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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六五話 交錯

・前回までのあらすじ

『縮地』の技を使用し、エリーゼの左脚――その足首から先の動きを封じたマグノリア。対するエリーゼは八本のダガーを用いてカウンターを取ろうとする。しかしマグノリアは『縮地』で示した速度を更に上回る加速を見せ、エリーゼの懐へ飛び込んだ。

 初動の踏み込みにて最速を叩き出すマグノリアの技――『縮地』。

 しかしマグノリアは『縮地』の最高速を偽り、更なる急加速にて一気に距離を詰める。

 それは『縮地』に対応すべく放たれた八本のダガーでは、追い切れない速度だった。

 二段階の加速は、エリーゼの想定を超えていたという事か。

 もはや抜き差しならぬ距離にまで、長針を構えたマグノリアが迫っていた。


「しィイイイイッ……!」


 鋭い呼気と共に、烈風の勢いで針が突き出される。

 狙いは右脚――ロングソードの柄頭を爪先に捉えた右脚だ。 

 回避不能か、そうとしか思えぬギリギリの状況。

 ――が、次の瞬間。

 エリーゼは驚異的な柔軟性で、上体を大きく仰け反らせていた。


「ふッ……!」


 足指に捉えたロングソードごと後方へと倒れ込んでゆく。

 いや、倒れ込んでいるのでは無い。

 上体を仰け反らせ、そのまま背面へと回転したのだ。

 同時に白々と光る刀身が、空間に鮮烈な弧を描き上げる。

 超至近距離より放たれる、全身のバネを駆使した逆風斬りだ。

 マグノリアが放った『縮地』からの加速に対する、強烈なカウンターだった。


 寸前で的を外したマグノリアの上体は流れ、前傾している。

 針を携えた右腕を突き出している。

 その腕に向かって、ロングソードの刃が跳ね上がる。

 その腕を切断せんと、エリーゼの一撃が跳ね上がる。


「っ……!!」


 耳を劈く音が響き、火花が四方に飛び散った。

 マグノリアの右腕を切断したのでは無い。

 下から斬り上げられたロングソードの刃が、あろう事か止められたのだ。


 刃を止めたのはマグノリアの左手に握られた、ククリナイフだった。

 ククリナイフがエリーゼの一閃を、上から抑え込んでいる。

 そのままマグノリアは刃を横に流しつつ、絶妙のタイミングで手首を返した。

 更に全力で腕を振るうと、エリーゼのロングソードを彼方へと弾き飛ばしてしまった。


 本来であれば、いかなマグノリアといえど、エリーゼが放った渾身の逆風を、左腕一本で完璧に防ぎ切る事など、ましてや弾いて飛ばす事など、出来なかっただろう。

 しかしこの一撃を放つロングソードは、右足指のみで支えられていた。

 エリーゼは左足指の機能を奪われ、万全の状態で剣の柄を保持する事が出来なかった。

 故に斬撃の威力は半減、容易くマグノリアに弾かれてしまったのだ。


「しゃあああッ!!」


 必殺の一閃を防がれた上、ロングソードも失ったエリーゼは無防備な状態に陥る。

 基より全身を反らしながら足指にて刃を振るうという、姿勢制御の難しい斬撃だ。

 別に武装があったとしても、二の太刀を繰り出す事は難しい。

 対するマグノリアもロングソードを弾いた為、上体は流れている。

 左手のククリナイフを振るう事も難しい。

 だが、右手に握られている今ひとつの武装は『針』だ、突き込むだけで事足りる。

 不十分な姿勢であっても、腕さえ精妙に動けば良いのだ。


「はァアアアッ!」


 容赦の欠片も無く、マグノリアは針を打ち下ろす。

 狙うはエリーゼの白い首筋か。

 当のエリーゼは起死回生の斬撃を回避され、床の上にて伏せている。

 もはや成す術は無いのか。


 否。

 針の一撃にて勝負が決する、その直前。

 エリーゼは伏した状態で床を蹴るとマグノリアの足元へ滑り込み、回避を試みたのだ。


 マグノリアに詰め寄られ、ロングソードにて逆風でカウンターを取った際。

 エリーゼは既にダガーの操作を半ば放棄していた。

 全身のバネを用いた必殺の逆風だったが、片脚が使えず姿勢制御に問題が生じていた。

 故にダガーでの追撃を諦めたが、次善の策として自由となった数本のフック付きワイヤーを操作、床に敷き詰められた石板の縁を捉え、距離を取るべく自身の身体を牽引したのだった。


 マグノリアは前方へ体重が掛かっている為、足元へ逃れるエリーゼを追い切れない。

 疾風の如き一突きを放ったマグノリアは、敢然と振り返る。

 そこへ飛び込んで来たのは、先の攻防で制御不能となっていたダガー群だ。

 数にして四本。

 マグノリア目掛け、真っ直ぐに襲い掛かる。

 

「ふんっ……」


 とはいえ精彩を欠いた攻撃だ。

 エリーゼが安全圏に逃れるまでの時間稼ぎ――苦し紛れと言い換えても良い。

 マグノリアはククリナイフを無造作に振るうと、立て続けにダガーを叩き落す。

 その間にエリーゼは、二度、三度とワイヤーを切り替えつつ、大きく距離を取った。


 「……」


 マグノリアから一五メートルほど離れた位置にて、エリーゼはゆっくりと顔を上げる。

 左脚の足首から先が動かない為か、片膝を着いたままの姿勢だ。

 それでもエリーゼは一切の動揺を表情に浮かべる事無く、左腕を躍らせた。

 周囲に四つの光球が浮かび上がる――高速旋回するスローイング・ダガーだ。

 改めて攻防に備えたというところか。

 

 ――ただし。

 その姿には、明確な異変が生じていた。

 右腕だ。

 エリーゼの右腕が、下方へ垂れ下がったままだ。

 正確には、右腕の肘から指先までが動いていない。

 マグノリアは、エリーゼの右腕をも封じたのだ。


 エリーゼが回避を選択し、交錯した瞬間。

 首筋を狙うマグノリアの針を防ぐように、エリーゼはそこへ右腕を翳していた。

 ――が、それこそがマグノリアの狙いだった。

 真の狙いは首筋では無く、その部位を防御するであろう腕。


 だからこそ、一瞬のタイミングで正確に針を打ち込む事が出来たのだ。

 

「――『強化外殻』で腕を覆ったとしても、関節部には避けようも無く隙がある」


 低く呟きながら、マグノリアは歩き始める。

 黒い修道服を纏う姿に乱れは無い。

 未だ、僅かほどのダメージも受けてはいないのだ。


「左脚に続いて右腕。もはや挽回は覚つかん筈だ――」


 黒い瞳にエリーゼを映したまま、マグノリアは言葉を続ける。

 

「――それでも貴様は敗北を認めまい。しかし介添え人達は違うかも知れん」


 石床の上を歩く歩調が、次第に速くなってゆく。

 修道服の裾が翻る。 


「ならば敗北宣言が成される前に――」


 そう呟くや否や、漆黒の姿が空間に融け、長く帯を引いた。

 足元の石板を砕きながらに放たれる全力の『縮地』――速攻だ。

 エリーゼは左脚と右腕の機能を失い、回避能力と攻撃能力が大幅に削がれている。

 だからこその積極的な速攻は、必殺の意思に彩られていた。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属の強力なオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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