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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十七章 死闘遊戯
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第一七八話 強敵

・前回までのあらすじ

切って落とされたトーナメント準決勝第二仕合、ナヴゥルとオランジュの攻撃が交錯する。オランジュはナヴゥルの攻撃を防ぐと共に後方へ跳躍、ナヴゥルは再び戦斧を構える。

 ナヴゥルは戦斧にて強烈な刺突を放った。

 オランジュは迫り来る斧刃に、手にした木の棒の先端を軽く併せる。

 戦斧と木の棒が接触するや否や、オランジュは大きく後方へ飛んだ。

 突き込まれた勢いを利用し、跳躍したのだ。

 そのまま七メートル、ふわりと爪先から着地する。


 ナヴゥルは七メートル先のオランジュを凝視していた。

 追撃を加える様子は無い、態勢を整えると改めて得物を構え直す。

 先の展開、ナヴゥルの火力と突進力を以てすれば、追撃を選択する事も出来た。

 大きな跳躍からの着地だ、その瞬間ならば隙が生じやすい。

 しかもナヴゥルが放った全力の突きを受け、飛ばされた形での跳躍だ。

 姿勢を崩す可能性も高かった。しかしナヴゥルは深追いする事を避けた。

 互いの得物が交錯した瞬間、違和感を覚えた為だ。

 

 仕合開始直後、ナヴゥルは既に自身の『能力』を発動していた。

 ナヴゥルの能力――それは『強化外殻』を装備した左右前腕部より、体内に有する『エーテル粒子』を抽出し、外殻から溢れ出す蒸気と共に周囲へ散布、一帯を疑似的な『海』と見立てる事で、そこに存在する者の『神経伝達』を『波動』として感知し、あらゆる挙動の事前予測を可能たらしめるという物だった。

 かつてはラークン伯の助力を得て、闘技場内にて空砲を放つセレモニーを模し、一気に『エーテル粒子』の散布を行っていた。だが、エリーゼ戦での敗北を期に、空砲での散布を取り止め、自身の腕から直接『エーテル粒子』を抽出して散布、更に痛覚神経の抑制も解除する事で、より精度の高い『波動感知能力』を獲得するに至っていた。


 故にナヴゥルは仕合序盤、一気呵成に攻め込むスタイルを封印する。

 『エーテル粒子』の満ちる『時』と『場』の利を最大限に活かす事を選択したのだ。

 それがナヴゥルにとっての最適解だった。


 先の攻防にてナヴゥルは、『エーテル粒子』を散布しながら、僅かずつ前進していた。

 己のフィールドである『海』の形成を優先した為だ。

 ――が、オランジュが距離を詰めて来た為、すぐさま後退に転じた。

 ナヴゥルが形成しつつあった『エーテル粒子』の『海』へ、オランジュの方から近づいて来たのだ。

 好機だった。

 後退すれば更に距離を詰めて来る筈――果たしてその予想は的中し、オランジュは真っ直ぐナヴゥルの『海』へと足を踏み入れる。

 それはオランジュの挙動が、事前予測可能な状態になった事を意味していた。


 ナヴゥルは後退しながら得物を構え、オランジュを見据える。

 精神を集中し、オランジュの手脚を伝う『神経伝達』の『波動』を意識する。

 身体全体で、オランジュの挙動を把握する。

 オランジュの挙動を、読み取る事が出来る。


 オランジュは、右にも左にもブレる事無く、真っ直ぐに近づいて来た。

 右手に垂らした槍を思わせる木の棒、それを構える素振りも無い。

 下段から跳ね上げて突こうという意思も無い。

 こちらの攻撃に備えて警戒している様子すら無い。

 オランジュの『神経』より伝わる『波動』が、その事実を示している。

 全く無策のまま、無造作にこちらへ近づいているとしか思えない。

 ならば先手を取るべきだ。

 一〇年無敗の『レジィナ』として君臨する、その実力や如何に。


 ナヴゥルは構えた戦斧を一気に突き込んだ。

 小手調べなどでは無い、渾身にして必殺の一撃だ。

 狙いは回避の難しい胴体部、その上で、突き出しながらに手首を捻った。

 ナヴゥルの手の中で戦斧の柄ごと、斧刃を高速で旋回させたのだ。

 それは剣呑極まりない鋼鉄のグラインダーを思わせた。

 掠っただけでも、負傷は免れない攻撃だ。

 オランジュが手にした、雑多な木の棒如きで止められる筈も無かった。


 ――にも拘らず。

 オランジュはナヴゥル渾身の一撃を、あっさりと防いでいた。

 手にした木の棒――斜めにカットした先端にて、高速旋回する斧刃の縁を捉えたのだ。

 

 いや、真に驚くべきは、その正確性では無い。

 オランジュは『エーテル粒子』が満ちるナヴゥルの『海』に踏み込んでいた。

 『神経伝達』の『波動』は、既に把握可能な状態にあった。

 ところが交錯の瞬間。

 オランジュが手にした木の棒を差し出す――その挙動をナヴゥルは把握出来なかったのだ。

 気づけば突き込んだ戦斧の斧刃に、木の棒の先端が添えられていた。


 直後、オランジュは突き出された戦斧の勢いを受けて、後方へ大きく飛ぶ。

 差し出した木の棒に自身の体重を預けた瞬間、自らも後方へ跳躍したのだ。

 この挙動もまた、歩み寄る姿と同じく無造作だった。

 タイミングが狂えば戦斧の勢いを受け止め損ね、肩関節が外れてもおかしく無かった。

 しかしオランジュは、全ての行動を当たり前の様に行い、しかも悟らせなかった。


「……」


 間違いなく強敵だ。

 一瞬の交錯だったが、ナヴゥルは確信する。

 オランジュの無造作な動きは、極限の正確さに裏打ちされたものだ。

 最速最短で成すべき事を成せると確信するが故、最もニュートラルな姿勢を維持している。

 それがオランジュの自然体であり、無構えの意味なのだろう。


 その上で――オランジュは何か、強力な『能力』をその身に宿している。

 『神経伝達』の『波動』を発する事無く動くなど、本来不可能だ。

 交錯の瞬間、コンマ数秒ほど『時間』が『飛んだ』かの様な違和感を覚えた。


 否――そうでは無い。

 オランジュの挙動は、素早くはあったが目視可能だ。

 ただ『神経伝達』の『波動』を、事前に把握する事が出来なかった。

 ナヴゥルの『能力』に照らせば、時間が『飛んだ』様に感じられたという事だ。

 下段に垂らされた木の棒の先端が、いきなり斧刃を捉えていた。

 例えるなら、斧刃に吸い寄せられた――そんな挙動だったのかも知れない。

 しかしそれは、どういう挙動か。

 どういう『能力』を有したなら、その様な挙動が可能なのか。


「少しは愉しめそう……かも?」


 八メートル先にてオランジュは、愉しげに眼を細めては口角を上げる。

 見つめる先は、戦斧に圧されて潰れた棒の先端部分だ。

 やがて顔を上げると、微笑みを湛えたオランジュは再び歩き始める。

 一切物怖じする様子など無く、悠々と距離を詰めて来る。

 白いシュミーズ・ドレスと、ブロンドのロングヘアが、煌めきながらなびいている。


「――来い」


 ナヴゥルは低く呟くと、戦斧を改めて下段に構え直す。

 腰を落とした姿勢はやや低く、摺り足にて再び前へと進む。

 もちろん左右の『強化外殻』からは『エーテル粒子』を散布し続けている。

 粒子の濃度が上がれば、オランジュの挙動を、より正確に掴める筈だ。

 秘められた『能力』をも、暴く事が出来るかも知れない。


 オランジュの歩みは止まらない。

 花咲く野原を素足で歩く、美しいニンフを思わせる。

 手にした木の棒も武装とは思えない、戯れに握っている様にしか見えない。

 構えを取らず、笑みを浮かべたまま――戦おうという意思すら感じられない。


 それでもナヴゥルは一切油断しない。

 先の交錯で戦斧による刺突を防いだ事実は、偶然である筈が無い。

 僅かずつ慎重に距離を詰めながら、オランジュの挙動を観察する。

 

 オランジュに変化は無い。

 変わる事の無い無防備さを晒したまま、何の迷いも無くナヴゥルに近づく。

 攻撃に移るつもりも、防御姿勢を取るつもりも無い。

 『エーテル粒子』から伝わる『波動』も、オランジュの無策を物語っている。

 そのままあっさりと、オランジュはナヴゥルの射程へ足を踏み入れた。


「ふっ……!」


 鋭い呼気と共にナヴゥルは動いた。

 深く、低く、更に低く、猛然と踏み込む。

 そこから構えた戦斧を、下段から逆袈裟に跳ね上げた。

 いや、ただ跳ね上げたのでは無い。

 強烈な金属音と炸裂音が響く。

 踏み込みざまに斧刃を、床に突き込む形で、叩きつけたのだ。

 そうする事で敷き詰められた石板を砕いた――粉塵を巻き上げる為だ。

 それは一種の目潰しであり、放たれる一閃を回避困難とする為の策であった。


 濛々と撒き散らされる粉塵の中、峻烈極まる高速の斬光が奔った。

 ナヴゥル渾身の一撃だ。

 その一閃はしかし、オランジュを捉える事無く空を斬った。


「っ……!」


 僅かに一歩――オランジュは軽やかに左へ移動していた。

 ただそれだけの動きで、ナヴゥルの斬撃を回避したのだ。

 ――と、同時にオランジュは、右手に携えた木の棒を、眼にも止まらぬ速さで突き出していた。

 戦斧を振り切り、伸びきったナヴゥルの脇腹を狙っていた。


「しィッ……」


 ナヴゥルは、即座に呼応する。

 逆袈裟に振り切った戦斧から、右手を解放したのだ。

 重厚な戦斧は左腕一本で支えられ、右腕は半ば強引に下方へと薙ぎ払われる。

 同時に右前腕を覆う鋼鉄の籠手――『強化外殻』から、四本の鋭い鉤爪が飛び出す。

 乾いた音が響き、脇腹へと突き込まれた木の棒が弾かれた。


「しゃあああッ……!」


 次いで裂帛の気合が響く。

 ナヴゥルは左腕にて掲げていた戦斧を、崩れた姿勢のまま振るい、振り下ろしたのだ。

 技術に裏打ちされた精密な斬撃では無い。

 重さ三〇キロの鉄塊による力任せの打撃だ。

 振り切った戦斧を片腕一本で――在り得ぬ膂力、意表を突くタイミングだった。

 

「ふっ……」


 ――だが。

 淡い微笑みが、華麗な流し目が、予想外にして極限の打撃を見送っていた。

 慣性の法則を無視する様な、起死回生の反撃であったのにも関わらず。

 オランジュは踊る様な足取りで、優雅に後方へと退いてゆく。

 宙を舞う羽毛の如くに掴みどころが無い。

 

 剛力にて叩きつけられた戦斧の衝撃で、闘技場の床石が再び砕けて爆ぜて飛んだ。

 爆炎にも似た粉塵の向こうでオランジュは、二歩、三歩、四歩と距離を取る。

 ナヴゥルはその白い姿を凝視しながら、大きく戦斧を旋回させると改めて身構えた。

 

「――さすがは『レジィナ』よな」


 低く呟きながら腰を落とし、左半身を前へ、戦斧は中段へ。

 そして唇の端を吊り上げると、威嚇にも似た獰猛な笑みを口の端に浮かべた。


「しかし、捉え切れぬ事は無い……」


 呟くナヴゥルの眼には、強い光が宿っていた。

・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

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