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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第一九五話 魔法

・前回までのあらすじ

『エリンディア遺跡』より盗み出された成果物を回収すべく、マルセルは『ウェルバーグ公国』に潜入していた。連日の様に調査を続けていたマルセルだが、共に入国した大使館員に誘われ、非合法の決闘遊戯『ジングシュピル』を観戦する事になる。そこでマルセルは、強烈なパフォーマンスを示すオートマータ『エリス』を発見する。

 廃墟と化した巨大な紡績工場の建屋内。

 その広大な空間は、じわりと汗が滲み出すほどの熱気に包まれていた。

 仮面で顔と素性を隠しつつも、興奮だけは隠しきれぬ貴族達が群れ集っている為だ。

 非合法な決闘遊戯――『ジングシュピル』。

 賭博目的でオートマータ同士を戦わせる、貴族達の娯楽だ。

 現在『ウェルバーグ公国』の政治的アドバンテージを握る貴族達とは別の、革新的な貴族達によって、極秘裏に運営されている一種の秘密クラブと言い換えても良い。

 数多のウェルバーグ貴族達が観戦する中、七メートルほどの距離を置き、二人のオートマータが対峙していた。


 一人は深緑色に鈍く輝く全身甲冑型の『強化外殻』を纏う戦闘姫――ブラスレーナだった。

 両手に握った得物は長大な鉄槍、低く身構えた姿は力に満ちていた。

 試合開始直後より一気呵成の攻めを見せ、既に複数の有効なダメージを与えていた。

 そして優位な状況に在りながらも、槍を構える姿に微塵の隙も無かった。


 いま一人は純白のドレスを紅色に染めた戦闘姫――エリスだった。 

 切っ先を下に逆立つ長剣の上、飄然と爪先立つ姿は、傷ついてなお美しい。

 頬に傷を負っても消えぬ微笑み、流血の絡む両腕をしなやかに躍らせている。

 白い背に装備された円盤状の機器より、細いワイヤーの糸が紡ぎ出されていのだ。

 エリスはそのワイヤーを指先で操作し、三本の投げナイフを空中に浮遊させていた。

 果たしてその様な事が可能であるのかどうか。

 だが、実際にナイフは、繋がるワイヤーより与えられた回転力を以て浮遊している。

 空中で半透明の光球と化すほどに高速回転を続けるナイフは、不吉な鬼火の様だ。


 ――と、深緑の鎧を纏うブラスレーナの姿が、またもや朧に霞んで流れた。

 低い姿勢からの深く鋭い踏み込み、鉄槍を構えて突撃したのだ。

 エリーゼの繰り出した三本の投げナイフなど、全く意に介さずという事か。

 いや、全身を覆う鎧に加えて圧倒的加速。

 この二つが組み合わされば、如何にナイフを精密に操作し放とうと、ダメージを負う事など無いという判断に基づいての突撃だ。

 事実、突進するブラスレーナに対し、エリスはカウンターを取るべく二本のナイフを、立て続けに撃ち放っていた。

 しかしその反撃は、ブラスレーナの全身を覆う鎧の前には無効だ。

 撃ち込まれた投げナイフは、装甲に弾かれ火花を散らすばかりだった。

 

 分が悪いと感じたか、エリスは跳躍しての後退を選択する。

 ――が、エリスの後退速度より、ブラスレーナの突撃速度が勝っていた。

 瞬く間にエリスは、ブラスレーナが構える鉄槍の射程内に入る。

 次の瞬間、弾ける様に鉄槍が突き出された。

 閃光と化した槍の穂先は、未だ空中にあるエリスの喉元へ一気に吸い込まれる。

 貫いた――かに見えた刹那、ブラスレーナは眼を細めた。


「……っ」


「!?」


 マルセルは驚愕する。

 後方へ跳躍したエリスの軌道が、空中でいきなり大きく変化した為だ。

 ほぼ直角に、身体ごと真横へ移動していた。

 慣性と重力を無視した、有り得ぬ軌道だ。


 驚愕しつつもマルセルは、空中を横切る一筋の細いラインに気づいた。

 ラインはエリスの背から真っ直ぐに、試合会場となっている建屋の柱まで伸びている。

 ワイヤーだ。

 ワイヤーによる牽引で、エリスは横へスライドする様に移動したのか。

 背中に装備された円盤状の武装、そこから紡ぎ出されたワイヤーを用いているのか。

 三本の投げナイフ――放たずに残した一本を、密かに柱の方へ放っていたという事か。

 マルセルはそう推察する。

 相対していたなら、これは全く予想外の挙動に映っただろう。


「ふんっ……!」


 しかし、ブラスレーナの反応は速かった。

 突き出した鉄槍を即座に持ち替えると、力強く横薙ぎに振るったのだ。

 風を裂く音が強烈に響く。

 方向転換したエリスに襲い掛かる鉄槍の強烈な軌跡は、半透明の扇を思わせた。

 それほどに速い。

 この速さはエリスの挙動を、予想していなければ不可能だ。

 エリスの戦績は一〇戦一〇勝、一〇度も試合を重ねている。

 つまり過去の試合で、同じ回避を何度も繰り返したのだろう。

 だからこそブラスレーナは、容易く先を読めたという事か。


 動きを見切ったという確信が、迷いの無い一閃に現れていた。

 致死の一撃が、空中にて回避不能のエリスに迫る。

 刹那――紅色に染まるドレスが、否が応も無く打ち落とされるかに思えた次の瞬間。

 エリスは空中での跳躍姿勢を維持したまま、急激に加速した。


「なっ……!?」


 ブラスレーナは両眼を見開く。 

 必殺の意図を以て放った横薙ぎが、虚しく空を切ったのだ。

 そんな事は、有り得ない。

 足場の無い空中で加速する事など。


 だが、マルセルは気づいた。

 この跳躍はワイヤーによる牽引だ。

 ワイヤーの巻き取り速度を上げるだけで良い、加速など容易だ。

 空中で加速する事など出来ない――その思い込みを利用したのだ。


 いや、それだけでは無かった。

 先の攻防でエリスは、何度も跳躍後退を繰り返し、被弾を重ねていた。

 その事でブラスレーナに、自身の回避速度を誤認させたのだ。

 敢えて被弾する事で、ブラスレーナの油断と思い込みを誘った。

 そして今、空中での急加速を行い、ブラスレーナの意表を突く事に成功した。

 ならば次に繰り出されるエリスの一手は、間違い無く致死性の高い反撃となる筈だ。

 マルセルは固唾を飲んで、その瞬間を見守る。

 

 宙を舞うエリスは建屋を支える鉄骨へ、足指に捉えた長剣の先端から辿り着く。

 途端に、凍りつく様な金属音が周囲に響いた。

 一瞬、エリスの長剣が柱に対して直角に、突き立ったかの様に見えた。

 その長剣の足指が絡む柄頭の上。

 身を屈めたエリスが顔を上げた。

 流血の絡む白い美貌は、微笑みを湛えていた。


「ちぃ……っ!!」


 苛立ちを隠す事無く、ブラスレーナは敢然と振り向く。

 そのまま全力で、エリスの方へ踏み込もうとする。

 長剣が鉄骨に突き立つ筈も無く、純粋にエリスは不自然かつ不安定な姿勢だ。

 ここで突撃を選択する判断は、間違ってなどいない。

 ――が、全力で踏み込もうとした次の瞬間。

 その行く手を遮る様に、小さな煌めきが空間を裂いて閃いた。

 ブラスレーナの動きが停まる。

 

「……っ!?」


 それは先ほどブラスレーナの鎧に弾かれた、エリスの投げナイフだった。

 確かにナイフは弾かれたが、エリスの背中から伸びるワイヤーとは繋がったままだ。

 エリスが腕を振るい、ワイヤーを操作したのだ。

 ワイヤーによって引き寄せられた投げナイフが、再び襲い掛かったのだ。

 それでもブラスレーナは機敏に反応した。

 力強く鉄槍を振るうと、全力でナイフを叩き落す。

 

「ぐっ……!!?」

 

 直後。

 ブラスレーナは鉄槍を振るった姿勢で、凍りついた。

 槍を振るった姿勢――その首筋に、ヘルムでは覆い切れない隙間が生じていた。

 その隙間に、エリスが放った最後のナイフが突き刺さっていた。

 

 エリスは長剣ごと身体を翻すと、二転、三転、後方回転を繰り返し、距離を取る。

 そのまま、ブラスレーナから五メートルほど離れた場所で、制止した。

 逆立つ長剣の上、エリスは真っ直ぐに起立する。

 見据える先は、首筋に手をやり憤怒の形相を浮かべるブラスレーナだ。


「――予測とは確定事項では無く、覆され得るものと弁えるべきでした」


 涼やかに、そして愉しげに、艶やかな笑みを浮かべながら、エリスは囁く。

 ブラスレーナは首筋から手を離すと、歯を食い締めつつ、改めて鉄槍を構え直す。

 そんなブラスレーナを、エリスは濡れ光る瞳で見つめながら、更に続けた。


「そして引き際を知るべきでしょう。痛覚抑制の弊害……その一撃、決して軽くはありません。動けば取り返しのつかぬ結果を招きましょう」


「黙れ……」


 エリスの言葉を遮る様に、ブラスレーナは低く呻いた。

 鉄槍を両手に低く身構え、全身に力を滾らせる

 多少のダメージなど構う事無く、全力で突撃しようという腹積もりか。

 たとえ相討ちになろうと勝利させぬという、極まった意思を感じさせた。

 それでもエリスの微笑みは消えず、僅かに憐みの色さえ滲ませつつ、言った。


「捨て身の攻撃、ですが捨て身の意味を履き違えては、勝利など覚束ぬと……」


「しゃああッ!!」


 エリスの言葉が途切れるよりも先に、ブラスレーナが地を蹴った。

 防御を捨てた圧倒的加速、そこからの突撃刺突。

 仮に刺突が外れたとて、己が身体を砲弾に見立てて頭から突っ込む。

 突っ込んでからの組打ち――そこまでを見越した、強烈な踏み込みだった。

 にも関わらず。


「なッ……!?」


 突撃した筈のブラスレーナは、前方へ身を投げる様に、つんのめって崩れ落ちた。

 いったい何が起こったのか。


「ぐうう……」


 ブラスレーナは身体を起こそうとする、しかし脚が動かない。

 何故脚が動かないのか。

 ブラスレーナは血走った眼差しで、自身の脚を見遣る。

 己が両脚――その膝裏に深々と、ナイフが根元まで突き刺さっていた。


 倒れたブラスレーナを、エリスは剣の上から悠々と見下ろしている。

 血に塗れた左右の腕が、胸元辺りにゆらりと掲げられている。

 その指先にはワイヤーの糸が、きらりと光り、絡まっている。

 恐らくエリスはブラスレーナから死角となっている柱の陰に、新たなナイフを二本、留め置いていたのだろう。そのナイフをワイヤーで操作、ブラスレーナの両脚に――左右の膝裏に向かって撃ち込んだのだ。


「そこが貴方の限界でしょう。逆転の目は、もうございません」


 銀の弦を爪弾くような美しい声が、静かに響いた。

 勝負は覆しようも無く、決着していた。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・大使館員の男=エルザンヌ共和国の大使館員。


・ブラスレーナ=『ジングシュピル』に参加する強力なオートマータ。

・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。

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