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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第一九七話 陰謀

・前回までのあらすじ

『エリンディア遺跡』より逸失した成果物を追うマルセルは、隣国の違法な決闘遊戯『ジンクシュピル』にて、異質な強烈な強さを誇るオートマータ『エリス』を発見、その性能の高さに魅せられる。

 『ウェルバーグ公国』首都郊外に設けられた、外交官用の堅牢な高層集合住宅。

 窓辺に立つマルセルは、ワイングラスを傾けながら夜景を見下ろしている。

 アイスグレーの瞳にエーテル式水銀灯の煌めきを映しながら、思索を巡らす。

 思うは『ジングシュピル』で観戦した『エリス』の事だ。


 動きの精度、戦闘技術、発した言葉。

 それら全てに驚嘆した。

 信じ難いほどに高性能なオートマータだ。

 いや――高性能という言葉は誤りだ。

 別格の高みに在る、異質なオートマータだ。

 ガラリアの『グランギニョール』ですら、あの様なオートマータは見た事が無い。

 或いは現在の『レジィナ』を凌駕するのではないか。


 『ウェルバーグ公国』の錬成技術は『神聖帝国ガラリア』より幾分遅れている。

 にも拘わらず『エリス』は、明らかに別格の存在だった。

 先の試合に参加した『ブラスレーナ』も、決して低レベルなオートマータでは無かった。

 ただ、『強化外殻』の性能に頼り過ぎていた。

 金属を元に置換錬成した身体が、安定していなかったのだろう。

 ――が、それは『エリス』も同じだ。

 『エリス』も『ブラスレーナ』も、身体的精度に殆ど差など無いと感じた。

 しかし『エリス』は『ブラスレーナ』を圧倒したのだ。


 試合の最中、『エリス』は『ブラスレーナ』に手傷を負わされた。

 身体能力的に躱し切れなかったのも事実だろう。

 『ブラスレーナ』が装備していた『強化外殻』の有無が差として現れたのだ。

 だが、あの負傷は恐らく織り込み済みだった、敢えて受けたと言っても過言では無い。

 負傷を利用して『エリス』は『ブラスレーナ』の油断を誘ったのだ。

 そう、油断と思い込みを誘発させていた。


 そんな戦い方をするオートマータなど、前代未聞だった。

 いったいどんな『妖魔精霊』を『エメロード・タブレット』に宿したのか。

 『墓場鳥』などという精霊も存在しない筈だ、自身の真名も偽っているのだろう。


 『ジングシュピル』の観戦に誘われた時、マルセルは予感めいたものを感じていた。

 戦闘用オートマータこそが錬成科学の粋である以上、『ジングシュピル』に『エリンディア遺跡』で逸失した成果物の手掛かりがあるのでは無いか――そんな予感だ。

 そして『エリス』が姿を現した。

 陳腐かも知れないが、運命的な物を感じる。


 ならば次に打つべき一手は『ミュラー男爵』との接触だ。

 本来、それには困難が伴っただろう。

 何故なら『ジングシュピル』は貴族達による非合法な賭博遊戯である為だ。

 参加する以上は表沙汰にならぬよう、秘匿を旨として皆で結託している。

 しかし『エリス』を所有している『ミュラー男爵』は違うらしい。

 新興貴族であるが故の焦りか、名声に固執し、秘匿の取り決めを守ろうとしない。

 ここにつけ入る隙があると、マルセルは考えている。


 『ミュラー男爵』は社交界での地位を欲するあまり『ジングシュピル』に於ける法度を半ば意図的に破っている。当然、貴族達は『ミュラー男爵』認めたりはしない。認められないが故に『ミュラー男爵』は『エリス』の戦績を殊更に喧伝、是が非でも認めて貰おうとアピールを繰り返すという、悪循環に陥っているのだろう。

 

 もし、そんな彼に興味を持ち、評価する者が現れたなら。

 それがウェルバーグでの貴族では無くとも、それなりの地位に在る者なら。

 『ミュラー男爵』に取り入る事は容易いだろう。


 ただ一点、問題があるとするなら『ミュラー男爵』は外部の有力者から接触があった事を、周囲に漏らすだろうという事だ。故に『ミュラー男爵』と接触するにあたり、こちらの立場が完全な捏造であっては不味い。

 『ミュラー男爵』が納得するだけの権威が後ろ盾として必要になる。

 とはいえ男爵が自身の優位性を喧伝するにしても、それは『ジングシュピル』に基づいた物だ。その性質上、現在『ウェルバーグ公国』を統治する保守貴族陣営に、話が漏れ伝わっては不味いくらいの事は考えるだろう。

 ならば『エルザンヌ共和国』と外交ルートで繋がる『シュネス伯』に協力を頼んでも良い。『エリンディア遺跡』の成果物に関する重大な情報が得られる可能性を伝え、もしもの時は切り捨てて貰って構わぬという方針を示せば、きっと了承されるだろう。

 マルセルはグラスのワインを飲み干した。


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 翌日、マルセルはエルザンヌ共和国大使館へ足を運んだ。

 『シュネス伯』宛ての手紙を預ける為だ。

 電信や普通郵便より安全かつ確実で速い。

 手紙にしたためた内容を要約すると以下の通りだった。

 『ミュラー男爵』なる貴族が『エリンディア遺跡』より逸失した成果物の情報を有している可能性有り、確認すべく『エルザンヌ共和国』有力者代理として交流を求めたい所存――その上で『ミュラー男爵』の気質と状況を書き記した。


 数日後、マルセルの元へ『シュネス伯』より返信が届く。

 そこには『ミュラー男爵』との接触許可と、伯爵が代表を務める『シュネス平安財団』の名称使用許可、更に外交使節団に参加してる『シュネス平安財団』職員への協力要請も許可する旨が記載されていた。


 その日のうちにマルセルは、外交使節団で働く『シュネス平安財団』の職員数名に声を掛ける。『シュネス平安財団』の職員も『シュネス伯』より連絡を受けており、全員がマルセルの要請に応じた。

 マルセルは職員達に行うべき事を、具体的に説明する。

 そして『ミュラー男爵』と接触するにあたっての役割を取り決める。

 『シュネス平安財団』の代表として『ミュラー男爵』との直接対話を行うのは、マルセルを『ジングシュピル』に誘った職員・クルーゾーの部下――フルニエに頼んだ。

 フルニエは普段、表立って行動する事の無い初老の事務方で、外交使節団員としてのキャリアも長く、『ウェルバーグ公国』の公用語を完璧に扱える上、公国の内部事情にも詳しい為、これ以上の適任はいないと考えられた。

 その従者として他の職員役を一人、更に付き人兼ボディガード役を三人選出する。

 マルセルは付き人役を請け負う事にした。

 その際、己と背格好の近い職員を三人選び、髪型も等しい形に整える事に決める。

 『シュネス平安財団』の職員達は皆、協力的だった。

 数時間の打ち合わせで全ての状況がクリアとなり、残る問題は『ミュラー男爵』と接触する機会をどの様に設けるかのみとなった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 翌日、クルーゾーが『ミュラー男爵』の新たな情報を入手した。

 予てより『ミュラー男爵』が治める領地では林檎栽培を始めとした農業が盛んであり、収穫される作物は品質も良く評判となっていた。が、二代目は領地を継ぐと、地下資源の採掘事業に農業の規模縮小を唐突に決定、農業に従事していた多くの領民達は、強引な方針転換に怒りを覚えながらも、生活の為に採掘事業への参加を余儀なくされていた。

 しかし男爵領より採掘される資源は、水酸燐灰石や石英、方解石といった、錬成科学的な価値はあれど、そこまで大量消費が見込まれる事の無い鉱物ばかりだった。

 結局、地下資源採掘計画は想定を下回る成果しか挙がらず、それでも投資額を回収するまでは辞めるわけにもいかず、生産性の低い事業を続行するしか無い状況に陥っていた。

 更にそうした失策で悪化した財政状況を理由に、公国政府への上納金を一部免除して貰おうと、領土運営で発生した収支を適切に報告していないのでは――そんな悪い噂がある事も解かった。

 マルセルはここに眼をつけ『ミュラー男爵』の土地より採掘される地下資源と、噂で耳にした連戦連勝のオートマータに『シュネス平安財団』が興味を示しているという、そういう方向で話を持ちかける事を決めた。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・大使館員・クルーゾー=エルザンヌ共和国の大使館員でシュネス伯の配下。

・大使館員・フルニエ=クルーゾーの部下でありシュネス伯の配下。


・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。


・ミュラー男爵=エリスの主人。迂闊な性格なのか社交界で敬遠されている。

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