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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第十章 決闘遊戯
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第三十五話 激突

前回までのあらすじ

『グランギニョール』仕合直前。

荒ぶる戦闘用オートマータ『ナヴゥル』は対峙するエリーゼを挑発する。

対するエリーゼは、臆する事無くナヴゥルと向かい合うのだった。


 巨大円形闘技場の中央に立つ、エリーゼとナヴゥル。

 対峙する二人の距離は六メートル。

 これは、決して遠く無い距離だ。


 レオンの見立てが正しければ、エリーゼの装備する『ドライツェン・エイワズ』は射出系の武装であり、この距離が有利だとは思えない。

 ナヴゥルほどの戦闘用オートマータならば、一瞬で詰める事も可能な距離だ。

 エリーゼはロングソードを手にしているが、それを戦闘に用いるつもりか。

 近距離での戦闘に備えての、ロングソードなのか。


「ナハティガル……? 知らんな、欠片も記憶に無い、どこの馬の骨だ?」


「左様でございますか」


 エリーゼの名乗りを受け、ナヴゥルは嘲笑と共に吐き捨てる。

 もともと興味も無いのだろう。

 エリーゼも淡々と応じ、気にした風も無い。


 入場口脇の待機スペースでエリーゼを見守るレオンは、観覧席に視線を送る。

 興奮した面持ちの貴族達が集う最前列――その上段に設けられた関係者用ボックス席に、イブニング・コートを纏ったラークン伯の姿が見える。

 複数の従者と共にアリーナを見下ろすラークン伯は、用意されたソファに太った身体をゆったりと沈め、傍らに侍る女達と談笑している。ナヴゥルの勝利を確信しているのだろう、態度からも表情からも、余裕が見て取れた。

 シャルルの姿は確認出来ない。恐らく背後の――レオン側の通用門に程近い関係者席から、観戦しているのだろう。


 やがてオーケストラ・ピットに控える管弦楽団のメンバーが、抱えた楽器を改めて構え直すと、ピット脇に設けられた木製の演壇へ、黒いラウンジスーツを着込んだ初老の男が駆け登った。

 男は会場を見渡しながら、壇上に備え付けられた真鍮製の伝声管に向かい、大音声で宣言する。


「本日の最終戦、第七試合を執り行います! まずは――西方門より出でし戦乙女! 純白のドレスに包まれし可憐な姿は、古の妖精・ピクシーの如し! グランギニョール初参戦、衆光会代表! エリィイイイイゼェッ!」


 大きな歓声が、観覧席から湧き上がる。

 初参加のコッペリアに、グランギニョールの観客が声援を送る事など珍しい。

 しかし――アレは天才ピグマリオン・マルセルの息子が練成したコッペリアである、そういう話が貴族達の間で広まっている、そういう事であるなら、妥当とも思える。

 マルセルの名声は、それほどの高みに達しているのだ。

 大盛況の中、ラウンジスーツの男は更に言葉を続けた。


「――そして、東方門より出でし戦乙女! 闘技場を朱に染めたる破壊の刃! 死と暴虐を司る悪意の精霊! グランギニョール戦績十二戦無敗! ゲヌキス領守護兵団所属! ナァヴゥウウウウルゥッ!」


 直後、爆発的な歓声が観覧席から立ち昇った。

 それは質量すら感じさせる程の、激しく熱い絶叫の飛沫だった。

 顔を紅潮させた貴族達が、こぞってナヴゥルの名を呼び、拳を突き上げる。

 十二戦無敗という戦績。

 その十二仕合が、どの様なものであったか。

 貴族達の過剰な反応から、ナヴゥルが出場した仕合の内容を、想像する事は容易だった。


「この仕合は本戦であり、二日目以降と同じルールになります! 即ち損壊沈黙即敗北! 或いはコッペリアによる敗北宣言! この二種を以っての決着となります!」


 伝声管を通した男の声が、闘技場内の各所から響き渡る。

 ナヴゥルは巨大な戦斧を両手でゆっくりと構えつつ、唇の端を吊り上げた。


「――敗北宣言など罷り通らぬ。喉裂き開き、首切り落として嬲り潰す」


「左様でございますか」


 挑発とも侮辱とも取れるナヴゥルの言葉を、エリーゼは軽く受け流す。

 構えは見せていない。

 

「それでは、お互いに構えて!」


 演壇に立つ男が叫ぶ。

 ナヴゥルは酷薄な笑みを浮かべたまま、更に姿勢を低く沈める。

 戦斧は大きく右の横構えに、両腕の筋肉が力強く隆起する。

 その姿は、得物を狙う大型の肉食獣を彷彿とさせる。

 力を溜めているのだ、それがはっきりと伝わって来る。


 対するエリーゼは、未だ構えない。

 構える事無く、ナヴゥルと仕合うつもりなのか。

 所持したロングソードも鞘に納まったまま、柄に手も掛けていない。

 自信があるのか。

 それとも何らかの策なのか。

 離れた位置から見守るレオンには解らない。


 やがて会場が、静かに落ち着き始める。

 歓声が無くなり、囁きも消え、徐々に静寂が広がる。


 熱が醒め始めたのでは無い。

 むしろ場内の熱気は、際限無く上昇し続けている。

 会場の全てが、闘技場中央で対峙する二人に集中しているのだ。

 徐々に、徐々に。

 緊張が漲り、沈黙が張り詰めて。

 そして。

 壇上の男が絶叫する。


「始めっ!!」


 ◆ ◇ ◆ ◇ 


 何かが砕ける硬質な異音が響いた。

 直後、爆ぜる様に粉塵が飛び散る。

 砕け散った物は、闘技場の床に敷かれた石板だ。

 ナヴゥルの初動。驚くべき加速。

 その踏み込みが、床材の石板を砕いたのだ。


 地を這うが如き姿勢のまま、瞬く間に距離を詰めるナヴゥル。

 横構えに両手で握り締められた戦斧は、極限まで引き絞られている。

 

 驚異的なナヴゥルの突撃に対し、エリーゼは後方への跳躍を選択する。

 ナヴゥルに距離を詰めさせない為の回避行動か。

 白いドレスを纏った小さな姿が、軽々と宙に舞う。


 だが、明らかに遅い。

 速度でナヴゥルに及ばない。

 跳躍の構えを取っていなかった為か。

 あるいは、そもそもの瞬発力に大きな差がある為か。

 

 一瞬で二人の距離が詰まる。

 ナヴゥルの振り被った戦斧が、エリーゼを射程距離内に捉える。

 ナヴゥルの両足が、闘技場の床と噛み合い、踏み締める。

 ブレーキでは無い。

 突進に因る推進力を全て、構えた戦斧に転化する為の強烈な支点だ。

 力漲る上体の捻りと引き絞られた両腕が、一気に開放された。


 極限まで力を溜めた、戦斧による横薙ぎの一閃。

 誇張抜きに空間を引き裂く、必殺人外の一撃となってエリーゼを襲った。


 後方へ跳躍したエリーゼは、未だ空中に在る。

 宙にあっては方向を転換する事も、加速する事も出来ない。

 手にしたロングソードで防ぐ――それ以外の選択肢は無い。


 しかし身体スペックの差は歴然としている。

 戦闘用に調整されたナヴゥルの一撃を、戦闘用では無いエリーゼがブロックする事など、実質不可能に近い。

 まともに受ければ、その衝撃だけで腕が砕ける。

 逡巡の間も無く無慈悲な一撃が、エリーゼの胴体へと吸い込まれる。


 次の瞬間。

 在り得ぬ事が起こった。 

 後方へと跳躍したエリーゼの身体が、空中で加速したのだ。


 地に足着かぬ、空中での急加速。

 本来、起こらぬ筈の現象だ。 

 そんな現象が、何故起こり得たのか。

 それはエリーゼの背に装着された『ドライツェン・エイワズ』――そこから吐き出された、金属ワイヤーに拠るものだった。


 入場時。

 エリーゼは『ドライツェン・エイワズ』の金属アームから、フック付きの鋼ワイヤーを、入場門に固定していた。

 そのままワイヤーを弛ませ、床に這わせつつ、闘技場中央まで歩み出る。 

 それを急激に巻き取る事で身体を後方へと牽引、空中での加速を行ったのだ。

 これは仕合開始直後の展開――ナヴゥルの突撃を見越しての仕掛けだった。


 レオンの見立て通り『ドライツェン・エイワズ』は、射出系の武装であり、そのポテンシャルを一〇〇%引き出すには、ある程度の距離が必要となる。

 対するナヴゥルの武装は鋼鉄製の戦斧であり、長さは二・五メートル。

 その上で仕合開始位置は闘技場中央、互いの距離は六メートル。

 筋力、瞬発力、共にエリーゼを大きく上回るナヴゥルにとって、この条件は絶対的に有利であり、開始直後の突撃は最適解だ。


 ナヴゥルの視点で考えれば、仮にエリーゼがロングソードを用いて迎撃したとしても、リーチと重量で勝る戦斧でならば圧倒出来る。

 スローイング・ダガーを用いての迎撃も、ナヴゥルは痛覚抑制状態にある為、急所に当らぬ限り、全力の突撃を止めるには至らない。

 筋力と瞬発力の差、そして痛覚抑制は、それほどに大きなアドバンテージなのだ。

 

 正攻法で距離を奪い合っては、身体能力で劣るエリーゼに勝ち目が無い。

 仮に初撃を回避出来たとしても、距離が詰まってしまえば後手に回り、防戦一方となるだろう。

 その不利を回避する為の一手が、ワイヤーを使っての急加速だった。

 

 エリーゼの身体は後方へ加速し、宙を舞う。

 そのままナヴゥルの射程圏外へ。

 渾身の力で疾走る鋼鉄の戦斧が、届かぬ距離へ。

 あと僅かで射程距離外へ逃れるかに見えた、次の瞬間。

 ナヴゥルはエリーゼの加速に対応した。


 全身全霊とも思える圧倒的な横薙ぎの一閃――その最中に。

 ナヴゥルは、両手で保持した鋼鉄製の柄――その握る力を一瞬緩めたのだ。


 戦斧の柄が、ナヴゥルの手の中で滑走する。

 更に左手が離れ、伸び切った右腕一本で保持する形となる。

 しかもナヴゥルの右手が掴む部位は、柄の端……石突きだ。


 熟練の域に達した槍兵が、使用する戦闘技術ではある。

 しかし、槍――パイクの重さは四キロほど。

 対してナヴゥルの戦斧――ハルバードは三〇キロを超える鋼鉄の塊だ。

 それを右腕一本で振るう、如何ほどの膂力握力が可能とする技であるのか。


 超絶の剛力、そこから繰り出される戦斧の軌道は、明確に変化していた。

 薙ぎ払う為の真円から、不規則な楕円の軌跡へと。

 著しく射程が伸び、研ぎ澄まされた戦斧の切先がエリーゼに迫る。


 加撃直前。

 空中に在り、逃れる術の無いエリーゼの軌道が、再び変化する。

 ナヴゥルの刃を避ける様に、いきなり上へと跳ねたのだ。


 後方への加速も不可能であるなら、上への軌道変化もまた不可能だ。

 その動きは、エリーゼが両手で保持していたロングソード――その鞘の先端部、こじりにて床を突いたが為の反動だった。


 ナヴゥルの振るう刃が、極限まで迫る。

 エリーゼは肉薄する刃を前に、軌道を変えつつ身を捻りながら脚を畳む。

 戦斧の一撃が、ロングソードを撥ね飛ばし、奔り抜ける。

 直後、闘技場の床に、鞘を砕かれ抜き身となったロングソードが、耳障りな音を立てながら火花を散らし、弾け転がる。

 更に複数の細かな金属音が、石板の上に散らばり響いた。

 それはエリーゼの上腿部に革ベルトで固定されていた、十数本のスローイング・ダガーであった。


 長大な戦斧を右腕一本で構えるナヴゥルは、唇の端を歪めて冷笑する。

 エリーゼはナヴゥルから一〇メートルほど離れた位置に、爪先から着地する。


 いったい何が起こったのか。

 それは、エリーゼが戦斧を避けようと身を捻った瞬間だった。

 ナヴゥルは石突きを握る手首を返しつつ、身体を沈めると、すくい上げる様に戦斧を振り切ったのだ。

 金剛力と緻密精緻を掛け合わせた執念の一撃が、エリーゼの上腿に巻かれた革ベルトを断ち切っていた。

  

 「――ふーっ……背中のちゃちな玩具が頼みの綱か? 小手先の技で逃げ切れると思うな、ガラクタが」


 ナヴゥルは伸ばした右腕越しにエリーゼを見つめ、嘲りを込めてそう告げた。

 エリーゼは腕を垂らし、脚を揃えて立ったまま、ナヴゥルを見つめ返す。

 その手に、脚に、武器は無かった。


◆登場人物紹介

・エリーゼ=レオンに蘇生されたオートマータ。戦闘用の身体では無い。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の、非常に強力な戦闘用オートマータ。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」維持の為に莫大な金を賭けている。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。


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