表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造乙女の決闘遊戯 ~グランギニョール戦闘人形奇譚~  作者: 九十九清輔
第二十五章 虎視眈々
155/290

第一五四話 捜査

・前回までのあらすじ

レオンの工房へ戻った一行は、エリーゼの治療を開始する。

同時にシャルルとヨハンの二人が、闘技場で見た他の仕合経過について報告する。

次なるエリーゼの対戦相手が、カトリーヌの恩人・シスター・マグノリアである事を理解しているシャルルとヨハンは、カトリーヌに仕合のサポートを辞退する様に促す。

しかしその提案に対してエリーゼが「カトリーヌのサポートが必須だ」と告げ、カトリーヌもその望みを聞き入れる。

 広大な空間に窓は無かった、換気扇の音が低く響いていた。

 『マリー直轄部会』専用の、大規模な地下工房だった。

 地下工房の最深部には、巨大かつ複雑極まる鋼鉄のモニュメントが鎮座していた。

 『蒸気式精密差分解析機』――スチーム・アナライザー・ローカスだ。

 その威容は、大聖堂に設置されたグランド・スチーム・オルガンを思わせる。

 重厚な金属フレームの内側で、一〇〇〇を超えるシリンダーが静かに旋回していた。


 差分解析機の傍らに設置された、蒸気を吐き出す巨大な水槽は『錬成用生成器』だ。

 強化ガラスの内側は、透明度の高い薄桃色の希釈エーテル製剤で満たされている。

 希釈エーテルに身体を浸しているのは、白い肌を晒したシスター・マグノリアだった。

 全身の構造解析と、左前腕の傷を癒す為の再錬成措置を受けていた。


 それらの作業を行っているのは、枯れ枝の様に痩せた老司祭と、眼鏡を掛けた年若い司祭の二人だ。差分解析機より出力される専用用紙を確認しつつ、シスター・マグノリアの状態確認に務めていた。

 更にもう一人、壮年の司祭が生成器の前に立っている。

 長身痩躯、猛禽類の如き鋭い眼差し――ランベール司祭だった。

 ランベール司祭は低い声で告げた。


「捜査協力を頼んだローカの奴から連絡が来た。配下の内偵調査員が『枢機機関院』の『機密保管庫』で『エリンディア遺跡』での『成果物』に関するリストを発見したそうだ」


「――内容は?」


 伝声管を通じてシスター・マグノリアが質問する。

 ランベール司祭は黒い修道服の懐から、封筒を取り出す。

 封筒の中には、数枚の写真が納まっていた。

 そのうちの二枚を手に取り、強化ガラス越しにシスター・マグノリアへ示した。


「まず一枚目。『錬成機関院』の『資料保管庫』にてシスター・ジゼルが撮影した、改ざん痕のある資料だ。『エリンディア遺跡にて完全状態の成果物・四点発見』『ただし遺跡内暴走事故に巻き込まれ二点逸失、回収成功は二点』とある。つまり『錬成機関院』が公式に入手し、極秘裏に管理している太古の『タブラ・スマラグディナ』は『二点』だと記載されている、が……報告通り、数字に改ざん痕が見て取れる」


「……」


「次いで二枚目。ローカの部下が『枢機機関院』の『機密保管庫』で撮影した資料だ。『エリンディア遺跡にて完全状態の成果物・五点発見』『ただし遺跡内暴走事故に巻き込まれ二点逸失、回収成功は三点』……『錬成機関院』の資料と数字情報に差がある。また『枢機機関院』の資料には改ざん痕が無い。こちらが事実だろう」


「――想定通り『錬成機関院』の内部資料と『枢機機関院』に残る資料との間に、齟齬が発生していたか」


 強化ガラス越しに写真を見つめ、シスター・マグノリアは呟く。

 手にした写真を封筒にしまいつつ、ランベール司祭は尋ねる。


「どうする? 『枢機機関院』内部に『タブラ・スマラグディナ』の不正利用者がいる可能性は高い、この写真は証拠として有効だろう。越権行為で獲得した証拠ではあるが『タブラ・スマラグディナ』は危険な代物だ、『帝国議会』もさすがに動く筈だ」


 シスター・マグノリアは軽く首を振り、答えた。


「いや。『帝国議会』は動くだろうが、マルセルに届くまで時間が掛かる。以前にも言った通り、マルセルは足取りを隠す事より、スピードを優先している節がある。『タブラ・スマラグディナ』使用を疑われるオートマータの拡散が性急過ぎる。ここに違和感を覚える。今、状況証拠を提出しても決定的ではない、マルセルと『タブラ・スマラグディナ』の不正利用者に対する牽制にはなるだろうが、向こうに時間稼ぎと証拠隠滅の猶予を与えかねない。それに――」


「それに?」


「――これは可能性のひとつに過ぎないが、マルセルは何故、事態の隠蔽に注力せず、違法性が伴う計画を性急に推し進めているのか、いや……推し進めても良しと判断したのか。此処に仮説を立てるとするなら――『エリク第二皇子』の存在だ」


「……『エリク第二皇子』だと?」


 ランベール司祭は驚いた様にシスター・マグノリアを見遣る。

 シスター・マグノリアは続ける。


「ああ。『エリク第二皇子』は『錬成機関院』の顧問を勤め『グランギニョール』の発展にも尽力されている。そんな『エリク第二皇子』だが、予てよりマルセルとは懇意だったと聞く。皇帝の警護を務める『第一近衛天兵隊』の錬成にも『エリク第二皇子』が、皇帝直属の錬成技師団に、アドバイザーとしてマルセルを推挙していた。もしこの件に『エリク第二皇子』が何らかの形で関わっているとするなら……マルセルの性急な仕掛けは『エリク第二皇子』の強力な後ろ盾を期待してのものだとも考えられる。それが事実なら、状況証拠を提示し、時間を掛けて揺さぶるやり方では、揉み消される可能性がある」


「……本当にそんな大物がマルセルの疑惑に関わっていると? いや、無いと断定は出来ないが……事実なら捜査は難航する……。やはり一週間後の仕合で『エリーゼ』の首を獲り、レオン経由でマルセルまでの繋がりを一気に手繰る策が、最短かつ的確か……」


 ランベール司祭は眉間に深い皺を刻みながら頷く。

 漆黒の瞳にその様子を映しながら、シスター・マグノリアは言う。


「もちろん証拠の裏付けは多い方が良い。トーナメントに参加した『コルザ』と『ブロンシュ』の主――『ジュスト男爵』と『ダンドリュー男爵』、それ以外にも下位リーグで急激に頭角を現したコッペリアが幾らかいる、これらの調査を進めてくれ。可能なら『エリク第二皇子』についてもな」


「解っている、出来る限りカードは揃えるつもりだ。『エリク第二皇子』に関しては……難しいところだが、調べてはみよう」


 ランベール司祭はそう答えると踵を返し、歩き始める。

 シスター・マグノリアは黒い背中を見送り、やがて目蓋を閉じた。


 ◆ ◇ ◆ ◇


 広々とした部屋は、豪華壮麗という言葉が相応しかった。

 淡黄色の壁はダマスク模様、白い大理石製のマントルピースが設けられていた。

 天井は高く、クリスタルのシャンデリアが穏やかな明かりを灯している。

 磨き抜かれた木製の床は、ヘリンボーン柄の組み木造りだ。

 その滑らかな床の上、一糸纏わぬナヴゥルが真っ直ぐに起立していた。


 広背筋が張り詰め、見事に隆起する背中、ワイヤーを束ねた様な力強い肩。

 強烈に引き締まったウエスト、張りのある艶やかな臀部。

 しなやかに伸びた両脚を揃えての爪先立ち。

 全身の筋肉が美麗な陰影を描く長身は、同時に豊かさにも満ちていた。

 そして右手に携えられているのは、長大な戦斧――ハルバード。

 更に目を惹くのは、目許を覆う黒い布――目隠しだった。

 ナヴゥルは全裸にて両眼を布で封じ、戦斧を手に佇んでいた。


 そんなナヴゥルの周囲には複数のフラワースタンドが、取り囲む様に配置されている。

 スタンドには高低差があり、中心に立つナヴゥルからの距離にもばらつきがある。

 二メートルから三メートルといったところか。

 それぞれにワインボトルが一本ずつ置かれ、またそれぞれに薔薇の花が一輪ずつ生けられている。

 薔薇の花は数にして一〇本、紅い薔薇だった。


 紅い薔薇に囲まれたナヴゥルは、ゆるりと戦斧を持ち上げる。

 右腕一本、大きく横へ構えた。

 そのまま、二秒、三秒、四秒、五秒。

 六秒を超えた瞬間。

 重厚な戦斧は透明な帯と化し、空間に煌めく真円を描いた。


 軽く跳躍したナヴゥルは、身体ごと旋回しつつ渾身の力で戦斧を振るったのだ。

 重い風切り音。


 次いで、爪先から着地するナヴゥル。

 体重を感じさせぬ、軽やかさだ。

 振り切った戦斧は、横へ払われた状態で静止している。


 ――と、ナヴゥルは静止させた戦斧を軽く縦に振るい、下方へと垂らした。

 微かな風圧が周囲に広がったのか、ワインボトルに生けられた薔薇が微かに揺れた。


 直後。

 ナヴゥルを取り囲む全ての薔薇の花が、淡く揺らいだ。

 同時に、コロリと頭を垂れる様、花となる部位が垂れ下がった。


 花を支える茎――その茎が薄皮一枚を残して、斬り裂かれた為だ。

 異なる高さ、異なる距離に置かれた薔薇の花を一〇本、一閃の元にである。

 それも目視する事無く、視界を布で封じた状態で行ったのだ。

 恐るべき精度、恐るべき空間把握能力。


 ――ナヴゥルには知る由も無いが、それは『コッペリア・グレナディ』が行った試技の再現でもあった。

 かつてグレナディは、八人いた娘達の視覚を通じ、周囲の様子を認識していた。

 多角的な視覚を用いて、絶妙な空間把握能力を獲得していた。

 ならばナヴゥルは視界を封じた状態で、如何に周囲を認識しているのか。

 それは海魔『ナックラビー』が有した『命の調べ』を手繰る能力の再現だった。

 ナヴゥルは、生命体より発せられる『エーテルプルス』を認識しているのだ。


 この演武にてナヴゥルは、自身の身体から溢れ出す微弱な『エーテル粒子』を以て、切り花となった薔薇より発せられる微かな『エーテルプルス』に干渉――その残滓を感じ取り、位置と距離を正確に把握するという、そんな神業を実現せしめたのだ。

 痛覚神経の抑制を解除し、自身の肌を晒し、視界を塞ぐ。

 極限まで知覚を高めた上での試し斬りだった。


 完璧な形で試技を終えたナヴゥルは片膝を着き、戦斧を床に置く。

 眼を布で覆ったまま屈むナヴゥルは、顔を上げると口許に笑みを浮かべた。


「如何か? 我が主よ」


 微笑み掛ける先に居るのは、樽の様に丸々と太った体躯の主――ラークン伯。

 壁際のソファに腰を下ろしたラークン伯は、弛んだ顎肉を揺らしながら頷く。


「見事だ、ナヴゥルよ……」


 ラークン伯の表情は、凪いだ海の様に穏やかだった。

 ――が、その細い眼の奥には、何処か切なげで、不安げな光が宿っていた。

・シスター・マグノリア=『マリー直轄部会』所属のシスター。カトリーヌの恩人。

・ランベール司祭=『マリー直轄部会』所属の司祭。


・ナヴゥル=ラークン伯所有の非常に強力な戦闘用オートマータ。

・ラークン伯=ヤドリギ園一帯の土地買い上げを狙う実業家であり大貴族。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ