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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十九章 暗中飛躍
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第一九二話 成果

・前回までのあらすじ

天才錬成技師であるマルセルが、過去どの様にして自身の理想を求めて行動したのか示される。父・ファブリスが成し得なかった大願を果たすべく、マルセルは『エルザンヌ共和国』入りを決める。

 三〇年前。

 マルセルは『エルザンヌ共和国』への密入国を行っていた。

 二五歳の時だ。

 そして、父親のファブリスを支援していた大貴族――シュネス伯と面会する。

 伯は既に高齢であり、自身が有するマナー・ハウスで隠遁生活を送っていた。

 ベッドの上で上半身を起こしたシュネス伯は、寝巻姿でマルセルを歓待した。


「遠路はるばるようこそ、同志よ」


 そう言うと、皺深い顔で微笑む。 

 シュネス伯の念願であった『クレオ派錬金術』の復活計画は、やはり頓挫していた。

 ファブリスと連絡が取れなくなり、新たな情報を得る事が叶わなくなった為だ。

 しかしシュネス伯は、その事について憤りは感じていないと語った。

 ファブリスの対応を、不義理だと糾弾するつもりも無いと答えた。


 『エリンディア遺跡』で発生した『オートマータ暴走』の大事故。

 その事故が原因でファブリスが失脚したのだと、シュネス伯は理解していた。

 当時、遺跡の発掘調査には『エルザンヌ共和国』からも調査チームが派遣されていた。

 もちろんファブリスは『錬成機関院』に、その事を伏せていた。

 ファブリスと、ファブリスに同行した若い錬成技師達しか知らぬ事実だ。

 そのチームには、シュネス伯と懇意にしている錬成技師も複数参加していた。

 そんな技師達の殆どが、事故に巻き込まれて死亡したのだ。

 シュネス伯は、その責任を感じていたのだった。

 

 それでもシュネス伯は、独自にチームを再編成し、改めて『エリンディア遺跡』の調査を行ったという。

 死んでいった技師達に報いる為にも、何らかの成果が欲しかったのだと。

 だが、遺跡から新たに得られる物は皆無だったと告げた。

 事故後すぐに、ガラリア正規軍の調査部隊が送り込まれた痕跡があったらしい。

 遺跡内部は完全に荒らし尽くされた後だった。

 シュネス伯が知り得る情報は全て、過去にファブリスが集めたものだけだと言った。

 その上で――伯爵はマルセルを見つめて口を開いた。


「――君が手紙に綴っていたアイテムを、見せてはくれまいか?」


「もちろんです、伯爵」


 マルセルは携帯していた小型のアタッシュケースを持ち出す。

 解錠すると、シュネス伯に見える様、中を開いた。

 そこにはガラスケースに収納された、薄翠色に煌めく小さな立方体が固定されていた。


「これがボクの父親――ファブリスが入手した『クレオ派錬金術』の遺産……破損してますが『タブラ・スマラグディナ』の原型です」


 それは、ファブリスが『エリンディア遺跡』より持ち帰った成果物の一つだった。

 二〇年前、ファブリスは遺跡より回収した成果物について『四点発見、二点逸失、回収二点』と『錬成機関院』に報告を行っていた。

 しかし実際には『五点発見、二点逸失、回収三点』が正しかった。

 成果物のひとつを密かに隠蔽し、それをマルセルは入手したのだった。


「回収した成果物の中には、欠損の無い完全品も存在したと記録に在りました。ですがそれは『錬成機関院』に押収され、一〇年後のオートマータ起動実験にて使用、しかしその実験は失敗、完全品は暴走したオートマータもろとも崩壊したそうです」


「なるほどな……」


 シュネス伯はケース内の立方体――『タブラ・スマラグディナ』を見つめている。

 極薄の翠玉切片を数百枚積み重ねて造られた、半透明の立方体だ。

 重ねられた切片には、神学に基づく数式がびっしりと刻み込まれている。

 ここを濃縮エーテルが循環すれば『練成的概念』の作用により魂の憑代となるのだ。

 ただ、この『タブラ・スマラグディナ』は破損している。

 積層された翠玉切片が欠けており、そこに刻まれた数式を読み取れない状態だ。


「破損しているとはいえ、これは確かに本物……記録にあった通りだ、良く持って来てくれた。しかし悔しいものだな……現物は見つかれど、再現は出来ぬという事か……」


 シュネス伯寂しげな微笑みを浮かべた。

 そんなシュネス伯に、マルセルは穏やかな口調で伝える。


「手段が無いわけではありません、伯爵」


「ほう……?」


 シュネス伯は、興味深げに顔を上げる。

 マルセルは微笑みと共に続けた。


「成果物に関する先の報告で『二点逸失』とありました。オートマータの暴走に際して、失われたのだと考えられますが、仮にそうであるなら、後に派遣されたガラリア正規軍が見つけ出した筈です。ガラリア正規軍による捜索でも見つけられぬという事なら、もうひとつの可能性が考えられるでしょう」


「なるほど……『エルザンヌ共和国』側から派遣された人材の中に『エリンディア遺跡』で得た成果物の一部を、着服した者がいると?」


 シュネス伯は得心すると同時に、新たな可能性を口にする。

 マルセルは首肯する。


「その可能性を感じます。同時に当時の調査隊には『神聖帝国ガラリア』と『エルザンヌ共和国』の人材だけで無く、『ウェルバーグ公国』からの参加者も混ざっていたのではないかと、父が残した手記には、その様に記述されていました。参加者の発声にウェルバーグ訛りを感じさせる者がいたと」


「君が私を頼ったのは『エルザンヌ共和国』側から参加した者の足取りを追う為か?」


「はい。『エリンディア遺跡』発掘調査の参加者名簿を父が残していました。該当する者は、偽名を使っていた可能性もありますが……シュネス伯の手元に残る資料と併せて参照し、地道に辿れば、成果物の行方を追えるかも知れません」


「……」


 シュネス伯はベッドの上で眼を細めると息を吐き、窓の外に目を向ける。

 束の間の沈黙を経て応じた。


「……協力しよう。私の望みなど生きているうちには叶わぬと考えておった。しかしマルセル君は、私とは違う。ごく僅かな光であっても、そこに希望があるのなら、そこへ向かって歩くと言うのだね? 『錬成機関院』での役職を投げ打ってでも『エリンディア遺跡』の成果物を得たいのだと」


 マルセルの応答が力強く響いた。


「もちろんです」


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 シュネス伯の援助を受けて、マルセルは失われた成果物の調査を開始した。

 まず、ファブリスとシュネス伯が保持していた当時の記録を調べる。

 『エリンディア遺跡』発掘調査の参加者は総勢六〇名。うち四五名がガラリアの錬成技師及び関係者であり、残る一五名が『エルザンヌ共和国』側の人員だった。

 大事故に際して死亡した隊員は五一名、ガラリアへと帰還した隊員は六名。

 『エルザンヌ共和国』側の生存者は三名という事になる。

 この三名の足取りをマルセルは追った。


 一人はシュネス伯お抱えの錬成技師であり、全ての情報を伯爵に提供していた。

 一人はエルザンヌ学習院の教授であり、既に亡くなっていたが怪しい点は無かった。

 残る一人はエルザンヌ学習院が雇った人足であり、機材運搬を担う男だった。

 この男を含め、五名の人足を学習院は雇い入れていたが、五名は全て同一の斡旋業者によって派遣されていた。

 公的機関や公共事業への人材斡旋を行う業者だった。


 この斡旋業者についてマルセルは調べた。

 疑わしい五名について、直接業者に確認を取る様な真似はしない。

 業者自体が『ウェルバーグ公国』と繋がっている可能性を考慮したのだ。

 同時に二〇年前の人材記録など、適切に保管されていない可能性もある。

 故にマルセルは該当業者の税務記録の調査を、シュネス伯経由で担当官に依頼した。

 『エルザンヌ共和国』の大貴族であるシュネス伯ならではの圧力だ。

 その結果、件の斡旋業者は脱税疑惑を受けて、査察を受け入れざるを得なくなる。


 マルセルは査察団に紛れ込み、業者の保管していた過去の資料を確認した。

 そこで二〇年前に『エリンディア遺跡』へ派遣された五名の記録を発見する。

 記録には五名とも『ウェルバーグ公国』からの留学生という肩書きで記載されていた。

 

 国外の者が錬金術の遺跡発掘に参加し、立ち会う――ガラリアでは考えられない事だ。

 『エルザンヌ共和国』にとって遺跡の発掘は、さほど重要では無かったのか。

 いや、そういう事では無かった。

 政治的な、或いは資源的なパワーバランスを考慮するなら『エルザンヌ共和国』は『ウェルバーグ公国』の顔色を、常に窺う必要があった為だ。

 それが小国の処世術だった。

 隣国人材の受け入れは、『エルザンヌ共和国』としては政治的な配慮なのだ。

 この斡旋業者もまた、そうした人材の斡旋を断れないのだろう。

 

 その上でマルセルは、この留学生とされた人材が実際に学生だったのかを探った。

 もし彼らが学生では無く『エリンディア遺跡』の調査を命じられた『ウェルバーグ公国』の諜報等であれば、奪われた成果物を探る作業は難航を極める事となる。

 しかしマルセルは、その可能性は低いと感じていた。

 自国の訛りを矯正せずに諜報活動など行えまい、その様に考えたのだ。

 調査の結果、斡旋業者より派遣された人材は『ウェルバーグ公国』の男子学生だと解った。

 一八歳という年齢も事実の様だ、諜報活動を行う人間とは思えない。

 これなら、失われた成果物を追う事が出来る――マルセルは笑みを浮かべた。

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・シュネス伯=ファブリスの『エリンディア遺跡』発掘に力を貸した貴族。

・ファブリス=レオンの父親。天才鬼才と評されていたが死亡した。

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