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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第四章 人造乙女
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第十六話 邂逅

前回までのあらすじ

三〇年ぶりに蘇った人造乙女・エリーゼは、自身がかつて無敗の戦闘用コッペリアであった事を打ち明ける。レオンはエリーゼの話に驚愕しつつも、自分が彼女を戦わせる事など有り得ないと考える。そんな二人の元へ、レオンの身を案じたシャルルが乗り込んで来たのだった。

 シャルルの従者達には、敷地内に建つ別棟にて待機を頼んだ。

 工房内にはレオンとシャルル、そしてエリーゼの三人が残り、レオンは二人を応接用の小部屋へと案内する。

 小さな窓がひとつしか無い簡素な部屋だが、テーブルとソファが並んでおり、レオンはいつもここで仮眠を取っていた。


 気まずさを感じつつも、レオンはシャルルにソファを勧め、エリーゼにも座る様に伝える、そして食器棚より銀のカップを取り出し、飲み物を用意した。

 それは作業中にベネックス所長が差し入れた、低アルコールの発泡林檎酒だった。

 シャルルは険しい表情のままカップを手に取ると、そのまま一気に飲み干す。

 そして息を吐きながら、レオンに言った。


「未だに状況が飲み込めず、何とも言えない心境だが……」


 シャルルは背中を丸めながら目を閉じると、目頭の辺りを人差し指と親指で押さえ、マッサージする様に軽く揉みつつ言葉を続ける。


「とりあえず、お前が無事で良かったよ、レオン……。お前に何かあったら、孤児院の子供達やシスターが悲しむからな」


「すまなかった、シャルル……」


「いや、元を辿れば俺の責任でもある……でも、無茶な事はしてくれるなよ……本当に……」


 レオンの謝罪にシャルルは目を閉じたまま答えると、そのまま暫く口を閉ざした。

 言葉が出て来ない――そんな様子だった。

 シャルルの立場を考えれば、無理も無いとレオンは思う。

  

 何年も共に過ごしたアーデルツの死。

 レオンの勝手な判断で、アーデルツの埋葬が取り止めになった事実。

 そのアーデルツの身体を借りて蘇ったエリーゼの存在。

 シャルルが混乱するのも当然だ。

 むしろ、自分は糾弾されても仕方の無い事をしたとレオンは思っている。


 エメロード・タブレットに囚われた魂を救いたい、その一念で無理を通した。

 しかしそこに関わるシャルルの想いにまで、考えが回っていなかった。

 父に対する怒りと、早く救わねばという焦りの中で、思考停止に陥っていた。

 時間と共に落ち着きと冷静さを取り戻したレオンは、改めて己の罪深さを悔いる。

 その時、銀の鈴を転がす様な、可憐な声が聞えた。


「ご主人様、飲み物ありがとうございます。味わうという事を、久しく忘れておりました故、とても美味しゅうございます」


 隣りに座るエリーゼだった。

 手にした林檎酒のカップへ視線を落したまま、口許に微笑みを湛えている。

  レオンはそんなエリーゼの、横顔を見遣る。


 雪の様に白く透き通る肌。

 紅色の唇。

 プラチナの如くに輝く髪は、艶やかな銀糸を思わせる。

 快活だったアーデルツの面影を微かに残しつつも、別人の様に優美だ。

 その時、エリーゼの声に気づいたシャルルが目蓋を開き、身体を起した。


「レオン……彼女を紹介して貰っても良いか?」


 エリーゼの横顔を見ていたレオンはシャルルに促され、慌てた様に口を開く。


「あ、ああ……。この子が電話で伝えたタブレットの……エリーゼだ。エリーゼ、彼は僕の友人でシャルル……シャルル・ニコラ・マール・ダミアン男爵だ」


「エリーゼと申します、ダミアン卿。どうぞ、お見知りおきを」


 エリーゼは右手を胸に当て、軽く目を伏せて名前を告げる。

 その作法はグランマリーの教えに則ったものだ。

 容姿以上に、成熟した振る舞いだった。


「こちらこそよろしく、エリーゼ。先程は騒がせてしまい失礼した……」


 シャルルもまたグランマリーの礼に倣い、自己紹介を行う。

 レオンは挨拶を交わす二人を見ながら、やはり全てを説明すべきだと考える。

 もとより有耶無耶にするつもりは無かった、とはいえ言い出し辛かった事も事実だ。その中で敢て空気を読まず、無邪気を装い声を上げる事で、この機を設けてくれたエリーゼの計らいがありがたい。

 レオンは、二人の方へ向き直ると静かに告げた。


「シャルル、エリーゼ。今回の件……二人には詳しい経緯を話しておくべきだと思う。二人にとって、嫌な話になるかも知れないが……」


「俺は構わない、何も解らないまま放置されるよりは良い」


「私もダミアン卿と同じでございます。ご主人様、お聞かせ下さいませ」


 二人の様子にレオンは軽く頷くと、おもむろに立ち上がる。

 そして部屋の隅に据え置かれた書類棚から、一通の封書を取り出す。


 それはベネックス所長より、エリーゼのエメロード・タブレットと共に託された、レオンの父親・マルセルからの手紙だった。

 レオンは封書から便箋を取り出すと開いて並べ、内容を二人の前へ示しつつ、事の発端から順を追って話し始める。


 ピグマリオンとして権勢を振るう父の話。

 マルブランシュ家が覚醒状態のエメロード・タブレットを隠匿していた事。

 更に、そこに刻まれた高度な技術を、独占し続けていた事。

 そのタブレットがエリーゼである事。

 レオンをピグマリオンとすべく、父が非常識な手段を講じていた事。

 シュミット商会を介し、衆光会に所属するシャルルとアーデルツを唆し、グランギニョールへ参加させた事。

 そして損壊したアーデルツの身体に、ベネックス所長より手渡された、エリーゼのタブレットを接続した事。

 

「……アーデルツのタブレットは完全に損壊していたが、シャルルが助命を嘆願して、条件戦を止めてくれたおかげで、身体の損壊修復は比較的容易だった。完全練成じゃないから、早期の身体移植も可能だったんだ。ただ、先述の通り、エリーゼの身体は専用に練成した物じゃない、もし身体に違和感を覚えたなら教えて欲しい、すぐに対処する……」


「ありがとうございます、ご主人様」


 レオンの話を聞き終えたエリーゼは、軽く頷きつつ返答する。

 シャルルは、ため息と共にソファへ身体を預けた。

 その表情は暗く、苦い物に満ちていた。

 やがて低い声で呟く様に言った。


「……正直、混乱の極みだ。信じられないし……アデリーの事を思えば信じたくない……そこまでするのかという思いもある。しかしそれを事実だとする証拠がこの子か……。何れにせよ、覚醒状態のタブレットを放置する行いは、グランマリーの倫理規定に照らして考えても重罪だ。しかし相手があの、アデプト・ピグマリオンとして名高い、マルセル・マルブランシュとなると、訴え出たところで司法がまともに機能するかどうか……」


 正論だった。

 何より、父がこのタブレットを隠匿していたという、確たる証拠が無い。

 レオン宛の封書が在るものの公文書などでは無く、偽造も容易なただの手紙である事を考えれば、決定的な証拠とはならないだろう。


 あの手紙の文章は、均一な線を引く為の製図用ペンを用いた上、酷く崩した斜体で書かれていた。

 つまり、手紙を証拠として提出される可能性を考慮していた、という事だ。

 むしろ、そう悟らせるべくその様にしたと、考えられる。


 そこから考えれば、レオンにタブレットを譲ろうと思い至った時点で、己の地位が揺らぐ様な証拠は残してはいないのだろう。

 それを無視して下手に訴え出たりすれば、最大の証拠であるエリーゼのタブレットを、改めて取り外し提出せよ、などという展開にもなりかねない。


 何より練成機関院、そして教会上層部とも通ずる父であれば、悪質な練成技師が良く使う『叡智探求に伴う止むを得ない措置』などという、安易な逃げ口上が、普通に罷り通ってしまう可能性もある。

 それ程にマルセルは、各方面で支持されている。

 何れにせよ、父を訴える事は難しいだろうとレオンは考えていた。


「現状、父を法的に裁く事は難しい。二人とも……すまない」


「これまでの出来事に、何ひとつ気づかなかった俺もマヌケだったんだ。それにレオン、お前は電話口で俺のやった事を忘れると言った、なら俺も必要な事以外、全てを忘れる。だからもう謝るな」


 謝罪するレオンを制する様に、シャルルは片手を上げてそう告げた。

 シャルルの言い分と気持ちは理解出来る。

 レオンもシャルルからの謝罪が、今となっては心苦しいのだ。 

 シャルルの気持ちを無視して行動した己に咎がある……その想いは消えない。

 ならばシャルルの言う通り、忘れるべきなのだろう。


「――私はご主人様に救われたのでございます。感謝以外の感情などございません、謝罪は不要にございます」


 シャルルの発言に続け、エリーゼも眼を伏せたまま、己が意を示す。

 シャルルは、そんなエリーゼの様子を伺いつつ発言する。


「レオン、まずは当面の事を考えよう……彼女をどうするつもりだ? お前の事を主人と認めている様だが、彼女の生活スペースは確保出来そうか? 確かレオンが今暮らしている孤児院の職員寮は、キッチンとバスルーム以外は寝室しか無い様な部屋だったろう」


 シャルルの指摘通りだった。

 エリーゼのエメロード・タブレットを救う、レオンはそれ以外の事をまったく想定していなかった。先の事など何も考えてはいなかったのだ。

 シャルルは言葉を続ける。


「言い出し難いが……俺の屋敷で彼女を預かる事も可能だ。着る物にしても直ぐに用意出来る……サイズはまったく同じというか、その……身体はアーデルツのまま、なのだろう?」


 シャルルが言い澱んだのは、アーデルツの件に加えて、オートマータたるエリーゼを慮っての事だ。己の精神を他人の身体に移される……その心境を推し測ろうにも、不穏な事しか想像出来ない。しかしそれでもシャルルは現実問題を優先し、エリーゼを受け入れた場合でもすぐに生活が出来る事、そして受け入れ準備の必要も無いという事実を伝えたのだ。

 その意見を聞いたエリーゼは、控えめに発言した。


「ダミアン卿のご厚意、痛み入ります。ですが私はダミアン卿の許で暮らす事に、一抹の不安を覚えるのでございます。それは卿に対しての不安では無く、ご主人様のお父上に対して……でございます」


「どういう事だ? エリーゼ」


 エリーゼの真意を、レオンは問い質す。

 エリーゼは小さく頷くと、静かに答える。


「先程のお話、そしてこの手紙の内容……ご主人様のお父上は、ご主人様をピグマリオンにする為ならば、どれ程に時間が掛かろうが、何があろうが、必ず成し遂げようとする……その様な方なのだと理解致しました」


 エリーゼはマルセルの手紙に視線を落としたまま、滔々と言葉を紡ぐ。


「ご主人様がダミアン卿に恃んで隠遁させたオートマータを、取引と立場と詐術を以って、戦いの場へと無理に引き摺り出し、抜き差しならぬ所まで戦わせ、ご主人様が自ら修理せざるを得ない状況を作り出す、その上で私のエメロード・タブレットを以ってご主人様を試す。ダミアン卿と、ご主人様の性格を想定した上で、この流れを作る妄執……無視出来るものではございません」


「妄執……」


 その言葉に内包される不吉さを確かめる様に、シャルルは小さく呟く。


「お父上の悲願は、ご主人様をピグマリオンとする事。つまり未だ目的は達せられておらず、更に手を打って来る可能性が高いと考えます。お父上は、タブレット状態の私を、ご主人様が必ず再生すると読んだのでしょう……ならば次は、私を用いてのグランギニョール参加を促すべく、策を弄するでしょう」


 有り得る話だとレオンは思う。

 父の性格を考えれば、これでこの一件が終わるとは思えない。

 エリーゼは更に続ける。


「……先のグランギニョールでダミアン卿は、ご主人様が練成されたオートマータの助命を嘆願されたとの事。国が主催するグランギニョール、これが宗教行事である以上、表面上とはいえ、グランマリーを強く支持する姿勢を見せている多くの貴族から、反感を買った可能性があります」


「……」


「その様な状態で、ご主人様のお父上が、ダミアン卿に何らかの揺さ振りを仕掛けた場合、卿の家名に傷がつく……或いは、それだけでは済まない可能性も考えられるのでは無いでしょうか……」


「それは……」


 シャルルは口篭った。 

 エリーゼは、凡そ正確に状況を把握していた。

 貴族でありながら衆光会という大衆寄りの政治団体に属し、団体で保有していたコッペリアも戦闘用では無かったという事実から、シャルルの貴族社会に於ける立場を推察したのだろう。

 そしてその考えは、あながち間違っているとも言えない。


 シャルルは良き領主として己が領民を庇護し、彼らから支持される貴族ではあるものの、先祖代々、その領地と地位を受け継いで来たわけでは無い。

 父親の商業的成功と、教会へ対する多額の寄付が国王に認められ、跡を継げる者がいなかった爵位を引き継ぐ形で領主となったのだ。


 元より、衆光会に属するシャルルは、他の貴族から苦々しく思われており、その地位も国王より譲り受けたものである以上、領主たる貴族に相応しくない行動を繰り返しているとの批判が高まれば、領地没収と地位剥奪に至る恐れがある。


 レオンの知るあの父親ならば、貴族として不味い立場に或るシャルルを、更に追い込む可能性も十分に考えられた。

 その上で、次はエリーゼをグランギニョールへ引き摺り出す。

 それは何としても避けたい。

 とはいえ。


「しかし、具体的にエリーゼの生活環境について考えると……」


 レオンは苦い表情で口を挟む。

 他にエリーゼを受け入れてくれそうな所など思い浮かばない。

 無理を言えば、ヴェネックス所長が引き受けてくれるかも知れない。

 だが、そこまで頼ってしまって良いものか。

 管理埋葬を頼むのとは、ワケが違う。

 悩むレオンの隣りに座るエリーゼは、手にしたカップの林檎酒を一口飲むと、改めて口を開いた。


「先程、ダミアン卿とご主人様との会話の中で、孤児院の話が出て参りました。ご主人様の勤め先かと考えたのですが、如何でしょう? でしたら……」


 そう言ってエリーゼは、控えめな笑みを浮かべた。

◆登場人物紹介

・レオン=町医者として働く練成技師。オートマータ『アーデルツ』の制作者。

・エリーゼ=三〇年間、タブレットの状態で放置され続けたオートマータ。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。レオンよりアーデルツを預かっていた。


・マルセル・マルブランシュ=レオンの父にしてグランマリー教会の信頼も篤い天才練成技師。シャルルを騙し、アーデルツを損壊に追い込み、レオンにエリーゼのタブレットを送りつけた。

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