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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十三章 決闘遊戯
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第六十話 肉薄

前回までのあらすじ

『グランギニョール』に於ける暗黙のルールすら利用するエリーゼ。グレナディは激しい嫌悪を覚えつつも、ワイヤーを駆使した驚異的な連続攻撃に、一切の油断を捨てて攻撃を仕掛ける。しかしそんなグレナディを、エリーゼは言葉巧みに挑発するのだった。

 闘技場入場口・東方門。

 その脇に設けられた、介添え人用の待機スペース。

 白いイブニング・ドレス姿の娘は、欄干を握り締めたまま動かない。

 愛らしい顔立ちではあるが、その表情は強張り、青醒め、引き攣っている。

 眉根を寄せては歯を強く食いしばり、額から幾筋もの汗を滲ませている。

 何事かに耐えているのか、それとも怒りを押し殺しているのか。

 その両眼は見開かれ、闘技場を激しく睨みつけていた。


 娘の傍らに立つのは『シュミット商会』代表にしてグレナディの主、ヨハン・ユーゴ・モルティエだ。

 ヨハンは娘の横顔を不安そうに見つめた後、改めて闘技場へ視線を戻す。

 ヨハンもまた、汗に塗れている。

 粘つく汗をシャツの袖で拭い、指先でタイを緩めつつ、掠れた声で呟いた。

 

「勝てるんだ……勝てる……如何に優れた神経網だとしても……そのアドバンテージは既に無い、身体能力はこちらが上だ、何より『天眼通』の能力がある。勝てる筈なんだ……」


 勝てると繰り返すヨハン、しかし表情に余裕が無い。

 未だグレナディが押している状況であるにも関わらず、焦りの色が濃い。

 何かを感じ取っているのか。

 闘技場で向かい合う二人の姿を見つめながら、ヨハンは爪を噛む。

 隣りに立つ娘は闘技場から視線を逸らす事無く、口の中で小さく呟いた。


「えりーぜ……しね……」



 ◆ ◇ ◆ ◇ 


 闘技場に敷き詰められた石板の上。

 切っ先の一点を支えに起立するロングソード。

 重力を無視した得物に爪先立つのは、傷つき血に塗れた小さな姿。

 エリーゼだ。 

 しかし、焦りや苦痛、迷いの様子は見られない。

 両腕を流麗に躍らせ、口許には涼やかな微笑。

 余裕すら感じさせる。


 腕を振るうエリーゼの背後には、煌めく光球が幾つも浮遊している。

 上下に揺らめき、不意に激しく位置を変える。

 それらは全て、霞む程の勢いで旋回し続けるスローイング・ダガーだ。

 その数、合計十一本。

 地に落ちる事無く、高速で旋回し続けている。

 エリーゼの背に装備された武装『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出された、六本のフック付きワイヤーによって制御されているのだ。

 その有様は、神懸かり的なジャグリング――とでも言うべきか。

 凡そ人間には再現不可能な業だった。


 そんなエリーゼの前方、九メートルの位置。

 抜き身の獲物を携えて立つ、グレナディの姿があった。

 右手には一八〇センチ超のグランド・シャムシール。

 左手には刃を納める朱色鉄製の長大な鞘。

 両腕を垂らし、それぞれを順手に握り、無造作な立ち姿を見せている。

 肩と腕に多少の傷を負ってはいるものの、エリーゼと比較すれば軽微な傷だ。

 が、それでもグレナディの表情から笑みは消えていた。

 代わりに、嫌悪と憎悪の色が滲んでいる。


 エリーゼの涼やかな声が響いた。


「――先程の攻防、全ての攻撃を残らず弾く手並みは精妙……ですが、ダメージ覚悟で大きく踏み込み、あの場で決着を狙う事も出来た筈。そしてそれを可能とするだけの技量もある筈……」


「……」


 グレナディはゆっくりと、呼吸を繰り返す。

 多少の疲労は感じるが、大した問題では無い。

 僅かな時間で解消出来る程度の疲労だ。

 腕の負傷にしても、戦闘に支障は無い。


 ただ――不快なだけだ。

 相対するエリーゼの、戦闘に対する姿勢に、思想に、嫌悪を覚える。

 エリーゼの言葉は続く。


「……にも拘わらず、それを行わない。決着を狙わない。理由は明白、共倒れの可能性を恐れた――勝てる可能性と共倒れの可能性、これら二つの『瀬戸際』を読み切れず、勝負を避けた。戦闘用オートマータとして痛覚を抑制出来るのなら、踏み込む事になんの迷いがありましょう――主の為に、踏み込むべきでは?」


「……」


 耳を傾ける必要は無い――グレナディは考える。

 安い挑発だ、安易な手口だ。

 こんな物で、切っ先に乱れが生じると考えているのか。


「――否。それこそが危ぶまれる所。『痛みの抑制』が『瀬戸際』までの距離を見誤らせるのです。『痛み』の抑制に利がある……その判断が誤り。『痛み』こそが己が存在を繋ぐ糸。朧と現の紙一重を見切る術」


「……」


 同時に、回復までの時間を稼ごうという腹積もりか。

 見え透いている。ダメージを比較すれば、エリーゼの方が厳しい。

 多少のインターバルで回復する類いの負傷では無い。

 この無駄な時間、利があるとするなら、疲労の癒えるこちらだ。


「『痛み』無くして『瀬戸際』を測る事など出来よう筈もございません――」


「――言葉遊びに酔い、姑息に時間を稼ぐ。別に構いませんよ? それならそれで。ですが状況は覆りませんからね?」


 姿勢を正したグレナディは、軽く首を巡らせると口角を吊り上げる。

 艶やかな紅い唇は、再び上弦の月を描き始める。

 

「エリーゼのダメージは深く、そのダメージはその身体特性故に『痛み』を呼び、『痛み』は判断のブレと逡巡を招く。『痛み』など、過剰にして不確かな信号に過ぎません。そんな不確かなモノに縋って仕合うつもりは毛頭ありませんよ?」


 そう言いながら、優雅な足取りで歩き始めるグレナディ。

 ダークグリーンのコルセット・ドレスが、微かに揺れる。

 両手に携えた長刀と鉄鞘は、自然な形で左右に広げられた状態。

 加撃に対し、即座に対応する為の構えか。

 その姿からは微塵ほどの隙も伺えない。

 

「このグレナディには、愛しき主・ヨハンより授けられた『天眼通』がある――全てを見通す万全の眼。あらゆる物事をあらゆる角度より見切り、測る、エリーゼの攻撃も――」


 微かな風切り音。

 間髪置かず、グレナディの周囲に三つの火花が飛び散る。

 左手の鉄鞘が何時の間にか、朱色の残像となる勢いで振るわれていた。

 三本のスローイングダガーが、甲高い金属音を立てて、石床に弾ける。

 ロングソードの上にて両腕を躍らせたエリーゼが、不意を打つかの様に激しく投擲したダガーだった。


「――斯くの如く無駄となる程に。いかな浅ましき思惑を秘めての投擲射出であろうが、撃ち落とす事など容易い」


 グレナディの歩調に変化は無い。

 迷いの無い足取りだ。

 エリーゼの安い挑発を受け流した事で、逆に落ち着いたのだろう。


 対するエリーゼは、近づくグレナディを正面に見据えつつ、ワイヤーを操る。

 背後にて旋回するダガーの数は八本、これを六本のワイヤーにて捌いている。

 腕の動きに澱みは無く、指先まで滑らかに踊り続けている。

 どの様に迎撃するのか、それとも打って出るのか。


 そしてその瞬間が訪れた。

 何の前触れも無く、二人は加速していた。

 深く激しく踏み込んだグレナディは、一気に距離を詰めようとする。

 ロングソード上のエリーゼは両腕を振るいつつ、滑る様に横へ移動する。


 同時にスローイング・ダガーが八本、グレナディに襲い掛かった。

 四本は最短を突き進む様に射出され、前傾したグレナディの頭部を狙う。

 残る四本はワイヤーに誘導されて大きくうねり、脇腹を下から抉る様に狙う。


 グレナディは前傾の姿勢から上体を捻ると低空で身を翻し、左右の獲物で空間を薙ぎ払う。八本のダガーは瞬く間に叩き落され、更にワイヤーで繋がれた四本は、再度折り返しての攻撃を仕掛けた所で、ワイヤーごと鉄鞘に絡め取られて制御を失い、切断されたワイヤーと共に、バラバラと床へ弾けた。


 柔軟かつ力強い動き、しかも俊敏だった。

 明確に、技のキレが増している。

 ここまでの攻防でグレナディは、エリーゼの変則攻撃に慣れつつあった。

 刃を振るい、鉄鞘を払い、宙を舞う様な足取りで、エリーゼに追い縋る。


 一足、二足、瞬く間に距離が詰まった。

 更に一足踏み込んで、完全に間合いだ。

 グレナディは上体を捻り、長刀を担いだ状態からの横一閃を狙っている。

 対するエリーゼはロングソードの柄頭を足指で捉えたまま、深く身を屈めている。

 後方跳躍の姿勢だ。


 しかしこの間合い、このタイミングでの跳躍は……遅いのではないか。

 ――つまり、これは誘導か? 

 グレナディは一瞬、後方の視界に意識を向けた。

 先の攻防で二度、同じ状況から、十本を超えるダガーの投擲を受けた為だ。

 が、迫る影は何も無い、周囲に攻撃用のワイヤーも伸びてはいない。


 その刹那。

 呼吸すら儘ならぬ程の微かな間隙を突いて。


 エリーゼは身を屈めた状態から前方へ飛び込み、強烈な空中前転を繰り出していた。

 爪先に捉えたロングソードが連動して旋回、上段から強烈な一閃が放たれる。

 正面唐竹に疾走る、身体ごと浴びせ掛ける様な縦方向の斬撃だ。


 二度繰り返された後方跳躍からの攻防。

 ダガーによる連続攻撃を匂わせたフェイント。

 グレナディの意識が後方へと向かった、その一瞬。

 隙とも言えぬほどの僅かな隙――その狭間をグレナディは突かれていた。


 エリーゼのロングソードが、真っ向から襲い掛かる。

 絶妙なタイミングだった。しかも距離が近い。

 グレナディは横一閃の距離を潰され、懐にまで飛び込まれている。

 ――にも拘らず、完璧に反応した。


 左手の指が淀み無く流麗に動く、朱色の鉄鞘が逆手に握り直される。

 半身のまま半歩踏み込み、グレナディは鉄鞘を逆袈裟に振るう。

 鉄鞘に沿って白刃が滑り、火花と共に擦過音が響く。

 上段から撃ち込まれたエリーゼの刃を、グレナディの鉄鞘が受け流していた。

 隙を突き、フェイントを駆使しても、グレナディには届かない。


 ヨハンがグレナディに与えた『天眼通』そして『神経網』。

 二つの能力に支えられた、絶対無敵の剣技である。


 斬撃を受け流されたエリーゼは、グレナディの脚元で仰向けに倒れた状態だ。

 しかし、その場に留まったままではいない。

 空中前転にて斬り込んだ際、前方へ回避用のワイヤーを放っている。

 それを巻き上げ、床の上を滑る様に距離を取るべく動いていた。

 が、エリーゼの反撃を凌いだグレナディは、既に構えを取っている。

 右肩に長刀を担いでの、打ち下ろしを狙っているのだ。

 

「沈めっ……」


 膝下を潜り、距離を取ろうとするエリーゼに、非情な斬撃が叩きつけられる。

 頭部を斬り飛ばすに足る、圧倒的な強打であった。

 

 耳を劈く金属音が響く。

 グレナディの打ち下ろしが防がれた為だ。

 床面を滑走するエリーゼは身体を小さく丸めつつ、ロングソードをワイヤーで操作、体側と腕に沿わせ、盾として用いる事で斬撃を防いでいた。

 しかも加撃の瞬間、ロングソードの刀身がブレぬ様、沿えた右腕にワイヤーで結束、防御を安定させていた。


 グレナディの防御も鉄壁だが、エリーゼの防御も容易に突き崩せない。

 が――紙一重で切り抜けている感は否めない。

 走り抜ける刃は、エリーゼの右肩を浅く斬り裂く。

 血飛沫が舞い、またもワイヤーが千切れ、ロングソードは衝撃に跳ね飛ばされる。


「まだっ……」


 更にグレナディは、鉄鞘を振るい追い撃つ。

 当たれば骨も肉も砕けて弾ける勢いだ。

 身体を丸めたエリーゼは、床の上を後方へ回転し、ギリギリで逃れる。

 上体を起こし立ち上がろうとするも、グレナディはそれを許さない。

 追撃の手を一切緩める事無く、全身を躍らせ、長刀と鉄鞘を振るい続ける。


 下段から跳ね上げ、袈裟掛けに斬り落とし、刺突から横薙ぎに繋ぐ、追って追って、追い縋り、徹底的に斬撃を加える。  

 対するエリーゼは、上体を仰け反らせ、身を捻り、床の上へと飛び込み、転がり逃れ、跳ね上がり、ワイヤーの牽引を用いては、何とか距離を確保しようとする。


 が、僅かずつ、僅かずつ、グレナディの切っ先がエリーゼを捉える。

 その度に血が飛沫く、傷が増える、ドレスの紅色が濃厚になる。

 増える傷に、血飛沫に、グレナディは自身の勝利を予感する。


「動きが鈍いっ、見切りも甘いっ……」


 叫びながら、執拗に追う、追い続ける。

 逃がさない、逃げる事を許さない。

 回避用のワイヤーを切断する。

 再び切断する、床に切断されたワイヤーが何本も散らばる。

 更に注視する、飛翔するダガーが無い事を確認する。

 宙を舞う残弾が無い事は把握している。

 いける、このタイミングで踏み込めば。


「……『瀬戸際』のっ……その向こうへっ……」


 風鳴りと共に白刃が躍る、朱色の閃光が空を裂く。

 吹き荒れる斬撃の下を、エリーゼが逃れて足掻く。

 あと僅かだ、あと僅かに押し込めば、均衡が崩れる。

 そうなれば。


 不意にエリーゼはバランスを崩し、後方へと倒れ込む。

 疲労か、痛みか、それとも出血のダメージが蓄積されたか。

 ――否。その不自然さにグレナディは気づく。

 そして胸の裡で毒づく。

 ……この期に及んで、まだそんな搦め手を。


 姿勢を崩し、倒れ込むエリーゼの右手から伸びるワイヤーが。

 床の上で弾けるロングソードへ、密やかに伸びて行くのを目視していた。

 安易な踏み込みに対し、下から刃を跳ね上げる算段か。

 

 杜撰だ。

 こんな杜撰なフェイントに、気づかぬとでも思ったか。

 が、それも道理か。 

 搦め手と、邪道と、卑劣に頼り続けた挙句、追い詰められての判断ミス。

 その浅はかさ故に――。


「沈めぇっ……」


 力強く踏み込むグレナディ。

 踏み込む先は、床の上で弾けたエリーゼのロングソードだ。

 エリーゼの手が伸びるよりも先に、幅広の刀身を踵で踏みつけていた。

 これで武器はもう無い。

 倒れ込んだ姿勢故に、回避も儘ならない筈だ、攻撃を弾く事も出来まい。

 ならば先の攻防で見せた、ワイヤーの防御壁を張るか?

 それも既に見切っている、角度が合えば斬り裂ける。

 どう対処するのか、もう手は無いか。

 手詰まりならば、このまま――。


 グレナディが構えた長刀を全力で振るおうとした、その時。

 エリーゼと眼が合う。

 キラキラと濡れ光る、ピジョンブラッドの紅い瞳。


 そして気づいた。

 エリーゼの右手に、特殊ワイヤーの束が掴まれている事を。

 直後、血に塗れた白い手が力強く動いた。

 延々と床の上を這う幾筋ものワイヤーを、一息に引き絞ったのだった。


◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・グレナディ=シュミット商会が保有する非常に強力な戦闘用オートマータ。

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