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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第一九六話 暗愚

・前回までのあらすじ

エリンディア遺跡より逸失した成果物を探し求めてウェルバーグ公国に潜入したマルセルは、貴族達の違法な決闘ゲーム『ジンクシュピル』を観戦、そこで異質な強さを秘めたオートマータ『エリス』と遭遇する。『エリス』は不可思議な強さを発揮し、対戦相手を一蹴するのだった。

 静かな興奮が、破棄された紡績工場の古い建屋内に満ちていた。

 首筋と左右の膝裏を投げナイフで穿たれ、地に伏したまま立てないブラスレーナ。

 その様子を逆立つ剣の上にて起立し、濡れ光る瞳で見下ろす血塗れのエリス。

 司会を務める赤いスーツ姿の男が叫んだ。


「それまでっ!」


 突然の大音声に死闘を取り囲む貴族達の群れが、ざわめき揺れる。

 同時に複数の男達が、倒れ伏したブラスレーナの元に駈け寄り集まる。

 彼女の介添え人達だろう、折り畳み式の運搬台を持ち込んでいた。

 赤いスーツの男が更に続けた。


「ただ今、ブラスレーナの介添え人より敗北が宣言されました! よってこの勝負、エリスの勝利となります! 『墓場鳥のエリス』が勝利、エリスの勝利で確定となります!」


 勝利確定が宣言され、貴族達はどよめく。

 どよめきはやがて拍手に変わり、拍手は程無くして万雷の如くに響き渡った。

 エリスは貴族達の拍手に応えるかの如く、剣の上で両腕を左右に広げ、周囲を見渡す。

 やがて、眩いばかりの笑みと共に口を開いた。


「――良いのです」


 クリスタルを思わせる、透き通った声だ。


「そう……どなたであろうと良いのです。立ち合いを望まれるのなら。ご随意に申し込めば良いのです……」


 言いながらエリスは、幸せそうに両眼を細める。

 言葉は更に続いた。


「そう、良いのです! 我が身に宿る櫟の毒を! 試したいと仰るのなら! どなたであろうと良いのです! この『エリス』が全霊にて! 全て受けて立ちましょう! どなたなりとも! どなたであっても! 良いのです! 良いのです!」


 エリスは背筋を伸ばし、謳い上げる様に言い放った。

 歓喜に満ちたその声に呼応して、拍手を送る貴族達の口から感嘆が漏れる。

 挑発的とも思える言葉はしかし、観る者の耳に心地良く響いた。

 貴族達は皆、エリスの姿と声に圧倒され、同時に魅了されていた。


 血に塗れた紅いドレスを纏う傷だらけの娘。

 鳴り止まぬ拍手の中で微笑みを浮かべ、素足にて逆立つ剣の柄頭に起立する姿。

 この世の者とは思えぬ、極まった美しさ。


 マルセルも、その紅い姿から眼が離せなかった。

 こんなオートマータが存在するのか。

 試合での挙動。あの動き。あの武装。今の言葉。

 マルセルは、天啓にも似た何かを感じていた。


「――どうだった? マルブランシュさん。なかなか見ものだったろう?」


 呆然とエリスを見つめるマルセルは、横合いから声を掛けられて我に返った。

 常駐外交職員の男だ、彼も先の試合で興奮したのだろう、額に汗を滲ませていた。


「ああ……全くだ、良い試合だったよ。レベルも高かった」


 マルセルは頷き、同意してみせる。

 確かにレベルは低く無かった、鎧を纏ったオートマータの質も悪くは無かった。


 しかし――あのエリスというオートマータは別格だ。

 ガラリアの『グランギニョール』にも、アレに迫るオートマータがいるかどうか。

 或いはすぐにでも『レジィナ』の座に登り詰めるのでは無いか。

 間違い無く、それだけのポテンシャルを感じた。


 にも関わらず、此処に居並ぶ連中は、誰もその事に気づかないのか?

 この廃工場に集まった者達の中に、錬成技師はいないのか?

 あのオートマータの、有り得ぬほどの特殊性に気づく錬成技師はいないのか?

 

 いや、いないのだろう――マルセルはそう思う。

 そこに実在する以上、驚愕や感嘆はあれど『有り得ぬ』とは考えられないのだ。

 如何に特殊なオートマータであろうと実在する以上、何処かの誰かが錬成した代物であり、人知を超えた存在では無い――そう感じるのだろう。

 それが今の、五〇年以上続く平和な時代――『喜ばしき凪の時代カルム・エポック』に守られた錬成技師の現状だ。

  現状に囚われ、現状を打破する発想に至らない、そんな錬成技師ばかりだ。


 苦々しい想いをマルセルは飲み込む。

 今、そんな事を憂いでも詮無い事だ。

 それよりも優先すべき事があるのだ。

 マルセルは常駐外交職員の男に質問した。


「ところで……この試合に参加したオートマータの所有者は誰なんだい? 名の通った貴族だと思うんだが、そういう発表は行われないのかな?」


「ああ、非合法な賭博試合だからね。参加したオートマータの所有者は伏せられている。オートマータ自体も偽装されてる場合が多い、全身に『強化外殻』を装備する者が大半だが、それは実用と偽装を兼ねているんだ。名前だって『ジングシュピル』登録用の偽名だよ」


 男は淡々と答える。

 マルセルは質問を続けた。


「あくまで『ジングシュピル』は、賭博の為だけに開催されていると?」


「基本的には、賭博の胴元を務めている大貴族達の要請で行われるらしい。それ以外にも、互いの利権を賭けて開催される場合もある。いわゆる決闘だ、その際は参加している貴族同士、相手を認識している」


「いずれにしても、彼女たちを誰が錬成したのか、部外者には窺い知れない訳か……」


 マルセルは落胆の色を隠しながら言った。

 とはいえ、調査する術が全く無いわけでは無い。

 時間は掛かるだろうが、それは仕方の無い事だ……そう考えていた矢先。

 常駐外交職員の男が意外な事を口にする。 


「いや、あの『エリス』に限っては、ある程度情報が出回っているんだ」


「なんだって?」


 マルセルは思わず聞き返した。

 男は頷き答える。


「本来なら『ジングシュピル』への参加は秘匿が推奨されているんだが……『エリス』の所有者である『ミュラー男爵』は気にしない、むしろ噂になれば良いとすら思っている様だ。それというのも『ミュラー男爵』は新興貴族でね、先代が商業的に成功して成り上がった二代目なのさ」


「ほう……」


「先代はまあ、まがりなりにも一代で貴族位まで駆け上がった男だからね、社交界での評判はともかく、優秀さに於いて一目置かれていた。ただ二代目は、そういうタイプじゃ無い。放蕩な金持ちのボンボンって感じだ、周囲からの評価もそれに準じてる」


「なるほど……」


「だから二代目は、社交界での名声が欲しくて『エリス』の所有者である事を、事ある毎に仄めかす、それにこの国では先刻も言った通り、決闘が認められていて、決闘に際して代理を立てる事も許されてる、解るかい? そういった決闘に『ミュラー男爵』は『エリス』を貸し出しているんだよ」


「……よほどの自信だな。その『ミュラー男爵』が抱えている錬成技師も、男爵の方針に賛同しているって事かな、どんな人物か解るかい?」


 マルセルは内心喜んだ。

 実際にミュラー男爵と接触するには、クリアせねばならぬ事柄が幾つかあるだろう。

 それでもこれは、大きな前進だ。

 常駐外交職員の男は質問に答える。


「ああ『ミュラー男爵』が抱えている錬成技師か。聞いた話では、無名の若い技師を何人も雇っているらしい。ミュラー男爵はどうしたって新興貴族だ、この国で名の通った熟練の技師は雇えない、噂は正しい筈だよ。今日、この現場にも恐らく連れて来ている筈だ。一応、表向きは秘匿する呈を装っているから、姿を現したりはしないが」


「そんな無名の技師達が、あのオートマータを錬成した?」


 マルセルは訝しむ様に問う。

 あれほどのオートマータを扱える者が、無名だとは思えない。

 歳若いという事であれば、学習院等で評判になった過去があっても不思議では無い。

 そういった評判すら一切無く、無名という事か。

 男は肩を竦めると首を振った。


「さすがにそこまでは解らないな。誰が錬成したって噂は聞いた事が無い。ただ、ミュラー男爵は先代の頃から『ジングシュピル』で、無類の強さを誇っていたって噂だ。ただ、この噂は二代目男爵に切り替わって以降、広がり始めたんだがね。親子二代で決闘の代行を行っていたのかって、もちろん社交界での評判は芳しく無い、解るだろう? 他人の揉め事に首を突っ込む様な人間だと思われている。現ミュラー男爵の思惑は完全に、裏目に出ているって事だよ」 


「なるほど……興味深いな」


 マルセルは頷き、口許に楽しげな笑みを浮かべる。

 見つめる先には、介添え人達と共に廃工場を後にするエリスの姿があった。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・大使館員の男=エルザンヌ共和国の大使館員。


・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。

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