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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六八話 慮外

・前回までのあらすじ

強敵・マグノリアに全ての攻撃を回避され、距離を詰められては攻撃を受け、逃げ場を失ってゆくエリーゼ。ついには闘技場と観覧席を区切る外壁、その際にまで追いつめられるのだった。

 エリーゼは闘技場と観覧席を隔てる外壁の際にまで後退し、片膝を着いている。

 白銀の『強化外殻』に包まれた右の腕も、下方へ垂れたまま動かない。

 マグノリアの針による攻撃を受け、左脚と右腕の機能を奪われているのだ。

 加えて白いドレスを纏う小さな身体は、幾つもの擦過創に塗れている。

 それでもエリーゼは左腕を振るい、自身の周囲に四つの光球を漂わせる。

 特殊ワイヤーにて操作され、高速旋回を以て滞空する四本のスローイング・ダガーだ。

 しかしワイヤーを操る左腕も負傷しており、紅色の濃縮エーテルが染み出している。

 ククリナイフによる一撃にて『強化外殻』ごと斬り込まれた為だ。

 満身創痍であり敗色濃厚――そう形容するしかない状況だった。


 対するマグノリアは全くの無傷だ。

 黒い修道服の裾をなびかせては、一〇メートルの距離を悠々歩いて近づく。

 右手には攻撃箇所の『神経節』にダメージを与え、動きを縛る事が可能な長針。

 左手には重く分厚く切れ味鋭い鉈の如き刃の有したククリナイフ。

 鈍く光る黒曜石を思わせる瞳が、傷つき膝を着いたエリーゼの姿を映している。

 その視線は刺す様に鋭く、一切の迷いが無い。

 ゆっくりと前進する黒衣の速度は一定であり、澱み無い。

 あらゆる攻撃に対する備えを完全に終えている様で、一片の隙も無い。

 必殺の気配を全身に漲らせていた。


 近づくマグノリアの姿を見据えたまま、エリーゼは左腕にてダガーを操作する。

 銀色に煌めきながら、四つの光球は空中にて揺れる。

 こちらから攻めるのか、あるいは迎撃するのか。


 互いの距離が七メートルに達した時。

 銀色の閃光が闘技場の外壁に沿って奔った。

 エリーゼがワイヤー付きのダガーを放ったのだ。

 直後、外壁に沿ってエリーゼの身体が跳ね上がる。

 外壁に連なる石材の隙間を、ワイヤーフックで捉えての牽引跳躍だ。


「……逃さんっ」


 同時にマグノリアも疾駆した。

 このまま見過ごす筈も無い、当然の追撃だ。

 エリーゼは壁伝いに跳躍を繰り返し、着地する事無く横へ横へと移動する。

 その移動は軽快であり素早い――が、マグノリアの疾駆に勝る事は無い。

 瞬く間に二人の距離が詰まる。


「……っ」


 眼前に迫るエリーゼの白い姿を睨みながら、マグノリアは再び思考する。 

 距離が詰まれば、間違い無く自分が有利となる。

 観覧席に逃げ込む事は出来ない、闘技場からの逃亡は反則であり敗北だ。

 ならば、なぜエリーゼは退路の無い壁際まで後退したのか。

 

 何も考えずに後退を重ね、切羽詰まっているとは考えにくい。

 壁伝いに移動し、腕を振るうエリーゼは、そういう表情をしていない。

 つまり、何らかの策があるという事か。

 状況を一変させ得る様な策で無くとも、少なくとも反撃の足掛かりとなる様な策が。


「……っ!!」


 マグノリアは左手のククリナイフを構えつつ更に加速し、そして気づく。

 戦闘中にワイヤーが切れ、放棄されたダガーが周囲に幾つも転がっているのだ。 

 それなりに離れた場所にではあるが、数にして六本。

 これを密かに回収し、不意打ちという形で使用する事も出来るだろう。

 移動しながらワイヤーを伸ばし、背後から不意を打つ――そういう使い方が可能だ。

 エリーゼの手元に残るダガーは一〇本、それらを全て使い切ったと油断を誘い、そこから放棄された六本のダガーを用いて反撃に出る、そんな手段も在り得る。


 そういった策か。

 とはいえその可能性に気づいた以上、もはやダガーによる不意打ちは成立しない。

 反撃の糸口など掴ませる事無く、このまま圧し切る。


 エリーゼは逃れようと跳躍を続ける。

 転がるダガーを効率良く、フック付きワイヤーで回収出来る位置にまで移動するつもりか。

 だが、それを許すマグノリアでは無い。

 遂に追いつき、エリーゼをククリナイフの射程に捉える。

 一切逡巡無く、重く鋭い刃が風を切り裂き閃いた。


「はァッ!」


 狙うは壁に沿って移動するエリーゼの右脚だ。

 恐るべき神速の一閃――だがエリーゼは、これを辛うじて回避する。

 背中に装備した『ドライツェン・エイワズ』よりワイヤーを下方へ飛ばし、床の石板を捉えると牽引、加速しながらに落下しつつ身体を捻ったのだ。

 しかし完全な回避とはならず、腰から脇腹に掛けて一筋、鮮やかな紅色が飛び散った。


「しィッ……!」

 

 マグノリアは追撃すべく、右手の長針を突き出そうとする。

 ――が、その攻撃を停止する。次いで長針が放棄される。

 そして次の瞬間、自由となったマグノリアの右手はダガーを鷲掴みにしていた。

 マグノリアの足元へ逃れたエリーゼが、大腿部に巻かれたベルトからダガーを抜き出し、投擲した物だった。

 その一撃を、マグノリアはあっさりと掴み取っていた。


「ふンッ……」


 攻撃の瞬間にすら隙が無い。

 完璧な『見切り』。

 予知能力に近い『先読み』。

 『経験則』に裏打ちされた絶対防御。

 これを崩し得るコッペリアなど、もはや存在するとは思えない。


「しィいいいッ!!」


 床へ逃れたエリーゼを追撃すべくマグノリアは踏み込みざま、身体を低く沈み込ませる。

 そこから薙ぎ払う様にククリナイフを振るった。

 迫り来る白刃をエリーゼは、またもやフック付きワイヤーによる牽引にて回避する。

 ただ、これも僅かに間に合わず、白磁を思わせる艶やかな頬に傷が一筋刻まれる。

 構う事無くエリーゼは、二度、三度と『ドライツェン・エイワズ』に備わる小型の金属アームからワイヤーを繰り出しつつ右脚一本で跳躍、壁に沿って後退し、マグノリアから距離を取ろうとする。


「はァああああッ!!」


 マグノリアは距離を取る事を許さず、刃を振るいながらに追い詰める。

 振るわれた刃が、ドレスを纏うエリーゼの胸元を切り裂く。

 背筋を掠めて紅色を描く。

 更には右手に掴んだままのスローイング・ダガーを用いて刺突する。

 エリーゼの首筋に危険な傷が刻まれる。

 もはやここから逆転の手段があるとは思えない。

 エリーゼの纏う白いドレスが、紅色に染まるほどの劣勢だ。


 ただ、この状況にマグノリアは既視感を覚えていた。

 純白のドレスが、紅色に染まるほど追い込まれ。

 あと一押しで勝てると、仕合う相手は仕留めに掛かり。

 そこから逆転するというエリーゼの――『エリス』の仕合を四度観た。

 

 ――ならば、この状況はどうだ。

 過去に観た『エリス』の仕合、あの再現では無いのか。


 否。

 否であると感じる。

 『エリス』は明確に弱体化している、それは間違い無い。

 加えて左脚と右腕が使えぬという現実、これは覆らない。

 ここからどう反撃に出るのか。

 

 私の精神は張り詰めている。

 神経は研ぎ澄まされている。

 そして『エリス』の手口は把握している。 

 何か策があったとしても、この『死地』を完全に脱する事など出来よう筈も無い。

 むしろ今の様な迷いが、精神的な死角を生み、判断を誤らせる可能性に繋がる。

 ここで決めるべきだ。 


 迅速に、圧倒的に、一気呵成にマグノリアは攻め立てる。

 全身を躍動させながら刃を閃かせる、ダガーにて突き込む。

 エリーゼは身を捩り、捻り、それでも被弾を重ねながら、逃れる。

 右へ、左へ、ワイヤーでの牽引に跳躍を併せ、無理矢理に逃れ続ける。

 超近距離故に反撃の余裕すら無い。

 その上、片脚と片腕が機能していない。

 もう、どうする事も出来ない。

 逆転する事など、絶対に不可能――


 不意にエリーゼが、鋭く叫んだ。


「シスター・カトリーヌッ! ご主人様ッ! 危険ですッ!」


「……ッ!?」


 その声を聞いた直後。

 ガシャンッ……と、衝撃的な金属音が響いた。

 エリーゼが鉄柵に身体をぶつけたのだ。

 鉄柵――闘技場と『待機スペース』を隔てる鉄柵だ。


 マグノリアは視界の隅に、黒いラウンジスーツ姿の青年を捉える。

 更にその後ろ――『待機スペース』の奥で、ベンチから立ち上がる濃紺の修道服。


「エリーゼッ? ……エリーゼッ!?」


「……ッ!!」


 シスター・カトリーヌが、大きな眼に涙を浮かべ、悲痛な声を上げた。

 その瞬間をマグノリアの眼は、はっきりと捉えていた。


 刹那――エリーゼは鉄柵を離れ、闘技場側へと大きく跳躍する。

 跳躍しながら『強化外殻』に包まれた両腕を、左右に大きく広げた。

 左腕が踊る。

 更には、動かぬはずの右腕も踊る。

 指先まで流麗に、しなやかに踊る。

 同時に複数の風切り音が響き、幾筋ものワイヤーが空間を疾走り抜けてゆく。


「……ッ!?」


 マグノリアは動揺を噛み殺しつつ態勢を整え、首を巡らせる。

 見据えた先には床の上にて片膝を着く、血塗れのエリーゼ。

 濡れ光るピジョンブラッドの瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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