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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第一九四話 微笑

・前回までのあらすじ

神聖帝国ガラリアと対立する大国、ウェルバーグ公国に極秘入国を果たした若き日のマルセルは、外交官になりすまし、失われたエリンディア遺跡の遺物を得るべく調査を続けていた。その調査が難航する中、ウェルバーグ公国で行われている、オートマータ同士による非合法な賭博試合『ジングシュピル』を観戦しないかと。外交官仲間から誘われる。

 廃棄された紡績工場にて、オートマータ同士の賭け試合が行われようとしていた。

 ウェルバーグ貴族達の間で人気の非合法な娯楽――『ジングシュピル』だった。

 工場建屋内の壁際に群れ集う貴族達の間を、給仕服姿の男達が忙しなく歩き回る。

 貴族達は給仕の男に、はがきサイズのプレートを手渡している。

 そのプレートには、勝者予想と賭ける金額がそれぞれ記入していた。

 建屋の奥には、オッズの数字が記入されたボードが掲げられている。

 給仕の男達がプレートを回収する度に、ボードの数値が書き換えられる。

 貴族達が集う建屋内に、三〇メートル四方の開けた空間が設けられている。

 そこには家屋の屋根を支える複数の柱以外、古びた機材の類いも何も無い。

 そんな空間の中央にて、二人のオートマータが対峙している。


 一人は深緑色の全身鎧――『強化外殻』を纏った長身の女――ブラスレーナだ。

 右手に長さ二・五メートルほどの、穂先が十文字の鉄槍を携えている。

 ヘルムの下から見える眼差しは鋭く、真っ直ぐに対戦相手を睨みつけている。


 もう一人は純白のドレスを纏い、逆立つ長剣の上にて佇む美貌の娘――エリスだ。

 その背には直径一〇センチほどの、鈍く光る金属円盤が装備されている。

 剣の上に立つエリスは妖艶な微笑みを浮かべたまま、ブラスレーナを睥睨している。


 マルセルは白いドレス姿のエリスを凝視している。

 驚くほどに軽やかな動き、しなやかな挙動だった。

 あの不安定な状態のまま、戦うつもりなのか。

 背中に装備した円盤状の金属武装は何なのか。

 『ジングシュピル』にマルセルを誘った常駐外交職員の男が言う。


「あの白いオートマータ――『エリス』ってのはかなり強い、オッズが示す通りだ」


「……奇妙なスタイルだが、あれで戦うのかい?」


 マルセルはエリスを見つめたまま質問する。

 常駐外交職員の男は答える。


「ああ……剣の上に立ったまま、背中の円盤からワイヤーを伸ばし、何本もの投げナイフを飛ばして戦うんだ。俺も一度観た事があるが……『魔法』の様だったよ」


「――『魔法』?」


「そうさ……『魔法』だ。ウェルバーグの貴族達も噂している、あの『エリス』ってオートマータは『魔法』を使うんだってね」


 程無くして、集まった貴族達によるベッティングが終了する。

 建屋内に掲げられた、オッズを示すボードの数値も確定する。

 やはりエリスというオートマータに、投票が集まっている様だ。

 が、一〇度も連勝を重ねているわりには、決定的という程では無い。

 相手も四連勝している為か。


「それでは、試合開始の時間でございます!」


 司会進行の男が叫ぶ。

 同時に集まった貴族達が一斉に拍手を送る。

 湧き上がった拍手が収まるのを待って、改めて進行役が口を開く。


「立会人は『ジングシュピル』実行委員会! 東側『コバルトのブラスレーナ』! 西側『墓場鳥のエリス』! 両名共に構えて!」 

 

 響き渡る声に併せ、全身に鎧を纏うブラスレーナが、鉄槍の柄を握り低く構える。

 その表情に、姿勢に、緊張が満ちてゆく。

 対するエリスは構えようとしない。

 逆立つ長剣の柄頭の上に爪先立ち、両手を脇に垂らした直立不動、微動だにしない。

 或いはこれが構えなのか。

 口許に浮かぶ微笑みにも変化は無い、紅い瞳は穏やかに澄み渡っている。

 

 試合開始の時が近づき、建屋に集う貴族達の声が徐々に消えて行く。

 次第、次第に、場の空気が硬質化してゆく。

 耳鳴りが感じられそうな、張り詰めた静けさが満ちてゆく。

 緊張の時が流れて。

 司会の男が叫んだ。


「――始めェッ!」 


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 最初に仕掛けたのはブラスレーナだった。

 低い姿勢から一気に、深緑色の全身甲冑が霞むほどの踏み込みを見せた。

 迷いも駆け引きも無い、放たれた矢の如き一直線だ。

 全身を覆う鎧が、生半可な攻撃など通す筈も無いという判断だ。

 瞬く間にエリスを、鉄槍の間合いに捉える。


「はぁっ……!」


 次の刹那、ブラスレーナは構えた鉄槍を全力で突き込んだ。

 それも一撃では無い、立て続けに三度、稲妻の如き連続刺突だった。


「ふっ……」


 強烈な三連突きに対し、エリスは後方退避を選択する。

 足場としている長剣の柄頭を足指で捉えたまま、撓む刀身の弾力を用いての跳躍だ。

 白いドレス姿が、身を捻りながらに宙を舞う。

 だが、確実な回避とはならない。

 十文字槍の穂先には、敵を斬り裂く為の刃が左右に張り出す形で設けられている。

 故に刺突に加えて斬撃が可能となり、その回避は著しく困難であった。


 エリスの腕に、肩に、ドレスのスカートより覗く大腿部に、紅いラインが引かれる。

 先の攻撃にて斬り裂かれた傷口だ、紅色の濃縮エーテルが、そこからぱっと飛沫く。

 後退するエリスの身体を包む白いドレスに、紅色の染みがポツポツと広がる。


 大きく後退したエリスを、ブラスレーナは追う。

 逃がすまじと、更に加速し追い詰める。

 三連突きで得たアドバンテージを活かすべく、一気呵成に攻め込むつもりか。

 撃ち放った鉄槍を手元へ引き寄せると、踏み込みざまに改めて全力で刺突する。

 

「はああっ……!」


 裂帛の気合いと共に、再び放たれる三連突き。

 必殺の意思を秘めた高速の穂先を、エリスは再びの後方跳躍で回避しようとする。

 しかしブラスレーナの刺突が速度で勝ったか、またもやエリスは被弾する。

 脇腹を浅く裂かれ、二の腕と頬にも一筋ずつ傷を負う。

 傷口より滲む濃縮エーテルで、純白のドレスがじわじわと紅色に浸食されてゆく。


「……っ!」


 ブラスレーナは三度目の刺突を試みんと、身体を沈めて前傾姿勢となる。

 ――が、突撃寸前に踏み止まり、素早く上体を起こし、スウェーバックした。

 直後、ブラスレーナの鼻先を青白い斬光が、半透明の弧を描いて跳ね上がる。

 後方跳躍の姿勢をとったエリスが、身体ごと空中にて後方回転したのだ。

 その脚――足指にて長剣の柄頭を捉えている為、刃もまた空中にて真円を描く。

 予想を超えた逆風の太刀筋だった。

 にも関わらずブラスレーナは、虚を突く軌道の逆風を、あっさり見切って回避した。

 エリスは長剣を閃かせての後方回転移動を、二度、三度と繰り返して距離を取る。


「――その手は通じん、お前が好む『下策』の類いは既に周知だ」


 七メートルほど離れた場所に着地したエリスを見遣り、ブラスレーナは低く告げる。

 鉄槍を手に、仕切り直すべく構えると再び口を開いた。


「お前は小汚い小細工で『ジングシュピル』を汚す小物だ、私の鉄槍でお前の汚れた記録を白紙に戻す」

 

「左様でございますか」


 ブラスレーナの言葉にエリスは微笑み、短く応じる。

 長剣の上でドレスの裾を揺らしつつ、エリスは流血の絡む左右の腕を躍らせた。

 途端に微かな風切り音が、幾度も幾度も繰り返し響く。

 この音がいったい何であるのか――観戦しているマルセルには解らない。 

 ――が、気づけばエリスの周囲に小さな光球が三つ、揺らめきながらに浮遊していた。

 その不可思議な様子に、貴族達の間からも感嘆に似た声が漏れる。

 マルセルも低く呟いた。


「なんだあれは……」


「アレがさっき言っていた、小型の投げナイフだ。空中に放った投げナイフをフック付きのワイヤーで捉えて高速回転させている、攻撃の際にはアレを放つ。その様子を見て貴族達は『エリスの魔術』と呼んでいる」


 常駐外交職員の男が小声で応じた、マルセルは今一つ言葉の意味が掴めない。

 しかし目を凝らせば、エリスの背中に取り付けられた円盤状の装備から、複数の小型金属アームが伸びており、そこから幾筋もの光るワイヤーが紡ぎ出されているのが見えた。

 ワイヤーを使用し、空中でジャグリングの様に投げナイフを操作しているというのか。


 白かったドレスは紅色に変化し始めており、その身に負ったダメージは明白だ。

 にも拘らず、逆立つ長剣の上にて起立するエリスは、愉しげに微笑んでいる。

 何も無い空間を慰撫する様に、しなやかな指先を、両の腕を躍らせている。

 妖しく光る半透明の球体が三つ、ゆらりと周囲に漂う。

 どの様に戦闘を続行するのか予想もつかない。

 投げナイフを投擲しようというのか。


 いずれにせよ、劣勢にあるオートマータの姿には見えない。

 何を考えているのか、どういった性質を有するオートマータなのか。

 その尋常では無いエリスの姿から、マルセルは眼が離せなくなっていた。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・シュネス伯=ファブリスの『エリンディア遺跡』発掘に力を貸した貴族。


・ブラスレーナ=『ジングシュピル』に参加する強力なオートマータ。

・エリス=魔術を用いると評され、連勝を重ねるオートマータ。

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