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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六九話 悲鳴

・前回までのあらすじ

防戦一方の状態に陥ったエリーゼは闘技場の壁際にまで追い込まれる。壁に沿って逃れ続けるエリーゼ、追い縋るマグノリア。ギリギリの攻防が続く中、エリーゼは自陣営の『待機スペース』前にて声を上げる。

 エリーゼは闘技場の端にまで追い詰められていた。

 背後には高さ五メートルの外壁があり、これを乗り越える事は許されない。

 レオンは『待機スペース』の鉄柵から身を乗り出し、仕合の行方を見守っている。


 右義肢に内蔵された『知覚共有処理回路』を介して伝わるエリーゼの状況は芳しくない。

 左脚と右腕の違和感に加え、全身を不快な悪寒が蝕む。

 それはエリーゼが受けたダメージの深さを示している。

 果たしてこんな状態で、エリーゼは勝機を見出す事が出来るのか。

 レオンは額に脂汗を滲ませながら、唇を噛む。

 

 その時、闘技場の外壁に沿って幾筋もの光が閃いた。

 エリーゼが放つダガーとワイヤーだ。

 直後、壁面伝いにエリーゼが、二度、三度と大きく跳躍を繰り返す。

 闘技場外壁をワイヤーフックで捉え、牽引跳躍を行っているのだ。

 片腕片脚の機能を阻害されてなお、機敏な動きを維持している。


 しかし追撃するマグノリアは、エリーゼの敏捷性を大きく上回っていた。

 距離を取ろうとするエリーゼに容易く追いつき、追いつくと同時に攻撃を繰り出す。

 間断無く刃を振るい、突き込み、エリーゼに手傷を負わせる。 

 白いドレスが、更に深い紅色に染まる。

 それでもエリーゼは跳躍し、回避する、反撃の隙を伺っているのか。

 

 二人の距離は詰まり、至近距離での攻防が途切れない。

 危険過ぎる攻防移動を続けながらに、跳躍と追撃が行われる。

 閃く刃の銀光と濃縮エーテルの紅色が、闘技場の外壁に沿って流れ続ける。


 高速の攻防、そして高速の移動。

 気づいた時には交錯する二人の姿が、レオンの眼前にまで迫っていた。


「シスター・カトリーヌッ! ご主人様ッ! 危険ですッ!」


「なっ……!?」


 鋭く発せられたエリーゼの声が耳朶を打つ。

 その緊迫した響きに、レオンは思わず鉄柵から身体を起こして遠ざかる。


 次の瞬間。

 衝撃的な金属音と火花が、鉄柵を揺らし軋ませた。

 彼方より跳躍して来たエリーゼが、鉄柵に激しく激突したのだ。

 そのエリーゼを追って、シスター・マグノリアも鉄柵に激突する。


「エリーゼッ……エリーゼッ!?」


 レオンの背後で、シスター・カトリーヌが立ち上がっていた。

 涙に塗れた両眼を見開き、驚愕の形相で叫んでいた。 

 血塗れで激しく鉄柵へと激突したエリーゼの姿に、耐え切れなくなったのだ。


 その悲痛な叫び声に、ククリナイフを構えたマグノリアが一瞬、動きを止める。

 泣き叫ぶカトリーヌの姿を、漆黒の瞳が捉えていた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 紅色のドレスを纏ったエリーゼの身体が、一気に闘技場側へと跳躍する。

 距離にしておよそ六メートル。

 跳躍と同時に『強化外殻』を装備した両腕が、左右に大きく広げられる。

 左腕が踊り、ワイヤーを操作する。

 更には動かぬ筈の右腕も、しなやかに波打ちワイヤーを操る。

 

「……ッ!?」


 敢然と振り返ったマグノリアは、エリーゼの背後に煌めく何本もの放物線を視認する。

 放物線はそれぞれが有機的な動きを示しつつ、闘技場の床へと伸びてゆく。

 次いで耳鳴りの如き風切り音が、重なり、連なり、一気にワイヤーが巻き戻る。

 石床の上にて片膝を着いて屈むエリーゼの背後に、六つの光球が浮かんだ。

 戦闘中にワイヤーが切れ、放棄されていたスローイング・ダガーを回収したのだ。

 確かに放置されていた六本のダガーを、最も効率的に回収出来る場所だ。

 

「ちっ……」


 マグノリアは自身のミスを悟る。

 ほんの僅かな迷いが、エリーゼに反撃の糸口を掴ませてしまったか。 


 次いで、動かぬはずの右腕が動いた点について考察する。

 可能性を挙げるならば『強化外殻』だ。

 腕の動きを『外殻』にてトレースし、パワーを増幅『強化』して作動する――それが『強化外殻』の基本システムだが、エリーゼは恐らく、接続コネクタを介して『外殻』を直接制御しているのだろう。背中に装備した特殊武装『ドライツェン・エイワズ』の小型アームを八本全て同時に制御出来ている事からも、可能であると推察される。


 つまり――エリーゼは右腕の不具合を装い、仕合を続行していたという事か。

 そういう詐術か。 


「だがっ……」


 仮にエリーゼが六本のダガーを同時に放とうと、全て防御及び回避可能だ。

 ワイヤーとダガーによる攻撃は、完全に見切っている。

 こちらが有利な状況にある事は変わらないのだ。

 故に改めて距離を詰める事も容易だ。

 何故なら、エリーゼの左脚は『強化外殻』を装備していない。

 左脚の機能は右腕と違い『強化外殻』による制御が効かず、動かないままだ。

 仮に後方へ大きく逃れようと、速度はこちらが勝っている。

 確実に追い詰める事が出来る、何ら状況に変化無し。


「逃さぬっ……」


 思考を切り替えマグノリアは、すぐに態勢を立て直す。

 そのまま、エリーゼの方へ踏み込もうとする。


 その動きを寸断する様に。

 エリーゼの背後に漂う六つの光球が、立て続けにマグノリアへ放たれた。

 それは今までの様な、曲線を描きながらの飛翔では無かった。

 弾丸の如くに撃ち出される直線軌道だ。

 ワイヤーの遠心力を用いて加速させ、フックを解放しての投擲攻撃だった。


「ふんッ……」


 マグノリアは、この攻撃を難無く捌く。

 どれほどの威力があろうと、正面からの連打程度では崩れない。

 左手のククリナイフと右手のスローイング・ダガーが閃く度に、火花が飛び散る。

 六度火花が飛び散れば、後は一気に加速して詰め寄り、連打にて削り切る。

 次々と無造作にダガーを弾き飛ばし、改めて踏み込みの姿勢を――

 ――が、マグノリアは踏み込むタイミングを潰された。

 

「……ッ!?」


 途切れる事無く、七本目、八本目、九本目のダガーが撃ち込まれたのだ。

 否、それだけでは無い。

 弾き飛ばした筈のダガー六本も、エリーゼが操作するフック付きワイヤーが空中で補足、力強い反動を以てこちらへと再度解き放たれていた。


「ちィッ……!」

 

 これは『グレナディ』戦で使用された大技だ。

 空中にあるダガーをワイヤーで捉えては連続で放つ、ジャグリングにも似た技だ。

 この状況――このタイミングで、その危険な技を使用するのか。

 私が観覧席へダガーを打ち込まぬと、そう信じているのか。

 そんな甘い考えが――


「エリーゼッ……! エリーゼッ……!」


「ッ……!?」


 狂おしいほどに痛々しい叫びが、背後から響いた。

 シスター・カトリーヌだ。


「エリーゼッ……! やだッ……! もう嫌だッ……エリーゼッ……!」


 血に塗れたエリーゼの姿を目の当たりにして、冷静さを失っているのかも知れない。

 身も世も無いとばかりに叫ぶシスター・カトリーヌの声。

 そしてマグノリアは思い至る。


「これがっ……!?」


 まさか――まさか、この状況か。

 この状況が、エリーゼの狙いか。


 際限無く撃ち込まれるスローイング・ダガーを、マグノリアは弾く、弾き続ける。

 一切の手加減無く、全力で弾き飛ばす。

 左のククリナイフ、右のスローイング・ダガーにて、徹底的に打ち据える。

 鋭い金属音が響き続け、マグノリアの周囲に火花が間断無く咲き誇る。


 しかしマグノリアが弾き飛ばしたダガーは、エリーゼのワイヤーに絡め取られる。

 そこから接続されたフックにて捉えると、遠心力を以て改めて撃ち放つ。

 マグノリアがダガーを弾き飛ばせど、エリーゼの攻撃は途切れる事無く延々と続く。

 際限の無い致死のジャグリングだ。

 耳を劈く風切り音と金属音、激しい火花が途切れない。

 僅かでも気を抜けば押し切られそうな、それほどの連続攻撃だ。

 ダガーを弾き損ねる訳にはいかない、そこから一気にペースを崩される恐れもある。


 そしてこの場所、位置が悪い。

 先ほどエリーゼに圧力を掛けるべく行った『試し』――ダガーを敢えて観客席へ叩き込むという、圧力を用いた陽動が行えない。

 正面の観覧席までは一五〇メートル、背後の観覧席は高さ五メートルの壁を超えた向こうにあり、よほど狙いすまして弾かぬ限りは事故を装う事も出来ない。


 何よりも――マグノリアの背後には、恐慌状態に陥ったカトリーヌがいる。

 僅か二メートルほども離れていない、鉄柵を隔てた『待機スペース』の奥だ。

 本来であればその事を最も留意すべきは、エリーゼでは無いのか。


 ――否。

 そうでは無い、そうでは無いのだ。

 エリーゼは知っているのだ。


 私とカトリーヌの関係性について知っている。

 私がかつて戦場にて、幼い頃のカトリーヌを救助したという、その事実を知っている。

 その事実を踏まえた上でエリーゼは。

 だからこそエリーゼは。

 マグノリアは奥歯を食い締めながら、低く呟いた。


「貴様ッ……」

 

 エリーゼは、カトリーヌの心理状態を利用しているのだ。

 苦しむカトリーヌを利用すべく、敢えてこの場所へ私を誘導した。

 私の動揺を誘う為に。

 私の精神を揺さぶる為に。

 そういう事なのか。


 しかしそれは――エリーゼは、万が一を考えないのか。

 『グランギニョール競技規則・第二項』に抵触する可能性を考えないのか。

 自陣営故に『会場内観客及び人員に対する、故意的な加撃』とは看做されない――そう判断したのか。

 ――否だ、そんな理屈は通らない。

 そんな戯言を枢機機関院の実行委員会が了承すまい。

 ならば何だ。

 私の精神を揺さぶる為だけに、これほどの綱渡りを行う理由は何だ。


 マグノリアは襲い来るスローイング・ダガーを弾きながら、眼前のエリーゼを睨む。

 紅色に染まるドレスを纏って片膝を着き、両腕を躍らせるエリーゼを睨む。

 『墓場鳥のエリス』――その濡れ光る紅い瞳を、激しく睨みつけた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

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