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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十七章 死闘遊戯
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第一七九話 交錯

・前回までのあらすじ

互いに無傷のまま、二度、三度と危険な交錯を繰り返すオランジュとナヴゥル。ナヴゥルはオランジュの強さを認めつつも、攻略可能であるとの認識を強めていた。

 鋼鉄の戦斧を構えて立つナヴゥルの姿に、一切の隙は無かった。

 強靭かつしなやかな肢体を包むレザースーツに、筋肉のラインが美しく浮かび上がる。

 鈍く光る赤い瞳に打倒すべき敵――『レジィナ』の姿を映している。

 短く告げた。


「……次は捉える」


 先端を斜めにカットした木の棒を手に佇むオランジュは、嫣然と微笑んでいた。 

 豊満にして優美な肢体を包む白いシュミーズドレスには、未だ染みひとつ無い。

 煌めくブロンドのロングヘアを揺らしながら、オランジュは再び歩き始める。

 愉しげに応じた。


「ふふっ……出来るかしら?」

 

 回避の気配も無く、攻撃の気配も無く、ゆったりとナヴゥルに近づく。

 自然体のままに歩く姿は、陽光に照らされた花咲く庭園を散策する女神の如くだ。

 余りにも無防備――にも関わらず、攻撃を仕掛けたなら確実に回避される。

 あまつさえ繰り出される反撃は疾く鋭い。

 何より攻防共に、ナヴゥルの仕掛けた『エーテル粒子』の『海』に反応しない。

 

 全くの無意識で行動しているのか。

 或いは『欺瞞』行動を仕掛けているのか。


 如何な存在であれ、無意識にて戦闘を続行する事など不可能だ。

 であるならば、オランジュは『欺瞞』行動によって『海』を掻い潜っている。

 そう、かつて『エリーゼ』が行ったのと同じように。


 つまり『何事も無く歩行する』というフェイントを仕掛けている、そういう事だ。

 無策と誤認させて攻撃を呼び込み、ギリギリのタイミングでカウンターを併せている。

 故に『海』が事前に反応しないという事か。


 先の仕合でエリーゼは『欺瞞』――フェイントを用いるべく、複数の策を重ねた。

 策に策を重ね、こちらの油断と思い込みを利用し、フェイントを真実と誤認させた。

 しかしオランジュは、初手から『海』をも欺く完璧なフェイントを使用している。 

 格段にレベルの高いフェイントだとでも言うのか。


 ――いや、そこに秘密がある。

 極限のフェイントを成立させる為に、オランジュは『能力』を用いている。

 己が『能力』を用いたフェイントで『海』を掻い潜っている。


 とはいえ、フェイントはフェイントだ。

 既に『エリーゼ』との仕合で経験している。

 対応は可能だ。


 つまるところフェイントの攻略は行動の真贋を見切る、その点に尽きる。

 『エーテル粒子』による『海』を、フェイントで一時的に掻い潜る事が出来ても。

 事前に『神経伝達』の『波動』を捉える事が出来ずとも。

 オランジュの挙動自体は『海』によって把握出来る、目視する事も出来る。  

 何より痛覚抑制を解く事で、ナヴゥルの知覚は研ぎ澄まされている。


 だからこそ二度目の交錯でナヴゥルは、オランジュのカウンターを回避出来たのだ。

 研ぎ澄まされた知覚は、視覚や聴覚のみならず『勘』や『予感』といった、非合理な感覚をも極限まで高めている。

 『エーテル粒子』の『海』を用いた能力に、極まった知覚を併用するなら。

 あと幾度か交錯を重ねれば、オランジュの挙動を読み切るに至るだろう。


 ナヴゥルは戦斧を構えたまま動かない。

 腰を落として膝に溜めを作り、何時でも動ける状態を維持している。

 オランジュはそんなナヴゥルに微笑み掛けながら、悠然と歩み寄る。

 そのまま、更に濃度を増したナヴゥルの『海』へと踏み込んで行く。

 ナヴゥルはオランジュの体内で発生する『神経伝達』の『波動』を感じる。


 オランジュは手にした得物を振るうつもりが無い。

 こちらの攻撃を回避する意図も無い。

 ただ真っ直ぐに距離を詰めて歩くのみだ――その様にナヴゥルは認識する。

 

 しかし、そんな筈は無いのだ。

 この認識は『虚』であり、オランジュの仕掛けた『欺瞞』であると感じる。

 『実』の行動は恐らく、オランジュの『能力』によって秘められている。

 未だその『能力』を見切る事は出来ない、しかしそれでもやりようはある。

 オランジュに敢えて先手を取らせ、カウンターを併せる形に持ち込めば良い。

 単純な策だが間違いなく適切だ。

 限界までオランジュの動きを読む事で、見えて来るものを計る。


 オランジュは更に距離を詰める。

 もはやナヴゥルの戦斧が届く位置に達している。

 それでもナヴゥルは応じない、未だオランジュの出方を待つ。


 重ねてオランジュは距離を詰める。

 右手の得物も下方へ垂れたまま、攻撃の素振りも無い。

 優雅な足取りで何処までも近づく。

 ナヴゥルが構え、前方に突き出した戦斧――その斧刃の脇を、ゆっくりと通り過ぎる。

 間合いなどという距離では無い。

 にも拘らず、まだ距離が詰まる。

 限界を超え、近づいて来る。 

 得物を携え仕合を行う以上、この距離は有り得ない。


 ナヴゥルの眼前――およそ四〇センチ。

 手を伸ばせば確実に届く距離。

 そこでオランジュは足を止めた。


 ナヴゥルは煌めくエメラルドグリーンの瞳を睨みつける。

 オランジュは鈍く光るスカーレットの瞳に微笑み掛ける。


 互いに得物を振るうには近過ぎる。

 危険過ぎる距離だ。


「それで……ここからどうするのかしら?」


 穏やかな口調でオランジュは話し掛ける。

 目許は愉しげに細められ、艶やかな唇の端が綻ぶ。

 両手は垂らされ、構えていない。

 右手の得物も無反応だ。

 一切の気負いも警戒も無い、有り得ぬ反応だった。


「……」

 

 対するナヴゥルは応じない。

 腰を落とした姿勢で、両手に戦斧を構えている。

 真っ直ぐにオランジュを見据えている。

 全身の神経を集中させ『虚』と『実』が裏返る瞬間を、見極めんとしている。

 オランジュが仕掛けて来る瞬間を、見極めんとしている。


「――おびえているのかしら? それとも迷っているのかしら?」

 

 オランジュはナヴゥルに、揶揄う様な口調で囁いた。

 挑発している様にも思えるが、その眼差しも、表情も、凪いだ海の様に穏やかだ。

 とても戦闘時とは思えない。


「だったら……私から仕掛けてあげる」

 

 ――ふと、オランジュの左手が動いた。

 得物を携えず、下方へ垂らしていた左手だ。

 ゆっくりと持ち上がり、やがて前方へ差し出される。

 眼前に立つナヴゥルの方へ、静かに左手を差し伸べて行く。

 差し伸べられる先はナヴゥルの相貌――そして双眸だ。

 赤く光るナヴゥルの瞳に、ゆっくりとオランジュの指先が伸びて行く。


 ナヴゥルの瞳が、真っ白なオランジュの指先を映している。

 その指先が、ナヴゥルの瞳に近づき続ける。

 残る距離が、一五センチ……一〇センチ……五センチ……。 

 そして残り三センチに達した時。


「しィッ……!」


 ナヴゥルの右手が銀光と化した。

 構えていた戦斧を左手のみで支え、右を手放したのだ。

 尾を引き煌めく銀光は、右前腕を覆う『強化外殻』から弾き出された鋼鉄の爪だ。

 爪は差し伸べられた左腕の内側から、オランジュの顔面に向かって跳ね上がった。


 交錯の瞬間。

 オランジュは踏み込みながらに身体を深く沈め、ナヴゥルの一閃を紙一重で回避する。

 ナヴゥルは爪による攻撃が回避されたと見るや、左腕一本で戦斧を横薙ぎに振るった。


 側頭部を砕かんと迫る戦斧に対しオランジュは、真横への跳躍を選択する。

 低く、速く、大きく、オランジュは横へと飛んだ。

 ナヴゥルは握った左手の中で戦斧の柄を滑らせると、極限まで射程を伸ばす。

 しかし身体を捻り躍らせながら、柔軟に回避するオランジュを捉え切れない。

 金糸の如くに美しい頭髪を数本、散らしたのみだ。


 オランジュは白いシュミーズドレスを揺らしながら、バックステップを繰り返す。

 改めて六メートルほど距離を取ると足を止め、背を伸ばして顔を上げた。

 輝くほどの美貌、蕩けるような微笑み。

 ただ――その白い頬に、一筋の紅いラインが引かれていた。

 ナヴゥルの鋼鉄爪によるものだった。


 ナヴゥルは距離を取ったオランジュの方へ向き直ると、改めて戦斧を構える。

 半身となって左足を前に、腰を落して力強く構える基本の形だ。

 黒いレザースーツに筋肉のラインを浮かび上がらせ、赤い瞳でオランジュを睨む。

 ただ――汗の滲むその頬に、一筋の紅いラインが引かれていた。

 オランジュの指先によるものだった。


 オランジュは微笑みを湛えたまま、左の指先を口許へ近づける。

 しなやかな指先の透き通る爪にて、ナヴゥルの頬を切ったのだ。

 形の良い爪と指先には、ナヴゥルの頬から溢れた紅い濃縮エーテルが絡んでいた。

 オランジュは指先に絡む紅色を、チロリと舌先で舐め取った。


「凄いわ、あなた……」


 そして感心したように、小さく呟くのだった。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

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