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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十二章 生生流転
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第四十六話 思慕

前回までのあらすじ

レオンの理解者であった筈のベネックス所長は、裏でマルセルと繋がっていた。

更に所長は、自ら錬成したオートマータ『コッペリア・ベルベット』にて、レオンとマルセルに挑む事を宣言する。

マルセルはその挑戦を前に笑みを浮かべるのだった。

 黒いラウンジスーツを着込んだ男達が、ドアの前に並んでいる。

 男達は皆、暗い眼差しで押し黙ったまま、正面を睨みつけている。

 スチール製のドアは固く閉ざされ、中の様子を伺う事は出来ない。

 ドアに取り付けられた金属プレートには『ゲヌキス領守護兵団・ナヴゥル』の文字が刻まれていた。


 白いシャツとグレーのベストを身に着け、眼鏡をかけた痩せぎすの男が二人、丸椅子に腰を下ろしたまま、神妙な面持ちで医療器具を片づけている。

 彼らはいずれも、マルセルに託されたエメロードタブレットを基に、ナヴゥルの身体を完全錬成した、ラークン伯お抱えの優秀な錬成技師だった。

 彼らが向かう作業机では、スチーム・アナライザー・アリスが音響測定の結果を、専用用紙にプリントアウトし続けている。

 その隣りに設えられた医療用の簡易ベッドには、肌を晒したナヴゥルが仰向けに横たわっていた。


 胸元、腹部、背中、太腿部……負傷した個所を包帯が覆っている。

 特に損傷の酷い左腕は、分厚い布で肩まで覆われ、硬く固定されている。

 右腕の血管には針が打ち込まれ、金属スタンドに固定されたガラス製の医療用ボトルからゴムチューブ経由で、濃縮エーテルが輸液されていた。

 蘇生措置を受けたナヴゥルは、既に意識を取り戻している。

 応急ではあるが、止血措置も完了している。

 しかしナヴゥルは、全身を力無く弛緩させたまま動かない。


 ナヴゥルの傍らには、ソファに座るラークン伯の姿があった。

 肥え太った身体を覆っているのは、はち切れそうなイブニング・コートだ。

 垂れ下がる顎の下に結わえ付けられたボウタイは緩み、斜めに歪んでいた。

 ワックスで撫でつけた薄い髪は乱れ、額と頬には汗が滲んでいた。

 コートの下に着込んだ白いシャツも、汗に塗れていた。

 背凭れを使わず身体を起こした姿勢で、ソファに腰を下ろしている。

 眉根に皺を寄せた険しい表情で、じっとナヴゥルを見つめていた。


 ナヴゥルはラークン伯から顔を背ける様に、身動ぎひとつしない。

 ラークン伯も、動こうとしない。

 そのまま、幾らかの時が流れて。

 やがてナヴゥルが、掠れた声で告げた。


「我が主よ、我の意識を――抹消して欲しい」

 

 その言葉に二人の錬成技師は、血相を変えて立ち上がろうとする。

 ラークン伯は鋭い視線で、二人を制した。

 ナヴゥルは細く息を吐きながら、更に言葉を紡ぐ。


「我は、主に恥をかかせた……我が主に屈辱をもたらし、主の期待に応える事無く、この様な無様を晒し……我はもう、主の許にいる資格など無い。私の様な、不快で、醜悪な、存在の価値の無い化け物はもう……」


 肩を震わせると、哀願する様に言った。


「見苦しい化け物に、生きる資格など無い……。精魂尽き果て自害する事すら出来ない、浅ましくも滑稽なガラクタ……。我が主よ、我の存在を消してくれ……消滅を以てこの罪を贖いたい……」


 凍りつく様な沈黙が、部屋に立ち込める。

 その沈黙を破ったのは、ラークン伯の低い声だった。


「――私を見よ、ナヴゥル」


 ナヴゥルは横たわったまま、弱々しく頭を振る。

 ラークン伯は改めて告げた。


「私を見よ、ナヴゥル」


 その声には、有無を言わせぬ力が籠っていた。

 ナヴゥルはゆっくりと首を巡らせ、力を失った瞳で自身の主を見上げる。

 険しい表情を崩す事無く、ラークン伯は口を開いた。


「私を見よ。良く見よ。解るか? 解らんか? 私は解る。良く解る、見ての通りだ――不快。醜悪。浅ましく見苦しく滑稽。それらは、私に対して、幾千幾万と投げ掛けられて来た言葉だ。子供の頃から、聞き飽きる程に、聞かされて来た言葉だ」


 ラークン伯は、真っ直ぐにナヴゥルを見据えている。

 その視線は一切揺るが無い。

 脂ぎった手を、自身の胸元に添えて続けた。


「誰も彼もが私を虚仮にした。誰も彼もが私を馬鹿にした。無様だと、見苦しいと、生き恥を晒すなと。幼少の頃よりずっと、そう罵られて生きて来た。お前がそうだと言うのなら、私もお前と同じく、侮辱と共に生きて来た」


 ゆっくりとソファから立ち上がる。

 そのままベッドサイドに近づき、床へ跪くと身を屈めた。


「しかし、不快であろうと、恥を晒そうと、それでもなお立ち上がるのが真の強者だ。泥を啜り、恥に塗れ、嘲笑の的になろうと、最後に勝利を得たならば、それが強者であり勝者だ」


 ナヴゥルは紅い瞳で、ラークン伯を見遣る。

 ラークン伯は低く、唸る様に言った。


「私を見下し、嘲笑した親族、それに纏わる者、三〇余名を全て屠り、私はラークンの当主となった。屈辱と侮辱に塗れた死の縁より再起し、勝ち残ったのだ。お前も私と同じ屈辱を感じ、苦しんだのだろう……ならば再起せよ。 私にも出来た事が、お前に出来ぬ筈など無いっ……!」


 だぶつくラークン伯の両手が、ナヴゥルの右手を握る。

 弛む頬肉を震わせながら、唇を震わせながら、絞り出す様に言う。


「……私とお前は同じ物を見た筈だ。死ぬと言うのなら、胸を張った限界の際で死ね、私はそうやって死ぬ! ……失意の底で死ぬなど許さぬ。死と暴虐を司る精霊ならば抗え。見苦しかろうと、無様であろうと。我らは辛酸舐めてなお、勝者を目指す真の強者だっ……」


 血走り濁り、それでも強い光を宿したラークン伯の眼を、ナヴゥルは見つめ返す。

 自身の右手を包む、浮腫み汗ばんだ両手が、細かに震えているのを感じた。


「我が主よ……」


 ナヴゥルは小さく囁く様に言った。

 右手の指を主人の指に、そっと絡ませた。


「我も死ぬ時は――その様に死ぬ。限界の際まで行く……主と共に」


 ◆ ◇ ◆ ◇ 


 卓上では『小型差分解析機』――スチーム・アナライザー・アリスが、静かに可動していた。

 アナライザーの側面には何本もの計測用ケーブルが繋がれており、机の隣りに設置された、医療用の簡易ベッドにまで伸びている。

 簡易ベッドでは、包帯と保護ガーゼを全身に巻かれたエリーゼが俯せに横たわったまま、腕から濃縮エーテルとリンゲル液の輸液を受けていた。


 更にエリーゼの小さな背中には、背筋に沿って左右一対ずつ、接続用の金属ケーブルが頸椎まで連なり並んでいる。

 鈍く光るコネクタを通じて身体の構造解析を行い、同時に音響効果を応用する事で、身体各所に部分的な麻痺状態を発生させていた。

 オートマータに有効な麻酔方法であるが、近年では殆ど用いられていない。現存するオートマータの大半が戦闘用となり、基本的に痛覚抑制機能が施されている為だ。

 しかしエリーゼの身体には、痛覚抑制の機能が設けられていない。

 それ故に、縫合施術を行う為の麻酔が必要だった。


 レオンはベッド脇の診察椅子に腰を下ろし、縫合を続けている。

 この縫合は、傷口の癒合を促す為の措置では無く、一時的な止血に過ぎない。

 比較的浅い傷は、滅菌ガーゼと包帯で圧迫止血を行っている。

 いずれにせよ、オートマータは人間と違い、自然治癒力が非常に低い為、軽微な損傷以外、どうしても工房での再錬成が必要となる。


「……状態は良くない、自覚していると思うが、全身が発熱している。体温は三十八度前後……筋肉、関節各部も炎症を起こしている。神経網にも何らかのダメージがある筈だ、一時的な物だとは思うが……」


 休む事無く手を動かしながら、レオンは言う。

 その顔色は芳しくない、仕合に勝利したとはいえ、状況は良く無いのだ。


 わずか一仕合。

 たった一仕合で、これ程の損傷を負う事になろうとは。

 ナヴゥルが強敵だった――それは事実だろう。

 しかし、ここまでのダメージは想定外だった。


 十数か所に及ぶ裂傷、擦過傷、打撲傷……これらは加撃による負傷だ。

 危険である事に変わりは無いが、的確に再錬成措置を行えば、早期に治療する事も可能な傷だとも言える。


 問題なのは、筋肉及び関節部の炎症、そして神経網へのダメージだった。

 これらのダメージは、ナヴゥルの攻撃に因るものでは無い。

 戦闘という強烈な負荷に、身体各部位が摩耗、損傷したのだ。

 戦闘用では無い身体で戦闘を行う――その弊害が如実に表れていた。


「とりあえずの止血を終えたら『工房』へ移動し、損傷個所の再錬成と、改めて精密検査を行う必要がある」


「お任せします……」

 

 レオンの言葉に、エリーゼは身を横たえたまま応じる。

 そして木製の間仕切りを隔てた向こう側の、シャルルに声を掛けた。


「……ダミアン卿は、そこにいらっしゃいますか?」


「あ、ああ、ここにいる……」


 シャルルは控室の入り口に程近い、応接用のソファに腰を下ろしていた。

 従者達は皆、控室のドアを出てすぐの通路で待機してる。

 アリーナでは暴動にも近い騒動に巻き込まれた為、万が一の事態に備え、控室の警備も兼ねていた。

 エリーゼは言葉を続ける。


「恐れ入りますが、ヤドリギ園のシスター・カトリーヌに、治療の為、帰宅出来なくなったと、お伝え願えますか? 約束を守れず申し訳ありませんと」


「……解った、必ず伝える」


 シャルルはそう答えると、口を噤んだ。

 その口調は、何処かぎこちない。

 恐らく闘技場での事を、気にしているのだろう。


 が、それはレオンも同じだ。

 闘技場で発生した事柄の多くが、未だ理解出来ない。

 戦闘に関しては門外漢である為、言及出来ない。

 ただ、仕合後のやり取り……一連の挑発的な行動。

 あの行動を放置して良いものか。

 いや、今後を考えれば、やはり確認しておくべき事柄だろう。


「――エリーゼ、ひとつ確認しておきたい」


「はい、なんでも仰って下さい」


 エリーゼは素直に応じる。

 反発する様子など微塵も無い、試合直後の挑発的な行動が嘘の様だ。

 それでも確認は必要だとレオンは思う。


「――試合後のパフォーマンスだ。観覧席のシャルルを案じて、機転を利かせてくれたのかも知れないが……それでも二週間後の仕合に合意する必要があったのか? 身体の不調は自覚していた筈だ」


 レオンの質問に、エリーゼは僅かな沈黙を経て答えた。


「……オッズの変動を鑑みるに、数試合での資金回収が困難だと感じた為です」


 ――その答えに、レオンは疑問を抱かざるを得ない。

 確かに数試合での資金回収は苦しい状況だ。

 だからといって無理に連戦する必要があるのか。

 エリーゼは続ける。


「今回の急激なオッズ変動――恐らくご主人様のお父上による介入とベッティングが、多くの貴族に知れたのだと推察します。加えて今回の勝利で、ベットの天秤が更に傾く可能性も出て参りました。そうなれば当初の予定は崩れましょう。故に、理に合わぬリスクを負うと、敢えて宣言する事で、多少なりとも天秤の傾きを戻せるのでは……そう考えました」


「……」


「加えて……ご主人様に私を蘇生させ、『グランギニョール』までの道筋を強引に描いたお父上が、ご主人様との直接対決を望まぬ筈はありません」


「……」


「私が無謀を宣言し、それを勝手に実行するなら、お父上が望む形での対決では無くなる可能性が生じる……故に何らかの譲歩、或いはチャンスが提示されるのでは……そういう想いもございました」


 レオンは黙したまま、エリーゼの話を聞く。

 理解出来ない事も無い理屈だ――が、納得出来ない。

 敢えて無謀な連戦を行う事で観客を欺き、父の思惑を揺さぶる、オッズバランスの変動を狙いつつ、マルセルの反応を伺う……それを可能とするリスクかも知れない、が、リスキー過ぎるのではないか。

 負けてしまえば元も子も無いのだ。


「いや、それは……」


 反論を述べようとして、しかしレオンは言葉に詰まる。

 エリーゼの意見は危険だが、一応の理がある為だ。

 レオンの否定的な考えは、真っ当であっても現状の打破に繋がらない。

 大幅なオッズの偏りは確かに危険だ、期限は半年しか無いのだ。


 とはいえ……違和感が拭えない。

 それ故、肯定も出来ないのだ。

 薄靄の如き疑念にレオンが惑う中、シャルルが声を上げた。


「――レオン。エリーゼに無茶を強いたのは俺の責任でもある。だから……すまなかったエリーゼ。私の軽率な発言で、君に余計な苦労を背負わせてしまった、申し訳なく思う……」


 シャルルはテーブルに視線を落としたまま、そう言って謝罪する。

 エリーゼは淡く微笑み、穏やかな声で応じた。


「お気遣い無く、ダミアン卿――。有難いお言葉でした」


 シャルルは改めて小さく、すまないと詫びた。

◆登場人物紹介


・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。


・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。戦闘用の身体では無い。

・レオン=医者。孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンより『アーデルツ』を預かっていた。


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