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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十八章 堅忍不抜
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第一八五話 朗報

・前回までのあらすじ

意識不明に陥ったナヴゥルを救うべく、ラークン伯はナヴゥルの助命を嘆願する。それに対しカトリーヌは『ヤドリギ園』の子供達とエリーゼを守るべく、『ヤドリギ園』周辺の土地買収を見送るならという交換条件を提示する。対するラークン伯は、『ヤドリギ園』の子供達とシスター全てを自身が所有するゲヌキス領へ移設、その上で『歯車街』の再開発には同意して欲しいという譲歩案を提示する。

 高級レシプロ蒸気駆動車が夜の街を走る。

 シャルルが所有する、ダミアン家の駆動車だ。

 車窓の向こうに広がるのは、ゴート風に統一された壮麗かつ堅牢な石造りの街並みだ。

 意匠が施された壁と円柱、カーテンの掛かる大きな窓に巨大なステンドグラス。

 傾斜が美しい屋根の連なり、天高く星空を差し示す尖塔、微かに漂う蒸気。

 街路に沿って連なるエーテル水銀式の街灯が、薄暗さを攪拌する様に燈されている。

 後方へ、後方へ、勢い良く流れ続ける街灯の薄明り。


 駆動車の後部座席。

 カトリーヌは革のシートに腰を下ろし、軽く眼を伏せ、目蓋を閉じていた。

 眠っている様にも見えるがそうでは無い、姿勢を崩す事無く、背筋も伸びている。

 その表情は穏やかに落ち着いているが、弛緩の色は無い、適度な緊張を保っていた。

 そんなカトリーヌの隣りに座るのはシャルルだ。

 彼もまた同じく、緊張した面持ちでシートに腰を下ろている。


 通りを走るシャルルの駆動車を追う様に、三台の駆動車が続く。

 二台は黒塗りの高級駆動車であり、残る一台は大型のスチームワゴンだ。

 スチームワゴンには、負傷したナヴゥルとラークン伯、錬成技師が乗り込んでいる。

 残る二台には、ラークン伯の警護を行う者達が分乗している。

 白い蒸気を吐き出す四台の駆動車は、シャルルの邸宅を目指していた。

 シャルルの邸宅に、レオンの工房と繋がる直通の電話がある為だ。

 時間短縮を考慮して、予め電話連絡を行う事を選択したのだ。

 

 やがて駆動車は、貴族達のタウンハウスが建ち並ぶ地域へと差し掛かる。

 重厚巨大な建造物が姿を消し、高い塀に囲まれた邸宅群が連なり始める。

 領地を所有する貴族達のタウンハウスは、己が権勢を誇るべく豪華豪勢な物ばかりだ。

 そんな邸宅群の中にあって、シャルルのタウンハウスは質素にして瀟洒だ。

 程無くして黒い車列はシャルル邸の門を潜り、車回しにて停車した。


「レオンの工房に連絡を入れるが、詳しい話はシスター・カトリーヌ、君の方から頼めるか? その方が話が早いだろう」


「はい、承ります」


 シャルルは駆動車のドアを開けながら、カトリーヌに声を掛ける。

 カトリーヌは短く返答し、共に駆動車を降りる。

 二人が降車する姿を、すぐ後ろに停車したスチームワゴンのヘッドライトが照らす。

 ワゴンのドアが開くと、切迫した面持ちのラークン伯が降りて来た。


「――シスター・カトリーヌ、ダミアン卿、マルブランシュ殿に助力を頼む」


「解りました」


 ナヴゥルの容態が芳しく無いのだろう。

 ラークン伯の額と顎に、粘ついた脂汗が滲んでいる。

 カトリーヌは頷いて応え、邸宅へ歩き始めたシャルルの後に続いた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 壁一面を占有して聳え立つ巨大な鋼鉄の構造物――『蒸気式精密差分解析機』。

 重厚な金属フレームの内側では、三〇〇を超える鋼鉄製のシリンダーが旋回する。

 微かな駆動音を響かせ、複数の演算処理を同時に進行している。

 解析機には大量のケーブルが接続されて垂れ下がり、その有様はどこか有機的だ。

 うねるケーブルの半分は、薄桃色に透き通る希釈エーテルで満たされた『錬成用生成器』下部の制御基盤へと繋がれている。

 残る半分は、施術台の上で肌を晒し、目蓋を閉じて俯せのエリーゼに接続されていた。

 頸部、背中、腰部、腕部、脚部。

 傷を負った肌から露出する金属ソケットに、接続用コネクタが差し込まれている。

 それらの用途は音響測定と音響効果による麻酔、止血等の措置だが、エリーゼは麻酔の影響か疲労によるものか、音響効果が作用すると同時に、深い眠りに落ちた。

 エリーゼが眠る診察台の傍ら、ワンピース姿のドロテアが丸椅子に腰を下ろしている。

 軽く俯くドロテアの頸部にもケーブルが接続されており、それは『差分解析機』と繋がり、エリーゼの身体情報をダイレクトに知覚出来る様、セッティングされていた。

 それは普段、カトリーヌが担当する作業だった。


「――全身に負った裂傷の類いはともかく『コッペリア・マグノリア』に刺突された腕部と脚部の『神経網』は未だ完全に麻痺状態だ。だからと言って外科的な施術を行っても恢復まで時間が掛かる……『差分解析機』と『生成器』を用いて、地道に再錬成を促すしか無い」


「はい……ですが可能性は探ります」


 エリーゼの状況に関してヨハンが言及した。

 レオンは険しい表情で応じる。

 シスター・マグノリアの『針』による攻撃が尾を引いているのだ。

 戦闘中に受けたとは思えぬほど、エリーゼの神経を正確に攻撃している。

 決勝までの一週間で『神経網』が完治するかどうか――レオンは厳しいと感じている。

 重い空気と仄かな蒸気が漂う中、改めてヨハンが口を開いた。


「ところで……車中で確認した『エメロード・タブレット』の件だが」


「はい」


 短くレオンは応じる。

 ヨハンは続ける。


「マルブランシュ卿と思しき人物から人伝に『エメロード・タブレット』を託され、そこには通常の三倍を超える数式が刻まれていた、それがどんな物か、その場では解らなかった、解かったのは覚醒状態で何年も放置されていたという事実のみ――そうだったな?」


「はい」


 確認するヨハンに、レオンは短く答える。

 軽く頷いたヨハンは、事も無げに言った。


「だとするなら、基本的に問題は無いだろう。そもそも『錬成機関院』と『錬成機関付属学習院』が『タブラ・スマラグディナ』の錬成はおろか学習自体を禁じている。『錬成機関付属学習院』で錬成技術を学んだ君には、該当するタブレットが通常のものか『タブラ・スマラグディナ』なのか、それを判別する術なんて無いわけだ、そうだろう?」


「はい……」


「とはいえ、確かに『シュミット商会』の若い技師達には頼みにくいな。彼らの今後を思えば、余計なリスクを背負わせるべきでは無いだろうし。もちろん僕らにもリスクはあるが、僕らには、それなりの経歴と後ろ盾がある――不本意だろうが、君の後ろにいるマルブランシュ卿の存在も大きい、いきなり断罪される事は無いだろう。最悪『叡智探求に伴う止むを得ない措置』とでも言えば良い」


「……」


「ともあれ……仕合で『知覚共鳴処理回路』を使用したレオン君の体調にもよるが、取り敢えずは僕とドロテアのサポートで事足りそうではあるな。どうしても立ち行かない事態に陥りそうなら……その時は信頼に値するメンバーに声を掛けるよ」


「ありがとうございます……」


 『知覚共鳴処理回路』。

 それは戦闘に際してエリーゼの『神経網』を保護すべく、レオンが考案したシステムだ。レオンは自身の右義肢に『知覚共鳴処理回路』を埋め込み、エリーゼの『神経網』に掛かる負荷を、自身の『脳』と『神経』で肩代わりしていた。

 確かにエリーゼの状況は改善したが、レオンは仕合毎に心身の消耗という代償を支払わざるを得なくなった。故にヨハンは、エリーゼの治療及びメンテナンスに『シュミット商会』の技師を派遣しようかと提案していたのだ。

 しかしエリーゼは、自身に内蔵された『エメロード・タブレット』が、神聖帝国ガラリアでは、錬成と所持が禁じられた『タブラ・スマラグディナ』である可能性をヨハンに伝え、問題の拡散を防ぐべく『シュミット商会』の技師達に協力を要請せぬ様、訴えたのだった。


 とはいえエリーゼの基本的な処置は滞り無く終了し、気掛かりだったレオンの体調も比較的安定していた。

 故にヨハンは一定の安堵を示しつつ、もしもの備えについて言及したのだった。

 状況の再確認を終えたヨハンとレオンは、『錬成用生成器』を用いた再錬成治療を行うべく、準備に取り掛かる。


 ――と、その時。

 工房壁面に取り付けられた電話機の呼び鈴が、甲高く振動した。

 工房内の電話は、シャルルの邸宅のみと繋がる直通回線だ。

 つまりシャルルから、緊急の連絡があるという事だ。

 電話に歩み寄ったレオンは、受話器を手に取り送話器に向かって応答する。


「こちらレオン。シャルルか?」


「シャルルだ、急いで伝えるべき事があり、電話を利用した」


 耳に当てたカップ状の受話器から、シャルルの声が響く。

 レオンはヨハンの方へ振り返り、シャルルからです――と、伝える。

 受話器の向こうで、シャルルが続けた。


「実はラークン伯から『コッペリア・ナヴゥル』の施術を頼まれた」


「なんだって?」


 意外過ぎる言葉にレオンは己が耳を疑った。

 ラークン伯とは浅からぬ因縁があり、しかも事実上、対立している状態だ。

 そんな事があるのか。


「この件に関してラークン伯と直接交渉したのは、シスター・カトリーヌだ。詳しくはシスターの話を聞いて欲しい。電話を代わる」


「なに? ……いや、解かった。代わってくれ」


 レオンは混乱しつつも了承する。

 すぐに受話器の向こうから、カトリーヌの声が聞こえてきた。

 静かに落ち着いた、それでいて張り詰めた声だった。


「レオン先生――私です。カトリーヌです。先ほどダミアン卿が仰った通り、ラークン伯とナヴゥルさんの治療に関する交渉を行いました。今からその内容をお伝えします――」


 カトリーヌは事の経緯を説明する。

 その内容はレオンを驚嘆させると共に、ある種の希望を抱かせる内容でもあった。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンより『アーデルツ』を預かっていた。

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