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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六四話 加速

・前回までのあらすじ

ダガーによる攻撃を見切ったマグノリアはエリーゼの左脚を長針にて攻撃、その足首から先の感覚を奪う事に成功する。左脚に重大な問題を抱えたエリーゼだがそれでも戦闘を続行すべくワイヤーを繰り出す。マグノリアは過去に目撃したオートマータ『エリス』こそがエリーゼの前身であると確信しており、エリーゼが繰り出す技の本質を見抜いている為、仕合を有利に進めるのだった。

 闘技場を取り囲む、すり鉢状の観覧席が沸騰していた。

 派手に着飾った貴族達が延々と連なり、歓声と共に拳を突き上げていた。

 至強のコッペリア同士が刃を交える姿に、熱狂と興奮を隠す事など出来ない。

 皆、思うが儘に声を張り上げ、血と暴力の宴に俗悪な華を添えていた。


 血風吹き荒ぶ闘技場の入場門脇に設けられた『待機スペース』。

 介添え人として仕合を見守るレオンは、右義肢に仕込んだ『知覚共鳴処理回路』を起動、自身の『脳』と『神経』を利用し、エリーゼの『神経網』を過負荷から保護していた。

 そして『知覚共鳴処理回路』を起動した状態のレオンは、エリーゼの身体状況を『ある程度』認識する事が出来る。


 故に、エリーゼの『左脚』に発生した異変にも、真っ先に気づいていた。

 左脚の、足首から爪先までの感覚が消失しているのでは無いか――そう感じた。

 レオン自身の脚に問題が発生している訳では無い。

 しかし違和感として確実に伝わって来る。

 程無くしてレオンの背後でベンチに座り『小型差分解析機』にて『知覚共鳴処理回路』の制御を行っているカトリーヌも、出力されたデータを通じてレオンとエリーゼの身に、何らかの問題が発生しているのだと気づく。


「……レオン先生?」


 不安げな面持ちのカトリーヌが、レオンの背に声を掛ける。

 レオンは闘技場を見つめたまま応じた。


「僕は大丈夫だ。エリーゼの様子にも、今のところ大きな変化は無い……」


 その言葉が的を射て無い事は、レオンも良く理解している。

 ただ、仕合を行っているエリーゼが平静を装っているのだ。

 周囲に異変を悟らせぬ様、振る舞っているのかも知れない。

 そこには何らかの意図があるのだろう。

 ならばエリーゼと繋がる自分も、平静を装うしか無い。

 胸の裡から湧き上がる不安を飲み込みながら、レオンは仕合の行方を見守った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 鋭い切っ先を下に逆立つロングソードの上、エリーゼは起立している。

 小さな身体を包む純白のドレスをなびかせては、両腕を躍らせている。

 背中に装備した円盤状の特殊武装『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出された、八本のワイヤーを操作しているのだ。

 微かな風切り音が響く中、周囲に浮遊する半透明の光球は八つ。

 八本のスローイング・ダガーが宙を舞っており、これは『ドライツェン・エイワズ』が紡げるワイヤーの最大数と同数、攻撃に比重を置いた状態と言えた。


 マグノリアに痛打され、火力に重きを置く事で巻き返しを図っているのか。

 もしくは大幅に手数を増やし、接近を許さないという構えか。


 しかし、先の攻撃で負ったダメージ――左足首より先が動かない状況は深刻だ。

 エリーゼは足場であるロングソードの柄頭を、右足指のみで捉えている。

 これで自在に動く事が可能なのか。

 或いは自在に動けぬという理由で、攻撃に偏重したという事か。


 マグノリアは左右の手に異なる得物を携えた仁王立ちだ。

 右手に長針。

 左手にククリナイフ。

 見据えるは一〇メートル先、ダガーを乱舞させつつ待ち構えるエリーゼだ。


 マグノリアの視線が、エリーゼの左脚に注がれる。

 左足首から先が、下方にだらりと垂れ下がる有様を確認している。

 ロングソードを捉える足指が、右足のみとなっている。


 長針にてエリーゼの左脹脛にある『神経節』を突いた。

 それも、後の回復を想定する事無く突き込んだ。

 この仕合中は間違い無く動くまい、マグノリアはそう思う。

 少なくとも傷ついた『神経網』を再錬成するまでは、機能回復すまい。


 肉体を駆使した闘争に於いて片脚の機能を損なうという状況は、半ば勝負が決したと言っても過言では無い。攻撃するにせよ、回避するにせよ、片脚のデメリットは重過ぎる。

 これが尋常の仕合であるなら、この場で敗北宣言が成されても不思議では無い。

 だが、今対峙している『エリス』――エリーゼが、敗北宣言を行うとは思えない。

 関わりのある孤児院の負債を返済すべく戦っているから――では無い。


 『エリス』は三〇年前、仕合の最中に何度も血塗れで微笑んでいた。

 自身の傷口から溢れ出した血に塗れ、仕合を愉しみ微笑んでいたのだ。

 そんな存在が、有利不利如きで仕合を放棄するわけが無い。 


 恐らく『エリス』は自身の瀬戸際に、命の弦の限界に、闘争の本質を見ていた。

 だからこそ、血に塗れるまで被弾を重ね、相手の隙を伺う仕合を繰り返したのだ。

 他にも方法はあった筈だ、にも関わらず詐術を用いて被弾する事で、強制的に相手の隙を誘う。

 そんな勝ち方に拘る理由があったのか。

 自ら危険な状況に足を踏み入れる様な理由が。

 どんな理由があったにせよ、そんな戦闘を繰り返すなど狂気の沙汰だ。


 狂気を繰り返し、狂気に微笑む。

 狂気こそが『エリス』の本質であると、マグノリアはそう認識していた。

 

 左脚の機能を半ば奪われ、それでもエリーゼは完全な平静を保っている。

 その表情に、焦りや恐怖など僅かほども浮かばない。

 敢えて攻撃を受けた――そんな風に読み解く事も出来る。

 或いは、そう誤認させる事が狙いか。

 微笑みは無くとも見事なブラフだ。


 先の攻防にしても、至近距離に飛び込んだ際、ロングソードを逆風に斬り上げられていたなら、或いは甚大なダメージを被っていた可能性もある。

 しかしエリーゼは、ダガー二本による消極的な反撃を選択した。

 その意味を考えるならば。

 事前の言葉通り『シスター・カトリーヌ』を慮り、不殺の決着を望んでいるのか。

 或いはその言葉をブラフとし、そのブラフを補強する意味の演技であるのか。

 そういった迷いを、問いを、こちらに投げ掛けて来る。

 なるほどその身に毒を蓄え、囀る言葉に毒を滲ませる墓場鳥とは良く言ったものだ。


「征くぞ……」


 マグノリアは自身の思考を断ち切る様に低く呟き、ゆっくりと歩き始める。

 得物を握る両手を下方へ垂らし、顎を引き、真っ直ぐに歩を進める。

 無防備とも思える接近だが、実際には一点の隙も無い。

 全てに対応出来る、完全な構えとしての自然体だ。


 対するエリーゼは、すぐにでも迎撃可能な状態にある。

 足元に抜き身のロングソード、周囲には八本ものスローイング・ダガーが浮遊する。

 先の攻防でマグノリアは『縮地』の技を用いて、六メートルの距離を一気に詰めた。

 その際、エリーゼが放ったダガー四本を、掠らせもしなかった。

 つまり『縮地』に対応すべく、エリーゼは使用するダガーを倍に増やしたという事か。

 八本のダガーにて、距離を詰められる前に迎え撃つ――そういう算段か。


 ――と、その瞬間は不意に訪れた。

 マグノリアが歩を進め、互いの距離が八メートルに達した時。

 その身に纏う黒い修道服が滲み溶け出し、後方へと帯を引いて流れた。

 強烈な加速による残像――『縮地』による圧倒的な踏み込みだ。


「ふンッ……」


「……っ」


 同時に、エリーゼの操作する八つの光球が煌めく流星となり、撃ち出されていた。

 否、そうでは無い。

 エリーゼの攻撃に、マグノリアが再び完璧なタイミングでカウンターを合わせたのだ。

 攻撃の『起こり』はエリーゼが先でも『踏み込み』はマグノリアが勝っていた。

 そういうタイミングなのだ。


 マグノリアはエリーゼが放つスローイング・ダガーの特性を、既に見切っている。

 フック付きワイヤーによる射出は、ごく僅かではあるがタイムロスが発生する。

 また、複数の角度から同時に攻撃を行う際には、更にタイムロスが大きな物となる。

 その隙を突く形で、マグノリアは『縮地』を用いてカウンターを取る。

 結果、瞬間的に距離を詰めるマグノリアを、エリーゼのダガーは捉え切れないのだ。


 低く、速く、地表を滑るが如く大胆に。

 得物を携えた両腕を眼前にクロスした状態で、深く踏み込む。

 必要最小限の防御という事か。

 黒く霞む修道服を、ワイヤーに誘導されたダガーが追い切れていない。

 瞬く間に距離が詰まる。


 しかし先の攻防と違い、今回は二メートルほど間合いが遠い。

 一気に懐へ飛び込むには、僅かに至らぬ距離だ。

 これをエリーゼは想定したのか。

 何れにせよ八本に増やしたダガーで、全く同じ攻撃を繰り返す愚は犯さなかった。


 マグノリアに向かって放たれたダガーは四本、この四本は先の攻撃と変わらない。

 空間に弧を描きつつ、四方向から襲い掛からんと風を切って飛来する。

 だがこの四本は、マグノリアに回避される可能性を考慮した攻撃だろう。

 本命は恐らく残りの四本。

 先の四本と同じタイミングで放ちつつも、実際には僅かに射出速度が違う。

 つまりは時間差攻撃――『縮地』を用いたマグノリアのカウンターに対し、エリーゼは時間差にてカウンターを取り返そうとしたのだ。


 『縮地』は圧倒的加速を可能とする反面、急激な方向転換が難しい。

 時間差による攻撃は、単純な対応と思えども効果は覿面と言えた。

 

 エリーゼまでの距離は残り三メートル。

 疾駆するマグノリアの腹部と脚を狙うダガーが四本、左右から唸りを上げて迫る。

 一度目と違い、エリーゼにしてみれば射程に若干の余裕がある。

 ククリナイフでの防御に際しては、ダガーの軌道を寸前に操作する事も可能だ。

 更に、先に放ったダガー四本も方向を空中で転換し、マグノリアの背後を脅かす。


 前方から迫る四本の対応を誤れば、背後からの攻撃に追いつかれる。

 そうなればカウンターは成立しない、守勢に回らざるを得ない。

 如何にこれを回避するのか。

 或いはエリーゼに加撃する事が出来るのか。


「……はァッ!!」


 その時。

 マグノリアの足元に敷かれた闘技場の石板が爆ぜて砕け、後方に飛び散った。

 次いで帯を引いて霞む漆黒の修道服が、煙の如くに消えて失せた。

 ごう、という、危険な音が響く。


 答えは『更なる加速』だった。

 『縮地』とは、初動にて最高速を獲得し、相手の懐へ飛び込む技だ。

 前方へ倒れ込みざまに激しく踏み込み、更に足指を用いて急加速する。

 だがマグノリアは『縮地』に於ける最初の加速で、全力を出してはいなかったのだ。

 二の矢を――更なる加速の脚を残していた。


 そう、最初の『縮地』を回避された場合に備えていた。

 『縮地』によるカウンター攻撃は、フェイントに弱い。

 時間差による迎撃を完全に回避し得ない。

 その回避を可能とすべく、マグノリアは二の矢を用意していたのだ。

 二度目の『縮地』にて確実に懐へ飛び込み、必勝する為に。


「……っ」


 マグノリアは、エリーゼが放った八本のダガー全てを置き去りにした。

 眼前に迫るエリーゼの白い姿目掛け、マグノリアは改めて右手の長針を突き出した。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。


・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

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