知れない。

 綺麗な器に盛りつけられた朝食は、とても美味しそうだ。

 小麦のパンも『ヤドリギ園』では、滅多に食べられるものでは無い。


 ただ――あまり食欲が湧いて来ない。

 どうしてもレオンの事が気掛かりで。

 とはいえ、わざわざ用意して頂いた食事を残す事なんて出来ない。

 カトリーヌはどうにかパンを頬張り、スープでゆっくりと流し込む。

 決して不味くはない、なので苦にはならない。


「――シスター・カトリーヌ、昨日はよく眠れたかい?」


 ふと、テーブルの向かい側に座るシャルルから、声を掛けられた。

 睡眠不足による疲労や食欲不振が、表情に出ていたのかも知れない。

 気遣わせてしまった事を自省しつつ、カトリーヌは答えた。


「はい……大丈夫です。寝室まで用意して下さり、ありがとうございます」


 その言葉にシャルルは、軽く首を振る。

 生成りのシャツをラフに着込んでいるが、品の良い着こなしだ。


「使っていない部屋だからね。何も気にする事は無い――」


 そう言ってシャルルは、コーヒーカップに口をつける。

 一口、二口と味わって後、改めて言った。


「――面会は午後からになる、なので食後は寝室で、もう少し休んで貰って構わないよ」


 シャルルはそう提案した。

 カトリーヌが殆ど寝ていない事を、察したのだろう。

 本当にダミアン卿は優しい――カトリーヌはそう思う。

 でも、その提案に首肯する事が出来なかった。

 逡巡しつつ、やがて心苦しそうに発言する。


「あの……出来れば早めにレオン先生を訪ねて、状況を知りたいんです……」


 なんて身勝手な言い草かと思う。

 これほど気遣って頂いたのに、こんなわがままを口にしてしまう。

 それでも――レオンが心配で堪らなかった。

 シャルルは気にした風も無く、頷く。


「――解った。それじゃあ、早めに行って待っていよう」


「その……申し訳ありません……」


「いや、良いさ。シスター・カトリーヌはその為に来たんだから。レオンもきっと喜ぶ……うん、良いサプライズになるよ」


 そう言ってシャルルは笑った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 昨晩と同じく、円形闘技場の裏手に駆動車で乗り入れた。

 シャルルは運転手に、電信にて連絡するので、また迎えに来て欲しいと伝え、駆動車を降りる。

 そのままカトリーヌを伴い、関係者用の通用門へと向かった。


 通用門を守る警備員に、シャルルは参加証を提示する。

 警備員は参加証を確認する傍ら、カトリーヌを見遣り、口許を歪めた。


「そちらも、身分の証明出来る物をご提示頂けますかね?」


 硬く冷たい声音だった。

 シャルルが低い声で告げる。


「彼女はグランマリー教団の助祭であり、我がダミアン家の客人だ。ダミアン家当主である私が参加証を提示している以上、そんな確認が必要か?」


「失礼……南方大陸の方だったもので。警備の観点から必要だったんです」


 警備員は悪びれる様子も無く、シャルルに言葉を返す。

 シャルルは警備員を睨みつけ、通して貰うぞ――そう言って歩き始める。

 カトリーヌは頭を垂れて一礼を残し、シャルルの後に続いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 闘技場地下の廊下を歩き、シャルルとカトリーヌは集中治療室を目指す。

 とはいえ面会時刻にはまだ早い、当然、室内に立ち入る事は出来ない。

 病院と同じく待合室がある為、二人は時間まで待つ事にした。


 そこは革張りのソファが並ぶ、簡素な部屋だった。

 とはいえ貴族達が利用する施設だ、それなりに設備は整っている。

 部屋の隅には冷暖房機器、壁際には観葉植物の鉢植えと雑誌が並ぶ本棚。

 部屋の奥には聖女を描いた絵画が飾られている。

 シャルルは懐中時計を確認しつつ、口を開いた。


「治療室の外に技師達が待機するスペースがある、改めて状況を確認して来るから、少しここで待ってて貰っても良いかな」


「はい、解りました」


 カトリーヌは頷き応じた。

 一緒について行ったとしても、聞ける話は同じだ。

 それに――警備員との件を思い出す。

 揉めるかも知れないと思ってしまう。

 これ以上、ダミアン卿に迷惑を掛ける訳にはいかない。


 待合室に残ったカトリーヌは、ソファに腰を降ろした。

 膝の上で手を組み、目を伏せる。

 心の中で、レオンとエリーゼの無事を祈る。

 昨日の夜も、ずっと同じ事を祈っていた。


 カトリーヌには、祈り願う事しか出来ない。

 『ヤドリギ園』の命運をレオンとエリーゼに託し、祈るばかりだ。

 二人の帰る場所を守るだけでは……痛みが募るばかりで。

 思わず涙ぐみそうになり――堪えた。


 こんな事では駄目だと思う。

 気持ちが沈み、心が弱い方へと流されている。

 昨日、殆ど寝ていないせいかも知れない。

 しゃきっとしなければ。

 カトリーヌは背筋を伸ばすと、艶やかな自身の頬を両手でパチパチと打った。


「――ああ、うん、なんだ? 何事かね?」


 その時。

 どこか間延びした声が、待合室に響いた。

 誰もいないと思い込んでいたカトリーヌは、驚いて声を上げそうになる。

 背後で何者かが動く気配を感じ、振り返ると、そこには一人の男がいた。


 ソファの上へ両脚を投げ出し、上体を両腕で支える様にして座っていた。

 恐らく、ソファに寝そべり仮眠を取っていたのだろう。


 長身痩躯に、胸元の開けたドレスシャツ、黒いスラックス。

 頭髪と瞳の色はグレー、精悍な顔つきだが、瞳の煌めきが何処か子供っぽい。

 とはいえ目許の皺を考慮すれば、歳の頃なら五〇代半ばといったところか。

 首からは、細い銀の鎖に繋がれたモノクルのレンズが揺れていた。

 何より目を惹くのは――黄金の色に輝く金属製の左腕だ。

 磨き抜かれた鎧かと見紛うほどだが、やはり義肢なのだろう。

 男は眠そうな目つきで大きく欠伸し、口許に金色の左手を翳す。


「――失礼。一仕事終えて仮眠をとっていたんだ。ああ、まだ眠いな……」


 邪気の無い笑みと共に、男はそう呟いた。

◆登場人物紹介

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンより『アーデルツ』を預かっていた。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。


・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ