表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
171/290

第一七〇話 卑劣

・前回までのあらすじ

闘技場の壁際に追い込まれたエリーゼは、しかし逆にマグノリアを自陣営の『待機スペース』前に誘導していた。己の背後で悲鳴を上げるシスター・カトリーヌの存在にマグノリアは動揺する。

「エリーゼッ! エリーゼッ! もうやめてっ……!」


 マグノリアのすぐ背後――『待機スペース』の奥で、カトリーヌが叫ぶ。

 取り乱すカトリーヌを、レオンが押し留める。


「下がって、シスター・カトリーヌッ……! 危ないから下がるんだ……!」

 

「もう嫌ですっ……こんなの間違ってるっ……! シスター・マグノリアッ……! エリーゼを、エリーゼを助けてっ……!」


 それでもカトリーヌの悲痛な叫びは止まらない。 

 理由は明白だ。

 友人であるエリーゼが全身に傷を負い、血塗れの姿で目前に飛び込んで来たのだ。

 しかもエリーゼを仕留めんと刃を振るうのは、命の恩人であるシスター・マグノリアだ。

 どちらもカトリーヌにとって大切な存在だ。

 そんな二人が、血で血を洗う凄惨な戦闘を繰り広げている。

 心優しいカトリーヌにとってこれは、耐え難い状況だろう。

 どれほどの決意でこの仕合と向き合い、心を鬼にして臨んだとしても。

 本心からこんな仕合を望んでいる筈も無いのだ。


 カトリーヌの脳裏には、南方都市・マウラータの燃え上がる街並みが広がっていた。

 爆炎と火薬の臭い、人の燃える臭い、真っ赤な血の色、蜂の巣を思わせる弾痕、業火。

 忌まわしい戦災の記憶が、脳裏に次々とフラッシュバックしていた。

 トラウマが蘇るほどの、強烈なストレスだった。


「もう止めてっ……止めて下さいっ、お願いですっ! シスター・マグノリアッ! お願いっ、助けてっ……! こんな事、何かの間違いなんですっ……!!」


 悲鳴にも似たカトリーヌの声が、背後から響き続ける。

 マグノリアは歯噛みしながら、エリーゼを睨みつけた。

 恐らくエリーゼは、こうなる事を予想していた。

 この状況を、この状態を、カトリーヌの心理を、予想していた。

 予想した上で己が『詐術』に利用、こちらの精神を揺さぶるべく利用した。


「貴様はっ……」


 卑怯。卑劣。

 それは、戦場ならば当たり前の行為だ。

 難民を盾に戦闘を行う者など幾らでもいた。 

 非常時に下衆な本性を覗かせる人間を何度も見て来た。

 それが『戦闘』『闘争』に於ける常道なのだ。

 ならばエリーゼはどうか。


 血染めのドレスを纏い、片膝を着き、左右の腕を躍らせている。

 幾筋ものワイヤーが行き交う煌めきの奥から、紅い瞳でこちらを見つめている。

 一点の曇りも無い紅い瞳が、キラキラと濡れ光っている。

 どの様な後ろめたさも、後ろ暗さも感じ取れない。

 濁りも曇りも無い、澄み切った眼差しだ。

 マグノリアの胸中に怒りの感情が湧き上がる。

 

 何故、そんな眼が出来る!?


 上下左右、あらゆる角度から撃ち込まれるスローイング・ダガー。

 疾風の如くに、閃き煌めく刃の数は一五本。

 マグノリアの右手に握られた一本を除き、エリーゼは全てのダガーを使用している。

 戦闘の最中に弾き飛ばされたダガーをも全て回収し、用いているのだ。


 この場所――エリーゼ陣営の介添え人が居並ぶ『待機スペース』前。

 ここが、弾き飛ばされ放置されたダガーを回収するのに、最も効率的な場所だった。

 更には闘技場を観覧席と隔てる高さ五メートルの壁が、背後に切り立っている。

 この壁に阻まれ、観覧席へダガーを叩き込むという、威嚇と陽動も出来なくなった。

 そして何より『待機スペース』の内側で取り乱す、シスター・カトリーヌの存在。

 これら全てがエリーゼの『策』――『詐術』であるなら。

 いったいどの段階からの仕掛けであったのか。


「かあッ……!!」


 マグノリアは渾身の力で左右の得物を振るい、押し寄せる刃の弾雨を弾き続ける。

 四方八方に火花が飛び散り、硬質な金属音が響き渡る。

 その音も、火花も、全く途切れない。

 それでもエリーゼの攻撃は澱み無く、止め処も無く延々と続く。

 フック付きワイヤーにてダガーを射出し、弾かれたダガーをワイヤーにて即座に捉え、再び猛然と射出する。

 ランダムに飛び交う一五本ものダガーは、完全な形でエリーゼに操作されている。

 序列四位だったコッペリア『グレナディ』を沈めた大技だ。

 恐るべき技量であり、恐るべき精度、狂気のジャグリングだった。


「はッ……!」


 それでも。

 それでもエリーゼの攻撃は、マグノリアの鉄壁を打ち破る事が出来ない。

 極限の経験値と、極限の空間把握能力がもたらす、圧倒的な『先読み』と『見切り』。

 人知を超えた二つの能力が、スローイング・ダガーの全方位攻撃すらも凌ぐのだ。 

 いや、それだけでは無い。

 エリーゼの全方位攻撃には、大きな問題が二つあった。


 まず、マグノリアの背面を脅かす攻撃が出来ない。

 高さ五メートルの壁に加えて『待機スペース』がある為だ。

 つまり完全な全方位攻撃となっていない。


 更にエリーゼは、未だ頭部と胸部への攻撃を避けている。

 この期に及んでなお、不殺に拘り続けているという事か。

 マグノリアはそう思う。

 ここまで狡猾な『策』を用いながら、シスター・カトリーヌとの約束に拘るのか。

 ふざけた矛盾だ。

 そんな矛盾を抱えたままで勝てるほど――


「甘く無いッ……」


 矢継ぎ早に撃ち込まれるスローイング・ダガーを、マグノリアは全力で弾き、叩き落し、撃ち返しながら、じわじわと前進する。

 前進すれば背後にスペースができ、そこから攻撃される可能性もある。

 だが、それを恐れていてはエリーゼを討ち取れない。

 現在の彼我距離は六メートル、これを四メートルまで詰めたなら。

 一気に『縮地』で突っ込む。

 多少のダメージを受けたとしても問題無い。

 距離が詰まれば、この全方位攻撃も使用不能となる。


 そしてこの、身も心も引き裂ける様な泣き声も聞こえなくなる。

 シスター・カトリーヌの声だ。


「嫌だッ……エリーゼッ! もう……こんな事ッ……嫌ですッ、シスター・マグノリアッ……! エリーゼをッ、エリーゼを助けてッ……! こんなの間違ってるッ……!」

 

 解かっている。

 エリーゼは、シスター・カトリーヌの友人なのだ。

 だからこそシスター・カトリーヌは、血に塗れたエリーゼの姿に取り乱すのだ。

 だからこそエリーゼも、矛盾に満ちた不殺を貫こうとしているのだろう。


 しかしエリーゼは、『神聖帝国ガラリア』の安寧を揺るがしかねない存在だ。

 『タブラ・スマラグディナ』は、存在してはならない遺物だ。

 『神聖帝国ガラリア』の安寧を護る事こそが、私の存在意義だ。

 『教皇マリー』が御座す『神聖帝国ガラリア』の安寧は護らねばならない。

 シスター・カトリーヌには悪いが――エリーゼを討ち果たす事は決定事項だ。


「……己が裡に在る尺度に照らしッ!」


 マグノリアは低く言葉を発すると、左右の刃を振るう。

 甲高い音を立てて、スローイング・ダガーが弾け飛ぶ。

 黒衣の周囲がオレンジ色の火花で彩られる。


「私は道を違えぬッ……!」


 じわりとまた一歩、マグノリアは歩を進める。

 この仕合を決着すべく、エリーゼに近づく。


「事に於いて胸を張れると――」


 片膝を着いた姿勢でワイヤーを操作する、血塗れのエリーゼを睨みつける。

 斬撃を受けた左腕から、濃縮エーテルと水蒸気が溢れ出している。

 針の一撃を受けた右腕を覆う外殻からも、水蒸気が漏れ出している。


「そう信じて此処に在るッ……!」

 

 更に一歩、マグノリアは歩を進める。

 残り一歩、踏み込めば『縮地』の射程圏内だ。

 一気に『縮地』を仕掛け、仕合を決着する。


 その時。

 エリーゼの放つスローイング・ダガーの一本が、マグノリアの顔面目掛けて飛来した。

 その攻撃は今までの攻撃と違い、気配を感じさせぬ、奇妙な鋭さを秘めていた。

 ――が、マグノリアは、その一撃を確実に弾いて飛ばす。


 次いで撃ち込まれたダガーもまた、急所である胸部に向かって放たれる。

 この一撃も驚くほどに鋭く、剣呑なほどに意思を感じさせぬ攻撃だった。

 それでもマグノリアは、その攻撃をククリナイフで叩き落す。

 

 ――窮したか。

 放たれ続けるダガーを火花と共に次々と弾きながら、マグノリアは思う。

 距離を詰められる危険を察し、不殺の禁を破る事で事態の打開を図ろうとしたか。

 だが、この期に及んでの方針変更はいかにも『逃げ』だ。

 

 確かに先の急所を狙う攻撃は、予想外に危険だった。

 害意、殺意――そういった感情を一切匂わせぬ、危うい鋭さを伴っていた。


 しかし、視界内から放たれる攻撃であれば対処可能だ。

 所詮は及び腰の殺意だ、この私には届かない。

 否。

 矛盾を抱えて仕合い、苦し紛れの殺意を振りかざす以上は。

 正道の前には決して――

 

 またもや、マグノリアの胸部へ剣呑な一撃が閃く。

 鉄壁の如くにそれを撃ち返す。

 在り得ないのだ、生半可な殺意が私の命に届く事など、決して。


 刹那。

 立て続けにダガーが二本、新たに撃ち込まれた。

 しかし、それら二本は、共に的を外していた。


 マグノリアの脇を逸れた。

 そのまま後方へと――


「……っ!?」


 マグノリアは眼を見開いた。

 大きく姿勢を崩し、強引に腕を伸ばすと得物を振るった。

 火花が二つ飛び散り、後方へ逸れたダガーは弾かれる――その直後。

 地を這う角度から放たれた別のダガーが、マグノリアの右大腿部に深々と突き刺さった。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ