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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六三話 撃滅

・前回までのあらすじ

マグノリアはエリーゼの放つワイヤー付きダガーによる多角攻撃を完全に見切り、『縮地』にて距離を詰めると一気に攻勢に出る。

 足指に捉えたロングソードの弾力を用いて、エリーゼは後方へ跳躍した。

 疾風の如き踏み込みで眼前に迫るマグノリアから、距離を取ろうとしたのだ。

 しかしエリーゼは跳躍直後、唐突に空中で姿勢を崩す。

 あろう事か強化外殻を装備した右腕に、ワイヤーが絡みついていた。

 そのワイヤーがエリーゼの身体ごと、右腕を強烈に引き絞ったのだ。


 それはマグノリアを迎撃すべく投擲用のダガーに繋ぎ、使用したワイヤーだった。

 細く光るワイヤーは、マグノリアの左腕と繋がっている。

 ククリナイフでエリーゼの攻撃を防いだ際、マグノリアは絡め取っていた。

 そのワイヤーを用いてエリーゼの右腕を拘束、引き寄せる事で姿勢を崩していた。

 それは決定的な隙だった。


「しィイイッ……!」


 鋭い呼気と共に、長針を握るマグノリアの右手が突き出される。

 エリーゼは姿勢を大きく崩しており、回避は難しい状態だ。

 

「ふッ……!」


 刹那。

 エリーゼは崩れた姿勢のまま、左腕を振るう。

 その手に握られているのはスローイング・ダガーだ。

 狙いは自身の右腕――強化外殻に覆われた右腕をダガーで一閃する。

 硬質な音と共に火花が散り、右腕に絡まるワイヤーが切断された。


 同時にエリーゼの身体が、後方へと弾ける様に飛ぶ。

 ロングソードの弾力を用いた跳躍では無い。

 攻防の最中、密かに放った新たなフック付きワイヤーによる牽引だ。

 フックは三メートルほど後方――床に敷かれた石板の隙間を捉えていた。

 これによってエリーゼは、マグノリアから距離を取る事に成功する。


 マグノリアは追撃しなかった。

 冷静に背後から迫るダガー――四本のうち二本を、ククリナイフにて叩き落す。

 残る二本はあらぬ方向へ飛び、床の上に落ちて弾けた。

 エリーゼが右腕をワイヤーにて拘束された際、既に制御を失っていたのだろう。

 

 マグノリアの技量であれば、一気呵成に畳み掛ける事も可能だった筈だ。

 しかしそれをしなかった。

 重大なダメージを与えたという、確信がある為だ。


 マグノリアが放った、右手の長針による刺突。

 その一撃が。

 離脱しようとするエリーゼの左脚――脹脛を捉えていた。


 フック付きワイヤーによる牽引で、エリーゼは後方へ退く。

 更に、足指に捉えたロングソードを足場に後方へ二度回転、移動を重ねる。

 およそ一〇メートルほど離れた位置で、エリーゼは静止した。


 ――が、その直後。

 タイトな白いドレス姿が逆立つロングソードの上で、ぐらりとよろめいた。

 見れば左脚の爪先が、下方へ力無く垂れていた。

 ロングソードを柄頭を捉えているのは、右の足指のみ。

 片脚で身体を支えている。

 マグノリアの針が、エリーゼの左脚――膝から下の機能を奪っていた。


「先の攻防――貴様が足場の太刀を逆風に走らせていたなら、或いは決着も見えた筈だ」


 錆びた声が、低く流れた。

 黒衣と黒髪を揺らしながら、マグノリアは鈍く光る黒い瞳でエリーゼを見据える。


「それが詐術による策であるのか、甘さ故の失策か――私の知る所では無い」


「……」


 エリーゼは口を閉ざしたまま、垂れ下がる左脚を自身の右脚に絡めた。

 次いで白銀の鎧に包まれた左右の腕を、改めて躍らせる。

 風を切る鋭い音が、幾重にも重なり響いた。

 『ドライツェン・エイワズ』より、新たなワイヤーが紡ぎ出されたのだ。

 更に八つの光球が、エリーゼを取り巻く様に浮遊して漂う。

 大腿部のベルトより抜き出された、高速旋回するスローイング・ダガーだ。


「いずれにせよ、その状態に陥った以上は覚悟して然るべきだ」


「――左様でございますか」


 呟きにも似たマグノリアの言葉に、エリーゼが短く応じる。

 その表情、発せられる言葉、語気、それらから精神的な揺らぎは感じ取れない。

 しかしマグノリアは、エリーゼがこれまで通りに戦えていない事実を看破していた。


 全力で仕合うエリーゼの姿は、既に確認済みだ。 

 直近ならば『グレナディ』との死闘。

 それより以前ならば、遡ること三〇年前。

 諜報活動の為に潜伏していた『ウェルバーク公国』に於いて、貴族達が興ずる非合法の決闘ゲーム――『ジングシュピル』に参加する『エリス』の姿を確認していた。


 ◆ ◇ ◆ ◇

 

 オートマータ『エリス』。

 非公式・非合法な存在でありながら『ウェルバーク公国』の貴族社会に於いて、その名は密かに伝わっており、半ば伝説と化していた。

 連戦連勝。常勝無敗。必勝必殺。

 それほどの強さを誇りながら、どこの錬成技師が錬成したのか、はっきりと解らない。

 所有者は商家から勃興した新興貴族であったが、金銭的に折り合いがつけば、他の貴族にも『エリス』を貸し与え、決闘の代理人を務めさせていたと聞く。

 そこに信念の様な物は無く、ただただ『エリス』を決闘ゲームに送り出しては、無為に勝利を重ねる、そういう事を繰り返していたらしい。

 俗である、守銭奴である、そう揶揄されつつも、全てを実力で塗り潰す、何があっても負けぬ――仕合に臨む『エリス』の佇まいが、そう告げていた。


 プラチナに煌めく頭髪。白磁を思わせる艶やかな肌。

 優美な曲線で構成された肢体。純白のドレス。

 凍てつく様な白い美貌に浮かぶ微笑。


 何本ものワイヤーとスローイング・ダガーを自在に操る、異形の武装。

 ロングソードを地に逆立てて、その上に爪先立つという異様な構え。

 そして、相手を惑わす不可解な詐術。


 『ウェルバーク公国』にて『エリス』の仕合を観る機会が、三度あった。

 三度とも『エリス』は、仕合の最中に傷を負っていた。

 致命傷こそ避けてはいたが、白い身体が紅の色に染まるほどの負傷を重ねた。

 対戦相手にしてみれば、あと一歩で勝利出来ると映った事だろう。


 しかし、その負傷にマグノリアは違和感を覚えた。

 或いは――敢えて傷を負っているのでは無いか、その様に感じた。

 紅く染まる『エリス』の姿が、瀬戸際までの距離を見誤らせているのだと。

 つまりこれはブラフ、詐術を用いているのでは無いか。

 

 前代未聞の戦闘スタイルだった。

 その様子を垣間見ながら、マグノリアは想像した。

 仮にあの『エリス』と仕合ったなら。

 私はアレを超える事が出来るのかと。


 ワイヤーを振るい、空中にてダガーを操作し、ロングソードで敵を斬撃する。

 血に塗れながら微笑みを浮かべ、詐術を用いて絶戦の末に完勝する。

 闘争に歓喜を求めているかの様な、そんな姿だった。

 

 闘争に歓喜など無い、死と破滅と断絶のみが闘争だ。

 それがマグノリアの考えだ。

 その様に考えていた自分とは、全く別種の存在なのだと感じた。

 だからこそ、アレと仕合ったなら、勝てるのかと思う。


 あの存在を否定出来るのかと。

 いや――否定せねばならない。

 

 世の安寧を踏み躙る闘争という行為、これを私は完全に否定する。

 闘争戦火に甘い夢想などを抱く輩は、グランマリーの名に於いて徹底的に撃滅する。

 つまり『エリス』は、明確に敵だ。


 もし仮に、アレと仕合う事があったなら。

 万が一にも刃を交え、闘争にて決着せねばならない時が訪れたなら。

 必ず打ち倒さねばならない。

 必ず撃滅せねばならない。


 その為にはどうすべきか。

 どの様に立ち回るべきか。

 千変万化のワイヤーとダガーを捌くにはどうすべきか。

 詐術に惑わされる事無く、完全打倒を目指すなら、どう立ち回るべきか。

 血塗れで闘争を愉しむ『エリス』の姿を思い出しながら、マグノリアは思索を巡らす。

 思索の中で『エリス』を撃滅する為の、シミュレートを積み上げる。

 マグノリアの胸中で、ざわめくものがあった。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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