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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十三章 決闘遊戯
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第六十六話 彼岸

前回のあらすじ

実の両親を事故で失い、育ての親にも先立たれたヨハン。悲嘆に暮れているところをマルセルに救われ、ヨハンはマルセルに挑む事を決意する。しかし、持てる力の全てを注いで錬成した『グレナディ』は『エリーゼ』の前に倒れ、もはや動けるとは思えぬ状況にまで追い込まれていた。

 絶叫も、歓声も、声援も、気づけば潮が引く様に遠退いていた。

 にも拘らず、闘技場内を満たす熱気は、些か程も衰えてはいなかった。

 観覧する全ての貴族達が、興奮の極みにある為だ。

 決着の時が間近であると、理解しているからだ。

 拳を握り、ネクタイを緩め、オペラグラスを曇らせ、粗野な笑みを浮かべる。

 激闘の末に吹き上がる残酷な赤を観たいのだと、彼らの笑みが物語っていた。


 同時に、涼やかな声が場内に響き渡った。

 滾る熱気を慰撫する様な、美麗極まりないソプラノ・ヴォイス。

 オーケストラ・ピット前の演壇――目許をマスクで隠した、青いドレス姿の女だった。


 恐れを知らぬ勇猛な魂よ、聖戦の果てに昇天する意思よ、

 我らが聖女・グランマリーの御許に還り給え、

 新たなる叡智の礎となりて、再び我らの元へ戻るその時まで、

 痛みは再生の源、死は安息、練成の奇跡に現れし戦乙女よ、

 眠れ眠れ、永久に、眠れ眠れ、恐ろしくはない……


 やがて貴族達も女に倣い、厳かに歌い始める。

 血に染まる闘技場を見下ろし、興奮を噛み締めながら低く歌う。

 荘厳に響く鎮魂歌を免罪符に、血みどろの惨劇を愉しむ権利を得たのだと言わんばかりの有様だった。

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ 


 闘技場西側、入場門脇に設けられた待機スペース。

 レオンは鉄製の欄干を握り締めたまま、仕合の行く末を見守っている。


 グレナディの状態は、明らかに悪い。

 先の攻防で視力を半ば失ったのではないか、もはや立てるとは思えない。

 しかしエリーゼの身体状況も限界だろう。

 あと、どれほど動けるか解らない。

 鼻孔からの流血は臓器へのダメージか、或いは神経網への損傷も考えられる。

 元より万全では無かった、今の身体状況がどうなっているのか。

 出来ればこのまま勝利して、仕合を終える事が出来たなら。

 祈る様な想いを胸に抱えたまま、レオンはエリーゼを見つめた。

  

 ◆ ◇ ◆ ◇ 


「……身体的ダメージに加え、視力の喪失。逆転の目は、もうございません」


 冴え冴えと響くエリーゼの声を、赤黒く暗転した世界に聴いた。

 それはグレナディの視界が、半ば消失した事を意味していた。

 巨大な蟲に食い千切られたかの様な、歪な空間を見据えている。

 辛うじて残った視界は、僅かに二つ。

 グレナディの背中越しに前方、そして左側面が見えるのみだ。

 その二つも紅く歪み、滲んでいた。 

 過負荷に耐え切れず、娘達の殆どが倒れたという事か。


「くっ……」


 冷たい石板の上に膝を着いたまま、グレナディは右手を床に這わせる。

 落とした長刀――グランド・シャムシールを探っているのだ。

 死角となっている位置に落ちている筈だ。

 早く拾わなければと思う。しかし気が逸るばかりで、身体が追いつかない。

 全身がギシギシと軋む様で、自在に動かない。

 濃縮エーテルを失い過ぎた為か。

 突き刺さったダガーが、筋肉や神経節に干渉している為か。

 痛みは無い、痛みは無いが、動かない。

 身体のあちこちが、まだらに熱く、そして寒い。

 

「う……」


 紅く歪む視界の中、こちらを見つめるエリーゼの姿が見える。

 五メートル先、両脚を揃えて両腕を垂らし、揺らぐ事無く直立している。

 エリーゼは歪む視界の中にあってなお、濃厚な紅色に滲んでいた。

 全身に傷を負っている、浅からぬダメージを負っている。

 あの身体で、ここまで戦ったのか。

 あの身体で、これほどの戦いを。

 グレナディの右手が、ようやく傍らの長刀を捉えた。

 柄に指を絡め、握り締める。


「はぁ……はぁ……」


 身体能力ではエリーゼを圧倒していた。

 戦闘能力も勝っていた筈だ。

 にも拘わらず、身体能力と戦闘能力の差を覆され、追い込まれた。

 何が原因か、何を以て状況を覆されたのか。


 想定を超える異質な攻撃だ。

 予想もつかぬエリーゼの『奇策』が、二つのアドバンテージを覆したのだ。


 それを卑怯とは、もはや言うまい。

 戦闘用では無い身体で、勝利する為に必要な手段という事だ。

 それこそがエリーゼの携えた、真の刃なのだ。 

 今なら解る、それがどれ程に強力な武器なのか。

 道理を覆し、不可能を可能にする程の武器なのだと。


 そして――ひとつ絶対的な確信がある。

 エリーゼは『決死決着』を望んでいない。


 理由は知れぬ、知れぬが間違いない。

 何故ならこの攻防で、押し切れた筈なのだ。

 この瞬間にも、エリーゼは『決死決着』にて勝利出来る筈なのだ。


 にも拘らず追撃する事無く、言葉で敗北を促した。

 この手緩さは、間違い無く『隙』だ。


 そしてこの『隙』は。

 恐らくエリーゼの主たる、レオンに由来するものだ。

 でなければ、ここまで仕合うコッペリアが、こんな手緩い事を行う筈が無い。

 これほどの――勝負の結果すらも捻じ曲げかねない程の『隙』を。


 グレナディは両脚に力を込め、ゆらりと立ち上がる。

 ドス黒く濡れたドレスが、重く揺れる。

 ダガーの埋まった個所から、血が噴き出す。

 その姿は残酷の極みだ。 

 それでもグレナディは構えを取る。

 足を前後に、両腕も前後に、半身に構えて腰を軽く落とす。

 右手に長刀。左手に朱色の鉄鞘。


「では、どうしろと……?」


 掠れた声でそう呟くと、無理に口角を吊り上げた。

 壮絶な笑みだった。

 負けを認める素振りなど微塵も無い。

 血を吐きながら言った。


「敗北を想って仕合う者など……何処におりましょうや?」


 そも勝敗などという、尺度を抱えて仕合える筈が無い。

 仕合わば必勝。

 必勝以外の決着など考えられる筈が無い。


 ヨハンの為に仕合う以上、必勝以外の結果など有り得ない。

 些かの迷いも曇りも無く、ヨハンの為に仕合い、ヨハンの為に身を削る。

 ヨハンの為に、どの様な状況からでも、必勝する。


 ヨハンには八人もの娘を授けて頂いた――これほどの恩義。

 嬉しくて、有難くて、愛おしい。

 愛おしいヨハンに報恩あるのみ、全身全霊でヨハンの為に。

 グレナディはヨハンの為に。


「このグレナディ、勝利以外は求めませんからね……?」


 グレナディは更に身を沈める。

 距離は僅かに五メートル。

 二歩も踏み込めば、即間合いだ。


「グレナディはヨハンに、錬成されたのですからね……?」


 同時にエリーゼの両腕が躍る。

 光を反射させつつ、高速旋回するダガーが宙に浮かび上がる。

 グレナディを取り囲む様に、丸く連なる光球の数は九つ。

 九本のダガーに、今のグレナディが抗し得るのか。


「グレナディはヨハンの為なら……」

 

 ◆ ◇ ◆ ◇ 


「……!」


 観覧席最前列に位置する関係者用ボックス席。

 闘技場を凝視していたシスター・マグノリアは、声も無く立ち上がった。

 唐突な挙動に、傍らの司祭が怪訝そうな顔で見上げる。


「どうした? シスター・マグノリア」


「先輩、どうしました?」


 司祭とシスター・ジゼルは着席したまま、シスター・マグノリアに問う。

 シスター・マグノリアは、身を屈めると司祭の耳元で低く告げる。


「――事故の恐れがある。ランベール司祭、あなたの判断で構わない、そうなった場合、即座に救護班を闘技場へ差し向けるよう、係の者に伝えて欲しい。エキシビジョンの立ち合いまでには戻る」


 司祭の返事を待つ事無く、シスター・マグノリアは足早に歩き始める。

 階段を下りて関係者用通路に抜ける、地階へ続くドアを目指していた。

  

 ◆ ◇ ◆ ◇  


 何の兆しも無く、グレナディは疾駆した。

 全身に負った傷、そして失血を感じさせぬ程の圧倒的な初動。

 闘技場にグレナディの姿が残像となって滲み、流れた。


 但し、エリーゼに向っての突撃では無かった。

 大きく右側から回り込む様な動きだ。

 その動きに、エリーゼの両腕が波打ち呼応する。

 宙を舞う九つの光球が一斉に乱舞し、急激な飛翔を見せる。

 銀の軌跡が風を切り裂き、唸りを上げてグレナディを狙う。


 グレナディは加速の中で、上体を一気に捻り上げた。

 右手に握った長刀を、思い切り振り上げた形だ。

 エリーゼまでの距離はまだ遠い、踏み込む事でタイミングを計るつもりか。



 エリーゼは両眼を見開いた。



 間髪置かず、グレナディの身体に四本のダガーが撃ち込まれる。

 両脚に、背中に、腰に。

 食い締めた歯の隙間から血が吹きこぼれる、姿勢が崩れる。

 しかし、長刀を振り被るグレナディの勢いは止まらない。

 強靭な鞭の如くに右腕が撓る、捻られた上体に力が漲っている。


 エリーゼが操作するワイヤーの挙動に、変化が生じた。

 飛翔するダガーの切っ先が、急激に方向を転換する。


 次の刹那。

 グレナディは右手の長刀を、全力で投擲していた。

 白刃は高速旋回の中で霞み、半透明の巨大な真円を描く。

 そのまま傲然と、真っ直ぐに、圧倒的速度で、西方門へ向かった。


 ――否。

 投擲された長刀は、恐るべき勢いで、西方門脇の『待機スペース』へと。


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ 



 レオンは、グレナディの姿が霞んで流れるのを見た。

 同時に、白刃が煌めき弾けるの感じた。

 グランド・シャムシールが唸る音を聞いた。


「……っ!?」


 投擲された長大な刃は斜めに傾ぎ、超高速で旋回しながら飛来する。

 人間の反応を超えた、瞬きの間すら無い速度。

 避ける事すら叶わぬ勢い。

 レオンは反射的に眼前へ右腕を翳す。

 直後、血飛沫が


 

 ◆ ◇ ◆ ◇ 



「シィイイイイッ……!!」 


 長刀を投擲したグレナディは、崩れた姿勢のまま猛然と加速した。

 ダガーを撃ち込まれた両脚が痙攣する、膝が折れそうになる。

 しかし空いた右手で床を掻き、四足獣の如き姿勢でエリーゼに突進する。


 もはや正面からではエリーゼを打ち砕けぬ。

 身体が限界を迎え、まともな戦闘では覆せない。

 視界すら定かでは無い。

 しかし敗北は有り得ない。


 身体能力と戦闘力、二つの不利を抱えたエリーゼはどうしたか。

 『奇策』を以て戦況を覆した、それは想像の及ばぬ戦術。

 『互いの主を盾に思考と行動を縛る』――有り得ぬ策を選択したのだ。

 その発想、慮外の策に、嵌ったと言って良い。

 

 ならば、こちらも埒外からの一撃を。

 エリーゼの戦う意義を、その根本を揺さぶる一撃を。

 強制的に隙を作り、そこを突く。


 つまり『レオンを加撃する』。


 最短距離を一息に、地を這う様に駆け抜ける。

 半ば暗転した視界が、真っ赤に濡れて染まる。

 それでも見える、エリーゼの姿が。

 左腕が後方へ弾けている、姿勢を崩しているのか。

 視線を後方へ送っているのか。


 想定通りだ。

 エリーゼならばこちらの意図に気づき、ワイヤーで止めに行くと。

 しかし、その膂力では、体重では、全力で放った長刀を止める事は出来まい。

 それでも止めに行く、主を守る為に止めに行く。

 それがオートマータだ。

 ましてや、主の為に『決死決着』を避ける様なオートマータなら。

 そんな無謀を実行するオートマータならば、なおさらだ。


 グレナディは全力で疾走る。

 今やエリーゼは間合いだ。

 真紅に歪む視界の中であっても、この距離であれば外す事など無い。

 操作中のダガーはあるか。それともロングソードを寄越すのか。

 無駄だ、この距離。この態勢。

 取れる、確実に。


「死ねぇっ……!!」


 そのままグレナディは、握り締めた朱色の鉄鞘を。

 眼前のエリーゼ目掛け、あらん限りの力で振り下ろした。

◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・グレナディ=シュミット商会が保有する非常に強力な戦闘用オートマータ。


・レオン=エリーゼの主。孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。


・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』に所属している背の高いシスター。

・シスター・ジゼル=『マリー直轄部会』所属のコッペリア。グランギニョール序列三位。

・司祭(ランベール司祭)=『マリー直轄部会』所属の司祭。

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