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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一七五話 憂慮

・前回までのあらすじ

難敵・マグノリアとの死闘に勝利したエリーゼ。しかしその一方で、マグノリアの隙を突くべくカトリーヌの目前で仕合を行った事が仇となり、カトリーヌは過去のトラウマを思い出して精神的に屈してしまう。

 『マリー直轄部会』の控え室には、重い空気が漂っていた。

 シスター・マグノリアの敗北は、想定外の事柄だったのだ。

 いや――確かに敗北の可能性も考慮し、次善の策も打ってはいた。

 それでも、実際に敗北するとは誰も考えてなかった。

 

 修道服を脱いだマグノリアは肌を晒し、簡易ベッドの上で俯せに横たわっている。 

 ベッドの周囲には三名の司祭が集まっており、一人は眼鏡を掛けた年若い司祭で、大腿部の切創を縫合していた。二人目は老齢の皺深い司祭だ、『小型差分解析機』で音響効果による麻酔を行いつつ、マグノリアが受けたダメージの程度を調べていた。

 残る一人は険しい表情で丸椅子に腰を下ろしている、ランベール司祭だった。

 口を閉ざしたままマグノリアの様子を見守っていたが、やがて低く声を掛けた。


「お前が破れるとはな――予想だにしていなかった」


 マグノリアは自身の重ねた腕に頬を乗せ、横を向いたまま目蓋を閉じている。

 頸部から接続ソケットを露出させ『小型差分解析機』とケーブルで繋がっている。

 薄く目蓋を開いたマグノリアは、疲れた口調で言った。


「……私も負けるつもりは無かったよ」


「あの『エリス』というのは、それほどに手強いか」


「強い、弱いという尺度では図りにくい……」


 質問を重ねるランベール司祭の言葉に、マグノリアは淡く首を振る。

 再び目蓋を閉じると、息を吐きながら続けた。


「瞬発力、筋力、持久力、精密動作性……これらは強さの基本だ。一瞬で数メートルを詰め、鉄壁を斬り裂き、長時間の攻防を苦とせず、弾丸を反射で叩き落す、間違い無く強者だ……しかし『エリス』はこの定義に当て嵌まらない」


「……」


「アレが有する強さは、発想と思考の柔軟性と瞬発力に加えて、極限の合理性にある。あらゆる局面に於いて、瞬時に有効な策を発想する、その上で勝利条件が満ちる一瞬の為に、己が理想も感情も全て、かなぐり捨てる事が出来る。強い弱いでは無く……嫌な相手だ」


「嫌な相手か……」


 ランベール司祭は眉間に深い皺を刻んだまま、そう呟く。

 削いだ様に痩せた頬を指先でなぞりながら、改めて口を開いた。


「何にせよ物証確保による最短ルートは途絶えた。既に次の状況へ移行したぞ。ローカのチームとウチのチームで手分けしてマルセルに張りつく、捜査員八名による二十四時間監視態勢を敷いた。マルセルが何かしら事を急いでいるというお前の勘を信じての布陣だ。並行して、マルセルと繋がり『タブラ・スマラグディナ』を有していると思われる貴族の身辺調査も行う」


「解った、指揮を頼む。私はしばらく動けんだろうからな」


 大腿部に次いで肩口に負った傷の縫合処置を受けながら、マグノリアは答える。

 その様子を見下ろしつつ、ランベール司祭は探る様な目つきで確認した。


「犯罪性が明確なら、レオンと『エリス』の身柄を抑えると同時に、マルセルが関わる関連施設に踏み込めたんだが、さすがに現段階では無理がある……とはいえ『蛇の女王』が、半ば確信を以て臨むなら、我々としても一考する余地があるのかも知れんが」


「駄目だ」


 目蓋を閉じたまま、マグノリアは即答する。


「在俗区会派との兼ね合いもある、ローカ司祭らの協力を仰いでおきながら、それは出来ない。何より筋も道理も通らん、我々は私刑を行う愚連隊では無い。マリー教皇直属の信徒だ、彼女の想いを裏切り、胸を張る事など出来ん」


 ランベール司祭は鷹揚に頷き応じた。


「すまん、忘れてくれ。マリー聖下より賜った言葉か。あのお方は子供の頃から、何も変わらんのだな……解っている、彼女を裏切る事など決してすまい。ともかく状況変更後の指揮は私が執る。シスター・マグノリアは傷を癒す事に専念してくれ」


 あっさりと前言を翻し、椅子から立ち上がる。

 そしてマグノリアの治療を行う司祭達と言葉を交わし、そのまま部屋を後にした。 


 ◆ ◇ ◆ ◇


 ドアをノックし、名を告げたヨハンは、控え室に立ち入った。

 室内の気配は冷たく重く、どんよりと澱んでいた。

 果たして仕合の結果は惨敗であったかと、自身の認識が疑わしく思えたほどだ。


 入口付近に並ぶソファのひとつに、シスター・カトリーヌが座っている。

 本来ならばレオンの助手として、傷ついたエリーゼの応急処置を行っているところだ。

 しかしカトリーヌは俯き、項垂れ、背中を丸めた姿勢のまま、動こうとしない。

 良く見れば、その細い肩が細かに震えている。

 体調を崩しているのか、あるいは何かあったのか。

 ヨハンはその姿に不穏なものを感じつつも、ソファセットの脇を通り過ぎる。

 そのまま間仕切りの奥に設けられた、診察スペースへ向かった。


 設置された簡易ベッドの上では、ドレスを脱いだエリーゼが俯せに横たわっていた。

 腕に打ち込まれたゴムチューブは、濃縮エーテルとリンゲル液の点滴だ。

 頸部から伸びるケーブルは、ドロテアを介して『小型差分解析機』に接続されている。

 麻酔及び音響測定を並行して行い、負傷状況を確認しているのだろう。

 ベッド脇の診察椅子に座るのは、青褪めた顔色のレオンだ。

 黙したまま、切創の縫合処置を行っていた。


「レオン君……」


 施術を続ける指先の動きに乱れは無いが、レオンの疲労困憊は明らかだった。

 ヨハンは上着を脱ぐと、シャツの袖をまくり上げる。


「酷く顔色が悪いようだが……シスター・カトリーヌは体調を崩しているのか? 僕も手を貸そう。エリーゼ君のダメージはどうなんだ?」


 ヨハンは診察スペース隅の洗面台で手を洗うと消毒を行い、そう声を掛けた。

 顔を上げたレオンは、やつれた表情で口を開く。


「助かります、ヨハンさん。エリーゼの負傷ですが、複数の裂傷及び切創、擦過傷に加えて、右前腕部と左下腿部の機能が麻痺しています。恐らくは懸念事項だった神経節への針を用いた直接攻撃でしょう。縫合作業と並行して、機能不全を起こした箇所に彼女の――ドロテアの助けを借り、音響測定機能でアプローチを掛けているところです。無理をさせてすみません」


「いや、ドロテアが助けとなっているなら何よりだ。縫合を手伝おう。ダミアン卿には次戦の確認を頼んだ。決勝に際して、ある程度の予備知識は必要だろうからね。エリーゼ君の負傷状況によっては、レオン君の工房へ先に撤収する事も伝えてある」


 言いながらヨハンは椅子を引き寄せると腰を下ろし、エリーゼの負傷箇所に向き合う。

 持針器を手に取りながら、低い声で質問した。


「しかし体調が悪そうだ……やはり『知覚共鳴処理回路』のせいか? ひょっとしてシスター・カトリーヌが仕合中に体調不良を訴えて、回路の制御が覚束なくなったのか?」

 

「……仕合中もドロテアのおかげで、倒れる事はありませんでした」


 しわがれた声でそう答えながら、レオンは作業を進める。

 ヨハンはドロテアに視線を送る、ドロテアは軽く首を振る。

 ドロテアの目許は黒い布で覆われているが、その表情には憂いの色が滲んでいる。

 レオンは体力的に限界が近いのかも知れない――ヨハンはそう考え、提案した。

 

「レオン君、無理はしない方が良い。闘技場には『シュミット商会』の技師も何人か観戦に来ている。彼らに僕から応急処置のサポートを頼む事も可能だ」


「――それは、止めておいた方が良いかも知れません」


 疲労の滲む声でそう言ったのは、エリーゼだった。

 ベッドの上に伏せたまま、低く続けた。


「先の仕合……『マリー直轄部会』所属のシスター・マグノリアは、戦勝よりも私の損壊を優先していました。恐らく私に内蔵された『エメロード・タブレット』を確認したかったのでしょう」


「……どういう事だ? エリーゼ君」


 訝しげにヨハンが尋ねる。

 レオンが施術の手を止めて顔を上げると、エリーゼは確認する様に視線を送る。

 その視線に対しレオンは、口を閉ざしたまま何も言わない。

 ただ、小さく頷いた。

 エリーゼは静かに告げる。


「以前、モルティエ様もお気づきになった事柄です。私に内蔵された『エメロード・タブレット』の特殊性を『マリー直轄部会』も把握していたのでしょう。つまり現行法を逸脱した……違法性が高いと考え、証拠として押収すべく行動したのだと思います」


 エリーゼの言葉に、ヨハンは微かに眉根を寄せる。

 何事かを思案していたが、やがて口を開いた。


「エリーゼ君に内蔵された『エメロード・タブレット』が特殊であると、何故『マリー直轄部会』は把握出来たんだ……? その上で違法性があると考え、仕合を口実に回収を決断した理由は何だ……? 事前に何か問題が無ければそんな事には……」


「僕の父親であるマルセルが、なんらかのトラブルを抱えていた可能性があります」


 ヨハンの疑問に応じたのはレオンだった。

 視線を避ける様に眼を伏せていた。


「マルブランシュ卿が? その話を……」


 ヨハンは驚きの声を上げる。

 思いもよらぬという表情だ。

 彼はマルセルを支持している、その事はレオンも知っている。

 そもそも彼が主催する『シュミット商会』は、マルセルの援助を受けて設立された物だ。

 だからこその反応だ。

 しかしヨハンはすぐに落ち着くと、改めて口を開いた。


「いや……今はエリーゼ君の応急処置を急ごう。話は後だ」


「感謝します、ヨハンさん……」


 マルセルとの確執にヨハンを巻き込んでしまった。

 レオンとしてはそう考えざるを得ない。

 そんな忸怩たる想いを抱えつつ、レオンは謝意を伝えた。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・ランベール司祭=『マリー直轄部会』所属の司祭。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

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