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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十三章 決闘遊戯
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第五十六話 圧倒

前回までのあらすじ

「シュミット商会」の代表であり高名な錬成技師であるヨハンは、自身が錬成した「グレナディ」の戦いぶりに勝利を確信していた。一方闘技場では、エリーゼが変幻自在の攻撃を繰り出し続けるも、グレナディが驚異的な戦闘能力を発揮し、終始エリーゼを圧倒し続けるのだった。


 怒声にも似た歓声と絶叫にも似た合唱が、大気を震わせている。

 粘度すら帯びた匂い立つほどの熱気が、円形闘技場内に渦巻いている。

 刃を振るいて果たし合う人造乙女達の艶姿を、聖なるものとして崇めつつ、邪な欲望を存分に満たす――倒錯的とも言える享楽に、貴族達は浸っていた。


 好奇と興奮の視線が集まるアリーナでは、死闘を続ける二人の乙女が向かい合っている。

 一人はダークグリーンのコルセット・ドレスを纏った、優美な貴婦人。

 手には朱色の鞘に納まった長大な刀――グランド・シャムシール。

 目許には、視界を塞ぐ様に巻かれた黒い布。

 グランギニョール序列四位『コッペリア・グレナディ』だった。


 もう一人は純白のタイトなドレスを身に纏った、美麗な少女。

 輝く様な白い肌が美しく、丁寧に纏められたプラチナの髪もまた美しい。

 ただ、斬撃を浴びて負った切創の紅が、痛々しく滲んでいる。

 グランギニョール二戦目『コッペリア・エリーゼ』だった。 

 

 向かい合う二人の距離は六メートルほど。

 グレナディの身体能力を考慮するなら、これは決して遠く無い距離だ。

 これまでに三度、二人は交錯し、その都度グレナディが優位を取っている。

 深手で無いとはいえ、負傷したエリーゼが劣勢に映る状況だった。

 グレナディは闘争の場に不釣り合いな、穏やかな口調で告げる。


「愛しき主・ヨハン曰く……エリーゼの身体は戦闘用に造られていないと。実際に手合わせしてみて、私もそう感じましたよ? 瞬発力も、筋力も、恐らくは耐久力も、戦闘用には遥かに及ばず、その上、痛覚までも生きた状態にあると」

 

 笑みを形作り濡れ光るグレナディの唇が、艶めかしい。

 軽く小首を傾げつつ、言葉を続けた。


「んー……何故エリーゼの創造主・レオンは、エリーゼをそんな身体にしたのでしょうねえ? 確かにエリーゼの背負った武装は酷く難解な代物、繊細かつ鋭敏な感覚で無ければ、扱えないのかも知れませんし、身体能力の低さを補うに足る、奇抜な回避が取れる点も、優れているのかもですが……何れにせよ戦える身体を錬成すれば、何も問題は無かった筈」


 エリーゼは紅い瞳でグレナディを見つめている。

 拾い上げたロングソードを右手に、真っ直ぐに立っている。

 但し、その小さな背中では『ドライツェン・エイワズ』の金属アームが、淡く蒸気を吐き出しながら、静かに稼働していた。


 八本あるアームのうち四本が、フック付きワイヤーを伸ばし、大腿部に巻きつけられた革製のホルダーから、スローイング・ダガーを抜き出している。これら金属アームとワイヤーの挙動は、全てエリーゼが制御している、言ってしまえば、増設された八本の腕の様な物だ。

 フックによって固定され、抜き出されたスローイング・ダガーは、ワイヤーに繋がれたまま、エリーゼの背中で揺れていた。


「そう考えるなら……エリーゼは何らかの『試作』でしょうか? 特殊で複雑なオートマータを錬成する前段階の足掛かりとして、実験的に造られたとか――であるなら、レオンの高過ぎる下馬評と、エリーゼの能力がオッズと著しく乖離している点にも、説明がつこうというもの」


 グレナディは再び左脚を後ろへ引くと、姿勢を沈めつつ前傾する。

 再び突撃の構えか。

 口許の笑みは消えない。


「もし本当にそうであるなら、哀れの極みですがね? 代用品であり実験体、つまりは主に愛されていないと……まあ、憶測ですがね? 単なる冗談ですよ? 忘れて頂いて結構、ふふふっ……」


「――私も気づいた事がございます」


 エリーゼは左腕を掲げると緩やかに波打たせ、躍らせながら言った。

 背後に、微かな光を放つ銀色の球体が浮かび上がる。

 その数は四つ。

 ワイヤーによって操作され旋回する、四本のスローイング・ダガーだった。


「その双眸――閉ざされているようで、実際には驚くほど良く見えている」


「勿論ですよ? 慈愛と闘争を司る精霊・ラミアーの眼は、伝承にある通り『天眼通』――いわゆる千里眼。愛しき主・ヨハンは、それをグレナディに授けて下さったのです、エリーゼの姿は完璧に捉えていますよ?」


 エリーゼの言葉に応じるグレナディの姿勢が、更に深く沈み込んでゆく。

 左手に握る朱色の鞘を腰の位置へと構え、右手を束へと添える。

 顔は伏せられている。

 目許には布が巻かれている。

 前が見えているとは、とても思えない。

 それでも見えていると言う。

 事実、見えているとしか思えない動きだ。

 それも、ただ見えているだけでは無い。

 ここまでエリーゼが放った攻撃全てに対応している。

 全てを把握しているのだ。


「主より賜った全てを見通す『天眼通』……存分にご堪能下さいな――」


 そう告げるや否や。

 グレナディの姿が、半ば歪みながらに融けて流れた。

 つまりは六メートルの距離を一息に詰める、強烈な踏み込み。

 前方への圧倒的な加速に因るものだった。

 

 同時にエリーゼも後方へ、大きく跳躍する。

 ただの跳躍では無い、背面へと回転する跳躍だ、高さがある。

 更に左腕を振るうと、四本のスローイング・ダガーを打ち込んだ。

 ワイヤーによって誘導されたダガーは、四本ともに急激な曲線を描く。


 僅か程の間も置かず、前傾姿勢のグレナディが突っ込んで来る。

 目許を布で覆った美貌へ二本、縦に連なりダガーが迫る。

 更に両脇腹へも二本、下から抉る様に異なる角度で跳ね上がる。


 至近距離から放たれた頭部への二連撃は、致死性が高い。

 確実に防がねばならぬ危険な攻撃であり、そしてグレナディの技量ならば防ぎ得る攻撃だった。

 つまり、致死に至らぬ可能性の高い、下段からの二本が本命という事だ。

 微妙にずれたタイミングと角度――しかもグレナディは加速の最中にある。

 これを回避、防御する事は、至難と思えた。

 にも拘らず。


「甘いっ!」


 疾駆の中で成された抜刀は、エリーゼの攻撃を易々と凌駕した。

 火花が四つ、明滅する。

 長大な白刃と朱色の鉄鞘、それぞれが迅速かつ正確無比に、縦横に振るわれ、瞬く間に四本のスローイング・ダガーを叩き落したのだ。

 頭部への二連撃――この晦ましを以てしても、下段からの攻撃が成立しない。

 異様とも思える精妙さ、技の冴えであった。


 しかもグレナディの動きは止まらない。

 振り切られた両腕は、流れのままに得物を振るい、エリーゼへの攻撃へと切り替わる。

 右順手のグランド・シャムシールは上段から撃ち込む、片手袈裟。

 左逆手の鉄鞘は下段への、薙ぎ払い。

 グランド・シャムシールによる斬撃であれ、朱色の鉄鞘による殴打であれ、このグレナディであれば、いずれも必殺必死の過撃に至るだろう。


 対するエリーゼは、後方跳躍から着地へと移る姿勢にあった。

 左腕はダガーを弾かれた衝撃で、ワイヤーごと真横へ振り切れている。

 残る右手はロングソードの柄に掛かっていた。


 グレナディが間合いへ踏み込むのと同時に。

 エリーゼの両爪先が、足指が、逆立つグレートソードの柄と柄頭を捉える。

 全身を激しく捻り、後方へ倒れ込む様に回転する。


 閃光の如くに打ち下ろされるグレナディの白刃が、袈裟掛けに襲う。

 電撃の如くに跳ね上がるエリーゼの剣が、逆袈裟に迎え撃つ。

 空中に火花が飛び散った。

 上段と下段から放たれた白刃同士の交錯か。


 否。

 エリーゼの逆袈裟は、グレナディが左手に構えた朱色の鉄鞘に防がれていた。

 そのままこじりまで滑り続ける。

 勿論、滑り切った先にグレナディの身体は無い、空を斬るばかりだ。

 グレナディの刃は防がれる事無くエリーゼの身体――無防備に曝け出された脇腹へと、吸い込まれてゆく。


 刹那。

 血飛沫と、微細な火花が空中に飛び散った。

 グレナディの斬撃は、確実にエリーゼの脇腹を捉えている。

 脇腹から下肢まで、一気に斬り裂いた……かに見えた。


 そうでは無かった。

 高速の一閃は肉を斬り裂くに至らず、エリーゼの体表を走り抜けていた。

 不可思議としか言い様の無い現象。

 ――が、理由は明白。

 『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出された、特殊ワイヤーだ。


 エリーゼの体側部に沿って特殊ワイヤーが絡み、縒り合わさっていたのだ。

 絡み合い、幾重にも連なるワイヤーの束が、鎖帷子の役目を果たしていた。

 加えて斬撃の瞬間、身体を捻り仰け反っていた事もプラスに働いた。

 振り下ろされた刃の侵徹が甘くなる角度にて、受け流したのだ。


 エリーゼは態勢を崩しながらも更に後方へ回転し、距離を取る。

 逃すまいとばかりにグレナディは、大きく踏み込もうとする。


 その出鼻を挫く様に、エリーゼの右手からダガーが放たれ、グレナディの喉元を狙った。

 踏み込みを阻害する絶妙のタイミングだ。


 ワイヤーで操作されたダガーでは無い。

 エリーゼが大腿部のベルトから右手で抜き出し、直接投擲したのだ。

 このダガーをグレナディは、鉄鞘の一閃にて叩き落した。


 この間にエリーゼは、ロングソードの柄頭を爪先で捉えたまま、三度、四度と後方旋回を繰り返し、グレナディと大きく距離を取る。

 その距離が、一〇メートルに達したところで上体を起こした。


 逆立つロングソードの上、エリーゼは小動もせず直立している。

 重さを感じさせないその姿は、木の梢に留まる一羽の鳥を思わせる。

 ただし、全身に傷を負った紅い鳥だ。

 脇腹から大腿部に掛けて新たに負った、複数の裂傷が痛々しい。

 ワイヤーを束ねて刃を弾いた……とはいえ、所詮は即席の防御壁に過ぎない。

 辛うじて助かったという状況なのだ。

 エリーゼから離れた位置に立つグレナディが、刃を朱色の鞘に納めた。


「奇抜奇特な攻撃と回避、或いは見事と言っても良い……で、あるものの、それではグレナディの命には届きませんよ? 踏み込みが浅い。見切りも早い。あまつさえダガー投擲の危険を冒してまで、逃れようとする始末……それ程に痛みが恐ろしいという事でしょうかね? 或いは、痛みの先にある死を恐れるが故でしょうかね?」


 笑みを浮かべると、愉しげに囁く。


「――痛みも、死も、恐怖も、尽くすべき主の為ならば耐えられる筈、それがコッペリアの誇り。そんな事も理解出来ずに仕合いますか……レオンも憐れですねえ。主でありながら己がコッペリアに従事して貰え無いだなんてね……」


 そのままゆるりと、優雅に歩き始める。

 迷いも恐れも一切感じさせないその姿は、絶対の自信に満ち溢れていた。 


◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・グレナディ=シュミット商会が保有する非常に強力な戦闘用オートマータ。

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