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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十五章 虎視眈々
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第一五八話 白銀

・前回までのあらすじ

誰も知らない秘密の地下工房へベネックス所長を招いたマルセル。そこに並ぶ大量の『差分解析機』は、マルセルが見込んだ才能ある若き錬成技師達の研究成果を、秘密裏に収集しては編集する為の代物だった。マルセルはこの地下工房にて、多くの知識と発想を蓄え、自身の糧として新たな着想を得ていたのだった。

 レオンは負傷したエリーゼの部分的再錬成に、四日を費やした。

 その四日間で外傷は癒えたが、やはり腕の神経網及び筋繊維の完全回復には至らなかった。

 完調を求めるなら、どうあっても二週間は必要だったのだ。

 しかし次戦までの猶予は六日間、完全回復は端から望むべくも無かった。


 また、負傷の治療以外にも必要な施術があった。

 負傷箇所を補うべく、次戦から『強化外殻』の装着を決定したのだ。

 それに伴い、エリーゼの身体に埋め込まれた複数の接続コネクタを、適切に露出させる必要があった。施術自体は容易だが、如何せん施術を必要とする箇所が多く、更に術後の傷を埋める再錬成措置も必要だった。シスター・カトリーヌにサポートを頼んだものの、結局はこの施術に丸一日を費やした。

 とはいえこれで、次戦に臨む態勢が整った事になる。

 レオンは『強化外殻』を装備した状態での最終調整を行うべく、シャルルとヨハンに連絡を取った。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 貴族達のタウンハウスが点在する、緑豊かな特別居住区。

 一区画ごとに並ぶ屋敷はいずれも、壮麗華美な造りを誇っている。

 自身の権勢を周囲に誇示せんとする、貴族特有の価値観に因るものだ。

 そんな中にあってシャルルの邸宅は、レンガ造りの落ち着いた風情を示している。

 質素と言い換えても良い、権威権勢に興味の無い、シャルルらしい邸宅と言えた。


 中庭に面した掃き出し窓から陽光が差し込むリビングルームは、広々としていた。

 部屋の中央には、厚手のテーブルクロスが敷かれた大きな木製テーブル。

 その上には黒革のスーツケースが六つ、整然と並んでいる。

 『シュミット商会』の代表・ヨハンが持ち込んだスーツケースだ。


 ヨハンはケースの一つに手を伸ばすと解錠する。

 そこには白銀に光る籠手――ガントレットが、パーツ毎に分解固定された状態で納まっていた。

 右手の指先から前腕部までを覆う『強化外殻』だった。


 ヨハンは残りのケースも次々と解錠する。

 右上腕部、左前腕部、左上腕部。

 更に背中から胸元、両肩までをカバーする外殻が姿を見せる。


 これらの『強化外殻』は元々『アーデルツ』の為に錬成された物だ。

 それをヨハンはエリーゼ用に調整、仕上げ直した。

 『アーデルツ』の身体を受け継ぐエリーゼだからこそ、そうした流用が可能だった。


「肩から背中、胸部、上腕、前腕、指先までを覆う外殻だ。総重量は軽量化を図って一四キロ、エリーゼ君の身体能力なら扱える筈だが……装着テストで確認してくれたまえ」


「解りました。外殻装着作業は明後日の仕合を想定して、僕とシスター・カトリーヌで行います。手順等に問題があればご指摘下さい」


 ヨハンの言葉にレオンは応じる。

 カトリーヌはエリーゼに寄り添い、着替えを手伝う。

 シャルルはレオンに、中庭を整えておくと告げると部屋を後にする。

 その後ろについて歩くのは、ヨハンが錬成したオートマータの『ドロテア』だ。

 中庭でシャルルを手伝うつもりなのだろう。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 プラチナに煌めくエリーゼの長い髪を、カトリーヌは左右に分けて、丁寧に編み上げる。

 更にそれぞれを、後頭部で丸く二つに束ねる。

 エリーゼの背中で稼動する特殊武装『ドライツェン・エイワズ』への干渉を避ける為だ。

 髪を整えたカトリーヌは、次いでエリーゼが纏うタイトな白いドレスのボタンを外す。

 艶やかな肌が露わになると、その肩に、腕に、背中に、鈍く光りながら連なるリベットの様な、小さな金属パーツが見えてくる。

 それは昨日、レオンと共に施術した『外部端子接続ソケット』の金属カバーだった。

 カトリーヌはその光沢を見て、僅かに心が揺らぐのを感じる。


 仕合に際し、エリーゼの安定を確保すべく設けられた措置である事は理解している。

 しかし素肌に打ち込まれたリベット状のソケットカバーは、痛々しく思えてならない。

 それでもカトリーヌは、揺らぐ感情を飲み込み作業を続ける。

 今は成すべき事を成す為に、気を抜く事無く、全力を尽くさねばならない時だ。

 心の中で自分に言い聞かせつつ、手を動かし続ける。


 レオンはスーツケースに納まった強化外殻を取り出す、右前腕部の外殻だ。

 外殻の内側に設けられた接続コネクタの位置を確認しつつ、エリーゼの腕に装着する。

 外殻内側から突き出たコネクタを、肌に露出しているソケットへ挿入、固定してゆく。

 こうして装着された『強化外殻』は、エリーゼの動きを正確にトレースすると共に、蒸気圧によるパワーアシストも可能な、攻撃的な鎧と化す。


 両腕、両肩、背中、胸部……レオンとカトリーヌは手分けして外殻を装着してゆく。

 傍らに立つヨハンは、その様子を黙したまま見守る。

 腕部をアシストする『強化外殻』の装着が完了、次いで背中――特殊武装『ドライツェン・エイワズ』の装着も完了する。

 レオンが口を開いた。


「――問題や違和感は無いか? エリーゼ」


「いいえ、些かも。どういった問題も感じません」


 エリーゼは椅子から立ち上がると右腕を掲げ、確認する様に何度か軽く振るう。

 前腕、上腕、肩を覆う『強化外殻』が、互いに干渉する事無くスムーズに連動する。

 外殻の内側よりシリンダと強化シャフト、ギアの噛み合う音が微かに聞こえる。

 エリーゼが装着した『強化外殻』は、中世暗黒時代の騎士達が装備した『アームアーマー』や『ガントレット』に近似しているが、その構造はより繊細にして複雑、可動域の確保を重視した蛇腹構造となっており、装甲としての役割よりも、トレース及びパワーアシストの機能に重点が置かれていた。


「それでは中庭でテストしてみよう。いけそうか?」


「可能です、問題ありません」


 レオンの提案に、エリーゼが首肯する。

 一同はダミアン邸の中庭へと足を運んだ。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 僅かに霞掛かった空の下、芝生が敷かれた広い中庭。

 中庭の中央にて真っ直ぐに起立するエリーゼは、左右の腕を優雅に躍らせていた。

 蛇腹状の装甲で構成された『強化外殻』を纏う両腕は、陽の光を浴びて白銀に煌めく。

 エリーゼの周囲には、輝きを伴う半透明の球体が四つ、幻の様に浮遊している。

 仕合にて使用する武器――スローイング・ダガーを、背中に装備した特殊武装『ドライツェン・エイワズ』より紡ぎ出したフック付きワイヤーにて捕捉操作、空中に留め置く様、高速旋回させているのだ。

 また、エリーゼの足元にはロングソードが一本、抜き身の状態で放置されていた。


 演武を開始したエリーゼを取り囲む様に、ぐるりと配置されているのは木製の酒樽だ。

 個数にして六個、距離はエリーゼから六メートルから七メートルほど離れている。

 酒樽の上にはコルク栓が成された空のワインボトルが、それぞれ配置されていた。


 その時。

 宙を舞う光球の一つが、風切り音と共に一条の光となって流れた。

 光の向かう先は、樽の上に置かれたワインボトル――その口を封じるコルク栓だ。

 次の瞬間、コルク栓は軽い音を立ててボトルの口から抜き取られていた。


 直後、残る三つの球体も撃ち出され、三本のワインボトルからコルク栓を抜き取る。

 エリーゼは間断無く腕を振るうと、フック付きワイヤーが空中にて踊り、大腿部のベルトからスローイング・ダガーを更に二本抜き取る、そのまま残る二本のワインボトル目掛けて解き放った。

 間髪置かずエリーゼの背後にて、ワインボトルからコルク栓が二つ弾け飛ぶ。


 これで樽の上に置かれたワインボトルは、全て開封された事になる。

 エリーゼの周囲に漂う半透明の球体は六個、六本ものスローイング・ダガーを高速旋回させたまま、エリーゼは正面を見据え、起立している。


 ――と、エリーゼは後方へ一歩、脚を引く。

 僅か一歩が予備動作であったか、エリーゼは機械仕掛けの様に後方へ身体を翻し、高く跳躍した。

 その跳躍は、空中に不可思議な光の軌跡を描き上げる。

 それは地面に放置されていたロングソードに因るものだ。

 エリーゼの爪先が、何時の間にか地面よりロングソードの柄頭を掴まえていた。

 エリーゼに捉えられたロングソードが、跳躍にて空中に鮮やかな弧を描いたのだ。


 エリーゼはロングソードを伴ったまま後方へ、二回転、三回転と、旋回を繰り返す。

 四度目の旋回と跳躍は一際高く、それはエリーゼの背後に配置された木製樽――その上に置かれたワインボトルの高さを超えるほどに跳ね上がっていた。


 カチン――という、硬質な音が響いた。

 ロングソードの切っ先が、ワインボトルの口を見事に捉えていた。

 ワインボトルの上、逆立つロングソード。

 柄頭にはエリーゼが爪先立ち、重さを感じさせる事無く静かに起立している。

 そんなエリーゼの周囲には六つの光る球体。

 高速旋回するスローイング・ダガーが、空中にゆらりと漂っている。

 両腕を覆う白銀の『強化外殻』からは、仄かに白い蒸気が立ち昇る。

 この世の物とは思えぬ佇まいだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 屋敷に沿って広がる花壇の脇に設けられた、白いガゼボ。

 ベンチに座るカトリーヌは『小型差分解析機』に向かい、レオンの右義肢に内蔵された『知覚共鳴処理回路』を、ドロテアと共に制御している。

 レオンは右義肢に接続されたケーブルを足元に垂らしたまま、演武を行うエリーゼを見守っている。

 その隣りには、ヨハンとシャルルも並ぶ。

 二人とも、精妙にして俊敏な神業の如き刃の乱舞を凝視している。

 夢幻の如きエリーゼの挙動に、魅入っているのかも知れない。


 程無くして演武を終えたエリーゼは使用した武装を回収し、ガゼボの方へ歩み寄る。 

 レオンが声を掛けた。


「――『強化外殻』を装備した状態での演武、重量にして一四キロの増量だが……エリーゼの体感としてどうだった?」


「姿勢制御や武具の扱いには問題を感じません、ただ、やはり多少重くはあります」


「制御は難しいか?」


「――いいえ。それに負傷した腕を補う為に必要な措置ですから」


 両肩から両腕、更には胸元と背中を覆う白銀の『強化外殻』。

 今回初めて仕合で用いる装備ではあるが、想定の範囲内という事か。

 返答するエリーゼの表情も声も、普段と変わらない。

 泰然とした様子も、普段通りだ。

 そんなエリーゼの様子に、シャルルとヨハンは少なからず安堵していた。

 次戦を控え、出来得る限りの対策を取る事が出来たという想いがあるのだろう。


 一方でカトリーヌは、不安を拭えずにいた。

 次戦に備え、対策は取れたのかも知れない。

 『強化外殻』のテストでも、大きな問題は見つからなかった。


 しかし――エリーゼの裡に存在するという『アーデルツ』の想い。

 『ヤドリギ園』に、子供達に、レオン先生に、そして私に、愛着を感じるという想い。

 それはきっと優しく、温かな想いなのだろう。

 でも、その温かな想いが、エリーゼにマイナスの影響を与えているのだという。


 生きる事を望めば『瀬戸際』を見誤りかねない、エリーゼはそう言っていた。

 生への執着が『瀬戸際』を見誤らせるのだと。

 恐ろしくも悲しい言葉だった。


 だけど、そうでなければ、エリーゼが生き残れないというのなら。

 ひと時だけでも、エリーゼの裡から『アーデルツ』の想いが掻き消えて欲しい。

 そんな事すら考えてしまう。

 エリーゼの内面を、蔑ろにする様な事を考えてしまう。

 

 心が締めつけられる事柄は、もう一つある。

 エリーゼの次なる対戦相手が、シスター・マグノリアであるという事だ。


 シスター・マグノリアは命の恩人だ。

 生きる希望を与えてくれた人だ。


 幼少の頃、生まれ育ったマウラータの街が、内戦に巻き込まれた。

 家も、家族も、知り合いも、故郷も、戦災の中で全てを失った。

 行く当ても無く、頼れる者も無く、飢えと渇きで死を待つばかりだった。

 そんな私をシスター・マグノリアが救ってくれた。

 焦土と化したマウラータの街を、手を引かれて歩いた。

 血に塗れながら私を守ってくれた。

 血に塗れた修道服が、その後姿が、私に進むべき道を示してくれたのだ。

 

 そんなシスター・マグノリアと、エリーゼが仕合を行う。

 避けようも無く、仕合が行われてしまう。


 ただ――このトーナメント戦に限っては『決死決着』の取り決めが無いと聞いた。

 その一点だけが救いだった。

 むしろ、その一点があるからこそ、この様な状況にあって取り乱さずにいられるのかも知れない。


 しかし、刃を振るっての仕合である以上『死』の危険は常に付き纏う。

 その危険を軽減する事など出来ない。

 エリーゼに手心を加えて欲しいなどと、頼める筈も無い。

 シスター・マグノリアにも、そんな事は頼めない。

 二人は己が信念を曲げる事無く、全力で刃を振るうのだろう。


 もう、祈る事しか出来ない。

 双方が命を落とす事無く、無事に帰れるという様な。

 そんな都合の良い奇跡を祈るしかない。


 やり切れぬ想いを飲み込んだまま、カトリーヌはエリーゼの美しい横顔を見つめた。

・エリーゼ=レオンが管理するオートマータ。高性能だが戦闘用の身体では無い。

・レオン=孤児院「ヤドリギ園」で働く練成技師。エリーゼの後見人。

・カトリーヌ=グランマリー教のシスター。レオンのアシスタントを務める。

・シャルル=貴族でありレオンの旧友。篤志家として知られている。

・ヨハン=シュミット商会の代表。マルセルの再来と呼ばれる程、腕が立つ。

・ドロテア=ヨハンが錬成したオートマータ。レオンのサポートを行う。

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