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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
最終章 人造乙女
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第二八九話 遊戯

・前回までのあらすじ

ガラリアとジブロールの国境線にて交戦する事となった『マリー直轄部会』と『天兵隊』だったが、『天兵隊』はエリーゼとシスター・マグノリアの奇襲を受けて壊滅、次いでマルセルが新規に錬成した『フォモール兵』も、ナヴゥルとエリーゼの連携にて打ち倒す事に成功した。最後に残ったマルセル秘蔵のオートマータ・ベルベットは、しかしマルセルに対する落胆と別離を口にすると『神聖帝国ガラリア』への亡命を口にするのだった。

 陽の沈んだ針葉樹林の広大な漆黒を、ヘッドライトの明かりが掻き分けて行く。

 大型の装甲車両が走るのは、タールマカダム舗装の施された国境沿いの街道だ。

 闇に沈んだ道は蛇行を繰り返しつつ、僅かずつ人里へ近づいて行く。

 数時間前に後方支援部隊と合流、状況を伝えると共に監視と警戒の交代を行なった。

 後任にはギャンヌ子爵の『オートマータ・アドニス』、バルザック辺境伯の『オートマータ・メリッサ』に加えて護衛の私設兵団が二個中隊、友軍として参加している。

 仮にジブロール側からの反撃があったとしても、十二分に対応可能な分厚い戦力だった。


「――貴様、ふざけるなよ。拘束具を勝手に外すなと言っている」


 揺れる装甲車両の中、苦い口調でそう告げたのはランベール司祭だ。

 司祭は左隣りに座るベロナを睨むと、床の上で身を屈める。

 そのまま、足元に転がる錬成合金製の拘束具を拾い上げた。


「勝手に外れちゃうんだよ、そういうの。私の意思じゃないんだ、仕方ないよ」


 シートに座ったままのベロナは、屈託無くそう答える。

 ランベール司祭が拾った拘束具は、ベロナの手首と足首を固定していたものだ。

 オートマータであっても、錬成合金製の拘束具は易々と破壊出来るものでは無い。

 それがあっさりと外れてしまう。

 いや、外れるという表現は適切ではないのかも知れない。

 手足がいきなり幻影と化して、すり抜けるかの様な現象だった。

 ベロナは自身に備わる自己防衛現象が、発現した為だと言う。

 既に三度、ベロナの手足から何の前触れも無く拘束具が外れ、床に落ちている。


「もう良い、ランベール司祭。それはソレの仕様だ。如何ともし難い」


 ベロナの右隣りに座るシスター・マグノリアは、足元に視線を落としたまま言った。

 向かいのシートではナヴゥルは腕を組み、目蓋を閉じて動かない。

 そしてナヴゥルの隣りには、灰色の修道服を纏うエリーゼが腰を降ろしていた。 


 戦場で着用していた紅いドレスは損傷が酷かった為、既に破棄されている。

 それはエリーゼ自身が、それだけの猛攻に曝されたという事だ。

 修道服で隠れているが、全身に幾つもの負傷を抱えている。

 しかしエリーゼは、自身の負傷を気にする素振りも見せない。

 ただ、軽く前へ差し出した右手の指先で、スローイング・ダガーを弄んでいた。

 エリーゼの白い指先で、スローイング・ダガーは音も無く回転している。

 金属の刃は半透明の円盤と化し、車内の明かりを仄かに乱反射させている。

 エリーゼは、その回転の煌めきを静かに見つめていた。

 

「……貴様もオートマータである以上、メンテナンスを受けねば生きられんだろう。『マリー直轄部会』がそれを行うが、メンテナンス中に似た様な現象が発生するなら、我々の思惑とは全く無関係に、どうという保障も出来んぞ」


 拘束具を片付けながら、ランベール司祭は言う。

 対してベロナは、エリーゼに視線を送りつつ答える。


「だったら私のメンテナンスは、レオン君に頼みたいな。レオン君が担当してくれるなら、私は安心して受け入れる事が出来ると思うんだけど。良いよね? エリーゼ姉さん」


「はい」


 エリーゼは、回転するダガーを見つめたまま即答した。

 しかし、ランベール司祭が腹立たしげに否定する。


「勝手に決めるな。貴様の処遇は全て我々が決定する」 


「――どのみち、今の『現象』が頻発する様なら、マルブランシュ氏に頼むしかない。同じ事だろう」


 シスター・マグノリアが、低い声で口を挟む。

 ランベール司祭はシスター・マグノリアの横顔を睨むが、何も言い返さなかった。

 オートマータ・ベロナの扱いに混乱するのは、本部に帰ってからになるだろう。

 

「ところでさ、エリーゼ姐さん。訊きたい事があるんだけど良いかな?」


「はい」


 ベロナはシートの上に片膝を立てると両手で抱き寄せつつ、エリーゼに声を掛けた。

 エリーゼは穏やかな声で、短く答えた。


「エリーゼ姉さんがその気になれば、ジブロールを侵攻する事も、エルザンヌを侵攻する事も、ウェルバーグへ攻め込む事だって出来るよね? どうしてしないの?」


 暴挙としか思えぬ提案にランベール司祭は眉根を寄せ、司祭の向かいに座るナヴゥルも目蓋を開き、赤い瞳でベロナを見遣る。

 ベロナは更に質問を重ねる。


「私は姉さんと同じ『モリグナ』だから解るよ。姉さんがそれを望むなら、それが可能になるってね」


「……」


「だけど姉さんは、そうしようとしない、そうしようともしていない。『神聖帝国ガラリア』とかいう、馬鹿馬鹿しいくらい腐敗した国に、何か義理立てする様な事があるの?」


「貴様、亡命すると言いながら、その言い草は……」


 気色ばむランベール司祭を、シスター・マグノリアが視線で制した。

 次いでマグノリアは、エリーゼを睨めつける。

 エリーゼはダガーの煌めきに視線を落としたまま、淡々と応じた。


「――現世なぞ虚ろにして朧、闘争の宴に咲く刹那の華こそが真にして現。そして『神聖帝国ガラリア』もまた、私の眼には砂上の楼閣と映っております。この想いは『アーデルツ』との身体共有を経てなお、拭われる事は無かった。それが私の揺るがし難い『本質』なのでしょう。ただ……」


「……ただ?」


 ベロナは促す様に質問する。

 ナヴゥルも、マグノリアも、黙って耳を傾けている。


「ただ私は『ヤドリギ園』で過ごした日々を、シスター・カトリーヌと子供達の笑顔を……『アーデルツ』と分かれた今でも、良き夢の様に思い出すのです」


「……」


「その夢は、野辺に咲く花の様に、見落としてしまいそうなほど、ささやかで……ですが気づけば私の中に揺るがし難く、価値あるものとして根付いておりました……」


「……刹那の華より、野辺に咲く花、ってこと?」


 ベロナが再び問い掛ける。

 エリーゼは軽く首を振った。


「私の『本質』は変わりません。私は『ナハティガル』――求道者を惑わせし存在。やはり『闘争』と『戦火』を愉しみ、眩いばかりに輝く『刹那の華』を、今でも望んでいる」


「……」


「同時に……愛しい者達の穏やかな『日常』も望んでいる……」


「……」


 その時、装甲車両の運転席から、シスター・ジゼルの声が響いた。


「第三警戒区域を抜けました。あと三〇分ほどでガラリア・イーサに到着します。」


 エリーゼは顔を上げると、煌めく紅い瞳でベロナを見つめた。

 指先ではスローイング・ダガーが、音も無く回転し続けている。


「ガラリア・イーサ……悪徳と腐敗が蔓延る砂上の楼閣であっても、そこには愛おしむべき者達がおります」


「だったら……ジブロールに、エルザンヌに、ウェルバーグにだって、攻め入って滅ぼせば良いんじゃないの? そうすればガラリアにいる、愛しい人達は確実に救われるよ」


 ベロナはアメジストの瞳で、紅い瞳を見つめ返す。

 エリーゼは口許を綻ばせた。


「野辺に咲く花の様に儚く、愛おしむべき者達は、きっとそこにもいるのです」


「……」


 ベロナの隣りで、シスター・マグノリアは目蓋を閉じた。

 ナヴゥルは、唇の端を淡く吊り上げる。


「私は、ささやかな穏やかさを守る為、攻め入る事も、攻め込ませる事も、しません」


「膠着状態を望むってこと?」


 ベロナは興味深そうに、エリーゼの瞳を覗き込む。

 エリーゼは自身の指先で回転する刃を、軽く掲げてみせる。


「私の望みは『刹那の華』を以て、万人の敵となること」


 刃の回転は止まらない。


「私との戯れを望む者がいる限り……」


 濡れ光るピジョンブラッド。

 キラキラと煌めく危険な光。

 エリーゼは言った。


「私の遊戯は終わらない」

 


 ―― 完 ――


・エリーゼ=レオン管理の元『マリー直轄部会』が預かるオートマータ。圧倒的戦闘力を誇る。

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』のシスター。圧倒的戦闘力を有する。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。センサーに似た能力を有する。

・ベロナ=かつて円形闘技場で歌姫を務めていたオートマータ。オランジュ、エリーゼとは近しい特性を持つオートマータ。


・ランベール司祭=『マリー直轄部会』所属の司祭。男性型オートマータ。

・シスター・ジゼル=『マリー直轄部会』所属オートマータ。ランベール司祭のサポートを行う。

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