第一九二話 成果
・前回までのあらすじ
天才錬成技師であるマルセルが、過去どの様にして自身の理想を求めて行動したのか示される。父・ファブリスが成し得なかった大願を果たすべく、マルセルは『エルザンヌ共和国』入りを決める。
三〇年前。
マルセルは『エルザンヌ共和国』への密入国を行っていた。
二五歳の時だ。
そして、父親のファブリスを支援していた大貴族――シュネス伯と面会する。
伯は既に高齢であり、自身が有するマナー・ハウスで隠遁生活を送っていた。
ベッドの上で上半身を起こしたシュネス伯は、寝巻姿でマルセルを歓待した。
「遠路はるばるようこそ、同志よ」
そう言うと、皺深い顔で微笑む。
シュネス伯の念願であった『クレオ派錬金術』の復活計画は、やはり頓挫していた。
ファブリスと連絡が取れなくなり、新たな情報を得る事が叶わなくなった為だ。
しかしシュネス伯は、その事について憤りは感じていないと語った。
ファブリスの対応を、不義理だと糾弾するつもりも無いと答えた。
『エリンディア遺跡』で発生した『オートマータ暴走』の大事故。
その事故が原因でファブリスが失脚したのだと、シュネス伯は理解していた。
当時、遺跡の発掘調査には『エルザンヌ共和国』からも調査チームが派遣されていた。
もちろんファブリスは『錬成機関院』に、その事を伏せていた。
ファブリスと、ファブリスに同行した若い錬成技師達しか知らぬ事実だ。
そのチームには、シュネス伯と懇意にしている錬成技師も複数参加していた。
そんな技師達の殆どが、事故に巻き込まれて死亡したのだ。
シュネス伯は、その責任を感じていたのだった。
それでもシュネス伯は、独自にチームを再編成し、改めて『エリンディア遺跡』の調査を行ったという。
死んでいった技師達に報いる為にも、何らかの成果が欲しかったのだと。
だが、遺跡から新たに得られる物は皆無だったと告げた。
事故後すぐに、ガラリア正規軍の調査部隊が送り込まれた痕跡があったらしい。
遺跡内部は完全に荒らし尽くされた後だった。
シュネス伯が知り得る情報は全て、過去にファブリスが集めたものだけだと言った。
その上で――伯爵はマルセルを見つめて口を開いた。
「――君が手紙に綴っていたアイテムを、見せてはくれまいか?」
「もちろんです、伯爵」
マルセルは携帯していた小型のアタッシュケースを持ち出す。
解錠すると、シュネス伯に見える様、中を開いた。
そこにはガラスケースに収納された、薄翠色に煌めく小さな立方体が固定されていた。
「これがボクの父親――ファブリスが入手した『クレオ派錬金術』の遺産……破損してますが『タブラ・スマラグディナ』の原型です」
それは、ファブリスが『エリンディア遺跡』より持ち帰った成果物の一つだった。
二〇年前、ファブリスは遺跡より回収した成果物について『四点発見、二点逸失、回収二点』と『錬成機関院』に報告を行っていた。
しかし実際には『五点発見、二点逸失、回収三点』が正しかった。
成果物のひとつを密かに隠蔽し、それをマルセルは入手したのだった。
「回収した成果物の中には、欠損の無い完全品も存在したと記録に在りました。ですがそれは『錬成機関院』に押収され、一〇年後のオートマータ起動実験にて使用、しかしその実験は失敗、完全品は暴走したオートマータもろとも崩壊したそうです」
「なるほどな……」
シュネス伯はケース内の立方体――『タブラ・スマラグディナ』を見つめている。
極薄の翠玉切片を数百枚積み重ねて造られた、半透明の立方体だ。
重ねられた切片には、神学に基づく数式がびっしりと刻み込まれている。
ここを濃縮エーテルが循環すれば『練成的概念』の作用により魂の憑代となるのだ。
ただ、この『タブラ・スマラグディナ』は破損している。
積層された翠玉切片が欠けており、そこに刻まれた数式を読み取れない状態だ。
「破損しているとはいえ、これは確かに本物……記録にあった通りだ、良く持って来てくれた。しかし悔しいものだな……現物は見つかれど、再現は出来ぬという事か……」
シュネス伯寂しげな微笑みを浮かべた。
そんなシュネス伯に、マルセルは穏やかな口調で伝える。
「手段が無いわけではありません、伯爵」
「ほう……?」
シュネス伯は、興味深げに顔を上げる。
マルセルは微笑みと共に続けた。
「成果物に関する先の報告で『二点逸失』とありました。オートマータの暴走に際して、失われたのだと考えられますが、仮にそうであるなら、後に派遣されたガラリア正規軍が見つけ出した筈です。ガラリア正規軍による捜索でも見つけられぬという事なら、もうひとつの可能性が考えられるでしょう」
「なるほど……『エルザンヌ共和国』側から派遣された人材の中に『エリンディア遺跡』で得た成果物の一部を、着服した者がいると?」
シュネス伯は得心すると同時に、新たな可能性を口にする。
マルセルは首肯する。
「その可能性を感じます。同時に当時の調査隊には『神聖帝国ガラリア』と『エルザンヌ共和国』の人材だけで無く、『ウェルバーグ公国』からの参加者も混ざっていたのではないかと、父が残した手記には、その様に記述されていました。参加者の発声にウェルバーグ訛りを感じさせる者がいたと」
「君が私を頼ったのは『エルザンヌ共和国』側から参加した者の足取りを追う為か?」
「はい。『エリンディア遺跡』発掘調査の参加者名簿を父が残していました。該当する者は、偽名を使っていた可能性もありますが……シュネス伯の手元に残る資料と併せて参照し、地道に辿れば、成果物の行方を追えるかも知れません」
「……」
シュネス伯はベッドの上で眼を細めると息を吐き、窓の外に目を向ける。
束の間の沈黙を経て応じた。
「……協力しよう。私の望みなど生きているうちには叶わぬと考えておった。しかしマルセル君は、私とは違う。ごく僅かな光であっても、そこに希望があるのなら、そこへ向かって歩くと言うのだね? 『錬成機関院』での役職を投げ打ってでも『エリンディア遺跡』の成果物を得たいのだと」
マルセルの応答が力強く響いた。
「もちろんです」
◆ ◇ ◆ ◇
シュネス伯の援助を受けて、マルセルは失われた成果物の調査を開始した。
まず、ファブリスとシュネス伯が保持していた当時の記録を調べる。
『エリンディア遺跡』発掘調査の参加者は総勢六〇名。うち四五名がガラリアの錬成技師及び関係者であり、残る一五名が『エルザンヌ共和国』側の人員だった。
大事故に際して死亡した隊員は五一名、ガラリアへと帰還した隊員は六名。
『エルザンヌ共和国』側の生存者は三名という事になる。
この三名の足取りをマルセルは追った。
一人はシュネス伯お抱えの錬成技師であり、全ての情報を伯爵に提供していた。
一人はエルザンヌ学習院の教授であり、既に亡くなっていたが怪しい点は無かった。
残る一人はエルザンヌ学習院が雇った人足であり、機材運搬を担う男だった。
この男を含め、五名の人足を学習院は雇い入れていたが、五名は全て同一の斡旋業者によって派遣されていた。
公的機関や公共事業への人材斡旋を行う業者だった。
この斡旋業者についてマルセルは調べた。
疑わしい五名について、直接業者に確認を取る様な真似はしない。
業者自体が『ウェルバーグ公国』と繋がっている可能性を考慮したのだ。
同時に二〇年前の人材記録など、適切に保管されていない可能性もある。
故にマルセルは該当業者の税務記録の調査を、シュネス伯経由で担当官に依頼した。
『エルザンヌ共和国』の大貴族であるシュネス伯ならではの圧力だ。
その結果、件の斡旋業者は脱税疑惑を受けて、査察を受け入れざるを得なくなる。
マルセルは査察団に紛れ込み、業者の保管していた過去の資料を確認した。
そこで二〇年前に『エリンディア遺跡』へ派遣された五名の記録を発見する。
記録には五名とも『ウェルバーグ公国』からの留学生という肩書きで記載されていた。
国外の者が錬金術の遺跡発掘に参加し、立ち会う――ガラリアでは考えられない事だ。
『エルザンヌ共和国』にとって遺跡の発掘は、さほど重要では無かったのか。
いや、そういう事では無かった。
政治的な、或いは資源的なパワーバランスを考慮するなら『エルザンヌ共和国』は『ウェルバーグ公国』の顔色を、常に窺う必要があった為だ。
それが小国の処世術だった。
隣国人材の受け入れは、『エルザンヌ共和国』としては政治的な配慮なのだ。
この斡旋業者もまた、そうした人材の斡旋を断れないのだろう。
その上でマルセルは、この留学生とされた人材が実際に学生だったのかを探った。
もし彼らが学生では無く『エリンディア遺跡』の調査を命じられた『ウェルバーグ公国』の諜報等であれば、奪われた成果物を探る作業は難航を極める事となる。
しかしマルセルは、その可能性は低いと感じていた。
自国の訛りを矯正せずに諜報活動など行えまい、その様に考えたのだ。
調査の結果、斡旋業者より派遣された人材は『ウェルバーグ公国』の男子学生だと解った。
一八歳という年齢も事実の様だ、諜報活動を行う人間とは思えない。
これなら、失われた成果物を追う事が出来る――マルセルは笑みを浮かべた。
・マルセル=達士、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。
・シュネス伯=ファブリスの『エリンディア遺跡』発掘に力を貸した貴族。
・ファブリス=レオンの父親。天才鬼才と評されていたが死亡した。




