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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十六章 決闘遊戯
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第一六二話 肉迫

・前回までのあらすじ

エリーゼとマグノリアの仕合が始まる。開始と同時に大きく距離を取ったエリーゼは、マグノリアの出方を伺う様に、ダガー四本で権勢を仕掛ける。対するマグノリアはこれを簡単に往なし、悠々と更なる接近を開始する。

 管弦楽団とスチームオルガンが紡ぎ出す重厚な演奏が、闘技場内の大気を震わせる。

 目許をマスクで隠した青いドレス姿の女が、美麗なソプラノ・ボイスで聖歌を歌い上げる。


 舞い踊るが如くに斬り結び、祈るが如くに血花咲かせよ!

 斬り結びてこそ輝ける魂、我らが神に捧げよ!


 甘美極まる歌声に誘われてか、観覧席に連なる貴族達も揃って声を張り上げる。


 これぞ人が咲かせる叡智の花ぞ!

 この世の悪意に抗う花ぞ!

 我らが聖女・グランマリー、見給えこれぞ聖なる戦ぞ!

 神に捧ぐる兵の舞を観給え、血花咲く様を観給え、御霊の許へ届き給え!


 清と濁の混声合唱が、ソプラノ・ボイスと管弦楽団の演奏に絡みつく。

 糜爛と絢爛が熱を帯びた愉悦を生み、眼前の死闘に腐敗と官能の華を添える。

 仕合う戦乙女達が、そんな華を望むかどうかは関係無い。

 ガラリア・イーサの選民たる貴族達の、今宵の享楽に必要な華だ。

 絶える事無く咲き誇れとばかりに皆で歌う。

 熱と狂気の宴に酔い痴れながら、声の限りに歌い続ける。

 仕合は未だ、始まったばかりだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 黒い修道服と同色のロングヘアを揺らしながら、マグノリアは静かに歩を進める。

 漆黒の瞳は、一〇メートル先のエリーゼを、真っ直ぐに見据えている。

 右手には長さ三〇センチの針。

 左手には刃渡り四五センチのククリナイフ。

 左右それぞれに異なる得物を携え歩き続ける。


 白いドレスを纏うエリーゼは、逆立つロングソードの上に起立している。 

 白銀の鎧に覆われた両腕を緩やかに躍らせ、柄頭の一点を爪先で捉えている。

 信じ難いバランス感覚で静止する純白の姿を彩るのは、半透明に煌めきながらエリーゼの周囲を浮遊する四つの球体だ。

 それらは空中にて高速旋回を続ける四本のスローイング・ダガーであり、特殊武装『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出されたフック付きワイヤーを介し、エリーゼが腕と指先を用いて自在に操作している代物だった。

 歩み寄るマグノリアを牽制する様に、ワイヤーとスローイング・ダガーは風切り音を響かせつつ妖しく揺らぎ、周囲に光を乱反射させる。


 が、そんな牽制などまるで意に介さぬとばかりに、マグノリアの歩みは止まらない。

 無造作としか思えぬ足取りで、躊躇無く距離を詰めて来る。

 先の攻防に、如何ほどの脅威も感じなかったという事か。


 対するエリーゼは未だ動きを見せない。

 白々と光る刃を足場に直立し、『強化外殻』に包まれた両腕を躍らせるのみだ。

 特殊ワイヤーが波打ちながらうねり、四つの光球が上下左右に浮遊する。

 それら交錯するうねりと光の奥から、エリーゼは紅い瞳でマグノリアを見つめている。


 互いの距離が六メートルに達した時。

 エリーゼは弾ける様に左右の腕を振るった。

 空中に留め置いたスローイング・ダガーを、四本同時に解き放ったのだ。

 放たれた四条の光が、驚異的な速度で空間を切り裂く。


「しィッ……!」


 ――と、全くの同時に。

 マグノリアは黒い長身が霞むほどの、強烈な加速を見せていた。


 その踏み込みには、一切の予備動作が無かった。

 微かな行動の予兆すら、感じさせなかった。

 初速が既に最高速であり、最高速のまま距離を詰める――そういった技術だ。

 それはかつて、ナヴゥルと対戦した『コッペリア・メリッサ』が使用した技だ。

 『縮地』と呼ばれる技であった。


 前方へ倒れ込みざまに踏み込む事で挙動を悟らせない、それが『縮地』の基本だ。

 加えてマグノリアはメリッサと同様に、爪先で激しく地を蹴る事で加速力を得ている。

 故に初速からの最速が実現されており、対戦者は著しく距離感を誤認するのだ。


 ただ一つ、メリッサが使用した『縮地』とは大きな違いがある。

 マグノリアはエリーゼの攻撃に対し、完璧なタイミングで『縮地』を使用していた。

 つまり、カウンターを合わせたのだ。


 しかしエリーゼは、四本ものスローイング・ダガーを放っている。

 これにカウンターを合わせるなど、無謀では無いか。

 解き放たれた鋭い切っ先に、正面から突っ込む事になるのでは無いか。


 にも関わらず、次の刹那。

 閃光と化し、マグノリアへ殺到したスローイング・ダガーは、全て的を外したのだ。


 四本のダガーは、黒い修道服を素通りしていた。

 否――素通りでは無い。

 四本とも、ギリギリのところで回避されていた。

 マグノリアが如何に精妙な体術を用いたとして、そんな事が起こり得るのか。


 回避の謎は、エリーゼの攻撃方法に秘められていた。 

 エリーゼのダガーを用いた攻撃は、ワイヤーによる『遠心力』にて成立している。

 ワイヤーを振るう事で発生する『遠心力』が、放つダガーに威力を与えている。

 射出直前、ワイヤーに繋がれたダガーの軌道は、しなる鞭と同じく波打つ形となる。

 変幻自在に軌道を変えるワイヤーを用いたエリーゼの攻撃だが、射出直前には必ず『遠心力』を生み出す為の『しなり』『波打ち』、そうした『溜め』が必須だった。

 『溜め』とはすなわちタイムラグである。

 マグノリアは『しなり』『波打ち』の瞬間を見切り、そこへ『縮地』で飛び込んだのだ。

 もちろん極端に大きな『しなり』や『波打ち』では無い。

 とはいえ四本のダガーは、四方向からの攻撃を意図していた。

 故にワイヤー四本の『しなり』『波打ち』は、直線的な射出より明確なものだった。

 そこにマグノリアの身体能力と正確な見切り、更に『縮地』の技が加味されたのだ。

 何よりマグノリアは、エリーゼの用いる策を、技術を、既に『熟知』していた。

 それら複数の要素が、神懸かり的な回避と極限のカウンターを成立せしめていた。


 前傾姿勢のマグノリアが、黒い影となって疾駆する。

 剣の上に立つエリーゼは、微かに柳眉を顰める。


「……っ」


 状況の悪さが表情となって現れたか。

 とはいえ傍観のまま、対応を放棄する事は有り得ない。

 白銀の鎧に包まれた嫋やかな両腕を躍らせ、飛び交うワイヤーを強く引き絞った。 

 マグノリアを逃した四本のダガーは、空中で急旋回すると黒い修道服の背中を追う。

 同時にエリーゼは、身を屈めながら足元のロングソードを後方へと傾ける。

 全身のバネと刀身の弾力を用いて跳躍、距離を取ろうという事か。 

 

 が、マグノリアは既に目前まで迫っている。

 あと僅かに一歩踏み込めば、刃が届くという距離だ。

 

 エリーゼは後方へ跳躍しながら、左右の腕を激しく振るう。

 背中の『ドライツェン・エイワズ』から新たなワイヤーが二筋、紡ぎ出される。

 そのワイヤーを用いてエリーゼは、大腿部のベルトより追加のダガーを二本抜き出す。

 二条の光が後方から前方へ、弧を描いて疾走した。

 狙いはマグノリアの腹部だ。


 鋭い刃が最短を駆け抜ける。

 突っ込んで来るマグノリアを穿つのに、コンマ一秒も要さないだろう。

 更には背後から迫る四本のダガー。

 マグノリアはどう動くのか。


 何の迷いも無い。

 苦し紛れの攻撃であると断じたか、欠片の躊躇も見せない。

 マグノリアは黒衣を翻し、深く激しく踏み込んだ。 

 そのまま左のククリナイフで、前方を大きく薙ぎ払う。

 小さな火花が二つ弾けた。


「はァッ……!」


「……ッ!!」


 更にマグノリアは、ククリナイフを捻って振るう。

 呼応するかの様に、跳躍直後のエリーゼが空中にてぐらりと姿勢を崩す。


 マグノリアの左腕とククリナイフに、ワイヤーが絡まっていた。

 そのワイヤーの繋がる先は、鎧を纏うエリーゼの右腕だ。


 防御直後、マグノリアは腕を振るった。

 その際、エリーゼの右腕にワイヤーを絡めていたのだ。

 近距離故に可能な仕掛けだ。

 エリーゼはワイヤーにて右腕ごと身体を引かれ、姿勢を崩したのだ。

 大きな隙だった。


「しィイイッ……!」


 これほどに大きな隙を、マグノリアが見逃す筈も無かった。

 マグノリアは右手の針を、躊躇無くエリーゼに突き込んだ。

・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のオートマータ。カトリーヌの恩人。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

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