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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十八章 堅忍不抜
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第一八八話 要請

・前回までのあらすじ

『ヤドリギ園』周辺の土地売却を巡って取り交わされた取り引きを成立させるべく、レオンはラークン伯の工房へと出向く。残されたカトリーヌ達はレオンの施術成功を祈りつつ、エリーゼの傷を癒すべく務める。そこへ何の前触れも無く『マリー直轄部会』の使者が訪ねて来るのだった。

 ドアスコープの向こうに立つ司祭は壮年であり、刃の如くに鋭い眼差しをしていた。

 削げた頬に眉間の深い皺も相まって、その相貌は獲物を凝視する猛禽類を思わせた。

 黒い修道服に包まれた身体は引き締まっており、見上げるほどに身長が高い。

 司祭というより、衛士か軍人の様だった。


 その傍らに立つシスターは柔和な表情をしており、二十代そこそこに見えた。

 黒いベールの下から見える頭髪は、短く切り揃えたライトブラウンだ。

 身長もさほど高くは無い、温厚な気配を漂わせている。

 ただ、その佇まいと顔立ちは、何処か見覚えがあった。


「実は確認したい事がありまして。一応『枢機機関院』から『相互不干渉』の通達は出ておりますが、我々の仕合は既に勝敗が決している、その上で『公務』として参った次第です。少しお時間を頂きたいのですが、よろしいか?」


 鋭い眼差しの司祭は低い声でそう告げる。

 シャルルは当惑する、あまりにも唐突な訪問であった為だ。


 とはいえ『マリー直轄部会』とは、全くの無関係という訳でも無い。

 トーナメント準決勝の相手――『コッペリア・マグノリア』が所属する団体だ。

 詳しい事は判りかねるが、グランマリー教団の頂点である『教皇マリー聖下』自ら、治安維持の為に設立した団体であり、ガラリア国防軍とも繋がりを持つ、超法規的な組織であると、その様に聞き及んでいる。

 そういった事柄を示威する為か、『枢機機関院』を代表して『マリー直轄部会』から『グランギニョール』に参加するオートマータには『序列三位』の地位が与えられ、上覧試合に際してエキシビジョン・マッチを行う事もあった。


 そしてシャルルは思い出す。

 ドアスコープの中に映るシスターだ。

 確か彼女は『グランギニョール』のエキシビジョン・マッチに参加していた。

 つまりは『コッペリア』――このシスターは戦闘用オートマータであるという事か。

 何か物々しい気配を感じ、シャルルは対応に迷う。

 そこへヨハンが背後から声を掛けた。


「ダミアン卿、彼らに入って貰いましょう。ここで対応を断っても良い事は無い」


 ヨハンの言う通りだった。

 仮にもガラリア国教――グランマリー教の教団員だ。

 その上、治安維持活動に従事している『マリー直轄部会』とあっては、後ろ暗いところが無ければ対応すべきだろう。

 しかし、タイミング的にも状況的にも、不穏な物を感じずにはいられない。

 それでもシャルルは『マリー直轄部会』の二人を工房へ招き入れた。


「初めまして、司祭様、そしてシスター。私は『衆光会』所属の、シャルル・ニコラ・マール・ダミアンと申します。この工房の主は今、外出しており、私が留守を預かっております。言づけなどありましたら、承りましょう」


 そう言いながらシャルルは右手を差し出す。

 司祭は白い手袋を嵌めた右手で握手に応じ、答えた。


「ご丁寧にどうも。私は『マリー直轄部会』所属、ランベールと申す者。彼女はシスター・ジゼル。ダミアン卿は『衆光会』を代表して『グランギニョール』に参加されておいでですな? それでは卿にお話を伺いましょう」


 ◆ ◇ ◆ ◇


 シャルルは工房入口の脇に設けられた応接室へ、二人を通した。

 小さな明かり窓が一つしか無い小部屋だが、テーブルとソファが揃っている。

 黒い修道服を纏った司祭とシスターにソファを勧め、何か飲みますかと尋ねる。


「いえ、お気遣い無く。話を終えたらすぐに引き上げますので」


 鋭い眼つきの司祭――ランベール司祭はソファに座り、軽く手を挙げて断る。

 隣りに腰を下ろしたシスター・ジゼルも、小さく目礼で応じる。

 そんなやり取りの最中、応接室の外からヨハンが声を掛けた。


「私とシスター・カトリーヌも同席して宜しいか? 私は『シュミット商会』代表を務めるヨハン・ユーゴ・モルティエ。工房の主――レオン・ランゲ・マルブランシュ君が腕を負傷している為、サポートとして参加しています」


「初めまして、グランマリー教団・在俗区会所属の助祭、カトリーヌ・ルルス・フローと申します。レオン先生の助手を務めています……」


 ヨハンの傍らに立つカトリーヌも右手を胸元に添えて眼を伏せると、挨拶の言葉を口にする。

 ランベール司祭は軽く頷き応じた。


「ええ、構いませんよ。むしろ一緒にお話を伺えたなら幸いです」


 ローテーブルを挟んで向かい合うソファに、シャルルとヨハンが座る。

 カトリーヌは戸口に近い下座のソファに腰を下ろす。

 皆がソファに着いたところで、シャルルがおもむろに口を開いた。


「それでは、どういったご用件か、お聞かせ下さい、ランベール司祭」


「そうですな、単刀直入に申し上げるとしましょう」


 ランベール司祭は僅かに姿勢を正すと続ける。


「――『衆光会』が擁する『コッペリア・エリーゼ』に、禁制品である神性を帯びた『エメロード・タブレット』――『タブラ・スマラグディナ』使用の疑いが持たれています。この疑義が事実か否か、お尋ねしたい」


 その言葉を聞いた時、シャルルは密かに動揺した。

 以前レオンが右腕を負傷し、エリーゼの治療をヨハンが請け負った時の事を思い出す。

 ヨハンはレオンに、エリーゼが有する『エメロ-ド・タブレット』は、『タブラ・スマラグディナ』ではないか――そう問い掛けた。

 対してレオンは言葉を濁すと、回答を数ヶ月待って欲しい――そうヨハンに伝えていた。


 シャルル自身もエリーゼの特殊性に、薄々気づいてはいた。

 レオンの父親であるマルセル氏が、違法に放置していたと思しき『エメロード・タブレット』を、損壊した『アーデルツ』に組み込む事で蘇生を果たしたのがエリーゼだ。

 この話と併せてヨハンの話を考慮するなら。

 ランベール司祭が投げ掛ける疑義に、信憑性を覚えざるを得ない。

 僅かな沈黙の後、それでもシャルルは答えた。


「……いえ、私が有する錬成科学の知識は、基礎的なものに留まります。申し訳ないが、オートマータ錬成に関する難解な事柄は判りかねます」


「なるほど……正直なお方だ。ではモルティエ氏は如何か?」


 ランベール司祭はシャルルの答えに頷くと、次いでヨハンを見遣る。

 ヨハンは険しい表情で応じる。


「私は『シュミット商会』の代表として、マルブランシュ氏のサポートを行っていました。故に『差分解析機』の『記録用ギアボックス』を確認しようと思った事はありません。『ピグマリオン』として活動する錬成技師にとって『エメロード・タブレット』の記述は生命線だ、よほどの事が無い限り、開示される事も無いでしょう」


「確かに仰る通り『シュミット商会』は今まで問題を起こした事が無い。非常に誠実な対応を行う団体として周知されておりますな……それではシスター・カトリーヌ、何か知っている事は?」


 再び頷き応じたランベール司祭は、カトリーヌへ視線を送る。

 カトリーヌは不安げな表情で答える。


「……私が修めた錬成科学の知識は、グランマリー教団の助祭を務める為の物です。レオン先生の助手を務めていますが、あくまで補佐出来る程度の知識です」


「そうですか、なるほど……」


 ランベール司祭の表情は変わらない。

 ただ、眼の奥に宿る光は酷く冷たい。

 乾いた唇が小さく動き、低く告げた。


「つまり三人とも『コッペリア・エリーゼ』に掛かる疑義について、詳細は何も知らぬという事ですな、結構」


「……では、疑いを晴らすべく、捜査協力に応じて頂けませんか?」


 ランベール司祭の言葉を引き継ぎ、隣りに座るシスター・ジゼルが声を発した。

 その物言いに何を感じたか、ヨハンが微かに眉根を寄せる。

 シスター・ジゼルは続けた。


「我々『マリー直轄部会』が『コッペリア・エリーゼ』を一時的に保護、頭部に埋設された『エメロード・タブレット』を確認する――という方法は如何でしょうか。施術には万全の態勢で臨みます」

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンより『アーデルツ』を預かっていた。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・ランベール司祭=『マリー直轄部会』所属の司祭。マグノリアと共に行動している。

・シスター・ジゼル=『マリー直轄部会』所属コッペリア。元グランギニョール序列三位。

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