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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十三章 決闘遊戯
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第五十七話 天眼

前回までのあらすじ

「グランギニョール」二仕合目、エリーゼの対戦相手・グレナディの猛攻が止まらない。変幻自在なダガーによる攻撃を全て弾き、確実にエリーゼを追い詰めて行く。その佇まいは自信に満ち溢れていた。


 血風吹き荒ぶ円形アリーナの、床一面に敷き詰められた巨大な石板。

 その石板の上、鈍い光を放ち逆立つ長大なロングソード。

 鋭い切っ先の僅か一点を支えに、しかし一切揺らぐ事は無い。

 その柄頭には、背筋を伸ばして真っ直ぐに爪先立つエリーゼの姿があった。


 胸元を、肩口を、頬を、浅く切り裂かれている。

 脇腹に、太腿に、幾つもの裂傷が連なっている。

 濃縮エーテルの紅が傷口から滲み出し、無残に滴っている。

 痛覚抑制措置の施されていない小さな身体は、半ば紅に染まり掛けている。

 それでもエリーゼの表情からは、些かの怯みも見て取れない。

 両手を降ろして直立し、歩み寄るグレナディを見つめている。


 エリーゼの見つめる先には、コッペリア・グレナディの姿が在る。

 豊かさに満ちた肢体を、深緑のコルセット・ドレスが包み込んでいる。

 繊細なフリルが優雅に波打ち、胸元では黒いリボンがふわりと揺れる。

 黒革の編み上げブーツは硬質な光沢を放ちつつも、足音を立てない。

 目許を黒い布で覆い隠した美貌。

 口許には紅い唇を彩る様に、艶っぽい唇。

 左手に長刀を納めた朱色の鞘を携え、ゆっくりと歩く。

 嫣然と微笑みつつ、口を開いた。


「――筋力、瞬発力に劣り、痛覚がある。戦闘に不向きなその身体、特殊な武装を最大限に活かす為の仕様かとも思ったのですが、どう考えても難点の方が大きい。ならば難点をバネに必勝の気迫を以て臨むのかと思えば、そうでも無く、怯えと恐怖を誤魔化す様な、不意打ちと騙し打ちばかり……」


 剣の上に留まるエリーゼは、おもむろに両腕を左右に掲げた。

 繊細な指先が、見えぬ糸を紡ぐかの様に踊り始める。

 直後、エリーゼの背後に小さな光球が幾つも浮かび上がる。

 ワイヤーによって操作され、高速旋回を続けるスローイング・ダガーだ。

 数にして六つ。


「切っ先が鈍い、必死に足りない。痛みを恐れてか、あと半歩が踏み込めない。エリーゼをその様に錬成したのは主であるレオン、どうにも不憫……そう思わなくもありませんがね、それでも主の為に尽くし、主の為に戦う、それがコッペリアの誇り、それがコッペリアの本懐なんじゃあないんですかね……」


「それは違います」


 非難めいたグレナディの言葉を、エリーゼは静かに遮った。

 グレナディが歩みを止める。

 その距離およそ七メートル。


「闘争とは己が為に行うもの。勝利を得るべく己が全てを吐き出す行為にございます。激しさも、醜さも、高揚も、恐怖も、熱も、痛みも、歓喜も、絶望も、闘争の全ては己のもの。己が闘争を貫く事こそが本懐。その上で……主が望む勝利を捧げる。そういうものでございましょう」


 グレナディは、自身の紅い唇を舌先でチロリと舐り、嗤って応じた。


「――そんな言葉で自身を飾っていられる程、状況は甘くないでしょうに。それならそれで良いですよ? その様にして御覧なさいな? グレナディに勝利する事が如何ほどの難事であるか、その身を以て思い知れば良いのですよ」


 左手に握った朱色の鞘を腰の位置へと構えつつ、グレナディは再び歩き始める。その足取りは軽く、一切の迷いが無い。

 観衆見守るステージ上を行く役者の様に、悠々と淀み無く歩き続ける。



 グレナディは確信していた。

 エリーゼでは及ばない、そう確信していた。

 特殊武装『ドライツェン・エイワズ』――その奇妙な攻撃手法と回避の連動は、確かにやりづらくはある。

 が、それだけだ。


 グレナディ以外のコッペリアであれば、スローイング・ダガーの動きを追い切れず、被弾を重ねたかも知れない。或いはワイヤーによる急激な回避運動に戸惑い、フェイント気味のカウンターを食らったかも知れない。

 しかし、グレナディには通用しない。


 何故なら全てが見えているからだ。

 つまりは『天眼通』。

 それはブラフの類いでは無い、言葉通りの意味だ。


 エリーゼの腕が、指先が、しなやかに波打ち踊る動きが、見えている。

 エリーゼの背後で高速旋回する六本のスローイング・ダガーが、見えている。

 エリーゼの身体を支える鋼のロングソードが、見えている。

 エリーゼの背中で稼働する『ドライツェン・エイワズ』が、見えている。

 エリーゼの表情が、小さな身体が、紅色に染まるドレスが、見えている。

 そしてそんなエリーゼの許へ歩み寄る、グレナディ自身の姿が、見えている。


 全ての状況を目視し、完全に把握している。

 全ての挙動を目視によって、認識している。

 エリーゼの攻撃は全て、目視によって見切られているのだ。


 『天眼通』――本来の意味は、常態に在って目視出来ぬ物を認識する能力、それを指す言葉だという。全てを視覚で把握しているグレナディの『能力』は、少し意味合いが違うのかも知れない。

しかし……仕合う相手の全身を、その動きを、指先から爪先まで、表情から武装まで、これら全てを同時に余さず目視し、把握する『能力』というのは――それはいったい、どの様な視界をグレナディにもたらしているのか。見当もつかない。

 ただ、有り得ぬ程に発達し、それを処理するグレナディの視覚は、やはり『天眼通』なのだろう。

 人の域を遥かに超えた、いわば超常の『能力』だった。


 グレナディは思う。

 『天眼通』がある限り、どの様な攻撃も脅威に値しない。

 『ドライツェン・エイワズ』を用いた、トリッキーな攻撃でも同じ事だ。

 どれほどの複雑な挙動で意表を突こうと。

 不可思議な動きで死角を突こうと。

 全ては見えている。

 奇策も、欺瞞も、見えている以上、脅威にはなり得ない。


 今、エリーゼの周囲に浮かぶスローイング・ダガーの数は六本。

 指先を、手首を、肘を用いて、ダガーに連動したワイヤーを、巧みに操作する様子が見える。更に『ドライツェン・エイワズ』に備わる金属アーム八本のうち、六本がワイヤーを繰り出している様子も把握している。

 残る二本は緊急回避用か、或いはワイヤーによる防壁を紡ぐ為の備えか。

 いずれにせよ、今までより控えのアームが少ない。

 つまりこれは、攻撃に重点を置いたという事だ。

 後手に回って負傷した為、打って出る事を選択した……という事か。

 定石通りの判断だ、しかし状況を覆すには至らない。


 グレナディの笑みが深まる。

 エリーゼまでの距離は残り四メートル。

 足取りに変化は無い、恐れの色も無い、あるのは絶対の自信のみだ。


「あと僅かで間合いですよ? 攻勢に出るおつもりなのでは? その六本の刃がグレナディに届くかどうか、試して御覧なさいな――」


 朗々とした口調で、グレナディがそう告げた時。

 エリーゼは両腕を大きく振るった、鳥の羽ばたきを思わせる動きだ。

 直後、高速旋回を続け、静止していた六本のダガーが一斉に牙を剥く。

 勢い良く射出され、六条の光る曲線を描き、乱れ飛んだ。

 

 間髪置かず、グレナディの姿も深緑の色彩に蕩けて流れる。

 緩やかな歩調から一転、全身が霞み、滲む程に強烈な踏み込みだった。

 恐るべき加速の中でグレナディは前傾しつつ、右手で長刀の柄を握る。

 朱色の鞘から抜き放たれた白刃は、まさに疾風。

 しかも踏み込んだ右脚を支点に、斬撃の流れに任せて身体ごと旋回したのだ。


 刃は銀の閃きとなり、鉄鞘は朱の輝きとなり、グレナディの周囲を巡る。

 奔り抜ける二筋の閃光は、立て続けに六つの火花を生み出し、散らした。

 エリーゼの放ったスローイング・ダガーが、悉く弾かれる。


「ほらっ……届かないっ!」


 エリーゼを間合いに捉えたグレナディは、全身を仰け反らせつつ叫ぶ。

 更に背面へと身体を捻りつつ、左脚にて大きく踏み込む。

 そのまま左手の鉄鞘を、叩きつけるべく振り被った。


 振り翳された鉄鞘を見遣るエリーゼは、後方跳躍の構えだ。

 ロングソードの柄頭を足指で捉えたまま上体を沈め、脚に溜めを作っている。

 更に両腕を大きく、力強く振るった。


 その腕の動きを、グレナディは見逃さない。

 先ほど打ち払ったダガーを引き戻すべく、ワイヤーを繰っているのだろう。

 つまりエリーゼは、グレナディの背後を狙っているのだ。

 

 迎撃の為に足を止め、右手の長刀にてダガーを打ち落とす事は容易い。

 とはいえエリーゼへの攻撃は単発となり、追撃が効かず浅くなる、多少のダメージを与える事は出来るかも知れないが、結局は逃げられてしまうだろう。

 少しずつダメージを与え、ジリジリと余力を削いで決着をつける事も可能だ、しかし一気呵成の攻勢にて圧倒した方が、決着の様を解り易く見せつけられる。


 そう――数多の貴族達に見せつける。

 愛しき主・ヨハンが、エリーゼの主レオンよりも、遥か高みにあると。

 その『格の違い』を見せつける。


 故に、ここが勝負どころか。

 仕合序盤は、エリーゼの能力を探るべく深追いはしなかった。

 が、既にエリーゼの能力と特性は、見切ったと言って良い。

 もはや、仕合を長引かせる事に意味は無い。

 多少のダメージなど、ここで仕合を決めるなら問題無い。

 ならば。


「これにてっ!」

 

 グレナディは左の鉄鞘で打撃を狙う構えを解くと、強引に身を翻した。

 更に上体を沈め、軸足を左から右へ切り替えざまに大きく踏み込もうとする。

 改めて距離を詰めようというのだ。

 流れる様な動きの中で、右手の指が動く。

 長刀の柄を握る右手が、順手から逆手へと切り替わって行く。


 同時にエリーゼはロングソードごと、後方へと跳躍した。

 しかしその跳躍回避行動より、グレナディの踏み込みが勝る。

 攻めると決め込んだ上での踏み込みだ。

 しかも戦闘用オートマータと、そうで無いエリーゼでは瞬発力が違う。

 その差がはっきりと現れていた。


 今や手を伸ばせば届く位置に、エリーゼがいる。

 逆手に握った長刀は、近距離での斬撃を可能とする。


 このまま身を捩りつつ、全力で右腕を振るえば。

 この距離であれば、たとえワイヤー牽引を用いて回避しようとも。

 先の攻防で見せた、ワイヤーによる即席の防壁を紡ごうと。

 一瞬早く、深く、激しく、斬り裂ける。

 グレナディは嗤った。


 エリーゼの白い横顔を見つめながら。

 血の様に紅い濃縮エーテルの色に染まるドレスを見つめながら。

 足指にて保持されたロングソードが、跳躍途中で使えない事を確認しながら。

 回避の為のワイヤーが、エリーゼの背中から弾き出されるのを確認しながら。

 ワイヤーによる防壁が、未だ紡がれない事を確認しながら。

 そして改めて、エリーゼが操作するダガーの軌跡を眼で追った。


 急所を突く攻撃のみ避ければ良い。

 急所以外なら身体で止めても構わない、些末な傷などダメージに非ず。

 六本のうち、三本か四本も落とせば問題無い。

 旋回し、鉄鞘でダガーを弾き落としつつ、エリーゼに致命の斬撃を加える。


 グレナディの背後を脅かすスローイング・ダガーの様子が見える。

 大きく回り込む様に、左右から、上空から、地を這う様に、真っすぐに。

 銀光と化して迫り来るダガーの群れ。

 その数、十二本。


「!?」


 グレナディの笑みが強張った。

◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・グレナディ=シュミット商会が保有する非常に強力な戦闘用オートマータ。

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