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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十八章 堅忍不抜
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第一九〇話 思惑

・前回までのあらすじ

レオン不在の工房に『マリー直轄部会』のメンバーが訪れ、エリーゼがその身に抱える秘密の保護と引き換えに、トーナメントの参加を継続する様に要請、カトリーヌ達は苦渋の選択を迫られる事となった。

 黒いスチームワゴンが『特別区画』の街路――その路肩に停車している。

 広々としたスチームワゴン後部には、シートが向かい合う形で配置されている。

 八人は座れそうなロングシートだ、しかし今は二人しか腰を下ろしていない。

 黒い修道服を身に纏った二人――ランベール司祭と、シスター・ジゼルだった。


「――今回の件、いきなり『衆光会』の『ヤドリギ園』に仕掛けて良かったんですか? シスター・マグノリアはきっと、この捜査方針は望まないと思うんですが」


 シスター・ジゼルは、自分の斜向かいに座るランベール司祭に言った。

 穏やかな口調ではあったが、僅かに揶揄する様な響きが含まれていた。


「ああ……シスター・マグノリアは望まんだろうが、これが最も効果的かつ単純だ。だいたいアイツが始めた事だ、手緩い真似なんぞやっとれん。マルセルが何事かを成さんと急いでいるなら、こちらも最短で行動すべきだ」


 ランベール司祭は低く答える。顔は上げない。

 その右手にはペンが握られており、左手の小さなメモ用紙に何事かを書き込んでいる。

 シスター・ジゼルは更に質問を重ねた。


「疑わしいコッペリアは他にも残ってますよね? 『コッペリア・ルミエール』所有の『錬成機関院』はともかく、『コッペリア・ブロンシュ』を有する『ダンドリュー男爵』には仕掛けないんですか?」


 メモ用紙に文字を記入しながら、ランベール司祭は応じる。


「以前『枢機機関院』所有の『コッペリア・フラム』が、トーナメントへの出場権を賭け、シスター・マグノリアと対峙し、敗北した。その際フラムは『エメロード・タブレット』の状態をマグノリアに探られぬ様に自害した。『エメロード・タブレット』を自壊させてな」


「……」


「マグノリアは、自害直前まで『針』による『触診』を試みていたんだが、その結果『コッペリア・フラム』には禁制品の『タブラ・スマラグディナ』が使用されていたと、そう証言している」


「……つまり『ダンドリュー男爵』に仕掛けたなら『コッペリア・ブロンシュ』は自衛の為、内蔵された『タブラ・スマラグディナ』を自壊させると?」


 シスター・ジゼルはランベール司祭の意を汲み、状況を確認した。

 司祭は手にした用紙を、指先でクルクルと筒状に丸めながら答える。


「その可能性が高い。故に監視態勢は敷けど、強引な仕掛けは危険だと判断する。だが、三〇年前の時点で現世に存在する『コッペリア・エリーゼ』は別だがな」


「別ですか」


「アレは小賢しく、同時に己が主人以外にも感情移入している節がある。シスター・カトリーヌが良い例だ。主人であるレオン・マルブランシュと、シスター・カトリーヌを天秤に掛け、主人を選ぶといった事はすまい、自害もせん。あの場にいたなら、恐らく我々の交渉に乗っただろう」


「……」


 ランベール司祭はおもむろに身を屈め、シートの下から金属製のケースを取り出した。

 ケースのサイズは四〇センチ四方といったところか。

 ランベール司祭はケースの蓋を開くと、内側へ手を入れる。

 その様子を眺めながらシスター・ジゼルは、再び声を掛けた。


「ランベール司祭は『コッペリア・エリーゼ』が勝利したなら、一定の自由を約束すると仰っていましたが……本当に監視をつけた上での自由を許可するつもりですか?」


 司祭は金属ケースの内側から、何か小さな黒い物を掴み出す。

 掴み出されたものは司祭の手の中で、小刻みに震えながら動いている。

 目鼻があり、ヒクヒクと周囲の様子を伺っている様に見える。

 その有様はネズミを思わせたが、そうでは無い。

 黒いコウモリだった。

 羽根と繋がるコウモリの腕部に、微細な円筒形のカプセルが取り付けられている。

 ランベール司祭は、そのカプセル内に丸めたメモ用紙を仕込む。

 振り返り、車窓を僅かに開くと、その隙間からコウモリを外へ放った。

 他のターゲットを見張る『マリー直轄部会』の部員に、状況を連絡したのだ。

 再び車窓を閉じながら、ランベール司祭は返答する。


「シスター・マグノリアの針に、二ヶ所も刺突された状態で『コッペリア・オランジュ』に勝てるとは思えん。エリーゼは確実に敗北する。我々の勝負は決着直後だ。妥当な理由を宣言し、雪崩れ込む事に専念する」


「あの子は悲しむでしょうね……」


 シスター・ジゼルは、闇の中を飛び去って行くコウモリを眼で追いながら呟く。

 金属ケースをシートの下に片づけつつ、ランベール司祭は言う。


「感傷に揺れては身動きが取れなくなるぞ」


「……」


 身体を起こした司祭は自身のふところを探り、煙草を取り出す。

 小さな紙片に草を広げて乗せると、指先で細く丸める。

 そのまま口に咥え、マッチで先端に火を着ける。

 深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出しながら、ランベール司祭は言った。


「現世はな、己が裡にある尺度に胸を張るだけじゃ辛過ぎるのさ。だから『グランマリーの教え』なんてものが必要になる。この結末は私のせいじゃない、神の与えた試練だ、愛する者の死別は不幸じゃない、神の御許へ旅立ったのだ、そんな風に思える『感情の捨て場所』が必要なのさ……」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 工房内を白々と照らすのは、高い天井に設置されたエーテル式白色水銀灯だった。 

 その寒々しい光源の下では各種錬成機器が、微かに蒸気を漂わせつつ稼動していた。

 壁際にそびえるのは一際巨大な錬成機器――『蒸気式精密差分解析機』だ。

 鋼鉄製のパイプオルガンを思わせる異形は、ギア同士が噛み合う静かな駆動音と共に、入力された要求を満たすべく演算処理を続けている。

 『蒸気式精密差分解析機』からは大量のケーブルが伸びており、床の上を波打ちながら、傍らに配置された円筒形の水槽を思わせる『錬成用生成器』に接続されていた。

 『錬成用生成器』の内側は、薄紅色に透き通る希釈エーテル製剤で満たされている。

 その薄紅色の中に、肌を晒して口許のみを酸素吸入器で覆ったエリーゼが、ゆったりと沈んでいた。全身の負傷を癒すべく、再錬成処置を受けているのだ。

 そしてヨハンは暗い眼差しで『錬成用生成器』の動作確認を行っていた。


 再錬成措置を受けたなら、エリーゼの外傷は一週間もあれば、ほぼ塞がるだろう。

 筋繊維も神経網も、一週間程度でおよそ八割――或いは九割は回復する筈だ。

 だが恐らく、シスター・マグノリアの刺突を受けた右上腕と左足首は回復すまい。

 ダメージを受けた神経網が、部位ごと麻痺しているのだ。

 麻痺した箇所を切除し、新たに接合するといった措置も現実的では無い。

 一週間後に仕合を行わねばならないという制約が、厳し過ぎる。

 エリーゼの身体を錬成したレオンでなければ、治療の糸口すら見つけられぬ状況だ。


 しかしそのレオンは『コッペリア・ナヴゥル』の施術を行うべく、ラークン伯が有する工房へ出向いたばかりだ。大貴族であるラークン伯お抱えの錬成技師達が、手をこまねくほどの重傷だ、どれほど時間が掛かるのか、予想出来ない。 


 『コッペリア・ナヴゥル』の施術が成功したなら、『ヤドリギ園』が抱える問題は半ば解決する――ラークン伯と直接交渉し、その様に譲歩案を引き出したのはカトリーヌだ。

 八方塞がりだった状況に風穴を開け、希望のを見出すに足る快挙だった。

 にも関わらず、幾らほどの時間も経たぬうちに、この理不尽だ。

 カトリーヌの胸中を想えば、暗澹たる心持ちになる。

 どういう慰めの言葉も思いつかぬまま、ヨハンは苦しげに告げた。


「――すまない、シスター・カトリーヌ。エリーゼ君に内蔵された『エメロード・タブレット』の件、隠し立てするつもりは無かったんだが……ただ、レオン君にも、僕にも、アレが本当に『タブラ・スマラグディナ』なのかどうか、判断がつかなかったんだ」


 隣りに立つシャルルも、沈鬱な表情で俯いている。

 状況の悪さは理解していた。

 禁制品である『タブラ・スマラグディナ』が、エリーゼに内蔵されている可能性。

 それに伴い、レオンにも嫌疑が掛けられている事実。

 治療も儘ならぬ状況で、エリーゼが仕合に臨まざるを得ない現実。

 掛ける言葉が無いのだ。

 

 苦悩する二人の傍らでカトリーヌは『差分解析機』と向き合っていた。

 不安そうではある、それでも作業を行う姿勢に澱みは無い。

 タイプアウトされる用紙を確認しながら、カトリーヌはヨハンに答えた。


「いえ、モルティエ様に非があるとは思いません……」


 ヨハンもカトリーヌが手にした用紙に目を通す。

 整然と連なる数値に、際立った異常は見当たらない。

 筋肉と神経はともかく、皮膚の損傷は数日もすれば塞がるだろう。

 ただ、相当に疲労を抱えている為か、眠るエリーゼに覚醒の兆しは見られない。

 カトリーヌは改めて口を開いた。


「今は……私に出来る限りの事を行う、それだけに集中するつもりです」


 そう答えるカトリーヌの横顔を、ヨハンは見つめる。

 カトリーヌの大きな黒い瞳には、真摯な光が宿っている。

 迷いや苦悩、不安は感じているに違いない。

 それでも、闘技場地下の控え室で見た様な、絶望の色は無かった。

 ヨハンは頷き応じる。


「確かにな……君の言う通りだ」


 状況の悪さを嘆いても仕方無い。

 先が見通せなくとも時間は過ぎて行く。

 今はエリーゼの治療を優先し、それ以外の事柄は保留すべきだ。

 ヨハンはシャツの袖を、肘まで捲り上げる。

 次いで傍らのシャルルを見遣り、口を開いた。


「――ダミアン卿、今日のところは身体を休めた方が良い。明日以降になると思うが、『ヤドリギ園』の『ゲヌキス領』移設について、『ヤドリギ園』のシスター達と『衆光会』に打診して貰えないだろうか? レオン君が行っている施術の結果報告を待ってからになるが、彼は必ず施術を成功させる。ならば、その心づもりで動く準備を頼みたい」


 その提案にシャルルは首肯する。

 自分が工房で出来る事は、もう無いと判断したのだろう。


「そうだな……解ったヨハンさん、後の事は頼む。シスター・カトリーヌも無理せずに……この工房に隣接している待機所で仮眠が取れる。保存食もそこにあるが、明日の午前中には食事を用意して、改めて様子を見に来るよ」


「ありがとうございます。ダミアン卿……」


 カトリーヌは僅かに微笑むと目を伏せ、謝意を示す。

 シャルルも頷き、そのまま工房を後にした。


 シャルルが帰路についた後も、ヨハンとカトリーヌはエリーゼの状態に注視する。

 『差分解析機』より出力されるデータから、得られる物は無いかと精査を重ねる。

 とはいえ、状況の改善に繋がりそうな情報は見つからない。


「――仮に完調まで届かなくとも、僕が調整した『強化外殻』を全身に装備するなら、エリーゼ君の動きはカバー出来る。重量は相当な物になるが……筋力と瞬発力は向上するし、防御力も格段に増す、仕合自体は問題無く行える筈だ」


 ヨハンはタイプアウトされた用紙を確認しながら呟く。

 前向きに響く言葉だが、実際のところ妥協案の提示だ。

 それはヨハン自身も理解している。

 耐え難い状況に巻き込まれたカトリーヌを慮っての言葉だ。

 それでもカトリーヌは素直に応じた。

 

「はい……手の打ちようがある、というのは救いです」


 視線はタイプアウトされた専用用紙に向けられたままだ。

 最悪の状況にあっても打開策を探ろうと懸命なのだろう。

 

「ああ……僕も全力を尽くす。エリーゼは必ず勝つ――そうだろう? ドロテア」


 ヨハンの呼び掛けに『錬成用生成器』の前、椅子に越し掛けるドロテアが顔を上げた。

 その首筋には『差分解析機』と繋がる複数のケーブルが接続されている。

 ドロテアは拳を掲げると、口を結んだまま親指を立て、力強く示し頷いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 ラークン伯が保有する半地下の錬成工房は広大だった。

 高い天井には換気扇と排管ダクト、蒸気を送る鋳鉄パイプが、整然と連なっていた。

 工房に並ぶ各種錬成機器は全て起動状態で、何時でも使用可能な状態だ。

 『コッペリア・ナヴゥル』の施術に際し、あらゆる状況に対応すべく備えてあるのだ。

 この工房を預かる錬成技師の、慎重かつ几帳面な性格を物語っていた。


 ラークン伯お抱えの技師は二人組で、いずれも痩躯に白衣を纏い、丸眼鏡を掛けている。

 年齢はレオンより上、ヨハンと同年代かも知れない。

 二人は施術に必要な器具を用意し、レオンのサポートを行う態勢を整えている。

 二人共に高い技量を有した、優秀な錬成技師である事は明白だ。

 にも関わらず彼らは、レオンのサポートに徹する姿勢を示している。

 自身のプライドや体面以上に、ラークン伯の想いに重きを置いているのだ。


 二人が準備を行う中、レオンもまた白衣に着替え、消毒を終えると施術に備える。

 エリーゼの仕合をサポートすべく『知覚共鳴処理回路』を使用、疲労してはいるが、ヨハンとドロテアの協力もあり、余力はある。

 右の義肢も繊細な施術を行うに足る精度を、最後まで維持出来るだろう。

 義肢の接合施術を行ったのはマルセルだが、その技量だけは認めざるを得ない。


 眼前には施術台が設置されており、そこにはナヴゥルが仰向けに横たわっている。

 施術台からは何本ものケーブルが下方へ伸びており、それらは床を伝って壁際の巨大な『差分解析機』に接続されている。ケーブルはナヴゥルの頸部及び腰部より露出する金属ソケットと、施術台を介し繋がっていた。

 腕部から濃縮エーテルとリンゲル液を輸液する為の準備が成されている。

 口には酸素吸入を行う為のチューブが取り付けられている。

 頭部に巻かれていた包帯は解かれ、頭髪も剃られ、右眼の負傷が露わとなっている。

 全ての機器を調整し終えたところで、丸眼鏡の技師がレオンに声を掛けた。


「お願いします、マルブランシュさん」


「――解りました、施術を開始します」


 レオンは静かに応じる。

 拡大鏡のレンズを目許に近づけつつ、トレイに並ぶ施術用具へ手を伸ばした。



※来週の更新はお休みとなります!

・ランベール司祭=『マリー直轄部会』所属の司祭。マグノリアと共に行動していた。

・シスター・ジゼル=『マリー直轄部会』所属コッペリア。元序列三位。


・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンより『アーデルツ』を預かっていた。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。レオンのサポートを行う。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

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