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人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十五章 虎視眈々
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第一五六話 違法

・前回までのあらすじ

準決勝に向けて自身を極限まで研ぎ澄ませるナヴゥル。しかしそんなナヴゥルを見るラークン伯の眼差しは複雑だった。主従の関係を超えてナヴゥルを大切に思うラークン伯、そんなラークン伯に対し、弱い自分に対するけじめとして、仕合に臨むと告げるナヴゥル。果たして勝利する事が出来るのか。

 倉庫を思わせる、広大な空間だった。

 窓は無く、床も、壁も、天井も、白く塗り込められていた。

 耳鳴りの様に低く響くのは、天井に幾つも取り付けられた換気扇の旋回音だ。

 そして無数の歯車が静かに噛み合う、さざ波にも似た機械音。

 錬成技師なら馴染み深い音だろう、『蒸気式精密差分解析機』――スチーム・アナライザー・ローカスが稼動する音だった。


 ただ、その稼動音が発せられているのは、一ヶ所のみでは無かった。

 広大な部屋の至る所から、立ち昇る様に聞こえて来る。

 部屋の中には実に二〇基もの『蒸気式精密差分解析機』が、整然と並び連なっていた。

 二〇基の『差分解析機』は、どれもが見上げるほどに巨大かつ高性能な代物だ。

 エーテル水銀式白色灯に照らされながら、それら全てが同時に稼動する有様は、圧巻の一語に尽きた。


 或いは帝国の戸籍や税収、公共事業を管理する『ガラリア帝国民部会』、或いは国防や軍事を司る『ガラリア帝国軍』ならば、大量の『差分解析機』を同時に使用し、機密情報を高速で処理、管理する必要も生じて来るだろう。

 しかしこの部屋と二〇基もの『差分解析機』は、公的機関が管理しているのでは無い。

 一人の錬成技師が管理所有している。

 そう、ガラリア屈指の天才錬成技師だ。

 マルセル・ランゲ・マルブランシュ――その人であった。


「ボク以外でこの工房に立ち入った人間は、キミが初めてだよ――イザベラ」


 そう言ってマルセルは微笑んだ。

 長身痩躯を包む衣装は、白く輝くシルクのドレスシャツに黒のスーツパンツ。

 モノクルの下で煌めくグレーの瞳は、興奮した様子のベネックス所長を映していた。


「これは……『こんな場所』に、これほどの設備、いったいどうやって……。莫大という言葉では納まらないほどの金が掛かっている、いや、金なんてどうでも良いな。しかしこれは……これらを使って何をしているんだい? マルセル君……」


 ワインレッドのドレスを身に纏ったベネックス所長は、稼動し続ける大量の『差分解析機』を見上げながら、銀縁眼鏡の下で瞳を輝かせている。

 ここまで大規模な錬成工房、何よりこの数の『差分解析機』を一斉に稼動させるほどの作業が何であるのか、錬成技師として興味が尽きないのだろう。

 

「いやなに、大した事はして無いよ、単なる情報処理さ。ただ、処理すべき情報量が多くてね。必要に応じて機材を追加していった結果、こうなっただけなんだ」


 マルセルは曖昧に答えながら、聳え立つ『差分解析機』の谷間を歩き続ける。

 ベネックス所長は興味深げに周囲を見渡しつつ、後に続く。

 ――と、その時。

 仄かに蒸気を吐く『差分解析機』の前で、身を屈める男の姿を見掛けた。

 灰色の作業着を身に纏う、髭を生やした初老の男だった。

 手には工具、目許には拡大鏡、眉間にしわを寄せ、作業を行っている。

 ベネックス所長はマルセルに近づくと、声を潜めて囁いた。


「――彼はここの作業員かい? 君の研究を手伝っているのは、てっきり君に心酔している様な『錬成機関院』の若い連中だと思っていたよ」


 その言葉にマルセルは微笑むと、軽く首を振った。


「言っただろう? ボク以外でこの工房に立ち入った『人間』はキミが初めてだって。彼は『オートマータ』さ――いや『彼ら』というべきかな。彼以外にも、他に一四体もの『オートマータ』が、この工房で作業に従事してくれている。良く働いてくれるし守秘義務も守る、優秀な助手だよ」


「……『オートマータ』? 『男性型』の? 暴走しないのか?」


 作業を続ける男の様子を眺めていたベネックス所長は、顔を上げて尋ねる。

 男性型オートマータを所有しているという言葉に驚いた為だ。

 ガラリア国内の錬成科学を統括する『錬成機関院』も、『オートマータ』は『女性型』として錬成されるべき――国内の錬成技師に対し、この様に通達しているのだ。

 それはかつて、幾度と無く行われた『オートマータ』の起動実験に於いて、『男性型』は正常に機能する事無く自壊したり、或いは予兆無く暴走したりという、原因不明の問題行動を繰り返した事に起因していた。


「彼らの魂は『ドワーフ』なのさ。ボクが独自に錬成した。老成してて気難しく自尊心は強いが、約束を違え無い。貴族達が『グランギニョール』で遊興の駒として扱うには難し過ぎるだろうが、ボクなら正しく対応出来る」


「……『ドワーフ』だって? 過去の起動実験で自壊を繰り返した、あの『ドワーフ』か? ひょっとして『女性型』だったから駄目だったのか?」


 訝しげに聞き返すベネックス所長。

 マルセルは愉しげに応じる。


「そこまで単純な問題じゃ無いんだが、敢えて単純に結論付けるなら『ドワーフ』は『男性型』尚且つ『老齢』でなければ機能しないのさ。これは極秘事項なんだがね、グランマリー教団の上層部も『ドワーフ』の魂を用いたオートマータを運用していると聞く。ボクが錬成したモノとは方向性が違うかも知れないがね。ともあれ、さっきも言った通り『ドワーフ』は頑固で気難しい、闘技場で戦う『コッペリア』にはなり得無いが、共に働く事は出来る……簡単に言えばそんな存在なんだな」


「なるほどね……しかし堂々と『錬成機関院』の要請を破っていたとは……さすがはマルセル君、遵法精神の乏しさは相変わらずだ」


 肩を竦めたベネックス所長は、責める様に言った。

 公的には未だ錬成の許可など下りてはいない『男性型オートマータ』を、恐らく無許可で錬成したであろうマルセルの行いは、立派に違法行為だ。

 とはいえマルセルに遵法精神など無い事は、誰よりも良く知っている。

 『ジブロール自治区』での一件を思い起こしてみてもそうだ。

 マルセルという男は、道理にも、常識にも、正にも邪にも、全く頓着が無い。

 あるのは錬成科学に対する好奇心のみだ、それ以外の事など――。

 その時、そんなベネックス所長の想いを代弁する言葉が、投げ掛けられた。


「パパに遵法精神なんてモノは、最初から存在しないわ。そもそも『私』の存在自体、この国では『違法』なんですもの。そうよね? パパ――」


 夜を渡る風の様に、透明な声だった。

 マルセルとベネックス所長の向かう先、部屋の奥から聞こえた。

 一際巨大な『蒸気式精密差分解析機』の前に設置された、赤いカウチソファの上。

 シュミーズドレスに包まれた豊満かつ優美な肢体を、しどけなく凭れ掛けさせながら。

 煌めくブロンドのロングヘアを揺らし、エメラルドグリーンの瞳を輝かせながら。

 残酷なほどに研ぎ澄まされた美貌。

 『グランギニョール』序列一位。

 『レジィナ・オランジュ』は、艶やかに微笑んだ。


「――その人は信頼に足る人なのかしら? ここはパパの悪事が詰まった犯罪の温床――パパ以外の人間は知る由も無い、誰一人立ち入った事の無い、悪の秘密工房……」


「人聞きが悪いなあ、オランジュ――『叡智探求に伴う止むを得ない措置』って奴さ」


 答えながらマルセルは唇を尖らせ、お道化てみせる。

 オランジュは眼を細めると小首を傾げ、揶揄する様に続けた。


「本当の事だもの。ここは違法と脱法の巣窟じゃない。パパはその人が裏切らないって信じているのかしら? 裏切られて困るのはパパなのに。良いの?」


 その微笑みは美しかったが、口から零れる言葉は辛辣だ。

 ベネックス所長は傍らのマルセルを見上げると、口を開く。


「随分と好き放題に言われているけれど、マルセル君はそれを否定しない――つまりここは犯罪の温床であり、違法と脱法の巣窟であると……そういう事かね?」


 マルセルは黄金の指先で自身の顎をなぞりながら、笑みを浮かる。

 モノクルの下、悪戯っぽい眼差しでベネックス所長を見た。


「ま、否定はしないかな。何より今更だろう? 半年前――レオンに渡してくれとキミに小包をことづけた際、ボクは言ったよね? 小包の中身が気になるなら、確認したまえってね。それは必ず、キミも興味をそそられる物だと」


「……あの時は、キミの正気を疑ったよ」


 マルセルの視線を避ける様に、ベネックス所長は『差分解析機』を見上げた。

 銀縁眼鏡のレンズに、回転を続ける夥しい数のシリンダーが映る。


「覚醒状態の『エメロード・タブレット』を簡易濾過装置で維持してあった、この時点で違法だ。そして維持されてる『エメロード・タブレット』も違法な代物――すぐに解った、これが国内で錬成も所持も禁止されている『タブラ・スマラグディナ』だってね」


 マルセルはベネックス所長を指で示すと、嬉しそうに言った。


「ほら! キミはちゃんと理解してくれている。キミはアレを見て、アレの異常性に気づきながら、治安官事務局にも錬成機関院にも通報せず、ボクの願いを聞き入れて、自身の夢を追ったんだ。ボクはそんなキミだからこそ、ボクの傍にいて欲しいと思った」


 ベネックス所長は『差分解析機』を見上げたまま、不満そうに呟く。


「……私にはやるべき事があった、大事の前の小事だと判断したんだ。良いかい? アレの存在を伏せた事について、私は君に対して大きな『貸し』を作ったつもりだ」


「『貸し』か……つらいところだが仕方ない、まあ良いさ。『借り』はいずれ返すよ」


 マルセルは気にした風も無く応じる。

 しかしソファに身体を預けたオランジュが、穏やかな笑みを浮かべたまま混ぜ返した。


「ふーん……パパったら安請け合いしているけれど、本当に『借り』を返せるのかしら? その人が知る事になるパパの悪行は、半端じゃないのに。取り合えず――ここに並んでいるたくさんの可哀想な『蒸気式精密差分解析機』が何をしているのか、それを教えてあげたら?」


「そうだな……私も気になっていたよ。さっき『差分解析機』について尋ねた時、マルセル君が言葉を濁した様に感じた。よほどの悪事が隠されているって事なのかな?」


 オランジュの言葉を受け、ベネックス所長も挑戦的な笑みを浮かべる。

 二人の視線に晒されたマルセルは、片眉を軽く吊り上げて見せた。


「二人とも酷いなあ。ボクはそこまで凶悪な事はしてないよ。さっきも言っただろう? 『叡智探求に伴う止むを得ない措置』だってね――まあ良い、ここに並んでいる『差分解析機』で何をしているのか教えておくよ」


 そのまま数歩、マルセルは静かに稼動し続ける『差分解析機』のひとつに近づくと、黄金の義手で重厚な金属フレームに触れた。

 ベネックス所長に向けて微笑み掛け、口を開いた。


「一言で要約するならつまり――『サンプリング』さ」

・マルセル=達士アデプト、天才と呼ばれる錬成技師。レオンの実父。

・ベネックス所長=レオンの古い知人で実の姉。有能な練成技師。

・オランジュ=マルセルが錬成した最強のコッペリア。『レジィナ』の称号を持つ。

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