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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一七三話 絶無

・前回までのあらすじ

エリーゼの仕掛けた非情の罠、その全貌を理解したマグノリアは、この窮地を脱するべく自ら動く事を決意する。そしてエリーゼが隙を見せたその瞬間に『縮地』による速攻を仕掛けた。

 エリーゼまでの距離は僅かに四メートル。

 四メートルの短距離を『縮地』で一気に潰す。

 回避不能の速攻だ。

 瞬きする間すら無く、左手のククリナイフがエリーゼの胸を貫く――

 ――筈だった。

 

 決定的な瞬間が訪れる直前。

 マグノリアの視界から、エリーゼの姿が忽然と消えた。

 

「……ッ!?」


 回避したのか――!? 

 そんな事は在り得ない、回避など出来ぬタイミングだ。


 ――違う。

 マグノリアは『縮地』による超加速の中で違和感に気づく。

 エリーゼも踏み込んだのだ、『縮地』と全く同じタイミングで。

 視線を落したマグノリアは、己の足元へ滑り込むエリーゼの姿を視認する。


「!!」


 完璧なタイミングだった。

 このタイミングにカウンターを合わせる事など、在り得ない筈だ。

 エリーゼはワイヤー操作に誤り、弾いたダガーを後逸した。

 エリーゼは確かに受け止め損ねたダガーの方へ、意識を向けていた。

 更に操作するダガーも全て、ディフェンシブな形に変化していた。

 その瞬間こそが、エリーゼに生じた決定的な『隙』だった筈――

 

 ――否、そうでは無い……!

 マグノリアは、己が思い描いた安易な発想に戦慄した。


 相手がミスを犯した瞬間、その『隙』を突いて距離を詰める、などという発想は。

 これほどに膠着した状況であるなら、予想されて然るべきだ。

 思えばカトリーヌにも危害が及ぶ可能性のある『待機スペース』前での攻防。

 幾重にも策を巡らし作られた、チキン・ランにも似た異様な状況、狡猾な罠。

 罠を用意したのはエリーゼだ。

 

 罠に嵌ったと感じたなら、誰であっても脱する方法を模索するだろう。

 異常な状況を早急に脱し、己のペースを掴むべく自ら動く事を選択する。

 自ら動くにあたって最も重要なポイントは確実性だ。

 最も確実に動ける瞬間を見極め、実行する。

 それが何時か? それは問題が最小化された瞬間だ。

 カトリーヌを巻き込む恐れが無く、攻撃の波が僅かにでも引いた瞬間以外に無い。

 攻撃を仕掛けているエリーゼの視点に立ち返って考えるなら。


 意図的に『最も都合の良い瞬間』を『演出』すれば良い。

 意図的にワイヤーの操作をしくじり『隙』を作れば良い。


 幾重にも連なる策に翻弄され、思考が硬直化した私に敢えて『隙』を見せた。 

 それこそが『縮地』を用いて踏み込むべき、絶好のタイミング。

 ――の、様に見えた。

 完全なる誘導だった。


「っ……!」


 マグノリアは右脚にて大きく踏み込み、左手のククリナイフを突き込もうとしていた。

 エリーゼは踏み込んだマグノリアの、左右の脚の間に爪先から滑り込んでいた。

 間髪入れずエリーゼの左脚が、踏み込んだマグノリアの右脚に、下から絡みつく。


「ッ!?」


 マグノリアの背筋に悪寒が走る。

 巨大な違和感を覚える。

 何をしている……!?


 即座にククリナイフを構え直し、捕捉された右脚を引き抜こうとする。

 ――が、それが出来ない。

 エリーゼの左腕が、右脚の爪先と踵を捉え、腋と肘で挟み込み、固定しているのだ。

 更に固定された右脚が捻られ、その膝裏をエリーゼの左脚が押し込む。

 いったい何が――そう考える間すら無い。

 マグノリアはガクンと前のめりに崩れる、構えたククリナイフを振るう事も出来ない。

 そのまま膝を着くと俯せに倒れ、両手を床に着いてしまう。

 次の瞬間。


「ぬっ……!?」


 マグノリアは、濡れた革紐がブチブチと引き千切れるような異音を聴いた。

 同時に、融けた金属を膝関節に流し込まれる様な、灼熱の激痛。

 エリーゼに爪先と踵を捉えられ捻られた結果、マグノリアは右膝の靭帯と半月板を、一気に破壊されていた。


「ぐううっ……」


 それでもマグノリアは強引に身を捻ると、右手のダガーでエリーゼの右脚を狙う。

 更に身体を捩りながら、左手のククリナイフを振るおうとする。

 しかし床に両手を着いた状態からの攻撃だ、どうしても鋭さに欠ける。

 床の上へ、仰向けに滑り込んだエリーゼの回避速度が速い。

 ククリナイフの先端は、距離を取ろうとするエリーゼの脇腹を僅かに掠めたのみだ。

 在り得ぬ姿勢での高速回避と高速移動、ワイヤーを用いての牽引か――

 マグノリアは一瞬で理解し、視界にエリーゼを捉えたまま、身体を起こそうとする。

 力を失った右脚に、眼が眩むほどの激痛が走るが構わない。

 片脚では体術を駆使する事が出来ない、距離を取られたならダガーを使用される。

 改めて全方位攻撃を繰り出されたなら、もはや凌ぎ切れない。

 

 不意にマグノリアの顔面目掛けてスローイング・ダガーが三本、纏めて撃ち込まれた。


「ふっ……!」


 殺気を帯びた鋭い攻撃に、マグノリアは完璧な反応を示す。 

 右手に握ったダガーを放棄、同時に向かい来る三本のダガーを纏めて掴み取ったのだ。

 ――が、脳裏を掠めたのは嫌な予感だった。

 この仕合で初めて感じた、匂い立つほどに強烈な殺気。

 剣呑極まる気配を受け、己が意思よりも先に『見切り』と『先読み』が反応していた。

 結果――


「……なにっ!?」


 ダガーを掴み取った右手に、三本のワイヤーがギリギリと絡みつく。

 ダガーは投擲されたのでは無く、ワイヤーを伴い鞭の様に振るわれていたのだ。

 続けざまに放たれた二つの想定外に、マグノリアはエリーゼの姿を見失う。


「くっ……」


 この一瞬を盗む為、敢えて必殺の攻撃を顔面に仕掛け、意識を刃に集中させたのか。

 更に絡みついたワイヤーが、マグノリアの右腕を強い力で後方へと引き絞る。

 背後だ、エリーゼは背後に回り込んでいる。

 マグノリアは引かれる方へ振り向きざま、左のククリナイフを叩きつけた。

 

 だが、振るわれた刃は、エリーゼを捉える事無く空を斬る。

 視界の隅にエリーゼを捉える。

 更に背後へと回り込もうとしている。

 砕かれた右膝の激痛がノイズとなり、マグノリアはその移動速度に追いつけない。

 その時、不穏な風切り音が耳朶を打った。


「……!!」


 マグノリアは咄嗟に左手で喉元を庇う、そこへエリーゼのワイヤーが巻きつく。

 ククリナイフを握る左手の甲ごと、首の頸動脈をワイヤーが絞り上げた。


「ぐっ……!」


 意識が遠退きそうになる中、マグノリアは手首に巻かれた革ベルトに口を着ける。

 そこから短針を二本、咥えて抜き出すと、自身の左前腕と左上腕に突き刺した。

 針を用いて左腕の神経に干渉、一時的に筋力を極限まで高めたのだ。

 マグノリアは首に巻かれたワイヤーを、左腕一本で強引に引き剥がす。

 引き攣れた首筋に血が滲むが構わない。

 力づくでワイヤーを振り解いた勢いのまま、猛然と背面に腕を振るい身を捻る。

 そこにいる筈のエリーゼを斬りつけんとしたのだ。

 強化された筋力より放たれた一閃は、恐るべき威力の斬撃となる。


 しかし。

 その斬撃が血飛沫に彩られる事は無かった。

 過剰な膂力から放たれた高速の一撃は、横合いからの僅かな力により軌道を歪められ、捻じ曲げられる。

 マグノリアの左手首に、強化外殻に包まれたエリーゼの手が添えられていた。

 直後、ボコリという鈍い音が響き、左肩に激痛が走る。

 肩関節を外されたのだ。


「ぐううっ……」


 力の抜け落ちた左手から、ククリナイフが捥ぎ取られる。

 それでもマグノリアは止まらない。

 左肩が異様な角度で垂れ下がる事も構わず、猛然と身を捻る。

 右手に握った三本のダガーを全力で突き込もうと振り被り――止まった。

 右手首に絡まる三本のワイヤーが張り詰め、右腕の動きを激しく阻害している。

 動く事の出来ぬマグノリアの喉元へ、ククリナイフの刃が真っ直ぐに伸びていた。 

 膝立ちの姿勢でナイフを構えた血塗れのエリーゼが、掠れ濁った声で告げる。


「――これにて『詰み』でございましょう」

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。

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