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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一七二話 博打

前回までのあらすじ

エリーゼの奸計によってシスター・カトリーヌの眼前に誘い込まれ、精神的圧力を掛けられるマグノリア。そのままシスター・カトリーヌを巻き込む形で、危険なチキンランに持ち込まれてしまう。

 哀願と悲嘆に掠れた声が、刃を振るうマグノリアの数メートル後方から響く。

 闘技場の外壁奥に設けられた『待機スペース』からだ。

 鉄柵で区切られたその向こう――シスター・カトリーヌだった。


「もう嫌ですっ……もう止めてっ……! エリーゼッ……! シスター・マグノリアッ! もう止めてっ……お願いっ……!」


 悲鳴にも似た叫びが、マグノリアの胸に深く突き刺さる。

 こんな凄惨な場面に、居合わせて欲しくは無かった。

 こんな無残な場面を、目の当たりにして欲しくは無かった。

 

 エリーゼの『詐術』によって、この状況に引き摺り込まれた。

 カトリーヌの眼前で刃を交えるべく誘導された。

 悪辣極まりない奸計だ。

 マグノリアは得物を振るいながら、エリーゼを睨みつける。


 その視線を受け止めるエリーゼに、迷いの色など一切無い。

 濡れ光る紅い瞳でこちらを見据えたまま『強化外殻』に包まれた両腕を振るい、ワイヤーを自在に操作する。

 放った『詐術』が、己の敗北と破滅を賭けた『両刃の剣』である為か。

 対等以上のリスクを背負っての仕掛けである以上、恥じるべき点など無いという事か。

 もしそうであるなら、エリーゼの価値観は狂っているの一語に尽きる。

 あらゆる闘争に慈悲など無いとしても、その発想は在り得ない。

 

 空中を舞う一四本ものダガーは、留まる事無くマグノリアを襲い続ける。

 エリーゼが繰り出す全身全霊の全方位攻撃だ、強烈無比にして苛烈極まりない大技だ。

 だが、大技を支えるべきエリーゼの両腕は傷つき、消耗し、危うい状態にある。

 加えて全身至る所にダメージを負い、濃縮エーテルが傷口から染み出し続けている。

 故に、放たれる攻撃に確実性が伴わず、不確実な偶発の可能性をはらんでいる。

 それこそがエリーゼの狙いだ。

 偶発はマグノリアの卓越した『見切り』と『先読み』の能力を阻害する。

 エリーゼの『意思』が伴わぬ、予想外の挙動だからだ。

 全身を蝕むダメージがそのまま、マグノリアに対する刃を化している。


 それでもマグノリア自身に向けられた攻撃なら、対応出来る。

 向かって来る刃なら、どの様な形であっても反応は可能だ。

 が、自身に向けられた攻撃では無い場合、反応は鈍る。

 その状況から導き出される最悪の展開は――


「……ッ!」


 激しい攻防の最中、交錯するダガーの一本が、また不意に後方へと逸れた。

 床すれすれの位置から跳ね上がる様に、マグノリアの後方へ。

 そこにはカトリーヌがいる。

 制御を失ったエリーゼのダガーが、カトリーヌのいる『待機スペース』目掛けて――

 ――これが二度目の、これが『偶発』であり『事故』だ。

 これを懸念していた。


「くッ……」


 マグノリアは大きく後方へ身を捻り、左手のククリナイフを振るう。

 しかし『見切り』と『先読み』が利かぬ失投故に、反応が遅れた。

 しかも先の攻防で右脚に突き刺さったダガーが影響し、姿勢も崩れる。

 それでも横薙ぎに閃いたナイフが、辛うじてダガーを捉えた。

 耳障りな金属音を響かせながら、弾かれたダガーは床の上を滑り転がる。

 直後、黒衣を纏う崩れた姿勢に、エリーゼの放つダガー群が容赦無く襲い掛かった。


「しィいいいッ……!」

 

 マグノリアは強引に身体を起こすと上体を捻りながら、右手に握ったダガーを振るう。

 エリーゼの使用するダガーを掴み取った物だが、刃渡りは六センチに満たない。

 この刃で複数のダガーを同時に防ぎ切る事など至難だ。

 二本、三本とダガーを弾くが、最後の四本目が間に合わず、肩口に突き刺さる。


「ちぃっ……」


 脚に続いて肩、想定外のダメージにマグノリアは舌打ちをする。

 だが、エリーゼの『暴発』も、これで二度目だ。

 更に打ち返したダガーを二本、ワイヤーで捕捉できず彼方へ弾き飛ばしている。

 万全の状態であれば、全てのダガーを完璧に受け止め、使用し続けるのだろう。

 徐々にエリーゼの両腕も、制御が覚束なくなっている。

 そうなれば、エリーゼの策が破綻する可能性もある。


 ただ、マグノリア自身が防御をしくじる可能性も無視出来ない。

 『見切り』と『先読み』の精度が低下している為だ。

 なにより――この位置での攻防は、カトリーヌを巻き込みかねない。


 いずれにせよ、このままチキン・ランを続け『偶発』の末に決着を待つのは愚策だ。

 この状況は、エリーゼが意図的に作り出した状況だ。

 『弱体化』と『不殺』の問題を抱えてなお、勝利を手にする為の仕掛けだ。 

 その上で実際に『偶発』という運否天賦に全てを賭けているとは思えない。

 ここから更に一手、仕掛けて来るのかも知れない。

 己の両腕が制御不能となる前に。


 やはり、こちらから仕掛けるべきだ。

 受けに回らず四メートルの距離を『縮地』で詰める、それが最善手。

 被弾の恐れは言わずもがなだ。

 

 唯一問題があるとするなら、カトリーヌに対する危険な『偶発』『暴発』だ。

 その一点は『賭け』となる。

 仕掛けたその瞬間、不慮の『事故』が発生したなら防ぎ切れない。 

 しかし『賭け』脅えて踏み込まねば勝機を逃す。

 或いはそれも、エリーゼの狙いか。


 マグノリアは嵐の如くに押し寄せるダガーの閃きを捌きながら、タイミングを図る。

 右大腿部に重大なダメージはある、それでも強引に『縮地』を用いる。

 その為に、この距離にまで近づいたのだ。

 ここで『縮地』を用いればダメージ的に、この仕合中は使用不可能となるだろう。

 それでも踏み込むべきタイミングが訪れたなら、確実に踏み込む。

 

 踏み込むべきタイミング――それは飛び交うダガーの位置と角度が可能な限り、カトリーヌを巻き込まぬ形となった瞬間だ。

 その瞬間に、全力で飛び込む。


 絶好のタイミングを待ちつつ、マグノリアはエリーゼの攻撃を凌ぎ続ける。

 交錯するダガーを弾く、叩き落す、打ち据える。

 『待機スペース』へと飛び込み掛けたダガーも、確実に弾いて飛ばす。

 例え読み切れぬ攻撃であっても、極限の集中力で瞬時に反応する。


 ただ、飛び込むタイミングを図る間に、エリーゼが何らかの策を設けて来たなら。

 後手に回らざるを得ない、確実な対応を取らねばならない。

 己か、相手か、刹那に切り替わる勝敗の潮目を確実に見切らねば。


 何の前触れも無く、唐突に潮目が訪れた。

 弾かれたダガーをワイヤーで受け止める、エリーゼがその操作にしくじったのだ。

 それも二本同時に後逸した。

 ワイヤーの操作が一瞬、全てディフェンシブに切り替わる。

 ミスを警戒した為か。

 エリーゼの意識が、視線が、微かに己が後方へと流れるのを感じた。

 それは、髪の毛一筋ほどにも満たぬ隙だった。


 『縮地』――。


 漆黒の姿が、僅か四メートルの距離を詰めるべく流星と化す。

 完全なタイミング。

 完全な無防備。

 その瞬間を突いた。


 四メートルという短距離から繰り出される、圧倒的な速度。

 もはや小手先の技術は問題とならない。

 このまま左腕を突き出し、エリーゼの胸へ――


 ――同時に。

 目標となるエリーゼの姿が、眼前から消えた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。

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