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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十章 決闘遊戯
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第三十九話 死地

前回までのあらすじ

絶対だった筈の攻撃を回避され、焦りを覚え始めるナヴゥル。

エリーゼはナヴゥルの秘めたる『能力』に気づいたのか、戦闘を優位に進め始めた。

仕合は大きな分岐点を迎えていた。

 広大な円形闘技場に、粘りつく様な熱気が満ちている。

 血生臭い決闘遊戯を、娯楽として鑑賞する者達から滲み出す、濁った熱気だ。

 この決闘遊戯を野蛮だと窘める者などおらず、謗る者もまたいない。

 驕れる貴族達は皆、喜色満面に拳を固め、汗に塗れて聖歌を歌う。

 血生臭いこの遊戯を、神への供物と昇華するべく歌うのだ。


 全ては欺瞞、全ては虚飾。

 虚しさと熱狂の中。

 二人の人造乙女が互いに相食み、血を流していた。

 

 闘技場の床面に敷き詰められた、石板の上。

 鋼鉄のロングソードが垂直に立ち上がっている。

 鋭く光る切っ先――その僅かな一点のみを支えに直立している。

 有り得ないバランスで直立する、全長一六〇センチのロングソード。

 その柄頭に。

 背筋を伸ばし、つま先を揃えたエリーゼが、超然と佇んでいた。


 鮮血の如き真紅のエーテルに染まった、タイトなドレス。

 細い木の梢にとまる鳥の様に、小さな身体は一切揺るがない。

 ピジョンブラッドに濡れ光る瞳で、ナヴゥルを静かに見つめながら。 

 しなやかに伸びた両の腕を、繊細な指先を、緩やかに躍らせている。


 エリーゼの周囲には、銀色に輝く半透明の光球が四つ。

 それは空中に浮遊したまま、高速旋回し続けるスローイング・ダガーだ。

 その背に装着された錬成武装『ドライツェン・エイワズ』から繰り出される、特殊ワイヤーを用いての操作によるものだった。


「――そう、それが『場』に憑く妖というモノ。『水妖』であれば『水場』、海魔たる貴方は、この場を『海』と『見立て』るべく手を打ち、策を弄した……」


「黙れ……」


 エリーゼの言葉を遮りつつ、ナヴゥルは戦斧を手に低く構える。

 一〇メートルの距離を突撃にて詰め、斬り込むという戦法に変化は無い。

 ナヴゥルは、敢えて同じ攻撃を選択する。

 背に装備された『特殊武装』――あの複雑な機構さえ正確に把握出来れば。

 ワイヤーを用いた、有り得ぬ姿勢制御も恐るるに足らず。


 反撃に関しても、ロングソードを用いつつ、スローイング・ダガーを操るという技術は奇特なれど、所詮は攪乱目的の変化技に過ぎず、一撃で致命となる事は無い――そう判断している。


「――つまり」


 重ねて言葉を紡ごうとするエリーゼを無視し、ナヴゥルは猛然と突撃した。

 横に構えた戦斧の切っ先が石床で跳ね、火花を撒き散らす。

 エリーゼに後方回避の様子は無い。

 二人の距離が瞬く間に縮む。


 刀剣の上に立つエリーゼは両腕を振るうと、前方へ差し出した。

 空中に浮遊する四本のスローイング・ダガーが、一斉に射出される。


 ナヴゥルはその攻撃を、事前に予測していた。

 喉元へ飛来する四本のダガー――ワイヤーを使った高速の投擲。

 とはいえタイミングと軌道が読める攻撃だ、脅威とは成り得無い。

 ならば戦斧による下段からの斬り上げで、全て弾き飛ばせると――。


 しかし。


「つまり『策』が見切られたならば――」


「……っ!?」


 鈴の音を思わせる、エリーゼの声が耳朶を打つ。

 予測が覆る。

 確かにダガーは射出された。

 だが、その軌道は直線では無く、うねる様な曲線。


 上下左右に分かれ、四方から襲い掛かって来る。

 明らかに不自然かつ不規則な軌道。

 それは鞭の先端を思わせた。

 つまりワイヤー先端部のフックでダガーを保持、波打たせては打ち据える様に振るったという事か。

 

「――ここは既に『見立て』通りの『海』に非ず『場』に非ず。そういう事でございます」


「賢しやっ!」


 何故、予測と食い違う結果に至るのか。

 何故、『能力』が正確に効果を発揮しないのか。

 背中の『武装』――ワイヤーを繰り出す複雑な『機構』。

 その『機構』を掴みつつあるという認識に誤りがあったか。


 或いはコイツが、我が『能力』を見切ったというのか? 

 しかし『能力』を見切ったとして、予想を覆し得るのか。

 本当にそんな事が可能なのか!?


 上方から顔面へと飛び来る二本のダガーを、ナヴゥルは戦斧の一閃で弾く。

 次いで下方左から迫るダガーを、左手で掴み取る。

 更に右腕で振るった戦斧の勢いを利用し、全身を翻す。

 その背に、防ぎ切れなかった最後の一本が突き刺さる。

 構わずナヴゥルは身体を旋回させ、上段から戦斧を叩きつけた。


 回転による遠心力を加えた渾身の一撃。

 背中にダガーを受けたとて、その威力には些かの衰えも無い。

 当たれば必殺。

 戦闘用として錬成されていないエリーゼでは、受け止める事など出来無い。

 もはや避け切れる距離でも無い。

 裡なる『能力』が、エリーゼの後方跳躍は無いとナヴゥルに伝えている。


 にも拘らず、加撃直前。

 エリーゼは上体を捻りつつ、大きく後ろへ仰け反った。

 爪先――足指にて、ロングソードの柄頭と『握り』を保持したままだ。

 流れる様に背面へ回転すると、ロングソードも共に、大きく弧を描く。

 両脚、背筋、更には全身のバネを利用し、エリーゼは逆袈裟に斬り上げた。


 上段からの撃ち込みと、下段からの逆薙ぎが交錯する。

 逆しに疾走る銀の軌跡が、上段から襲い来る強烈な戦斧の重爆を斜に捉える。

 跳ね上がった刃は斜めに傾いでいた。

 戦斧の威力を直接受け止めるのでは無く、分散させ、受け流したのだ。


 ナヴゥルの放った致命の一撃は、またもやエリーゼに届かない。

 逆に、ナヴゥルの攻撃を逸らしたロングソードによる逆薙ぎは、戦斧の柄に沿って刀身を滑らせ、しならせ、懐の裡へと切っ先を深く、伸ばすに至る。

 ナヴゥルは刃を逸らし弾くべく、甲冑籠手の隠し爪を起動させた。


「くっ……!」


 受け流された戦斧の斬撃は、目標を逸れて闘技場の石板を叩き割る。

 同時にナヴゥルの胸元から肩口までが切り裂かれ、真紅のエーテルが飛沫く。

 隠し爪で勢いを殺し、切っ先をずらしたものの、被弾は免れ得無かった。


 エリーゼはロングソードの柄頭を爪先で捉えたまま、更に三度、四度と、後方旋回を繰り返し、ナヴゥルから距離を取る。

 ナヴゥルは流血と裂傷のダメージを無視し、強引に踏み込もうとする。

 が、その踏み込みを遮る様に、風切り音が響く。


「おのれっ……」


 足を止めたナヴゥルは手にした戦斧を旋回させ、力強く横に払う。

 スローイング・ダガーが足元に弾けて転がり、戦斧の柄には黒い特殊ワイヤーのラインが絡みついている。 


 ナヴゥルがワイヤーを絡め取り、引き千切ったのでは無い。

 『ドライツェン・エイワズ』に内蔵された、ワイヤーカッターによる措置だ。

 ワイヤーを絡め取られた際の対策として、事前に用意された機構だった。


 後方へ跳躍旋回を続けたエリーゼは、闘技場中央にまで移動していた。

 ナヴゥルとの距離は八メートルほど。


 エリーゼはロングソードの柄頭を爪先で捉えたまま、小動もせず静止する。

 冷たく光る切っ先を下に、揺らぐ事無く直立している。

 しなやかに伸びた両腕のみが、虚空に優雅な軌跡を描き続けている。

 そして小さな風切り音と、周囲に浮かぶ銀色の光球が五つ。

 エリーゼは息を吐きながら、そろりと囁いた。


「――入場時に放たれた八門の『空砲』。あれは演出に非ず、あれこそが『策』。この場を水妖ナクラヴィの『依り代』に相応しい、暗黒の海と仕立てるべく誂えたモノ」


「……」


「あの『空砲』は、貴方の体内に在る『濃縮エーテル』と同質のエーテル粒子を、闘技場内に効率良く撒き散らす為の、仕掛けにございましょう。自身の体内エーテル粒子が漂う範囲内に在る『者』を、正確に感知感応する――それが『水妖』としての、貴方の能力」


 ナヴゥルはエリーゼを睨めつけたまま動かない。

 背に刺さったダガーを、背面で旋回させた戦斧で弾き落とす。

 胸元の傷口から、鮮血と見紛う濃縮エーテルが溢れ出している。

 が、ダメージは感じられない。

 痛覚の抑制もあるが、それ以上に眼前の敵――エリーゼに対する憤怒が、身体的ダメージを麻痺させているのだ。


「水妖ナクラビィは、暗黒の海に迷い込んだ哀れな人畜を容赦無く襲う。その所在を探る術は『熱』? 『音』? 『息づかい』? ……いいえ、水妖は、襲うべき人畜の『命の調べ』を手繰り近づく」


「……」


「練成学的に説くなら『エーテル・プルス』。エーテルの流れ。貴方は大気中に拡散した自身のエーテル粒子にて、私の体内エーテルに干渉、手繰っていた。そして貴方が手繰る『エーテル・プルス』は、血流より伝わる『脈動』では無く――『神経伝達』としての『波動』。」


 ナヴゥルはエリーゼの言葉に応じる事無く、ゆっくりと身体を沈める。

 戦斧を両手に低く構えた。

 その姿をエリーゼは、直立した刃の上より見下ろし続ける。


「神経を伝う『波動』こそが情報伝達を行い、筋肉を可動せしめる。そして『波動』は行動に先んじて生ずる。『神経伝達』の微弱な『波動』を把握出来たなら。先読みにも似た行動が可能。ですが『神経伝達』の『波動』は『脈動』よりも遥かに微弱、微弱であるが故に捉える事は難事、流血の箇所が増えれば、阻害に至ると……」


「そうか……」


 ナヴゥルは血に塗れたエリーゼを見据え、低く、唸る様に言った。


「全身に負ったその傷、その流血は……敢えてか……」


 鋼を思わせる全身の筋肉が、ギリギリと隆起している。

 金属の軋む音が、聞こえて来そうな程だ。

 歯を軋らせる口元から、鋭く尖った犬歯が見えた。

 エリーゼは血の色の瞳でナヴゥルを見つめ、応じた。


「行動の遅延にて『神経伝達』の『波動』は読み難くなる、遅延による負傷にて溢れ出す流血はノイズとなる、『神経伝達』の微弱で繊細な『波動』を、ノイズに塗れた状況下で、正確に掴む事は、更に難事……」


 ナヴゥルは紅のドレスを纏ったエリーゼを見据えたまま、低く身構える。

 手にした戦斧は横構えに非ず、肩に担ぐが如き姿勢だ。

 戦法を変えたのだ。

 更に攻撃へと偏重した、特攻の構えだった。

 

「優れた能力故、混戦、乱打戦になる事が無かった、相手が流血に至る打撃は既に致死性の高い深手……『エーテル・プルス』を手繰り、敵を侮り、一方的に圧倒する仕合ばかり行っていたのでしょう。貴方の敗因は――」


 エリーゼは両の腕を、ゆるりと左右に大きく開いた。

 長大なロングソードの柄頭に爪先立ち、流血の絡む腕を広げた紅い姿は。

 不吉を告げる鳥の様にも見えて。

 囁く声が小さく流れた。


「死ぬる覚悟も無く、死地へ踏み込んだこと」

 


◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。戦闘用の身体では無い。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。


・レオン=医者。孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

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