表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
175/290

第一七四話 終戦

・前回までのあらすじ

マグノリアとエリーゼの仕合は、互いに限界を超えた展開となる。しかしほんの僅かな隙を突き、エリーゼはマグノリアを追い詰めるに至った。

 観覧席に居並ぶ貴族達が低く唸り、地鳴りの如くにどよめいている。

 管弦楽団とスチーム・オルガンの紡ぎ出す静謐な調べが、円蓋天井に重く反響する。

 闘技場では満身創痍のエリーゼとマグノリアが、共に片膝をつき対峙していた。


「――これにて『詰み』でございましょう」


 そう告げたエリーゼの左手には、マグノリアから奪ったククリナイフが握られている。

 マグノリアの右手には、エリーゼから奪ったスローイング・ダガーが握られている。

 エリーゼが差し出す刃の切っ先は、マグノリアの喉を何時でも貫ける状態にある。

 マグノリアが振り被ったダガー三本は、しかし右手首を三本のワイヤーで拘束され、すでに殺傷能力を削がれていた。 


 マグノリアは砕かれた手脚の激痛に苛まれながら、エリーゼを見遣る。

 エリーゼもまた全身に傷を負い、濃縮エーテルの紅色に塗れ、顔色ばかりが蒼白だった。

 呼吸も乱れ、限界が近いのだろう。

 それでも突きつけられた刃より発せられる殺気に、一点の曇りも無い。

 必殺の意思が明確に伝わって来る。

 その気になればエリーゼは、一突きでこちらの命を断つ事が出来る。


「ならば突けば良い。それで決着だ」


 マグノリアは吐き捨てる様に言った。

 エリーゼは微かに首を振る。


「私はシスター・カトリーヌとの約束を守りたい、決死決着は避けたいのです」


「……嗤わせるな」


 エリーゼの言葉を受け、マグノリアは口の端で嗤った。 

 マグノリアの背後から聞こえて来るのは、すすり泣くカトリーヌの声だ。


「何も見えていないな――『エリス』。貴様は約束を交わした相手、護らねばならぬ者を盾に刃を振るった、勝負の駆け引きに利用した。確かに勝算はあったのだろう――が、そのやり方で人を救えるなどと決して思うな。貴様は三〇年前から変わる事無く、闘争に踊るだけの悪霊だ」


 マグノリアの口調は硬質で、深い断絶を示している。

 対するエリーゼは、意外にも首肯で応じた。


「……私もずっと、その様に己を捉えておりました。闘争の宴に咲く刹那の華こそが真にして現、でなければ現世なぞ虚ろにして朧……それが私なのだと確信しておりました」


「……」


 鈍く光るマグノリアの黒い瞳が、訝しむ様にエリーゼの瞳を見つめている。

 エリーゼは視線を逸らす事無く、言葉を続ける。


「ですが、そうでは無いと『ヤドリギ園』で知ったのです。無意味に思えた些細な事柄、些末な時の流れ……その中にも喜びがあり、それもまた慈しむに足る花なのだと――」


「……」


 不意に、ピジョン・ブラッドの煌めきが揺らいだ。


「――シスター・カトリーヌの願いを叶えたく、全霊を尽くし、限界まで試みました。 しかし私は、この道以外に解決する術を知りません。私の裡に宿る魂は、闘争と戦争の狭間で求められたもの。他に手立てがあったのか、より有効な手段があったのか。私には、見出す事が叶いませんでした……」


 細く紡がれるエリーゼの言葉に、マグノリアは黙したまま耳を傾けていた。

 ――が、おもむろに深く息を吐くと、エリーゼから視線を逸らす。

 やがて振り被っていた右腕を下ろし、ダガーを手放した。


「……現実は、何一つ思い通りになどならん。ただそれだけの事だ」


 言いながらマグノリアは、空になった右手を晒すように、改めて掲げる。

 そして低く告げた。


「この仕合は、貴様の勝ちで良い……」


 直後、闘技場の東側入場門脇に設けられた『待機スペース』から、黒い修道服を纏った男――ランベール司祭が姿を表す。

 ランベール司祭は右手を掲げると周囲を見渡し、大声で告げた。


「我々は敗北を認める!」


 どよめきに揺れていた観覧席が、司祭の宣言を受けて一気に沸き立つ。

 貴族達は顔を紅潮させながら一斉に起立し、諸手を上げて喝采を送った。

 伝説のレジィナと呼ばれていたマグノリアを、新進気鋭のエリーゼが打ち破ったのだ。

 それは新たなる伝説の幕開けを数多の貴族達に印象付けた。


 管弦楽団が仕合の決着を示す壮麗な曲を奏で始めると同時に、ランベール司祭以外にも修道服を纏う複数の男達が闘技場内へと立ち入る。

 マグノリアが脚を負傷し立ち上がれずにいる事を、把握しているのだろう。

 対してエリーゼの陣営が待機しているスペースからは、未だ誰も姿を見せない。


 マグノリアは手首に巻かれた革ベルトから短針を抜き出し、自身の右膝に打ち込む。

 沈痛処置を施したのだ。

 更に外れた左肩を右腕で抱え、強引に嵌め込むと口を開いた。


「貴様はこの仕合に勝利したが、失った物も多い筈だ。それほどに貴様は度し難い、どれほどに真っ当を望もうと、貴様の本質は変わらん」


「……」


 エリーゼは応じる事無く、眼を伏せる。

 束の間の沈黙。

 やがて、目を伏せたまま問い掛けた。


「シスター・マグノリアはこの仕合、いいえ――闘技場の地下通路でシスター・カトリーヌと共に再会した時より、仕合での勝利以上に私の損壊を望んでおられました。それはシスターが所属する『マリー直轄部会』の活動方針に由来するものでしょうか」


「……その質問に、答えてやる義理は無い」


 マグノリアも、エリーゼの方を見ようとはしない。

 ただ俯き、介添え人である司祭達を待っている。


「左様でございますか……」


 エリーゼは目蓋を閉じて呟く。 

 程無くして黒衣のランベール司祭が他の司祭達を伴い、傍らに辿り着いた。

 ランベール司祭は険しい表情のまま跪き、マグノリアと短く言葉を交わす。

 背後に並ぶ司祭達は鋭い目つきで、周囲を監視する様に見渡している。

 程無くしてマグノリアはランベール司祭の肩を借り、立ち上がる。

 そのまま言葉も無く、脚を引き摺りながら歩み去った。


「――脚の機能に問題が生じているのか?」


 床の上で蹲るエリーゼに、声が掛けられる。

 エリーゼは顔を上げ、応答した。


「はい、ご主人様」


 黒いラウンジスーツを着込んだレオンと、ワンピースドレス姿のドロテアだった。

 レオンは額に脂汗を滲ませた青白い顔で、エリーゼの返答に頷く。

 ドロテアはすぐさまエリーゼに寄り添うと、肩を貸して立ち上がらせた。


「脚以外の状態も――良く無さそうだな」


「はい」


 ドロテアに凭れ掛かりながら歩くエリーゼに、レオンはしわがれた声で低く問う。

 返答するエリーゼの声も低く掠れている。

 共に言葉数少なく、笑顔も無く、とても勝利を納めた後だとは思えない。

 観覧席から湧き上がる貴族達の大歓声だけが、熱を帯びていた。


 西側入場門脇の『待機スペース』に、レオンとドロテア、そしてエリーゼが戻った。

 『待機スペース』の中は薄暗く、闘技場の熱から隔絶されているかの様だった。


 薄暗がりの奥にベンチがあり、そのベンチにカトリーヌが腰を下ろしている。

 膝を揃えて座り、膝の上に肘をつき、上体を前へ倒して、手のひらで顔を覆っている。

 すすり泣く声が途切れず、か細く、長く、聞こえて来る。

 足元には『小型差分解析機』からタイプアウトされた専用用紙が、何枚も散乱していた。


「シスター・カトリーヌ、ただいま戻りました」


 エリーゼは静かな口調で、そう話し掛ける。

 その声にカトリーヌは、びくりと身体を震わせた。

 ゆっくり顔を上げ、エリーゼを見遣る。

 大きな眼は真っ赤に充血し、艶やかな褐色の頬は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。

 カトリーヌは尋ねる。


「エ……エリーゼ……? し、仕合は……シスター・マグノリアは……?」


「仕合に勝利しました。シスター・マグノリアも存命です」


 ドロテアに支えられたまま、エリーゼは答えた。

 カトリーヌは小さく頷く。


「そ……そうなんだ……良かった……よ、良かった……そうだね、よかった……」


 口許に微笑みを浮かべようとして――出来ずに唇を震わせる。

 再び俯き呟いた。


「わ、私……私ね……あのね、私……わ……私は……わたし……」


 濃紺の修道服に包まれた身体が、細かく震え始める。

 レオンが傍に近づく。

 カトリーヌは両手で歪む表情を覆い隠すと、嗚咽交じりに告げた。


「わたし、こんなの、もう、嫌だ……」

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。


・ランベール司祭=『マリー直轄部会』所属の司祭。マグノリアの介添え人。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ