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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十四章 権謀術数
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第七十五話 計謀

前回までのあらすじ

『グランギニョール』の高覧仕合に際して行われたエキシビジョンマッチは、負傷したコッペリア・ジゼルを救うべくシスター・マグノリアが乱入し、事なきを得た。その光景を見た貴族達は、二十年前にレジィナとして君臨していた『蛇の女王』の異名を持つ『コッペリア・マグノリア』の事を思い出すのだった。

 ――『グランギニョール』の序列を適正な物とする為、今日より三か月後、序列一位『レジィナ』以下、八名のコッペリアによる『トーナメント戦』を開催する。


 高覧仕合として催された、今回の『グランギニョール』を締め括る閉会式。

 エリク・ドミティウス・ドラージュ・ガラリア皇子は、高らかに宣言した。

 それは前例に無い、全く新しい試みだった。

 闘技場に集う貴族達は、その宣言を受けて狂喜する。

 足を踏み鳴らし、手を打ち鳴らし、声を上げては歓迎の意を示した。


 天才ピグマリオン『アデプト・マルセル』の一人息子・レオン。

 天才の血を継ぐ男が錬成したオートマータ――『コッペリア・エリーゼ』。

 二人の登場により状況が一変したのだと、皆そう考えていた。


 『コッペリア・エリーゼ』の性能は凄まじく、初陣にて序列一〇位の『コッペリア・ナヴゥル』を、二週間後に行われた二戦目にて、序列四位の『コッペリア・グレナディ』をそれぞれ下し、瞬く間に上位ランカー入りを果たしたのだ。

 この強烈な結果を受けて、多くの貴族達が胸を躍らせた。

 或いは『コッペリア・エリーゼ』の刃は、一〇年不敗の『レジィナ・オランジュ』に届くのでは無いか。その歴史的瞬間に立ち会えるのでは無いか。


 更には『ベネックス創薬科学研究所』所属の『コッペリア・ベルベット』――こちらも下位リーグから数えて僅か四戦、序列七位の『コッペリア・ガニアン』を討ち果たす大番狂わせを演じている。


 故に『グランギニョール』の序列が大きく変動、オッズ管理が困難となり、トーナメント戦にて序列を調整する必要が生じた――そういう話であり、貴族達もその話を聞き、さもありなんと納得したのだった。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇


 足元には臙脂色の絨毯、天井には木製のシーリング・ファン。

 アカンサス模様の壁には、色鮮やかな風景画。

 部屋の中央には、木製の椅子と共に配された巨大なテーブル。

 広々としたその部屋は、闘技場スタッフ専用の会議室だった。


 まず目につくのは、赤紫色の修道服を纏う男達だ。

 テーブルの片側へ横並びに六名、猫脚の椅子に腰を下ろしている。

 彼らは『枢機機関院』より派遣されて来た職員達だった。

 その背後には、壁に沿って八名の警護兵が立ち並んでいる。


 そんな男達とテーブルを挟み対峙しているのは、黒い修道服を纏った痩身の男――『マリー直轄部会』所属、ランベール司祭だ。

 司祭は痩せた肩を怒らせ、眉間に刃物傷の如き深い皺を刻みつつ、口を開いた。


「先のエキシビジョン……あれはいったいどういう事か、ご説明頂きたい。『錬成機関院』が擁するオートマータは、うちのジゼルに明確な殺意を以て刃を向けていた。にも拘らず、あれほどの暴挙を目の当たりにしながら、あなた方は必要な措置を取ろうとしなかった、それは何故か?」


 眼光鋭く繰り出される質問は詰問に近く、その声には怒気が滲んでいた。

 対する『枢機機関院』の職員達は、鷹揚な笑みを浮かべている。

 自らの地位と確かな後ろ盾に、絶対の自信を持っているが故の余裕か。

 職員の一人、膨張した様に肥えた男が応じた。


「殺気の有無など、ただの聖職者たる我らには判別しかねますな。この度の件は、エキシビジョンの延長線上にて発生した事故――それが我らの見解ですよ」


「左様。エリク皇子ご高覧に際して催されたエキシビジョン、熱の籠ったものとなる事など必定」


「その通り。むしろ『コッペリア・ジゼル』の未熟が、この事故を招いたのではと『錬成機関院』側から、そういう意見も挙がっているが?」


 肥えた男の左右に座る二人も、頷き合いながら同調する。

 いずれも皺深い老齢の男であり、口許に酷薄な笑みを浮かべていた。

 ランベール司祭は、嗤う三名を睨めつけながら言う。


「シスター・ジゼルは、教皇グランマリー様を守護すべく、ガラリア帝国軍協力のもと、錬成されたオートマータだ。不備も死角も無い。この度の問題は『錬成機関院』所属のルミエールが、隠し武装を使用したからに他ならない。あんなものを、エキシビジョンで使用する事などあってはならない」


 当然とも言える抗議の言葉だった。

 が、その言葉に対しても異を唱える職員が現れる。

 髭も眉毛も白い高齢の職員は、嘲る様な調子で声を発した。


「エキシビジョンとは実戦の予行演習という側面もある筈だが? キミら『マリー直轄部会』は、教皇グランマリー様を守ると、帝国を守ると言いながら、実戦を想定せず活動しとるのかね? キミらは実戦で相手が隠し武器を使用したなら、使用すべきでは無いと叫ぶつもりなのかね?」


 赤紫色の修道服を着た男達は、嗤いを噛み殺しつつ身体を揺らす。

 彼らの背後に並ぶ警護兵までもが、卑しく口許を歪めている。

 ランベール司祭の表情がますます険しくなる。


「……では更にひとつ確認したい。今回、事故に巻き込まれ負傷した『衆光会』のピグマリオンに代わり、我々『マリー直轄部会』が『コッペリア・エリーゼ』のメンテナンスを申し出たところ、闘技場スタッフより『相互不干渉』を理由に止められた。なぜ『マリー直轄部会』が『相互不干渉』の対象となっているのか? 我々は仕合に参加しない、エキシビジョンにのみ参加する、故に『相互不干渉』の対象とはならない。『枢機機関院』の独断で、仕合参加要請が成されていたという事か? であるなら、これは問題ですぞ!」


 厳しい調子で司祭は指摘する。

 事前連絡も無く『枢機機関院』が『マリー直轄部会』の活動方針を決定する、それは『マリー直轄部会』と互恵関係にある『ガラリア帝国軍』に対しても礼を欠いた行為だ。その事は『枢機機関院』も理解している筈だ。

 その指摘に対し男達は、それでも尊大な姿勢を崩す事無く答えた。


「閉会式にて、エリク皇子が仰っていただろう? 『グランギニョール』の序列を適切な物とする為、序列一位から八位までのコッペリアでトーナメント戦を行うと」


「我々『マリー直轄部会』はエキシビジョンにしか参加しない旨、通達していた筈だ……!」


 ランベール司祭は、吐き捨てる様に言う。

 言いながら――同時に違和感を覚える。 

 『枢機機関院』が『ガラリア帝国軍』に対し、何の根回しも無く、勝手な決定を下す筈は無い――そういう事だ。

 それはつまり。

 疑問点に気を取られていると、肥え太った職員が声を発した。


「解っておりますよ。次のトーナメント戦、『マリー直轄部会』に頼ろうとは思っておりません。君らが乗り気にならん事は承知しておりましたし、何より君ら『マリー直轄部会』所有の『コッペリア・ジゼル』が、『コッペリア・ルミエール』にあの有様では……君らと提携している『ガラリア帝国軍』も、出て欲しいとは思わんでしょう」


「如何様左様。故に『マリー直轄部会』の失態は、『枢機機関院』所有のコッペリアを『グランマリー教団』所属として参戦させる事で、拭おうと思っておる」


「その通り。そして『枢機機関院』よりコッペリアを出場させるとなれば、同じグランマリー教団に属する『マリー直轄部会』も『相互不干渉』となる事は必定、お分かりか?」


 太った男の両脇に座る職員も、粘ついた笑みと共に追従する。

 事前に打ち合わせでもしていたかの様な対応だ。

 何れにしても、こんな事を認めて良い筈が無い。


 『枢機機関院』所有のコッペリアだと?

 『錬成機関院』と共同開発した護衛用オートマータか。

 そんなモノを勝手に使えるものか。

 『ガラリア帝国軍』との関係に禍根が残る……いや――そうでは無い。


 彼らの口ぶりから考えても『枢機機関院』は、既に水面下で『ガラリア帝国軍』と、何らかの交渉を終えていると考えて良い。しかし『ガラリア帝国軍』が『枢機機関院』からの提携要請を、全面的に認めるとは思えない。


 『枢機機関院』と完全に提携するなら、『マリー直轄部会』が独自に構築した国内外の諜報ルートを維持出来なくなる為だ、機密が担保されなくなる。

 それは『ガラリア帝国軍』としても避けたい損失の筈だ。

 となると、恐らく『ガラリア帝国軍』内部に籍を置く有力者と、内密に取引したのだろう。


 つまり『枢機機関院』は『マリー直轄部会』との全面対立を望んでいる訳では無く、部会の影響力低下を謀りたいのだ。

 エキシビジョンの事故と、トーナメント戦を利用し『マリー直轄部会』の実行力に疑問符をつける事で『ガラリア帝国軍』に取り入る……今回の一件を、その足掛かりとする目論みか。

 ふざけるな……その想いを噛み締めつつ、ランベール司祭は口を開いた。


「――『コッペリア・エリーゼ』が勝利を重ねたが為、序列が大きく変動、故に序列の適正化を図るべくトーナメント戦を開催する……そこに異存は無い。しかし『コッペリア・エリーゼ』の試合直後に、我々は会場スタッフより『相互不干渉』を通達された。なぜ末端のスタッフに、これほど早く『錬成機関院』の決定事項が伝わっているのか?」


「……」


 最初の疑問点はここだ。

 更に続ける。


「百歩譲り、末端にまで迅速な伝達が行われたのだとしても、『マリー直轄部会』を差し置き、君ら『枢機機関院』が『グランマリー教団』を代表し、オートマータを参加させるというのなら、『マリー直轄部会』と連携している『ガラリア帝国軍』に対しても、事前連絡が必要だった筈だ。今回の『グランギニョール』で、序列変動によるトーナメント戦の開催が決まったタイミング以降に、そんな連絡を『ガラリア帝国軍』内部高官と取る事が出来たのか?」


「……」


 この二つの質問に『枢機機関院』の職員達は答えない。

 ただただ嫌な笑みを浮かべ、こちらを見つめている。

 ――が、これは返答に窮している訳では無い。

 ここまで知れても構わない、そう予想していたという事だ。

 つまり、筋が通らぬ事を行い、道理に悖る真似をしているという事だ。

 白い顎鬚を蓄えた老職員が、おもむろに言った。


「エリク皇子の要請によるトーナメント戦の在り様を疑うと……」


「論点をずらさないで頂きたい!」


 ランベール司祭はテーブルを叩いて遮る。

 『枢機機関院』の職員達は、それぞれ不満げに口を開き掛ける。

 その出鼻を挫く様に、司祭は宣言した。


「――良いでしょう。この度のトーナメント参加要請、我ら『マリー直轄部会』は、特例的に受け入れる事とする!」


 途端に職員達は色めき立つ。

 

「それこそ論点がズレている、唐突じゃないか!? 認められるとお思いか!?」


「左様左様! しかも君らのオートマータは『コッペリア・ルミエール』に後れを取る程度の実力しか無いと証明されておる!」


「その通り! 序列三位らしからぬ、醜態を晒したのですぞ!?」


 構わない、これではっきりしたのだ。

 話し合いでは埒が明かぬ、そう理解した。

 声を荒げつつ暴言を吐く彼らに、ランベール司祭は上体を起こす。

 対峙する全員を睨みつけながら、改めて発言した。


「――『マリー直轄部会』は『元・レジィナ』、『コッペリア・マグノリア』を出す。異存は無いな? シスター・マグノリア」


「無い」


 短い返答が、低く響いた。

 その声は、職員達の声でも無ければ、警護兵達の声でも無かった。


「……っ!?」


 壁に居並ぶ警護兵の一人が不意に狼狽え、息を飲んだ。

 驚愕する兵士の異変に、ランベール司祭を除く全員が、首を巡らせる。

 彼らが見つめる先には、黒い修道服を纏った長身のシスターが一人。

 居並ぶ警護兵のすぐ隣り――壁際に、ひっそりと佇んでいた。


 警護兵に気づかれず、何時の間に入室したのか。

 誰一人、気づく者がいなかったのか。

 『枢機機関院』の誰かが、掠れた声で呟いた。


「バジリスク……」


「トーナメントには私が出る」


 腰まで届く黒髪が揺れ、鈍く光る黒い瞳が、冷たく周囲を睥睨していた。

 シスター・マグノリアは、低く宣言した。

 

「異存があるなら『枢機機関院』のコッペリアと、予備戦を行っても構わない」

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』に所属している背の高いシスター。

・司祭(ランベール司祭)=『マリー直轄部会』所属の司祭。

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