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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一七一話 狂気

・前回までのあらすじ

酷い状況に我を忘れるカトリーヌの目前で、エリーゼとマグノリアは仕合を続行する。じりじりと距離を詰めて挽回を図るマグノリアに対し、エリーゼは自陣営のカトリーヌに対して攻撃を仕掛け、マグノリアの隙を突いてみせる。

 マグノリアの背後で、錯乱するカトリーヌが悲鳴を上げている。

 狂おしいほどに切ない悲鳴だ。


 その悲鳴を聞きながらマグノリアは、眼前の敵――エリーゼの錯乱をも疑う。

 極限の戦闘を繰り広げる中で追い詰められ、正常な判断能力を失ったのかと感じた。

 しかしそうでは無い。


 四メートル先で片膝を着き、ワイヤーを操作する紅色のドレス姿。

 こちらを真っ直ぐに見据えるエリーゼの、紅く濡れ光る瞳を見れば解る。 

 揺らぎ無く静謐に澄み渡り、同時に艶めかしいほどの熱量と意思を感じさせる。

 憔悴や恐慌、混乱の色など全く無い。

 常軌を逸しているのでも無ければ、安易な堕落に逃げたのでも無い。

 己が絶対の意思を以て、在り得ぬ攻撃を選択したという事だ。


 それはマグノリアの背後――自陣営の『待機スペース』に向かっての攻撃だ。

 取り乱しているカトリーヌに向かって、エリーゼは刃を投じたのだ。


 放たれたダガーは、二本だった。

 放置すれば、カトリーヌに害を及ぼしただろう。 

 その瞬間、マグノリアは腕を差し伸べていた。

 逡巡する事無く、飛来するダガーを二本とも弾き飛ばしていた。

 ――が、予想を超えたダガーの軌道に、マグノリアは大きく姿勢を崩す。 

 直後、伸びきった無防備な右脚に、新たなダガーが撃ち込まれた。


 加撃された箇所は右大腿部、ダメージは甚大だ、鋼の刃が深々と突き立っている。 

 完全な形で『縮地』を行う事は厳しい。


「ちっ……」


 不覚だった。

 しかし、カトリーヌを見捨てる事など出来ない。

 自身の裡にある『尺度』が許さない。

 『事に於いて胸を張れる事』――それがマグノリアの『尺度』だ。


 そうと聞けば、子供染みていると嗤う者もいるだろう。

 しかしこの『尺度』はマグノリアにとって、揺るがし難い『聖句』なのだ。


 ならばエリーゼは。

 エリーゼはいったいどんな『尺度』を以て、この様な恥知らずな攻撃を選択したのか。

 堕落でも無く、錯乱でも無く、自身の友人を害しかねない攻撃を、何故選択出来る。

 これほどの無謀に、出鱈目に、自身の信念を貫けるだけの意義を見出せるのか。


「……」


 エリーゼは口を噤んだまま、血塗れの姿で両腕を振るう。

 流血の絡む白銀の指先が、特殊ワイヤーを繰り続ける。

 八本のワイヤーが空中に展開し、煌めきを伴い流れて踊る。

 ワイヤーは遠心力の加速を以て、次々にスローイング・ダガーを解き放つ。

 マグノリアに防ぎ弾かれたダガーは、ワイヤーの撓みを以て受け止める。

 流れのままワイヤーに備わるフックが捉え、再度の加速にてダガーは撃ち放たれる。

 途切れる事無く、攻撃と防御の連鎖が続く。

 エリーゼとマグノリアの周囲で、一五本ものダガーが高速で交錯する。

 

 マグノリアの防御は、右脚に大ダメージを受けたのにも関わらず鉄壁だ。

 寸分の狂いも無く両腕を振るい、手にした得物で飛来するダガーを弾き飛ばす。

 黒衣に包まれた身体を柔軟かつ自在に操作し、ダガーによる攻撃を的確に捌く。

 あらゆる角度から連続で撃ち込まれる攻撃を、完璧に処理し続けている。

 黒衣の周囲で無数の火花が、見事に咲き誇っている。


 経験値によって極限まで研ぎ澄まされた『見切り』と『先読み』の能力。

 突出した二つの能力が、嵐の如き刃の連打を完全に無効化している。


 しかし、鉄壁の防御を維持し続ける事は困難だ。

 徐々に積み上がる疲労と、極限の緊張状態から、ミスが生じる可能性もゼロでは無い。

 そしてダメージを負った右脚の痛みも、ノイズとなっている。

 だが、『痛覚抑制』措置は『見切り』と『先読み』の能力を阻害する事になる。


 恐らくはエリーゼも『痛覚抑制』措置を解除している筈だとマグノリアは考える。

 これほどの攻撃を繰り出すには、研ぎ澄まされた五感全てが必須だろう。

 エリーゼも、『見切り』と『先読み』の能力を以て闘争に臨んでいる。

 で、あるならば。

 全身にダメージを負っている分、エリーゼはより激しいノイズを抱えている筈だ。

 条件はエリーゼの方が明らかに悪い。


 ――と、その時、不可解な瞬間をマグノリアは目撃する。

 マグノリアが弾いたダガーの一本を、エリーゼのワイヤーが補足し損ねたのだ。

 逸れたダガーはエリーゼの後方彼方にまで飛び去り、闘技場の床で弾けた。


「……ッ?」


 マグノリアは違和感を覚える。

 今のダガー捕捉失敗は、ワイヤーの操作を誤った為か。

 策では無い筈だ、この状況でダガーを受け止め損ねるメリットなど無い。


 直後、何の前触れも無く、マグノリアの喉元目掛けてダガーが撃ち込まれる。

 致死性が高く、気配も無く、鋭さに満ちたその攻撃を、マグノリアは確実に叩き落す。


「ふンッ……!」 


 その後も間髪容れずに次々と、空中を舞うダガー群が襲い掛かる。

 ――が、それらの攻撃は全て、急所を外している。


 これが違和感の元だ。

 意図的に急所を外した攻撃。

 突如として放たれる致死性の高い危険な攻撃。

 更にはカトリーヌへの加撃。

 

 マグノリアは烈火の如き攻防を続けながらエリーゼの姿を観察し、すぐに思い至る。

 ダメージを与えた左腕の出血が酷く『強化外殻』の損傷も著しい。

 右腕は本来動かぬものを『強化外殻』経由で、強引に動かしている状態だ。

 加えて全身が紅色に染まるほどの負傷、それに伴うノイズ。

 つまりエリーゼは両腕の制御を、徐々に失っているのでは無いか。


 故に、制御を欠いた攻撃が唐突に放たれる。

 急所への攻撃も、ダガーの捕捉失敗も、カトリーヌへの加撃未遂も。

 両腕が限界を迎えつつあるが故の操作ミスか。

 そんな状態で――こんな自陣営を危険に晒す様な、極限の攻撃を仕掛けるのか。

 その判断が理解出来ない。

 諦めから来る悪足掻きの類いか。

 

 ――が、その想いをエリーゼの瞳が否定する。

 一切の諦念を否定した、煌めく紅い瞳。


「……ッ!?」


 そしてマグノリアは気づく。

 違うのだ。

 この状況こそが。

 エリーゼに残された唯一の勝ち筋なのだ。


「まさかっ……」


 エリーゼは既に、自身の『弱体化』を認識している。

 戦闘力に於いて、私を凌駕し得ぬ事に気づいている。

 にも関わらず、カトリーヌが望んだであろう『不殺』での決着に拘っている。

 しかも勝利した上での決着だ。

 彼我の戦力差を考えたならば、それは限り無く不可能に近い難事である事など明白だ。

 それでもエリーゼは、その難事を実現しようとしている。

 カトリーヌが望まぬ『決死決着』は敗北。

 弱体化した自身の敗北も許されない。

 幾重にも連なり生じた問題を全て覆し、勝利し得る策が、これなのだ。


「これが……」


 カトリーヌをも巻き込み兼ねない位置での攻撃。

 それも、最大火力を叩き出す全方位からの一斉攻撃。

 マグノリアがカトリーヌを見捨てぬと、確信しているからこその全力攻撃。

 マグノリアの技量を把握し、認識し、それが可能であると。

 その上で――その状況が直ぐにでも破綻しかねないという、危うい可能性を残している。


 マグノリアが有する『見切り』と『先読み』の能力は、高度なフェイントすら見切る。

 しかし意図しない偶発的な事故までは、完璧に予測し得ない。

 そこに戦闘を行う者の『意思』が伴っていない為だ。


「これが貴様の……」

 

 つまりエリーゼは。

 ダメージを受け、徐々に機能不全を起こしつつある自身の両腕を利用している。

 『見切り』と『先読み』が通じない『意図せぬ攻撃』を行う為に。


 或いはその効果で、マグノリアの隙を誘い、痛打する可能性もある。

 だが、カトリーヌを巻き込んだ大事故を引き起こす可能性もある。

 それ以前に両腕の機能が停止すれば、エリーゼの目論見は完全に潰える。

 しかしそうなる前に、マグノリアが防御をしくじるかも知れない。

 

 双方共にこの状況を、己が意思で完全には制御出来ないのだ。

 その上でエリーゼは問い掛けている。

 制御不能の状況から引き起こされる最悪の『結末』に、お前は『胸を張れる』のかと。

 最悪の『結末』を引き起こしかねないこの状況を、お前の『尺度』は許すのかと。

 

 エリーゼはそう問い掛けている。

 我が身を削りながら、こちらの心を削るべく圧力を掛けている。

 己が破滅を賭け、悪夢の如きチキン・ランを仕掛けているのだ。


「これが貴様の狂気かっ……」


 マグノリアは低く発し、確信した。

 『墓場鳥のエリス』――やはりコイツは、かつて見たあのエリスだ。


 決して、決して、相容れぬ彼岸の存在。

 異様異質な狂気を宿したあのエリスだ。

 血塗れの詐術を用いる、あのエリスだ。

 あの時のエリスと、私は今、戦っている。

 ただ、ひたすらに苦しく、狂おしい。

 やはり闘争に、歓喜など無かった。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。

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